09_ショッピング
それから3日後の朝、朝飯を食べていると白鷺亭の部屋のドアがノックされる。
「ツカサ様、ご在室でしょうか?」
聞き慣れない声だったので、金髪カツラを被ってドアを開ける。
「ツカサ様でいらっしゃいますね。わたくし、フォルテ商会の資産統括補佐のタラーレと申します。全権代理ポーラ様からの命により、別邸関係の各種書類と借用書をお持ちいたしました。」
ぱっつり揃えられたおかっぱに眼鏡、その奥には何の感情もない双眸がのぞいている。まさに能面だが、手には書類の束が携えられていた。
(元陸軍の魔導兵で、上官を半殺しにした人だ…。)
「あの、ツカサ様?」
「あ、いや、何でもない。タラーレ殿、わざわざありがとう。」
「こちら、不動産の権利書、登記書、それから建物の鍵でございます。」
タラーレから羊皮紙の束と鍵―――頑丈そうなキーホルダーにいくつも鍵がぶら下がっている―――を受け取る。
(鍵、多いな。それに重い。一体何部屋あるんだ…?)
「ポーラさんはどうしてる?」
「本日は王都南門の河川水揚場へ買付と視察に行かれておられます。夕方には戻られると思いますが、急ぎの伝言などあれば、お伝えしておきますが?」
(あんなことがあった後だ。もう取引以外で会うこともないだろう。)
「いや、いい。ご足労感謝する。」
「建物には今日から出入り可能です。地図もその書類の中にございますので、ご確認くださいませ。それでは、これにて失礼いたします。」
一礼し、タラーレが辞去する。
地図を広げると、別邸は現フォルテ商会邸宅から東方向にあるようだ。王都内の地図は軍事機密に当たるため仔細が記載されておらず距離は不明。だが最低限の目印は記されている。
(あとはミラを待つだけだな。)
―◇―◇―◇―
それから2時間後、ドアがノックされる。
「あ、あの! ツカサ様はいますか!?」
完全にミラである。そしてなぜかとても緊張していることもわかる。
ドアを開けると、先日と同じ格好のミラが蒸気した顔色で立っていた。
「よくきたな…って、どうしたんだ?」
「い、いえ! 王都なんて、初めてでして…!」
「そうだったのか。悪いな、だったらこちらから迎えに行くべきだった。」
(完全にお上りさんだな。初々し過ぎる。)
「いえ、とんでもございません! 無事にたどり着けて良かったです!」
「落ち着けミラ。ほら、突っ立ってないで中に入ってまずは少し休め。というか、その荷物は何だ…?」
よく見ると、ミラが持ってきたであろう大きなズタ袋が脇に置かれている。
「これは、ツカサ様にいただいた小麦です! 勿体なくてまだ殆ど使ってないので、持ってきました!」
(たしか、俺がミラに譲った小麦粉って30kg以上だったはずだけど…。え? それを持ってきたってこと!?)
無言で道具箱に収納してやると「あ…!」とミラが驚く。
「こんな重いもの、俺が持っておいてやる。ほら、早く入れ。」
―◇―◇―◇―
ミラを中に入れ、紅茶を淹れてやる。
「あ…ありがとうございます! ツカサ様!」
「だからそんなに緊張しなくていいって。それに様はいらん、ツカサでいい。」
「す、すみません! ツカサ様…いえ、ツカサ…さん!」
「まぁ、いいや。とにかくご足労ありがとう。疲れただろう。初めての王都はどうだ?」
「いえ! あ、いえ、歩くのはいつものことなのでいいんですけど、人が沢山いてびっくりして、なんかぼやぼやしてきちゃって…。でも凄くキラキラしてて楽しいです!」
(人ごみに酔ってやがる。地方から都心に出てきたティーネイジャーそのまんまだな…。)
「そうか、まぁすぐ慣れるよ。それにしても、楽しそうで何よりだ。」
「ただ、お洋服がこれしかなかったので、街の人からジロジロ見られちゃいました…。」
テヘっと笑うミラの格好は、いつものつぎはぎだらけの普段着。これでは、王都では奇異な目で見られるのも無理はない。
「そうか、それは確かに都合が良くないな。…よし、別邸に向かう途中で服も調達しよう。心配するな、買ってやる。就職祝いだよ。」
