第二章第三節、救済者
外では罵声が飛び交っている。
外って言っても、瓦礫を隔ていてるだけなので外も中も大して変わらないが。
「にいちゃん、怖いよ」
弟の青が、外に出ていこうとする俺の服の裾を掴む。
「大丈夫。お前らのことは、にいちゃんが必ず守ってやるからな」
青の頭をガシガシ撫でてやると、今度は卓が言った。
「にいちゃん。気をつけね」
「あぁ。二人とも、ちゃんとここで待ってるんだぞ」
そう言い残して、俺はもう一度食糧と弟妹を探しに行った。
クソっ。春樹と明日香はどこに行ってしまったんだ。
最低でも二人分の食糧。
あいつらがいれば…、いや、そんなことを考えたって仕方がない。
俺たちを捨てたゴミどもを頼ろうだなんて。
明日を迎えるため、俺らは食べなきゃいけない。
もっとも、迎えられる明日は13日しかないわけだが。
…あの日、木戸が言っていたことは本当だったわけだ。
木戸は今どこで何をしているのだろう。
あれから気になって仕方がない。
とりあえず、人目につかない場所にあるコンビニに入る。
ここを見つける人が少ないため、この場所を言いふらさないことと、取りすぎないことが暗黙の了解となっている。
この前来たときにはもう少なくなってきていたので、残っている可能性は低い。
店内を隅々まで探したが、やはり食用の品はなくなっている。
仕方がない。
一度、弟たちのもとへ戻ろう。
こんな世の中になってしまい、食糧がなくなる中、俺らが最も忌避しなければいけないこと。
人類の三大禁忌が内の一つ。
…食人だ。
俺がいない間に、いつ弟たちが襲われるのか気が気じゃない。
早く戻らなければ。人々の倫理が壊れる前に。
俺たちの瓦礫には、二人の大柄な男がいた。
獣のような表情をして、青と卓の腕を掴んでいた。
俺は殴りかかった。
しかし、俺の背後にいたもう一人の男に取り押さえられてしまった。
体格でも数でも勝てない。
覚悟だけでは、何もできない。
青、卓、春樹、明日香。
ごめんな。守ってやれなくて。
青と卓は必死に抵抗しているが、すぐ麻袋か何かに閉じ込められてしまった。
三人の会話が一切入ってこない。
ふと、地に伏す俺の顔を影が覆った。
瓦礫の山を見上げると、確かに、いた。
木戸一郎が。
藁にもすがるような気持ちで、木戸に語りかけた。
「木戸…。助けて、くれ…」
木戸が瓦礫の山から飛び降りる頃には、獣たちは木戸の存在に気づいていた。が、着地と同時に響いた悲鳴に、男二人は意識を向けていた。
猫が、俺を抑える男の手をズタズタに引っ掻いたのだ。
木戸は、どこで手に入れたのか、手斧を両手に構え、刃のないほうで男二人の頭を小突いた。
ハンマーになっているらしい。
俺を抑える男が、木戸の方に向かおうと力を弱めたので、俺はそいつを背後から蹴り倒した。
倒れた男に、木戸がとどめを刺す。
「木戸…」
「どうかした?」
「『どうかした?』じゃない!」
「何で急に俺のところに…」
「それは…」
「…こいつが、僕を連れてきたんだ」
木戸が指を刺したものは、猫だった。
ただの猫だったのだ。
そう。
猫の名前を尋ねると、「吾輩」だという。
なんでも、この猫にはちゃんとした名前があるし、それを自分は知らないから、「吾輩」と呼ぶしかない、だそうだ。
全く、木戸のネーミングセンスには呆れてしまう。
麻袋を手斧で裂いて、出てきた弟たちは、木戸を怖がっていた。
それもそうか。
片手に斧を持ち、ホルスターの斧にも手をかけて挨拶するような年上のお兄さんが怖くないはずがない。




