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 幸いにも遭難はほんの短い時間で終了した。

 

 音からも焦りの見える慌てたような馬蹄がして、先程の男性が戻ってきてくれたのだ。


「どうした。車が壊れたのか」


 振り返ったらいないから驚いたと言う彼にキースは驚いたのはこちらだという気持ちを欠片も見せず「そちらの速さに追いつけず、取り残されておりました。手間をかけて申し訳ない」と神妙に頭を下げた。


 ケンタウロスの男性は目を瞬き、顎に手を添えてしばらく考え──怪訝そうな顔で問いかけてきた。


「俺は、あんた達を置いて行ったか?」


 これほど答えに窮したことなど人生において初めてなキースだ。


 しかしこればかりは男性も察したらしい。なるほどと頷いた。


「悪かった。俺は仲間とばかり走るから、それと走るのは初めてなんだ。次はもっと遅く走ることにする」


「そうしていただけると助かります。手間ばかりで申し訳ございませんが──」


「あんたは」


 謝罪しようとしたキースの声を遮り、男性が言った。


「謝ってばかりだな。今のは俺が悪いと思ったが、人間は悪くない時も謝るのか」


 虚をつかれて言葉に詰まった。


 言われた言葉だけを見れば叱責とも取れる厳しいものだが、男性は笑みこそ浮かんでいないものの不思議そうにキースを見つめている。


 その表情に、こちらを見下す思いも嘲りも見えず、疑問に思ったことを口にしているだけなのだと分かった。


「人間は、ということはありませんが……私の性分です」


「しょうぶん?」


「せ……性格、です」


「そうか」


 やっとまた満面に笑みを浮かべた男性は満足げに頷いた。


「なら仕方ないな」




 今度こそ無事にケンタウロスの男性に見送られて見覚えのある木々の森に戻ってくることができた。


「この道を行くと、ドライアド、妖精族、スライム、獣人族の村に続いて行ったと思う。みんな人間殿と会えるのを楽しみにしているだろうから寄ってやるといい」


「分かりました。このたびはお手間を──」


 無意識に謝罪を口にしようとして、ハッと噤む。慣れとは恐ろしいものだなと自らに苦笑した。


「──ありがとうございました。本当に助かりました。後日改めて族長様にお目通り……お会いしに伺いますので、そのようにお伝えください」


「あんたは難しい言葉をたくさん知っているなぁ」


 こちらを揶揄する意図のない、真っ直ぐな称賛を口にして、男性は笑顔と共に頷いた。


「いつまでもあんたってことはないだろうな。名前を聞かせてくれるか。俺はケンタウロス族のユージーンだ。仲間にはジーンって呼ばれてる」


「私は──」


 十年前に付けられた長ったらしい名前を口にしようとして──やめた。友好的に接してくれた彼には友人として名乗りたい。


「──僕は、キースだ。短い間ではあるが、仲良くしてくれると嬉しい。ジーン」


 本当に嬉しそうな、はにかんだ笑みを浮かべたジーンは大きな体をくるりと器用に翻した。


「次にキースが来る時までに難しい言葉をもっと勉強しておくとしよう。ゴザイタク。しょうぶん!」


 馬蹄の音とともに「めどおりー!」という笑い声が遠のいていく。


 ……意味を間違えて覚えないだろうか。真面目な気質のキースがどれほど心配に思っても大きな背中はあっという間に見えなくなって、当然訂正など間に合うはずもなかったが──なんだか無性に可笑しくなって、こみ上がってきた笑いをこっそりと噛み殺した。




 ジーンの言う通り、このあとキース達はドライアドの住むという森に到着し、歓待を受けた。


 ドライアドは人の形をしているものの肌の質から瞳の色までが草花の茎のような緑色をしていて、目に優しい。


 それとは対照的な鮮やかな赤い木の実を小さな子供達が手渡してくれて、子供の可愛らしさは人間と何も変わらないなと笑顔で受け取り近習達が止めるのも聞かずに一口齧る。そしてすぐに後悔した。

