08_ミラとポーラ
「ど、どうぞ。すみません、こんなものしかお出しできず…。」
ミラが震える手で俺とポーラの前に水を置く。
「いえ、お気になさらず。突然押しかけたのはこちらなのですから。」
「ミラさん、まずはお座りになってくださいまし。ここはミラさんの家なのですから。」
ミラが、今更自分が立ったままであることに気付き、慌てて椅子に座る。
「あ、あの、フォルテ商会のご令嬢様がこんなところに何のご用でしょうか…?」
怯えた様子で上目遣いに俺とポーラを交互に見る。
目の前には王国最大の商会の令嬢、家の前には立派な馬車とフルプレートで帯剣した私兵に、そうは見えないが魔術師が一人。
ただの寒村のただの村娘でしかないミラがカチコチになるのも無理はない。
相変わらずの可愛らしいフェイスと、肉付きのいい身体が緊張で強張っている。
(見るな俺。考えるな俺。俺は43の枯れたおっさん、俺は43の枯れたおっさんっ…!)
「すみません、脅かすつもりはありません。」
そう言って金髪のカツラを脱ぐ。
「久しぶだな、ミラ。元気だったか?」
「あっ!」
「覚えてくれててよかった。先月、お前に助けられたツカサだよ。」
「そんな、助けただなんて…」
「いや、あのときここでミラから色々と話を聞かせてもらわなければ、俺は今頃どうなってことやら。」
「いえ、こちらこそあんな上等な小麦粉をいただいてしまって…。 あ! あの小麦粉で作るとすごくおいしい白パンが焼けるんですよ! いつかツカサさんにも食べて貰いたいなって思ってたところなんです…!」
隣でポーラが咳払いする。
「随分と親しいご様子ですわね。あと、小麦粉って何のことですの?」
ポーラの視線が痛い。なのでさっさと本題に入ることとした。
「ポーラさん、今はミラに使用人の件を。」
ポーラは少しふくれたが、ミラに使用人登用の件についてのあらましを説明し始めた。
―◇―◇―◇―
「と、いうわけですわ。ミラ殿には王都に使用人として、ツカサ様の身の回りのお世話や家事、お料理などをしてほしいのです。住み込みですので、ここを離れることになりますが…。」
「私が…王都に??」
ミラが目を丸くする。
「もちろん、こちらかの一方的なお願いなので無理強いはしない。あと当然だが、好きな時にここに帰省して貰って構わない。だから、ご家族ともよく話し合って決めてほしい。…そういえば、ご家族はどちらに?」
その問いにミラが顔を伏せる。
「…家族は、いません。3年前に授母も産母も魔物に襲われて亡くなりました。当時も不作で、少しでも木の実をたくさん取ろうとして森の奥に入って行ってしまって、それで…。」
(魔物、か。確かに冒険者でさえない人間が魔化狗などに襲われたら、ひとたまりもないだろうな。)
「済まない。悪いことを聞いた。」
「いえ、いいんです。私もこのままでは、いずれ…。なのでこのお話、謹んでお受けいたします。家事や料理は得意なので、何でもさせていただきます。」
ミラが頭を下げる。
「いい返事をありがとう、ミラ殿。王都で暮らせば、少なくとも魔物に怯える必要は無くなるわ。」
「ありがとう、ミラ。給金は俺から払う。えーと、ポーラさん、こういう雇用形態での給金はどの程度が相場なんでしょうか?」
「そうですわね…月に金貨2枚程度が妥当かと。当然、守秘義務含めての金額ですので、割高になるのは当然でしてよ。」
「金貨2枚!? 家事料理だけでそんなに…!?」
「もちろんだ、ミラ。料理の材料や家事に必要なものはこちらで準備する。だから給金は好きに使うといい。ただし秘密は守ってもらう。」
「も、もちろんです! 今後ともよろしくお願い致します!」
立ち上がり、よろしく、と言って3人で握手を交わす。
取り敢えずこれで使用人問題は解決だ。
「ミラさん、3日後に王都の『白鷺亭』という宿に来ていただけますか? こちらの証書を衛兵に渡せば、問題なく通過できますわ。地図もこちらに。」
と、ポーラがミラにフォルテ商会の印が押された通行証書と白鷺亭への地図を手渡す。
「白鷺亭に着いたら従業員に俺のことを聞いてくれ。部屋に案内してくれるはずだ。そこで合流して家に向かおう。」
「は、はい! ありがとうございます!」
(あれ? ミラが住み込みってことになると、基本的に屋敷に二人きりで生活することになるのか?)
