54_断罪
――基盤歴640年03月15日(朝) ヴェレンタ王国王都ヴェレンタン王城 大謁見室――
この日の大謁見室もいつもの布陣。玉座にクララ、左右に両王女殿下、玉座から見て右側にランダレアやシールール、リンダなどの主要行政官、左側に主要貴族が並ぶ。
ただ、いつもと大きく異なる点がいくつかある。
両王女殿下にも椅子が用意され腰掛けていること。それから、インバイト、キートの領主であるアマス・インバイトとオリヴィルア・キートも出席しており、それぞれ両殿下の隣の椅子に腰掛けていること。
そしてなんといっても、俺とユーナがランダレアの隣に並んでるということだ。今日、俺たちは玉座の前に跪く側の人間ではない。傍聴人、いや見届人と言ったほうが正しいだろう。
それからもう一つ、いつもとは違いあの綺麗な赤い絨毯は敷かれておらず、大理石が剥き出しになっている。今日ここで玉座の前に平伏する者どもにあんな高級な絨毯は不要、ということだろう。
玉座の前には、後ろ手で縛られ足首に鎖足枷を嵌められた"囚人"たちがずらりと平伏している。粗末な麻布1枚を着せられただけの彼女たちの姿は、哀れと言う他ない。
俺が知っている顔はローランスと、あと一度見たら忘れられないデクマルシアだけだ。今、目の前に両膝をつくローランスからは、バルム丘陵で見た負けん気の強さはもはや微塵も感じられない。王城に連行されて以降、姿は見ていないが、今日まで苛烈な尋問に晒されてきたのは想像に難くない。それはデクマルシアも同じだろう。
あのバルム丘陵での決戦のあと、ララスは領都ハクシーランに軍を進めた。ヤーライルはほぼ残ってない領都の守備兵に籠城戦を命じたが、門番がこれに背き、無血開城となったらしい。
王家軍がなだれ込み、リーファとヤバス、その他投降兵たちの協力もあり、首魁のヤーライル他、逃げ隠れていた首謀者各位を次々と捕縛するに至ったようだ。
王都に連行されて以降、ローランスと同じく尋問の日々だった彼女たちの目に生気は無い。生きながら死んでいるように見える。
ララスは領都ハクシーランを陥落させ、速やかに政と軍部の掌握に取り掛かった。王家軍数千及び投降兵や逃亡兵を暫定的に再編し、王家暫定南方軍を組織。政治的空洞を埋めるため王都から各種文官を呼び寄せ、取り敢えずの引き継ぎを済ませて昨日、この審判の為に王都に一時的に帰還したらしい。ということはランダレアから先ほど聞かされた。
ララスを見る。いつも通り豪奢なドレスを身に纏い、王女殿下として椅子に腰掛けている。総大将として軍を率いていた人間と同じとは思えない。
この審判が終われば、またすぐにハクシーランに発つという。いちから政務を立て直すのは少し時間が掛かると思われるが、そもそもの統治に疑問を抱く者も多かったため、王家による統治はわりと好意的に受け止められているとのことだ。というのも先ほどランダレアから聞かされた。
いつもの上等なフルプレートを着用し、隣で憮然として屹立するランダレアは、戦の時と殆ど変わらない。まぁ当然か。
「静粛に! これより、王国評議会による大審問の開会を宣言する。」
宰相ブルドス・アンダルチアが高らかにそう宣言すると、大謁見室のざわめきがピタリと止まる。こちら側の、実務を取り仕切る鉄人たちはさておき、向かいに並ぶ有力貴族たちの顔は軒並み強張っている。
「我らは六大神と王の御名のもと、この厳かなる審議の場に集った。本日審議するは、我が王国の安寧を脅かし、あろうことか王家に刃を向けた旧サイレル公爵家当主、ヤーライル・サイレルによる謀略と内乱についてである。
問罪の儀を執り行う。被告、ヤーライル・サイレルは前に出よ!」
衛兵に両脇を抱えられ、半ば引きずられるように一人の女性――ヤーライル・サイレルが玉座に続く階段の前に立たされた。『旧』サイレル公爵。既にサイレル家は改易されている。
