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 いつにもない倦怠感に襲われつつ、日課の図書室へと辿り着いた三人だった。


 今日は珍しくゴードンとライルもキースに続いて扉をくぐり、深い茶色の革張りのソファに並んで腰を下ろし、同時に深く息ついた。こんな仕草が被るのも、長い付き合いならではだなと思うのも同時だった。


「まさか、二十歳……」


 ようやく声を出したのはキースだった。

 その声はひどく苦い。


 それも仕方のないことだった。


 年下の女の子だと思っていたのが、実は三つも年上の女性だったのだ。


 年下だと思えば余裕を持って接せられたものを、三つも……。


 これまでの自らの行いを顧みて、頭を抱えたがその顔面は真っ赤だった。


 そんなキースを静かに見守っていた二人は密かに目を見合わせて、努めて明るくゴードンが言った。


「……しかし二十歳であれば殿下と年の頃も合いますな」


 すぐさまライルが乗った。


「ええ、そうですよ。ものは考えようです。魔王様とも親交のあるご令嬢のようですし、一度陛下に話されてみてはいかがです?」


「彼女は魔王様と親交があると言っていたのか?」


「ええ。殿下がバスケットの中身を見せられた際に仰っていましたよ。『魔王様のお城で食べたことがある』とか……私の聞き間違いでなければ、登城を許される身分のある方だということでしょう。魔王国との友好の証として、とかなんとか理由をつければちょうど良い縁組になると私は思──」


「それはない」


 俯いたままだったキースの声がそれを遮った。

 わざと明るく話をしていた二人は、その声のあまりの硬さに同時に口をつぐむ。


 やっと上がったキースの顔には色がなく、なんの感情も推し量れない。


「僕は陛下が用意してくださった女を妻にする。彼女と結婚することはない」


「しかし殿下……」


「殿下も少なからず彼女をよく思っておいででしょう?」


「思ってない。彼女はただの友達だ」


 いつからだろうか。

 ハキハキとして利発な少年はいなくなり、薄い青の目に光は失われて、キースの纏う空気に諦念が色濃く漂うようになったのは。


 ここに来て、魔族の方々の自由な気風に触れて、それが幾分か和らいでいたというのに、今はまるで城にいる頃の第三王子が戻ってきたようだった。


「向こうだってそう思っているに決まってる。こちら側が勝手に盛り上がって話を進めて、それで不幸になるのは……彼女だ」


 重い、静寂に包まれた。遠くに鳥の鳴く声が聞こえるほどの静けさだ。


 三人の間に生まれた沈黙を破るのはいつもライルだった。


「……そういえば、彼女はゴードン殿に何やら話していましたが、どのような意味でしょうね?」


 項垂れていたキースが顔を上げる。両隣にはいつもの笑顔と困ったような仏頂面があって、口を開けば動きを止めた心臓が息を吹き返したように軽くなった。


「……そうだな……なんて言っていたんだろうね」


「ちょうど図書室にいますし、我々も一緒に勉強してよろしいですか? ああ、ゴードン殿、静かにしてくださいよ。あなたの声はよく響くんですから」


「な、なぜ俺だけが名指しで注意を受けなければならないんだ! お前だって子供の頃はキンキンと騒がしくて仕方なかったのだぞ」


「二つしか歳は違わないではありませんか。きっとゴードン殿も同じくらい騒がしい少年でしたよ。フォード夫人に確認してみましょうか?」


「母をそのような下らない話で煩わせるんじゃない」


「おや。ご存知なかったのですか。夫人は侯爵閣下が亡くなられてからも私などに何くれとなくお優しい手紙をくださって、極私的なお茶会にも何度もご招待いただいていたのですが……」


「お前は俺の母までも守備範囲に入れているのか!?」


 ついに吹き出してしまったキースだった。


 いつもそうだった。

 ライルが落ち込んでいればキースとゴードンで励まし、ゴードンが落ち込んでいればライルとキースで木剣を持って気晴らしを手伝った。


 そしてキースが落ち込んでいれば、ライルはゴードンをからかい、笑わせてくれたのだ。


「フォード夫人はライルなんて歯牙にも掛けないよ。亡くなられた侯爵閣下を心から愛しておいでだ」


 目尻にたまった涙を拭いつつ笑いかける。


 ゴードンの母でありキースの母の親しい友人でもあったフォード夫人はまだ四十を超えたばかりの美しい方だが厳しくてものすごく怖い女性で、幼い頃から息子の友人であるキースやライルを可愛がってくれていた。

 宮廷夫人というものを庭石の下に集まる虫よりも嫌っているキースだが、ゴードンの母は好きだった。


「さぁ、今日も魔族語を学ぼう。……もうそれほど日はないからね」


 あと数日でキース達は国へと帰る。

 親しくなった魔族達との別れは、すぐそこまで迫っていた。


 だからこそ魔族語を学び、少しでも彼女の話を聞きたい。


 二人分の安堵の表情に笑いかけて、大判の辞書を開き、人魚がゴードンに言った言葉を探す。

 大きな本だからか、ライルとゴードンも横から覗き込んで、キースの指を共に辿った。


 しばらくして人魚の言った言葉を見つけたが、その意味に首を捻った。


「……聞き間違えたかな?」


 思わず呟けば二人も不思議そうに首を捻る。


「私にもこのように聞こえましたが……ゴードン殿はどうです? 一番真正面から言われた言葉ですし、聞き間違えたりはなさらないでしょう」


「…………は……早口だったからな……実はあまり聞き取れていないのだ」


「…………彼女がせっかく懐いて話してくれていたというのになんと勿体ないことを……」


「散々懐かれていますから今更人魚に懐かれるくらいゴードン殿には特別なことではないのでしょうねぇ……贅沢な」


 二人に睨めつけられて、ゴードンは気まずさに呻く。


「そ……そもそも俺は勉強はあまり得意ではない! そういうのは……そういうのはライルの役目だ!」


「ええ、ですから私はそれなりに話せるようにはなりましたよ。聞き取りは実地で学ぶ必要がありますので、あまり得意ではありませんが」


「…………」


 さらさらと人魚に話していた姿を思い出して、自らの負けを悟ったゴードンだった。


 いつもながら見事な百面相にキースは笑いを噛み殺しつつ、勉強を始めるよと二人を促す。


 辞書に目を移すと、調べたばかりの言葉が再び目に入った。


 ──手合わせする。


 その意味を心の中でなぞり、やはり聞き間違いだろうな、とまた考えて、さっさとページを捲った。

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