「ツカサさん、どうかされましたの?」
「あ、いや、ミラはどこに寝泊まりするのかなと思いまして…。」
ミラの顔が少し赤くなる。
何かを察したポーラの顔色が変わり、早口でまくし立ててきた。
「と、当然、使用人部屋がございますわよ! ミラさん、使用人部屋でのみご就寝のほどお願い致しますわ!」
「待てポーラさん。ミラだって疲れて寝てしまうこともあるだろう。そこはそんな制約を設けなくても…。それに、ミラの雇用主は俺なんですから…。」
じとーっと湿ったポーラの視線が向けられる。
「ふぅ、まぁ確かにそうですわね。雇用主はツカサさんですもの。そこは私が口を挟めることではございませんわ。
わ・た・く・し・も、頻繁にお邪魔させていただきますから、それで手打ちとしましょう。」
(なんの手打ちだよ!)
「まぁまぁポーラさん、ミラが固まっています。ひとまず我々はお暇しましょう。ミラ、また三日後に。」
「あ、はい! 今日はわざわざありがとうございます!」
―◇―◇―◇―
「あーゆー女性が好みなのですわね。こう、肉付きが良くて抱き心地が良さそうな女性が!」
帰りの馬車で、ポーラがむくれている。
「誤解ですよポーラさん。ポーラさんだって類稀なるプロポーション…えーと、容姿をお持ちではないですか…。」
「プロ?ポション? ふん、よく分からない言葉で誤魔化そうとしても無駄ですわよ。」
フンっと、そっぽを向く。
(拗ねちゃったよ…どうしよう…。)
「やめて下さいよ。そんなたちの悪いお戯れなんて…」
「そんな! 戯れだなんて…!」
(やべっ! なんかスイッチ押しちゃった!?)
「コホン。
ポーラさん、俺は43の男です。この世界で男が珍しいのはわかりますが、わざわざ43歳の、しかもこんな変わった存在に好意を向ける必要はないでしょう。」
「…」
「それに、ポーラさんはフォルテ商会の次期頭首です。俺なんかよりももっとふさわしい方が…」
「私が誰を好きになろうと私の勝手ですわ…っ!」
「…」
「っ!…申し訳ございません私ったら、声を荒げてしまって…。」
自分で言ったことの意味を遅れて理解したらしく、頬を赤らめて俯いてしまった。
「…」
「先ほど商会で、お母様から暗に認めてもらったことが嬉しくて、つい…。
…年齢や性別などのくびきなく、率直にツカサさんが私のことをどうお思いになっているのか、教えてもらえますか…?」
「…」
「こう見えて私、結構強いのですのよ? どんなことだろうと受け止めましてよ?」
無理に作った笑顔が痛々しい。
(そんなふうに、言われるとな…。だが…)
「では、遠慮なく。
ポーラさん、あなたを最初見た時、その美しさにしばし目を奪われたのは事実です。確かにミラのような肉付きが良く抱き心地が良さそうな女性も大好きですが、ポーラさんのような細身で巨乳という圧倒的な容姿を持つ女性に興味が湧かないわけが無い。
この世界で「男」という存在がどれだけ神格化されているのか分かりませんが、所詮は男なんて生き物は女性の容姿で好きかそうでないかを判断する単純で愚かしい生き物です。そういう意味で言うとポーラさん、あなたは満点に近い。」
キリっと言い切る。
(よし、こんなにもド直球のセクハラ発言をしたんだ。「やだこの人キモイ」と思ってくれたはずだ。)
ちらりとポーラに視線を向ける。
口に手をやり、目を見開いてこちらを凝視している。
(お、いいねその反応。どうだ?キモいだろう? キモいからこんなおっさんはやめとけ。)
「神話で語られる男がどれほどの聖人君子として語られているか知りませんが、どうせ男なんてこんなもんです。だんだん俺が大したことない俗っぽい奴だと思えてきたで…」
「嬉しい…」
「え?」
「ツカサさん、私のことをそんな風に思っていてくれていたのですね。私、とても嬉しいですわ…。」
(ぇぇぇえええ!?!?)