裁判と言えば聞こえは良いが、弁護人などおらず一方的に罪状を述べられ一方的に判決が下されるだけの見せしめの場。この世界だとそれが当たり前だし、それに今回に限っては被告たちは真っ黒なのだから裁判の形式に拘っても意味はないだろう。
「関係者各位からの聴取内容をまとめたるをここに述べる!」
ブルドスが紙の束を仰々しく目の前に掲げ、今回の内乱に至る経緯を披露し始めた。
「8年前、後にハクシーランとなる一帯を自領とするため、当時該当地域を統治していたオーマチ子爵家を陥れ、恐れ多くも王家さえ謀りまんまとこれを手中に収めることに成功した。当時から王家へ反目を目論んでいた被告は、その後…」
オーマチ子爵。ブルドスがこの大審問でオーマチ子爵を陥れたことに触れたということは、嵌めたことを自供したのだろう。ファルミの読み通りだったってわけだ。
隣に立つユーナをちらりと見ると、相変わらずの能面が顔に張り付いている。
ヤーライル討伐に参加すると言い張ったがクララに却下され、代わりにとこの場への出席を許可された。『大審問での発言権は無く、また当然ながらいかなる場合に於いても魔力の発露は厳禁』との条件付きでこの場に同席している彼女は、かつて一族を壊滅させた者どもがこの場で縄についている光景に何を思うのだろうか。
「…そして4年前、ウィネ共和国のモーリン・フェアウ将軍および長子ポルリン・フェアウから胡椒の取引を利用した不正について助言を受け、その悪魔の囁きにまんまと乗るに至った。その不正による資金獲得のため…」
モーリン・フェアウ、ポルリン・フェアウ。ポーラ曰く、たしか共和国の独裁者とその長子だったっけか。たしかクララが『モーリンがこのような搦め手を使ってくるのは珍しい。きっとポルリンが入れ知恵したに違いない。』と言っていたような気がする。だとすると、親のモーリンはさておき子のポルリンの方が厄介な気がするけど、果たしてヤーライルがいなくなったらどう出てくるか…。
「不正によって得る富を更に増やすため、ガーク商会なる商会を新たに立上げ、姉・デクマルシアを統領に置いた。表向きは公爵家とはなんの関係も無い、いち商会であると謀りながら、不正の隠れ蓑とすることを目的にガーク商会を運営した。そしてデクマルシアの指揮の下…」
デクマルシア。自らに石を投げつけた年端もいかないフェイリアを嬉々として処刑しようとした女。彼女も当時の威勢は見る影も無く、その縦にも横にもでかい図体を玉座の間にへばりつかせている。女性相手にこんなことを思うのは甚だ不敬かとは思うが、これまでの経緯もあって、その哀れな姿はただのだらしない肉の塊にしか見えない。
「…さらに昨年の夏ごろ、共和国の求めに応じ、あろうことか武器・兵員の密輸に関する密約を取り交わし、実際にこれを履行した。それまで蓄えた莫大な富を使い、共和国から武器・兵員をラガン湾近くの洞窟を利用して密輸。これを王家への反乱の刃に利用するというあまりにも度し難き行動を取ったものである。その後に…」
あの海蝕洞窟と密約書の確保。ユーナの協力無くしては到底できなかった。あの功績は、全てユーナのものだと思って差し支えない。俺は、元世界から便利道具を提供しただけだ。
「…再三に渡る投降勧告に応じることなく、逆に偉大なる王家を愚弄した挙句に宣戦布告をするに至り、内戦に発展したものである。以上、経緯についての説明を終わりとする。」
ブルドスが紙の束を丸め、傍の台に置く。
「なお、当該内戦は既に我が王家軍の圧勝にて終結しており、既に旧サイレル領は王家直轄地として滞りなく再建中であります。よって、ご出席の皆さまにおかれましては、何卒ご安心いただけますと幸いです。」と付け加えるのも忘れない。