「そんな…! お洋服を買って頂けるなんて! 悪いです…。」
「そんなに遠慮することはない。使用者としての必要経費だ。」
「であれば、良いのですが…。」
「決まりだな。ミラはなんでも似合うと思うから、もっと自信を持て。あと、そんなに挙動不審だと怪しまれてしまうぞ。普通にしていればいい。」
ミラの顔が真っ赤になっている。
「ん? どうした??」
「な、なんでも似合うって…そ、そそ、そんな…」
(そんな反応やめてくれ…。)
「ま、まぁとにかく、下で昼食を取って向かうとしよう。 昼はまだだろ?」
「は、はい。実はお腹ペコペコでして…」
「じゃぁ、早速昼にしよう。」
―◇―◇―◇―
1階に降り、昼食を取る。
本日の白鷺亭の昼食メニューは、黒パン3枚と鶏肉のシチュー、あとは野菜のスープだった。
この世界ではまぁまぁ美味い部類なのだろうが、元世界の味に慣れている俺には全てが薄味であまり美味しいとは思えない。なので、ミラに自分の分も分けてやった。
(めっちゃ食うな、こいつ…。)
「そんなに食べて大丈夫か…?」
無理矢理飲み込み、ミラが口を拭う。
「こんな美味しい食事は久しぶりです! そもそも、いつも満足に食事できませんし…。ツカサさんからいただいた小麦は、貴重なので節約して使ってますから…。」
「それはさっきも聞いた。まぁ、満足いくまで食べればいい。遠慮はするな。」
ミラの目が煌めく。
「いい食べっぷりね! ツカサさん今日でここを出ていくんでしょう? これは私からの選別! 今までありがとうね、ちょっと寂しいケド…。」
宿屋の従業員、エリーゼが麦酒の木製ジョッキ2つをドンッとテーブルに置く。
「気が利くな、ありがとう。エリーゼ、今まで世話になったな。なに、王都から出ていくわけじゃない。また会うこともあるだろう。」
「だったらいいケド。」
と言って、盆を携えてカウンターに引っ込む。
(この麦酒、不味いんだよな…。あー、日本酒飲みてぇ…。そうだ! 今日は引っ越し祝いでいい酒を召喚して晩酌しよう!)
「ミラ、これも全部飲んでいいぞ。」
「麦酒じゃないですか!? いいんですか!?」
「あぁ、構わない。今日はお前の就職祝いだからな。」
「あ、ありがとうございます…。」と、ミラが少しトーンダウンする。
「どうした?」
「いえ、3年前に両親が死んで、独りぼっちになって、あとはヴェルデ村で生きて死ぬものと思ってました。でも、今、王都でご飯食べて、お昼からお酒飲んで…。こんなに幸せでいいのかな、と…。」
「いいんじゃないか? ただ、俺から言えることは、今しかできないことは、そして、今やるべきことは、逃げずにやれ、ということだけだ。それが人生を楽しむコツだ。」
それをしなかった成れの果てが、お前の目の前にいる人間だ。とは言わない。
ミラがじっと俺を見つめる。
「ツカサさんは、不思議な方ですね。普通、私みたいな寒村の、世間知らずな村人に、こんな良くするなんて…。」
「俺は悪人でない確証がどこにある? 人を疑うことも覚えた方がいいぞ。」
「そういうところです。普通、そんな優しいことは言って貰えませんよ。」
「優しい?」
「だって、それって最終的に私を守る助言じゃないですか。だから、私はツカサさんが悪人だとは思えません。たとえ悪人だったとしても、私は…」
(あー、これはいかんな…。)
咳払いをする。
「ところで、もし、ヴェルデ村で今よりもはるかに上質で、はるかに多くの麦や野菜が収穫できれば、幸せだと思うか?」
顔を朱色にして俯いていたミラが顔を上げる。
「もちろんです! 基本的に余った農産物を売ることで貨幣を獲得してますが、年によっては不作で自分たちが食べるだけで終わってしまいます。もし、そんな夢のようなことがあれば、村の人たちの顔は明るくなると思います。」
「そうか。実は、ちょっと実験してみたいことがある。うまくいけば、より多くの収穫が見込めるかもしれない。だから、ミラがヴェルデ村で持っている麦畑や野菜の畑を貸してくれないだろうか?」
