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「タイシ、『それ、なに?』」
馬車から降りていつもの挨拶をする間も好奇心旺盛な人魚の視線はキースの手元に釘付けだった。
相変わらず水面にも勝る輝きをたたえた桜色の瞳が映しているのは、キースの手元の大きなバスケットだ。
少し掲げて、キースはほんの少し得意げに言った。
「今日はね、ピクニックをしに来たんだよ。『ピクニック』……分かるかな?」
残念なことに人魚はポカンと口を開いて『ピクニックってなに?』と聞いてきた。
やはり人魚にピクニックの概念はなかったらしい。しかしそれならむしろ良かったかと気を取り直した。
好奇心旺盛な彼女なら、はじめてのピクニックをきっと楽しんでくれることだろう。
「えっと……『外で、食事をすることを、ピクニック』って言うんだよ」
拙い説明をしつつ、サラから預かったラグを敷いて、大きなバスケットを池の中にいる人魚にも見えるように開いた。
こちらの期待を裏切らない人魚は中を覗き込み、手を叩いて喜んでくれた。
「『クッキー! ──! 魔王様の──、──!』」
大喜びしすぎて早口の言葉がほとんど聞き取れなかったが、尾びれがまたビチビチと水面で暴れている姿が可愛らしい。
バスケットの中身は彼女の言う通りクッキーやスコーン、マフィンに数種類のジャム、それにキッシュにパイ、サンドイッチとサラの母お手製のピクルスも入っている。
飲み物は真鍮の容器に入れられた冷たいアイスティーだった。
実は中身を知らなかったキースも感嘆の声をあげた。
「お昼とは思えないほど豪華だね。急に言ったのにここまで用意してくれるなんて、ちょっと申し訳なかったかな」
サラから軽食も用意するから気軽に言ってくれと言われた言葉に甘えてお願いしたが、これはとても一人分じゃない量と種類だ。
後ろに控えるライル達に声をかけた。
「お前たちの分もあるよ。一緒に食べよう」
「ありがとうございます。私達は後でいただきますから、殿下はお先にそちらのご令嬢とお食事をお楽しみください」
分かっていたことだが彼らは決してキースと食事を共にしない。
いつもなら睨むだけで諦めてしまうが、この時は食い下がった。
「ここは自国ではないし、魔王城の庭でのピクニックだぞ。このくらい一緒に食べてくれてもいいじゃないか」
「一度の例外を許しては、殿下は更に魔王城での夕食までご一緒にと仰られるようになりましょう」
ライルは笑みをこれでもかと深めて断言した。
「そう言うのを、なし崩しというのですよ」
「…………」
完敗だった。
仕方ないと残念に思いつつ人魚の少女に向き直ったが、こちらはこちらで思うところがあったらしい。
「タイシ……『あの人たち、わたしを、怒ってる? だからお食事を一緒、嫌がる?』
キース同様魔族語を学び始めた面々の喉から呻くような声が漏れた。
相手は自分達が仕える相手ではなくとも年若い女性だ。それがしょぼくれて落ち込む姿には堅物なゴードンですら胸が痛む。
これを幸いと意気込んだのはキースだけだ。
「そうだね、酷いよね。僕はみんなでご飯を食べたいって思っていたのに、彼らは嫌なんだって。意地悪だよね」
人間の言葉だけで言う。間違っても彼女には聞かせられないからだが、聞かせたい相手には効果覿面だった。
「殿下……戯れはお止めください」
と、ゴードンが眉を寄せて抗議すればライルも困り顔で嘆願してくる。
「ご一緒できるはずがありませんでしょう。あなた様は我々のお仕えする王子殿下なのですから……」
「僕のことをそうやっていじめるんだ、お前たちは。いつもいつも一人で冷めた食事ばかりさせられて、どうせお前たちはみんなで楽しくおしゃべりでもしながら食べているんだろう。このままじゃあ孤独すぎて味もわからなくなるよ。ああ、僕はなんて不幸なんだろうなぁ」
「…………」
「…………」
わざとらしく、しかし半分は本気でぼやいたキースだが、当の人魚にはもちろんこのやりとりは伝わっていない。
「タイシ……」
だから心配そうに人魚は言ったのだ。
「タイシ、ナシクズシ? 『手伝う?』」
お腹を抱えて呼吸困難に陥ったキースだった。
「なし崩すの意味を分かって言ってるのかな、姫……?」
間違いなく分かっていない。何かタイシがしているなら手伝わなきゃという決意だけで言っているだろう表情に笑いが堪えきれない。
後ろではライルと、珍しくゴードンも必死に笑いを堪えて体を震わせていた。
「ほら、お前たち。さっさとなし崩されろ。女性をしょんぼりさせておくものじゃない」
「また殿下は妙な言い回しをなさるんですから……」
ため息をつきつつ諦めた二人が歩み寄ってきたが、人魚は途端に体をぴしりと硬くさせて池の中央へと下がっていってしまった。
「姫?」
キースたちが思うよりもずっと、人魚の反省の色は濃かったらしい。わたしはここでいいとばかりに停止して動かなくなってしまった。これでは手も届かない。
「『この男の顔が怖いのは、生まれつきだよ。戻っておいで』」
「殿下……」
わずかながらにも魔族語を理解しているゴードンの苦情など無視だ。
申し訳なさに身を縮こませた人魚を呼び寄せる方がなによりも大事だった。
「『お菓子、美味しそうだよ。一緒に食べよう』」
一つのクッキーを取り出して池へと差し出す。焼き色の付いた美味しそうなシュガークッキーだ。
しかし人魚はふるふると首を振ってしまう。クッキーへの未練は大いに瞳に宿しながら。
「……やはり我々は下がりましょうか」
小声で言われたライルの提案を受け入れるしかないかと少々残念に思った時、ゴードンが苦虫を噛んだような顔付きをして、池の淵に膝をついた。
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