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 グランドーラ王城の廊下を王子は一人で歩いていた。

 大理石造りの廊下には細長い真紅の敷物がレールの様に敷かれている。その上を、キースは一人で歩いていた。


 魔王国へ友好大使として出向いてから一年、今日は魔王国から使節団が参られる日だった。

 当然、キースは父王の命令でその場に立ち会った。


 謁見の間に姿を現したのは大きな体躯の偉丈夫──魔王本人だ。

 魔王直々のお出ましにはキースも父王も驚いていたが、それだけこの方が我が国との友好を望んでくださっているとの証だ。


 少々キースを見る魔王の赤い目に殺気が篭っていた気がしたのは気のせいだろうか。


 謁見の間に集まったのは魔王だけではなかった。一年前に見知った顔がいくつもあって、久しぶりに笑ったせいで頰が引きつって痛んでいる。


 ハーピーの女性、ヤヤ。


 ケンタウロス族のジーン。


 スライムの族長、レイニーシャ。


 猫人の族長、トガ。


 そしてキースの世話係だった、妖精族のサラ。


 人魚族からは彼女の友人達として顔見知りの、フレーディア、レティシア、ローニア。


 彼女にまた会えるのではとこの数ヶ月を過ごしてきたキースは落胆と、ほんの少しの安堵を感じていた。謁見が終わった現在そんな自分を戒めて歩みを進めている。


 そのうち、庭に面した回廊へと出た。綺麗に整地された萌黄の緑が明るい日差しに照らされて、滴る雫が輝いている。色とりどりの花が決められた位置で見事に咲き誇る姿は、一年前の魔王城の庭との違いを感じさせられて嫌気がさすが、それでも花の美しさは変わらなかった。


 急いでいるわけでもない。キースは回廊から階段を降りて、庭に敷かれた煉瓦を踏んだ。


 日差しが熱いほど降り注いで眩しい。たっぷりと陽に当たった草花の濃厚な香りが辺りを漂っている。

 散歩道の脇に植えられた灌木に沿って歩き、廊下からも庭からも死角となる木陰を目指した。


 そして左右をよくよく確認したのちに──頭を抱えて唸ったのだ。


「うああ……っ!」


 魔王様が来られると聞いて、彼女に会えると思った。無意識に、彼女は必ず来てくれるものと、自分に会いに来てくれるものとばかり信じていた自分が猛烈に恥ずかしかった。


 謁見の間に入る魔王様の後ろに、綺麗な金髪を探した。きっとキラキラした目で辺りを見回し、僕を見つけてさらに目を輝かせてくれるものと信じていた。

 父陛下の前で、あの可愛い声を弾ませて『タイシ!』などと呼ばれたら、どう言い訳しようかなどと考えていた。昨日まで、いや、魔王様が来られるまでずっとだ。

 

「し……死にたい……っ」


 自分でも自覚していなかったほど浮かれていた事実を知って、あまりの恥ずかしさに死にたくなる。


 それと同時に、やはり彼女にとって自分はただの友人……いや、顔見知りの男程度の認識でしかなかったのだと思い知らされて、傷は更に深くなった。


 最後のあの日。帰ると言った時のあの彼女の表情が全てだった。まるで、帰る? それがどうかしたの? というような、興味のないあの表情。


 なにか、約束をした間柄でもないのだから彼女の態度も当然といえばそれまでだが、やはり切ないものは切ない。


 たまらずため息が漏れる。


 ──僕は一日だって彼女のことを忘れた日はなかったのに……。


 この一年間、何度も夢を見た。


 彼女を妻にして、可愛い人魚の子供もできて、海の底で幸せに暮らす夢だ。


 叶えるわけにはいかない夢だ。


 頭を振って立ち上がり、散歩道へと戻った。

 彼女が来なかったことは、むしろ良かったというものだろう。そう自分に言い聞かせて。





 俯くキースの頭上に、影が降りた。


 影の正体は大きなシーツだ。干していたものが風にあおられて飛んだのだろう。慌てる若い侍女達の声がした。

 シーツは風に乗ってキースの頭上を通り過ぎ、庭に作られた石造りの池へと落ちた。蓮の葉が浮かべられて、色とりどりの魚が泳ぐ人工の浅い池だ。


 侍女達の疲れたため息がこちらまで聞こえてくる。


 侍女とはいえ城に仕える彼女達は全て貴族だ。水仕事をしているところを見ると、貴族とは言っても弱小の、田舎貴族の娘達だろう。

 その階級の出であってもご令嬢方は庭に造られた池に足を突っ込み落とし物を拾うなんてことはしない。


 下男を呼び、拾わせなければならない。


 自らの足を人前に晒すことは許されていないからだ。


 拾ってやってもいいが、今のキースの身分では彼女達に迂闊に近づくこともできない。

 十年前ならさっさと拾い上げてしまったものを、と面倒に思いつつ池を背にその場を去ろうとして、侍女達の悲鳴にも似た困惑の声に混ざる、明るい声を聞いた。

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