「被告人、ヤーライル・サイレル。ただいまの経緯に事実と異なることがあるか? はい、か、いいえ、で簡潔に答えよ。」
ブルドスの詰問が冷徹に響く。ヤーライルは肩を震わせ押し黙っていたが、やがて「…はい。」と呻いた。
「以上で審問を終わります。陛下、判決のほどをお願いいたします。」
ブルドスがクララに一礼し、脇に下がっていった。
トントン、とクララが指先で玉座の肘掛け叩く。
「ヤーライルよ、沙汰を言い渡す前じゃが、何か申し開きはあるか?」
クララのその問いかけに、ヤーライルがゆっくりと顔を上げる。その目には――あまりにも強い憎悪が宿っているように見えた。
「…では、述べさせていただいても?」
「構わん。」
「では僭越ながら。」と言い、ふふっとヤーライルから厭な笑みが漏れる。
「クララ、今回はたまたまお前の予想通りだっただけだ。おいアマス、それからオリヴィルア、クララの予断で攻め入られた挙句、次にここに立つのはお前たちかもしれないぞ? それでもまだこの女に付いていくつもりか? この、無能でただ王家という立場に甘んじているだけの女に…!」
ヤーライルの、そのあまりにも直截な物言いに大謁見室が凍り付く。
「所詮は拷問じみた尋問で得た情報になんの価値がある。私はな、これからの王国の行く末を憂いているよ。今回はたまたまお前の考え通りだったからよかったな。でもな、確たる証拠も無しに軍を動かし問答無用で他領に攻め込むお前の神経が理解できん。今後のこの国の行く末が楽しみで仕方無いわ。」
そう吐き捨て、ヤーライルが不敵な笑みを浮かべる。
最後の最後に他家に王家への疑問を刻もうとしているようだ。なにがなんでも一矢報いてやろうという気概が半端ではない。そんな強烈な怨嗟を放つヤーライルを、クララは眉一つ動かさず涼しい顔で見下ろしている。
「証拠、か。確かに道理だの。おいブルドス、例のやつをこやつに見せてやれ。」
は、とブルドスが一礼し、一枚の紙を、俺とユーナが見つけて持ち帰って来た共和国との密約書をヤーライルの目の前に突き付けた。
「『複製した密約書』はそこのデクマルシアが破棄したのか見当たらんでの。でもこちらが本物じゃ。ヤーライルよ、よく見てみるがいい。主が実際にサインしたのは、その紙じゃろうて。」
ヤーライルの顔がみるみる強張っていく。
「こ、こ、こんなもの、いくらでも偽造できよう!」
飽くまで足掻くつもりのようだ。が、焦った故か、墓穴を掘ったな。
「ほう、ではそのモーリンと主の魔力紋も偽装というのだな? そんなものが偽装できるのなら、この世界の公文書には一切の信用がなくなるの。試しにここで魔力を注いで試してみるか?」
プリンターは確かに優秀だけど、魔力紋の複製まではできねぇからな。もちろん紋の絵柄はコピー出来るが魔力には反応しねぇ。
ぐぅ、と声にならない呻き声を漏らし、歯を食いしばるヤーライルが何かに気付いたようにがばと後ろを振り返る。その視線の先には姉――デクマルシアがいた。
ヤーライルの血走った目が向けられていることに気付いたデクマルシアが、困惑したように首を横に振っている。
「お前の姉の名誉のために言っておくとな、それはデクマルシアからもたらされたものではないぞ。余の間者がガーク商会の地下倉庫からくすねてきたモノじゃ。複製にも気付かんとは、無能はどっちじゃろうな、ヤーライルよ。」
そのクララの言葉に一番驚いているのはデクマルシア本人のはずだ。あれだけ自分自身で定期的に地下倉庫に確認してきたのだ。そりゃびっくりするだろう。だがせっかく確認するのであれば、魔力紋に魔力を注いで反応するところまでやるべきだったな。それをやっていれば、もっと早く気付けたはずだ。
全身をわなわなと震わせ、全てを悟ったヤーライルが力なく膝から崩れ落ちる。
「沙汰を言い渡す!!」