「え…? そんなことが…?? 私が王都で働く以上、畑の世話はできません。もし、何かお考えがあるのであれば、喜んで使ってください…!」
ミラが真摯な目を真っすぐ向けてくる。この世界の都市部以外の農村は、同じような境遇なのだろう。それが続けば、いずれ王都のような都市部も立ちいかなくなることは道理。
農業については素人だが、知識はある。それで少しでも食糧事情を改善できるなら、ミラみたいな人間の生活を少しでも良くできるなら、俺がこの世界に来た意味はあるんじゃないだろうか。
「分かった、ありがとう。計画ができたら取り掛かろう。」
「ツカサさん、わたし、あの時ツカサさんに出会えてよかったです。」
ミラの潤んだ目が向けられる。
「コホン。ほら、飲んで食ったら行くぞ。まだ俺もどんな家なのか見てないんだからな。」
「そうですね! 沢山食べて、ツカサさんが満足するようなお仕事しなくちゃいけないですからね!」
無垢な笑顔にグッとくる。
この娘と2人きりでの生活、大丈夫かどうか自信が無いぜ…。
―◇―◇―◇―
エリーゼに挨拶をし、約1ヶ月寝泊まりした白鷺亭を後にする。
フォルテ商会の別邸、もとい、自宅に向かってミラを伴って街を進む。
綿麻のローブ姿の大型の男―――男だとは夢にも思わないだろうが―――と、つぎはぎだらけの農作業服のミラ。行き交う人々の視線が痛い。
途中、中流階級向けの仕立て屋へ立ち寄る。
「すまないが、この女性に合う洋服を何着か見繕ってくれないか?」
店員はミラの姿を見て怪訝な顔をするが、「現場作業中に準備しておいた普段着を盗まれてしまってな、新しく新調することにしたんだ。」と誤魔化すと、店員は「まぁ、それは大変でしたね。」と直ぐに営業スマイルに切り替わった。
(なんの現場作業ってんだ…。)
「これなんかいいんじゃないか?」
シュミーズ、キルトル、コット、エプロンのセット品を手に取ってみる。
これがあれば、王都に溶け込めるはずだ。
「お? あとこれもなかなかいいな。」
と、仕立のいい白いワンピースも手に取ってみる。
来客なども想定しておくべきだろう。
「ツカサさん…こんな上等な…。」
「ん? 似合うと思うんだがな。取り敢えず試着してみるといい。」
「はい、お客様にはどちらもピッタリお似合いだよ思いますよ!」
という店員に促され、ミラが試着室に連れて行かれる。
ミラが試着室で着替えている間、店内を見渡す。
色んな洋服があるが、当然だが素材は全て綿か麻。靴は革だ。
そして食料と違いかなり高い。裁縫や仕立は専門の職人が行うし、1枚の服をボロボロになるまで使うのが当たり前のこの世界では、それも当然のことなんだろう。
「ツ、ツカサさん、どうですか…?」
振り返ると、シュミーズのセット一式に身を包んだミラが立っている。
その装いは、王都を行き交う街の人々と変わらない。
「似合ってるじゃないか。街の人々と遜色ないぞ。」
「…本当ですか!?」
「あぁ、本当だ。それは購入するとして、次は白いワンピースも試着してみるといい。」
「は、はい!」
試着室に戻るミラの後ろ姿を見送る。
(そういえば、女性と洋服を買いにいくなんて、礼奈と付き合ってたとき以来だ。「似合う」以外の返事なんて受け付けないくせに、わざわざ「似合う?」なんて聞いてきたっけな、あいつ。結婚して結依が産まれたときは、「結依が大きくなっても洋服を一緒に買いに行けるような家族になれたらいいね」なんてことも言ってたっけ。まぁ、ついぞそんな未来はこなかったがな…。)
そんなことを考えていると、ミラが白いワンピースを着て出てきた。
「おぉ、思った以上に似合ってるな。」
「あ、ありがとうございます…こ、こんな良いお洋服を買っていただけるなんて…。」
「いいって。それに家にはフォルテ商会の人間も来るだろうから、外向き用の服も必要だしな。」
「あ、た、確かにそうですね!」
「ではそれも買うとして、あと必要なものは…ん?」
