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「あら、フェリシア。久しぶりじゃない」
ひらひらと羽根を動かしながら廊下を飛んでいた妖精族のサラは、騒がしい二人に顔見知りの人魚を見つけて笑いかけた。
「時間があるならお茶でも飲んでいきなさいな。お菓子を用意するから。魔王様も飲む?」
タイシがいた時とは打って変わって砕けた口調だった。
身の丈が半分ほどしかないが親しげに話す妖精に、構わず魔王は詰め寄った。
「お茶どころではない。サラ。おまえは大使殿とフェリシアが親しくしているのを知っていたのか?」
サラは大きな黒目を見張った。
「大使殿と……フェリシアが? まさか。そもそもどうやって知り合うのよ。人魚は海の底に住んでいるんだから、紹介もしてないわ」
「私もそう聞いていたが、現にフェリシアは大使殿に会いにここまで来たと言うのだ! 私ではなくあの男に会いに!!」
心からの悲しみの叫びだった。
頭を抱えて唸る魔王にサラは色々と悟ったらしい。呆れた目を向けて、こちらも心から「気持ち悪い」と呟いた。
「どこが気持ち悪い! 私はフェリシアがこんなに小さな頃から成長を見守ってきたのだぞ! なのになぜ私ではなく!!」
魔王は両手を広げたまま上下に三十センチほどの隙間を作り、こんなにも! と強調した。
「それが気持ち悪いって言ってんのよ」
タイシの前では魔王に対しても丁寧な姿勢を崩さなかったサラだが、彼らが帰ってからはすっかりその仮面は脱ぎ捨てられていた。
サラだけではない。魔族曰く『魔王様』という呼称は、あだ名みたいなもん、なのだ。
あまり恭しくされたくはない魔王にとって気安く接してくれる相手は有り難いものだが、今この状況においては悲しいだけだ。
「いやだ……フェルをお嫁にやるなんて絶対に嫌だ……」
すっかりいじけた魔王が廊下の隅で小さくなる。大きな図体は全く小さくないが、気持ちの問題だった。
気が早すぎるでしょ、とすっかり呆れたサラだったが、魔王様慰め要員のフェリシアへと目を向けて、固まってしまった。
「……フェリシア?」
魔王の大騒ぎはいつものことだ。それで動じるフェリシアではないはずなのに、フェリシアの顔面から耳にかけて、リンゴのように真っ赤に染め上がっていたのだ。
「あんた、どうし──」
「お……お嫁さんに、なるの? わたしが……タイシの?」
たの? と問いかける必要は皆無だった。
この赤面の意味が分からないサラではない。見た目は幼いこの妖精は、フェリシアのことをこの子が城に来るようになった五つの頃から知っているのだ。
それゆえに心配になって言った。
「フェリシア。あの方は良い人間だけど……やめておきなさいな。人間ってのは血統やら身分やら、下らないことばっかり拘る連中よ。約束もせずに帰っちゃったのが良い証拠だわ。さっさと忘れちゃいなさい」
「血統、身分って?」
「そうね……私の先祖には誰それがいるから偉い! ってなとこよ。先祖って言うのは、おばあちゃまのおばあちゃま、みたいな意味ね」
「それなら、わたしのおばあさまは物知りで強くて自慢のおばあさまだわ。これも血統になる?」
「……説明が難しいわねぇ」
苦笑するサラの言いたいことは、半分も理解出来ていないフェリシアだが、分かったこともある。
サラは、フェリシアではタイシのお嫁さんにはなれないと言っているのだ。
フェリシアはタイシのお嫁さんになりたくてここに来たわけじゃない。ただ、元気のなかった友人に会いにきただけだ。
だがタイシはとうに国へと帰り、もう会うことはできないと言われた瞬間、フェリシアははっきりと嫌だと思った。
なのに次の瞬間にはお嫁さんと言われて胸が激しく脈打つ。
そしてお嫁さんにはなれないと言われて、本当に、心の底から、悲しくなったのだ。
「サラ。わたしタイシに会いたい。どうしても会いたいの。どうすればいい?」
幼い頃から頼りになるお姉さん妖精に縋った。タイシを諦めるなんて、忘れるなんて、フェリシアにはできない。
「どうすればわたしはタイシのお嫁さんになれる?」
縋られた妖精は困ったように目を魔王へと向け、判断を仰ごうとしたが、肝心の魔王は度重なる衝撃ですっかり打ちひしがれ、涙目になっている。
内心、なんと役に立たない魔王だ……と思ったが流石に口にするのは憚られた。
そして妖精は自己判断で、腹を括った。
人差し指をビシリと人魚へと突きつけて、高らかに宣言したのだ。
「分かった。そんなに言うならあんたが大使殿の横に立てるよう、私が特訓してあげるわ。厳しくいくわよ!」
「サラ!? お前、何を言って──」
「本当!? ありがとう、サラ! わたし、タイシに会えるならなんだって頑張ってみせるわ!」
「なっ! フェル! そんなに頑張らずとも他に良い男を私が見つけてきてや──」
「その意気よ! さぁ、あんたはまずお勉強からね。王子妃になるならおバカじゃいけないわ。あの国の歴史から地理までみっちり。覚えなきゃいけないことは山ほどあるわよ」
「サラ!」
「頑張る!」
「フェル!」
拳を握り、やる気に満ち溢れる二人は、隣に立つ大きな姿を一人は故意に無視し、一人は他の人のことで頭が一杯で耳に入らないらしい。
かつてタイシも使っていた蔵書庫へと意気揚々と向かう二人の背を見つめる大きな背は、計り知れない哀愁を漂わせたのだった。
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