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「こら! お前はまた……っ殿下も殿下です! 殿下からも言ってやるべきではありませんか! この娘には慎みがなさ過ぎる!」


 ゴードンは苦情を言ってくるが、人魚は「ツツシミ?」と不思議そうに聞いてくる。どういう意味? と言いたいらしい。


 キースは安心させるように笑って、言った。


「君には必要のないものだよ」


 国元にいる所謂、貴婦人と呼ばれている、自分たちで決めた型にはまったばかりの女たちとは違う。自由なこの人魚の少女の性質が、キースにはどうしようもなく好ましいものだった。

 あんな、一般的には慎みがあるとされている、自分たちの常識が間違いなく正しいと考えている女どもと同じになられてたまるものか。


「君にはずっとその、自由なままでいて欲しいんだ」


 魔族語で言えないのがもどかしい。不思議そうに見返してくる目に笑いかけて、マフィンを手渡した。

 その瞬間には心がマフィン一色に染まった人魚を見つめていると、心がとても安らいでいく。


「殿下……」


 そんなキースに、ゴードンは恐る恐る言ったのだ。


「恐れながら申し上げますが……この少女は、殿下のお相手とするには少々幼過ぎるかと思われますが……?」


 激しく咽せたキースだった。


「な、なな、なにを言い出すんだ!! あ、あ、相手ってなんだよ急に!!」


「違いましたか……? お……私はてっきり殿下がご自身のお相手にと考えておられるものだとばかり……」


「ぼ、ぼ、僕の、って……そ、そもそも、幼過ぎるとは言い過ぎだろう! お前は彼女をいくつ扱いしているんだ!」


 言われたゴードンは、ちらりと目を人魚へと向けて「十……三、四……といったところではありませんか?」と首を傾けつつ答えた。

 これにはキースもいくらが落ち着いて言い返した。


「いくらなんでもそれは幼く見過ぎだろう。十五、六くらいじゃないか……?」


 二人して人魚の少女に目を向ける。


 とっくにマフィンは片付けられて、今は半月型に折られたミートパイに夢中な人魚だった。

 頰に小さな肉がついているのを見兼ねたライルが困ったように拭き取っている。


 ゴードンが呟いた。


「…………十……二、三……」


「さらに幼くするんじゃない。どう見ても十四、五くらいだろうが」


「殿下も先ほどより低く見積もっておられますが」


 睨み合いにまで発展した論争を終結させたのは、ハンカチ片手のライルだった。


「『美味しいですか? それは良かった。まだまだありますからね。どんどんお上がりなさい。ところで君はおいくつですか? お菓子を食べた数じゃあありませんよ。年齢です。今年でいくつになりますか?』」


 さらさらと話される魔族語を唖然と聞いた二人だった。

 人魚は質問に答えるためか咀嚼を早めている。


「……女性に……そのように年齢を聞くものでは、ないぞ……」


 ゴードンが一応嗜めたが、ライルは素知らぬ顔だった。


「『急がなくても良いですよ。ゆっくり噛んで食べなさい』」


 ふんふんと何度も頷く人魚とそれを見守るライルの姿にキースは『町の学校の幼稚舎のようだな……』と思っていたが懸命にも黙っていた。


 口いっぱいに頬張っていた人魚が話せるようになるのは時間がかかりそうだったからか、ライルが二人を振り返り、人間の言葉で言った。


「いくらなんでも十二、三ということはないでしょう。殿下の仰る通り十五、六にはなるんじゃありませんか。……中身の年齢はやや下がりそうですが」


「そ……そうだよな? 十二なんて失礼にも程があるよ」


「……そうでしょうか? 親戚に今年で十五になる娘がおりますが、しっかりしたものですよ?」


「ゴードン殿のご親戚なら十五でもしっかりとした教育をされているでしょうが、彼女は人魚ですからね。……言われてみれば、魔族の教育機関はどうなっているのか気になりますが……彼女はやはりそこまで幼くはないでしょう。なかなかに大きいものをお持ちだし」


 たしかにライルの言う通り魔族にも学校はあるのだろうか……とキースが顎に手を添えて考えて──ん? と、ひとつ、疑問が沸いた。


「「大きいもの?」」


 ゴードンと声が被った。


 二人でニヤけるライルの目線の先を辿る。


 ライルの目線の先は当然、もぐもぐしている人魚だ。

 水から腰までを出して池の縁に両手をつき、パイの美味しさを噛み締めている人魚だ。


 人魚の肩から腰までは人間の肌が露出していた。その肌の一部に銀の鱗が流れるように張り付いて胸元を覆い、尾びれへと見事な赤いグラデーションを作っている。それはまるで銀と赤のドレスを着ているようだった。


 そんな、人魚の上半身へと向けて、ライルは言ったのだ。


 ──なかなかに、大きいものをお持ちだ、と。


「「……………………っお前というやつは!!」」


 特大の雷がふたつ、大馬鹿者に落ちた。


「お前はいつもそうだ! その頭の中は女性のことしかないのか!? この女ったらしが!!」


「目を背けることが礼儀だろう!!! まじまじと眺めるやつがあるか!」


「いやぁ、ご本人が気にしていないのならいいのかなぁと。お二人も気付いてないみたいで得したなぁなんて……思ってませんよ?」


「大馬鹿者が!!」


 ゴードンの大きな手がライルの頭をむんずと掴み、ニヤけ顔を思い切り逸らさせた。

 その隙にキースは素早くライルと人魚の間に体を滑らせて姿を隠している。決して後ろを振り返ってはいけないと自らに言い聞かせつつ。


 差し出されていたらしいアイスティーをゴクゴクと飲んで、ようやく一息ついた人魚はそんな三人のやりとりなど聞いていなかった。キースの背に向けて、とても元気よく質問に答えたのだ。


「『二十歳!』」


 その瞬間、騒がしい場が、しんと静まり返り、そして──。


「年上!!?」


 今年で十七になるキースとライル、そして三人の中では年長の今年十九になるゴードンの三つの悲鳴のような叫び声で、水面がわずかに揺れた。

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