「意中の相手から容姿を褒められるなんて、これ以上ない喜びですもの。」
うっとりとした熱っぽい視線を向けられる。
(違う!今のは本音だがセクハラだよセ・ク・ハ・ラ!! セクシャルハラスメント!!! 遠ざけたい女子に発動すると関係を切ることができるという魔法だ! なぜ効かない!?)
しかしふっと、ポーラは目を伏せる。
「…であれば、なぜ私を拒まれるのでしょうか…?」
「それは…」
「容姿や、ご自身の性別と年齢以外にも、何かございますのでしょう…?」
じっと一点を見つめて、俺の次の言葉を待っているようだ。
(やれやれ、だな。)
「ポーラさん、あなたは容姿だけでなく、中身も素晴らしい方です。大豪商の令嬢にも関わらず、偉ぶらない。先ほどのミラへの態度を見ていて思いました。人が人であれば、ミラのような村民など足蹴にしていることでしょう。
しかしあなたは飽くまで対等に接していた。しかも、俺にはそれが敢えてやっているのではなく、自然な態度として映った。ここまでの女性は、そういないでしょう。」
「ではどうして!? 確かに出会ってから日が浅いのは確かですわ。でもそれなら前向きに検討して頂いても…」
「うんざりなんですよ。もう、うんざりなんです。俺はね、家庭にも仕事にも、もう心底うんざりなんです。やっと全てのくびきから解き放たれて自由になったんだ。この世界では、気分の赴くまま自由に生きたいんですよ…」
「…」
「…失礼。まぁ、俺はポーラさんが期待されるほど大した男ではありません。」
両親の顔、義両親の顔、会社の同僚の顔、上司の顔、代理人弁護士の顔、そして礼奈と結衣の顔。
浮かんでは消えるそれらの顔を振り払うように頭を振る。
「…ツカサさん、もしやご家族が…?」
「路傍の石ほどのくだらない話をしました。これ以上は…ご勘弁を。」
(何やってんだろうな、俺…。)
馬車が止まる。
外で御者と王都の守衛がなにやら会話する声が聞こえてくる。
しばらくの後、「通れ! 次の者!」という王都守衛の声が馬車内に木霊する。
馬車が再び動き出す。
石畳の段差で車軸の軋む音が、静まり返った車内にひどく大きく反響した気がした。
外の空気が王都の街の喧騒に変わる。
「今でなくとも結構です。でもいつか、聞かせていただいてもよろしいでしょうか。」
「え?」
「先ほどのツカサさん、とても寂しそうでしたわ。いえ、差し出がましいようですが、これまでも一抹の孤独感はふとした瞬間にありましたもの。ただの商売相手であっても話くらい聞くことはできますわ。ですので、いつか聞かせて下さいね。」
「…」
「それに、大したことない方が、平民が豊かになる為に何かを考えることなどありませんわ。」
目に涙を湛えて笑顔でそう言うポーラにしばし言葉を失う。
「…えぇ、そんな日が来れば…。」
(20以上も年下の女に絆されるなんて情けねぇ。まぁ、俺の人生情けねぇことばかりだったがな…。)