数ある洋服の中で、異色の彩を放つ服が目端に映る。それを一着、手に取った。
(これは…)
「あらお客様、そちらをお手に取られるなんてお目が高いですわ! そちら、今年の新作ですのよ!これまでにない斬新な仕立が話題を呼んでいますわ!」
(これは…ダメだな…。)
「一度、ご試着されてはいかがですか?」
(ダメだが、決して買わないが、まぁ試着くらいなら…。うん、そう、これは不可抗力だ。不可抗力なんだから仕方がない。)
「…試着させてやってくれ…。」
「もちろんですわ! きっとお似合いになると思いますよ!」
と、店員は服を受け取ると満面の笑みで試着室へミラを連れて行ってしまった。
「ささ、こちらへどうぞ。お客様はお胸が大きいので、とーってもお似合いになると思いますわ。」
(ミラ、好奇心に勝てなかった俺を許してくれ…。まぁ、一度見てみるだけ。買わなければ問題ない、うん、問題ない。)
そしてしばらく後、試着室から出てきたミラは恥ずかしそうにモジモジしているが―――まぁ、無理はない。
「あ、あの、ツカサさん…これは…?」
濃紺のベース生地に白いフリルが付いた衣装の半袖からは白い二の腕が通り、大きく空いた胸元にはたわわな乳が深い谷間を形成している。
白いニーハイとミニスカートの間には、ミラの肉付きのいい太腿がむちっとのぞいていた。
「とーってもお似合いですわ! こちらのメイド服、ご購入なさりますか?」
「当然だ。」
「まいどありがとうございますぅ!」
―◇―◇―◇―
結局、シュミーズのセット×2、白いワンピース、メイド服、普段用の靴、外向き用の靴、メイド服用の靴、合計7点を購入する。
「こちら、合計で金貨9枚と銀貨5枚となります。」
代金を支払っていると、買ったばかりのシュミーズのセットと普段用の靴に着替えたミラが試着室から出てくる。
「ツカサさん…本当にいいんですか…? 金貨10枚なんて、私とてもじゃないですがこんな…」
(恐縮の塊みたいになってるな。まぁ現金収入が年に金貨3枚程度だったのだから無理もない、か。こういうときは…)
「この服は、就職祝いと同時に仕事着でもある。王国最大の豪商・フォルテ商会と独占契約を結んでいる俺のところには、フォルテ商会に鍛えられた一流の使用人も出入りすることになるだろう。当然、彼女たちに失礼のないように接しなければならない。服はその1つだ。わかるか?」
ミラの顔色に緊張が走る。
(うん、これでいい。恐縮する人間に恐縮するなと言ったところで意味はないからな。)
「は…はい! 私ったら、飛んだ勘違いを…。申し訳ございません。」
「いや、分かってくれたならいいんだ。」
「では、あのメイド服も恥ずかしがらずにちゃんと着なきゃですね!」
「あ…あれは! たまに…そう!たまに気分を変えたいときにでも着ればいい。特に来客用というわけではないから、あまり人に見せないようにな。」
「そうですか? ツカサさんがそうおっしゃるなら、そうします!」
(買うつもりは毛頭なかったけど、思わずミラのメイド姿にビビッときちまった。あの破壊力はやべぇ…。)
「あ、あぁ、とにかく今後とも宜しく頼む。さてこれで街の人からジロジロ見られなくて済むな。早いこと家に行くとしよう。」
「はい!ツカサさん。」
―◇―◇―◇―
フォルテ商会を横目に、別邸に向かう。
しばらく東に15分ほど歩くと、富裕層向けの住宅が立ち並ぶ区画に入った。
フォルテ商会のような超大富豪の家、というより豪邸と比べるべくもないが、かなり広くて立派な家が立ち並んでいる。
その中の一軒の表札に『ツカサ邸』と書かれた金属製プレートが掲げられている。
「マジかよ…」
「ここですか? こんな立派な御屋敷…。」
「あ、うん、もはや屋敷だな。」
(「使用人が必要」だなんて大袈裟だと思っていたが、こりゃ確かに使用人が必要だな…。)
元世界の、しかも日本の住宅事情を基準に考えると、まごうことなき屋敷である。
(とにかく、中に入ろう。ここはもう俺の家なんだからな。)