 なんとも言えない酸味のきつい木の実を吐き出すキースを見て子供達がけらけら笑って逃げていく。どうやらからかわれたらしい。

 しかし一連の流れを見た彼らの母親らしい人達が拳で叱り付ける姿が見えて、笑みがこぼれた。


 頭を下げて謝罪され、手を振って大丈夫だと伝えると見たことのないお茶を手渡された。

 礼を言って飲み、そのあまりの苦さに口元を覆う。母親達のキョトンとした表情に、今度はからかわれた訳ではなく、恐らくこのお茶はここでは一般的な飲み物なのだろうと察したのだ。

 思い切って一気に飲み干し、あまりの苦さに顔が歪むのを堪えて礼を言って、ドライアドの村を後にした。




 妖精族の森ではサラの母親と会い、娘についてあれこれ聞かれる羽目になった。十代の少女のような姿から飛び出す下町の女将さんのような話し口調がなんだか可笑しい。

 あれもこれもと娘に渡すよう頼まれた品を受け取り、早々に森を後にした。




 スライムの住む森でもまた可笑しなことがあった。


 人間が来たとわかるとブヨブヨとした液体の塊のような物体が盛り上がって人の形を取る様は不気味なようで、面白くもあった。


 半透明の人間の形を取ったスライムが手を差し伸べてくる。


 スライムの族長は妙齢の人間の女性の姿をしていた。背丈はキースと同じくらい。半透明な顔にある口から発せられた声も女性のものだ。


「ようこそ、スライムの郷へ。友好大使殿。本日はご挨拶に来てくださったのでしょうか」


「はい。魔王様のお城の庭を散策しておりました。報せも出さずのご訪問となってしまいましたが、ご迷惑ではないでしょうか」


 半透明の瞳が柔らかく綻び笑顔を作った。


「とんでもない。報せなど、どの魔族も出しませんわ。こんな遠くまで来ていただけて、とても嬉しく思います」


 事実、この日に訪問したどの村でも報せなんてなくてもいいと言ってもらっていたキースはすっかり安心しきっていた。


「スライムの方とお会いするのは初めてですが、人の形を取られるとは存じ上げませんでした」


 いっそ馴れ馴れしくも思われそうな、こんな話題を出せるまでに。


 スライムの族長は人間の女性がするように品よく口元に手を当てて小さく笑って言った。


「ええ。わたくし達は捕食した相手の形を模すことが出来ますのよ」


「それはなんとも便利で、す……ね……?」


 捕食とはどういう意味だったかと、族長の言葉が耳に染み込むまでに数秒かかり──完全に脳にまで届くと同時に顔から血の気が引いていく。


 目の前にいるのはいっそ美しいとも思えるほど綺麗な若い女性だ。それが──捕食。


 握手するために差し出していた手を護衛であるゴードンが慌てて引き、言い訳まじりに大慌てでその場から逃げ出した。


 のちに、これはスライム流の冗談であるとキースはサラから教えてもらうことになるが、この時は馬車に戻った全員が恐怖に喘ぐ羽目になった。


 額に浮かぶ汗を拭いながらキースはしみじみと言った。


「まさかスライムが肉食とは知らなかったな」


「そのように呑気な冗談はお控えください……」


 近習のライルに突っ込まれて首を竦める。


 誤魔化すように顔を馬車の外へと向けると、風が顔に当たって心地いい。


 ふっと唇から笑みが漏れた。


「殿下?」


 肩を揺らすキースに、ライルが心配そうに尋ねてくるが止められなかった。


 ハーピーの森では恥を晒し、ケンタウロスの住む草原では迷子になり、ドライアドの子供達には揶揄われて、妖精にはお使いを頼まれた。


 そしてスライムに恐怖して全員でそそくさと逃げ出すなんて。


「なんだか少し……楽しくなってきたよ」


 国では考えられない醜態の嵐だ。なのにどうしても笑いがこみ上げてくる。


「さぁ、次はどの種族の住む森だったかな?」


 笑顔で問い掛ければライルもゴードンも呆れたように笑った。


「確か、獣人族とユージーン殿は仰っていましたね」


「ああ、そうだった。……楽しみだなぁ」


 早く着かないかと、浮かれて馬車から身を乗り出してゴードンに叱られたが、それすらもなんだか楽しかった。

ありがとうございました。

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