クララのよく通る威厳のある声音が謁見室を震わせた。
「サイレル家は一族郎党斬首。それからここにおる内乱の中心どもも首を刎ねよ。刑はこれより直ちに王都大広場にて執り行う。以上じゃ。他に無ければ解散とする。」
それだけ言い切り、クララが席を立つ。
分かってはいたことだが、全員死刑だ。
ちらりとユーナを見る。相変わらずの能面からは、心情は伺い知れない。心底恨んでいた者たちが死刑になって、一体どんな気分なのだろうか。
「お、お待ちください国王陛下!」
一人の囚人が立ち上がって声を上げる。あれは――デクマルシアか。
「わ、私は、ヤーライルの姉、デクマルシア・サイレルにございます。わ、私は、妹であり領主のヤーライルに脅されて協力しただけなのです! ガーク商会の統領に据えられ、不正を強いられてきたのです!どうか、どうかお慈悲を…!!」
デクマルシアの絶叫に、皆あっけに取られている。あのデブは、この期に及んで一体何を言っているのだろう、と。立ち上がったクララが冷めざめする目つきでデクマルシアを射る。あれだけで部屋の温度が3度ほど下がりそうだ。
「私が、進んで王家に弓を引くことなどありません。此度のことは、そう、仕方なかったのです。ハクシーランにおいて、ヤーライルの方針に逆らうことができましょうか…!」
デクマルシアが必死だ。必死だが、これ以上はまずい。あんたこの場で斬り殺さるぞ。
大謁見室が今後の展開に慄く中、隣のユーナがすっと前に歩み出た。そのまま無言でデクマルシアに歩を進める。
ん? あいつ一体何を…?
ユーナがデクマルシアに向かっていく。周りの聴衆、それにクララたちも取り敢えず黙ってユーナを目で追っている。
ユーナが杖を槍のように構えて――
デクマルシアの腹目掛けて思いっきり突き出した。
ゴァッフッ!!
渾身の一突きにデクマルシアの身体がくの字に折れ、開いた口から呻き声が漏れる。
構わずユーナは杖を振り上げ、膝をついたデクマルシアの顔面に容赦なく振り下ろした。
なんか、どこかで見た光景だ。
ゴンッ、という重い音がし、デクマルシアが頭から鮮血を飛び散らせて倒れる。頭から大理石の床に伏したデクマルシアの髪を引っ掴んで座らせ、今度は打席のバッターよろしく横薙ぎに杖を振るう。頬を打つグァシャッという湿った音と共に、デクマルシアが口から血と、何本かの歯を吐き出した。
「…」
静まり返る大謁見室。
あぁ、なるほど。フェイリアのときの意趣返しってわけか。ならあと3発で終わるな。
それにしても、フェイリアみたいな女の子相手に本気でボコスカ殴ってやがると思っていたが、俺の勘違いだったようだ。デクマルシアへの力加減は明らかにフェイリアときより厳ついぜ。
たまらず止めに入ろうとしたランダレアを手で制し「大丈夫です。あと3発で終わります。」と言うと「む? なら良いでしょう。」と下がってくれた。話の分かる女だ。
横倒しで倒れたデクマルシアの無防備な腹をユーナが脛で蹴り上げる。グフォワッ!という、無理矢理腹から空気を押し出したかのようなエグたらしい音を吐き出してデクマルシアが大理石の床を転がる。
腹を抱えて倒れ込むデクマルシアの顔を蹴とばす。と、首がピンボールのように跳ね鼻血が盛大に噴き出した。
最後に仰向けで倒れた腹めがけて杖を垂直に突くと、ゲェァ…!! という蛙が潰れたような声が大謁見室の空気を震わせた。
一連の暴行を終え、ユーナが変わらずの能面顔で列に戻って来た。当のデクマルシアは大理石の上で身体をピクつかせている。
「お前、今のはちょっとまずいんじゃないか…?」
「どうして? 何も発言してないし、魔法も使ってないじゃない。」
まぁ、確かにそうなんだけどさ…。本当に荒事が好きな奴だ。もうちょっとララスを見習って…いや、ララスもやるときはやる女だったな。あー、怖い怖い。




