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「アイスクリームとはさすがですね、姉上。いつからご準備なさっていたのです?」


「いつからとは。この陽気ですから、これはいつでも食べられるようにと用意させているものですよ。それよりも貴方がたです。この暖かい時期のお茶にチョコレートを出されたとか。私は呆れてものも言えませんでしたよ。溶けて見栄えも悪くなりますし、手も汚れてしまうでしょう。本来ならこの時期のお昼にはお出ししないものですよ、オーグストどの」


「それは分かっていたのだが、珍しいお菓子といえば私はチョコレートくらいしか思いつかなくてな。初めからヴィオラどのに相談しておくべきだった」


「次からは是非そうなさってくださいませ。そういえば……居留守を使われたことへの謝罪をいただけておりませんね?」


「…………い……居留守とは人聞きの悪い。私達が大切な姉を蔑ろにしたことがあったかな?」


「ありました。いつもそうです。男の子ばかりで走り回って剣を振り回して。ですからわたくしとても嬉しいのよ。可愛い妹ができて。お茶会は楽しんでいただけているかしら」


「美味しいし、お話もとっても楽しい、けど……」


 黙って三人の会話を聞いていたフェリシアはオーグストとヴィオラ姫を交互に見て首を傾げた。


「オーグ兄様は、ヴィオラお姉様のことをお姉様って呼ばないの?」


「ん?」


 オーグストはアイスを断ってお茶を優雅に傾けていた。甘いものは好きではないのかもしれない。問われてお茶のカップを戻した。


「幼い頃は呼んでいたがな、さすがに大人になった今ではそうは呼ばないな」


「お姉様なのに?」


「オーグストどのはわたくしの弟である前に王太子であらせられますから。姉などと呼ばせるわけには参りませんのよ」


 不思議そうに首を傾けるフェリシアをヴィオラ姫が困ったように嗜める。


 人間には人間の常識があると教わったことをフェリシアはすぐに思い出した。が、それでもこの兄と姉が優しいことを武器に自分の思いを口にした。


「お姉様なのに、呼べなくて寂しくない?」


「ふむ。それは考えたことがなかったな。しかし姉と呼ばなくなったからと言って、姉弟でなくなるわけではないだろう? そのような反抗期のようなものは私にはなかったからな」


「オーグ」


 弟の失言に、姫はかつての呼び名で弟を諌めた。

 オーグストも思わず自らの口を手で覆うが飛び出した言葉が戻ることはない。


「反抗期?」


 同じ言葉を繰り返したフェリシアは、自らを囲む四人の間になんともいえない気まずい空気が漂うのを察した。


 しかしそこで深く考えないところが、フェリシアの長所でもある。


「反抗期がなにかいけなかった? わたしも昔お父様にとっても反抗したわ。無駄だったけど」


「ほう。貴女に反抗期とはイメージできませんねぇ。お父上と仲がお悪いわけではないでしょう?」


 すかさず乗ってきたのはアデルダートだ。


 姉からの鋭いお叱りの目線を受けて、オーグストは冷や汗をかいている。


「仲は良いと思う……でも昔はあんまり嬉しくなかった。今は感謝してるけど」


 その妙な言い回しにアデルダートは首を捻る。尋ねるべきか話題を逸らすべきかと思案していると、フェリシアの目は取り残されていた一人へと向いた。


「タイシ、食べないの?」


 フェリシアの目がキースとテーブルの上のアイスを行き来する。

 キースははっと顔を上げた。手を止めていたキースの手元のアイスはかなり溶けてしまっている。

 ヴィオラ姫が代わりのものをと侍女へ指示を出そうとしたところで、まじまじと溶けたアイスを見ていたフェリシアが言ったのだ。


「さっきまで少し硬いくらいだったのに、なんだかスープみたいね。時間で形が変わる食べ物は初めて見た。ねぇ、これ、食べてもいい?」


「へ?」


 素っ頓狂な声が出た。桜色の瞳はキースの手元の器しか見ていない。


 嫌な予感に、タイシは顔を引き攣らせながら後退りするが、フェリシアはずりずりと近寄ってくる。


「だっ駄目だよ!」


 どうして今なんだ! と心の中で絶叫したキースだった。


 二人だけの茶会ならどれだけ心臓が騒ごうとも一口あげるくらいなら構わない、むしろ口元へ運ぶのも吝かでないと思うのに、よりにもよって。


「き、君のも溶けたらこうなるから! だから、その、はっ離れて……っ!」


 よりにもよって王家の御三方の目の前で。


 触れるのを大いに躊躇する細い肩がにじり寄り、太ももがふれあう。


「わたしはもう食べちゃったもの。これ以上のお代わりは失礼になるというものよ」


「君がそれを言うの!?」


 散々食べておきながら!


 わたわたと慌てるキースへと、強請る目が向けられる。一口だけとせがまれては確実に勝てない目だ。決して合わせてはいけない。


「どうして駄目なの? 前にもくれたことがあったじゃない」


「それは二人きりだったからだよ! いや正確にはゴードンもライルもいたけど!」


 魔王国での、池のほとりのお茶会でなら、手渡しで食べさせたこともあった。だが今は断固拒否の気持ちをあらわにキースは器を逃す。


「これは仕方ありませんね。あまりに不憫だ。──キース」


 必死に体を逸らしつつ器を逃しつつ、目の前の少女だけではなく王太子殿下や王子王女殿下にも目を向けられずに慌てふためくキースに、下の兄殿下の助言が飛んだ。


「優しい兄様からの助言です。器ごとご令嬢にお渡しなさい。私も流石に目の前で弟の『あーん』を見るのは気恥ずかしいですからね」


「……お前に気恥ずかしさを感じる心があったのか」


「いやですよ、兄上。その心がなければ女性とのやり取りも楽しめませんでしょうに」


「…………」


 兄二人のやりとりなどキースは聞いていなかった。


 即座にフェリシアに器を渡し、フェリシアは大喜びで受け取って、完全に溶け切ったアイスをスプーンで掬って口へと運ぶ。


「ありがとう! 甘いスープも美味しいわね!」


「……それは良かったね……」


 この御三方の目の前で感じる疲れとはまた違った疲労感に、深く息を吐いたキースだった。

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