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『フェリシア嬢が王太子殿下とアデルダート殿下から茶会の誘いを受けて、現在歓談中だそうですよ』


 ライルの報告はキースにとって、とてつもない爆弾を備えていた。


 慌てて駆けつけたまま何を言うかも考えずに飛び込んだ紫陽花の間は王太子殿下専用の応接間だ。

 大切な賓客を持て成すのに使われているこの部屋に招かれた人魚のご令嬢に、世間がなんと噂をするか。身震いしたまま意を決して言った。


「失礼します。キースが参りま──」


 部屋の中の光景を見て話す言葉は途切れ、頭を抱えそうになった。


 王太子殿下が気に入って使っている螺鈿細工の施された豪華なソファの真ん中では、窓から差し込む陽光を受けて輝く金の髪を持つ人魚が、イチゴのクランブルケーキを見事なフォーク使いで綺麗に食べている。


 その両隣に、大国グランドーラに住む全ての令嬢方からの羨望を集める王太子殿下とその弟殿下を侍らせた上で。


 その上で、フェリシアはクランブルケーキから顔を上げて、キースへと輝く目を向けたのだ。


「タイシも来たの? 嬉しい! あのね、このケーキがとっても美味しくてね、チョコレートってお菓子もあるの! あなたも一緒に食べない? お兄様達とのお喋りもとっても楽しいのよ!」


 初めてこの人魚相手に頭痛がしたキースだった。


「ようやく来たか、弟よ。遅かったな」


「君が親しくしているという人魚のご令嬢と是非お話がしたくてね。楽しい時間を過ごしていたところなんだ。さぁ君も早くこちらに来て座りなさい」


 背もたれにゆるりと背を預けて笑う王太子と手招きしてソファの一つを示す弟殿下に、頭痛はさらにひどくなった。


「……お誘いは誠に光栄でありますが、私やそちらの女性は殿下方の茶会に参加できるだけの身分ではありません。そちらのフェリシア嬢は魔王様と懇意にされているご令嬢ではありますが、身分の上では単なる人魚族の一員でしかなく、我が国の市民に照らし合わせるならただの町娘でしかありません。それを御二方がお囲いになられるなど、御婚約者方にも動揺を与える結果にもなりかねませんので、遅参いたしました。我々は退出する許しをいただきたく存じます。──フェリシア嬢、早くこっちにおいで。王太子殿下やアデルダート殿下に失礼をしてはいけないよ」


「失礼?」


 タイシにあげようとチョコレートを皿に積みつつ、つまみ食いしていたフェリシアは目を瞬いた。


 手元の皿を見て、不安そうに両殿下へと目を移す。


「わたし、オーグ兄様とアデル兄様に失礼なことした?」


 人間の礼儀にはまだ疎いから、どれが失礼だったのかが分からない。わたしばかり食べたのが良くなかったのかしらと明後日の方向に考えを巡らせたフェリシアを安心させるように、オーグストは優しく笑った。


「そんなことはない。美味しそうに食べてくれて私は嬉しいよ。……キース。魔族に貴族制度がないことなどとうに承知しているし、私達はお前が親しくしているご令嬢に会ってみたいと思っただけだ。それがどうして、茶会に出ただけで失礼だなんだと言う話になる? 夕食も同席してくれるとフェリシア嬢は約束してくれたのだぞ。ほら、お前も一緒にお茶にしよう。アデルが席を変わるから」


「私がですか、兄上? フェリシア嬢の隣は譲りたくないのですが……」


「フェリシア嬢の教育上、お前が近くにいるのは良くない。そちらの椅子にでも座っておれ」


「あんな離れたところに一人ぼっちとは……聞きましたか、フェリシア嬢。オーグ兄様が私に意地悪をなさるんですよ。酷いと思いません?」


「……詰めてみんなで座る?」


「ああ、それもいいな。ならキースは私とフェリシア嬢の間に来なさい。兄弟妹、水入らずで仲良くお茶しようではないか」


 唸りながら、内心いつの間に兄様などと呼ばせるに至ったのかと歯軋りする思いだった。


 なんとかこの王子殿下達からフェリシアを引き離さねばと苦心していたキースの背後でまたしても扉が開き、兵士が今度は困ったように入ってきた。


「王太子殿下。失礼致します。その……ヴィオレット姫様がお越しですが……」


「茶会はお開きとなったと伝えろ。フェリシア嬢、こちらへ。今なら間に合う」


 兵士の言葉を聞いたオーグストは直立不動となりフェリシアを促した。右手でキースの腕を掴み、談話室にある背の高いワードローブへと歩み寄る。

 扉を開いて片足を突っ込んだところで、談話室の両扉が音を立てて開いた。


「……あら、まぁ。これからお開きですか、オーグストどの」


 底冷えする厳しさを持つのとは裏腹な、涼しげな声が王太子殿下を真っ向から刺した。


 声の主は女性だった。髪を高く結い上げ、胸元の開いた伝統的で豪華なドレスを身に纏っている。鋭い眼差しに小さな唇、細い顎が厳しい性格を表しているような容貌の女性だ。


「箪笥から足を下ろしなさいませ、オーグストどの。行儀が悪うございます。アデルダート、窓はそのままにしておきなさい。今日は風の良い日です。開けたまま、貴方は部屋へとお戻りなさい」


 堂々と振る舞っていた王太子オーグストが静かに足を箪笥から下ろして扉を閉めた。体は箪笥に向いたままだ。弟のアデルダートは窓の外にあるベランダに避難していたらしい。静かに戻ってきた。

 女性の厳しい目はキースへも向いた。


「キース。廊下を走る姿をわたくしの侍女が見ていましたよ。急いでいても王族たるもの、いつ何時でも悠然と構えておりなさい」


「も、申し訳ございません」


 キースは慌てて頭を下げた。

 それを確認して、女性の目はこの場で唯一状況が分からずキョトンとしていたフェリシアへと向いたのだ。

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