53_お茶会
「…こ、これは?」
王城中庭の中央に位置する大きなガゼボ、いや、ここまで大きいと野外フードコードといった方が正しいのかもしれない、に、豪華な料理が乗せられた皿がずらりと並べられている。
その皿たちを見る。
え? これどう見ても伊勢海老だよな…。それにこっちはなんていう魚か知らないけど、カルパッチョじゃん…。ここは内陸だぞ。。
「実は、ツカサ様の故郷は島国だとお聞きして、その、無理を言ってインバイト家からセービを調達したのです。あまり、お気に召しませんでしたか…?」
リーラスがこちらの顔色を窺うように聞いてくる。
「セービ、とは、この海老のことですか…?」
「左様でございます。」
「いえいえ、とんでもない! 我が故郷でもこのイセエビ…失敬、セービはそれはもう大変高級なもので、私も大好物にございます!!」
食ったこと無ぇけどな!
「そうだったのですね!?」
花が咲いたようにリーラスの表情が明るくなる。
「この度はコースです。メインを肉にするか魚介にするか迷ったのですが、セービにして正解でした。今からこれらの料理が順に運ばれてきますので、お茶会にしましょう!」
お茶会…これが? お茶会っていうのはこう、もっとこぢんまりとした、マカロンとかケーキとかスコーンとかを食しながら紅茶を嗜む会では…? いやもちろん日本だったら抹茶と団子で『結構なお手前で』とかだけどさ、この世界観ではやっぱり紅茶とスコーンでは…??
「本来であれば紅茶とスコーンで、と思ったのですが、時間もお昼時に設定してしまいましたし、ツカサ殿はスコーンを食されないとお聞きしまして…。あと、その、陛下が度肝を抜いてやれって仰ったので、つい…。内容としては国賓をもてなすコース料理ですが、よろしければお昼食でもご一緒にいかがでしょうか…?」
俺の心を読んだようにリーラスが弁解する。クララ譲りの読心術でないことを祈りたい。それに俺がスコーンを食わないって、あの侍女さん、しっかりと上に俺がスコーンを食わなかったことを報告してやがるな。可愛い顔して、仕事がデキる奴だ。
それにしても国賓って…。
「あ、いえ、滅相もございません。是非、宜しくお願い致します!」
―――
お茶ではなく食事とあって、飲み物は葡萄酒だ。王家が客人に振舞う葡萄酒とあって元世界の赤ワインに近い。とはいえ、やはり多少の酸っぱさは口に残るが、それでも確かに美味しく飲める。この世界にワインを卸さなくて正解だった。既に確立されている葡萄酒の市場を混乱させるのは俺の本意ではない。
とはいえ、この世界で白ワインを見たことが無いが…。
「リーラス殿下、ひとつお聞きしても? 赤い葡萄酒は色々あるのでしょうが、白い葡萄酒はないのでしょうか?」
「白い葡萄酒、ですか? いえ、妾は聞いたことがないですね。葡萄酒というと、全て赤です。」
やはり、この世界には白ワインは無いらしい。
「実は、ブドウの果肉部分だけを使うと、白い葡萄酒ができるのです。魚介料理には白い葡萄酒の方が合いますので、作ってみるのもいいかもしれないですね。」
「…まぁ! そうなんですか!? 葡萄酒とは赤いものとばかり…。ツカサ殿と話していると、自分の無知を恥じ入るばかりです。」
俺、あんまりワイン、詳しくないんだけどな…。
「では今度、商会に作ってもらうとしましょう。フォルテ商会は、自前の葡萄農園を持っているので。取り敢えず、乾杯といきましょうか、リーラス殿下。」
「はいツカサ殿。この度はお越し下さりありがとうございます。乾杯。」
葡萄酒が注がれた杯を軽く掲げる。もちろん、リーラスが掲げるよりも低い位置で。
グラスとグラスをチンとぶつけることはしない。その点は元世界と同じく、グラスを掲げるだけだ。普通の飲み屋とは違い、こういう格式高い場ではグラス同士をぶつける乾杯の仕方はご法度だ。こういう場に供されるグラスは高級品。万に一つでもキズつける行為はマナー違反だ。
葡萄酒を嗜んでいると、ウェイター(恐らく侍従局の人)が前菜を運んできた。リーラスのグラスが既に空いていたので、ついでに葡萄酒を注いで下がっていった。
リーラス、ペース早くない…?
「カブのポタージュです。お口に合えばいいのですが…。」
リーラスの、姉のララスと同じくらい整った顔が不安を湛える。もしかすると、クララからあの威圧感と剃刀のような鋭さを取ったらリーラスになるのではないのだろうかというくらい、クララに似ている。
「ポタージュですか? いったいどうやって? ここにはミキサー…失敬、カブを細かく刻む調理器具など無いはずですが?」
「ずっとひたすらに煮込んで作ったものです。時間は掛かりますが、カブ本来の甘さが滲み出るので、妾の好物なのですよ。」
そうか、ひたすらに熱を加えれば繊維も砕けるのか…。帰ったらミラに教えてやろう。いや、ミラなら既に知ってるかもな。
―――
そんなこんなで茶会という名のランチコースが進んでいく。
前菜2皿目にも関わらず、既にリーラスの杯は4杯目を数えている。
「リーラス殿下、つかぬことをお聞きするのですが、このようなコース料理のとき、どのくらい葡萄酒を飲まれるのでしょうか。」
「葡萄酒ですか? そうですね、ボトル2本くらいは飲みますが、今はお昼なので1本程度に抑えるつもりです。午後も公務が有りますので。」
ごくごく涼しい顔で言ってくれる。1つ確信した。この世界の人間は、べらぼうに酒が強い。
「そういえばツカサ殿はあまり飲まれませんね。フォルテ商会へあの絶品の琥珀酒を卸しておられるので、かなりお酒は嗜まれると思っていたのですが…。」
前菜のカルパッチョを口に入れ、咀嚼する。うん、弾力のある白身魚だ。悪くない、というか普通に美味い。
「…嗜みますよ。ですがやはり今は昼ですので、抑えているのです。」
「やはりそうなのですね! ツカサ殿もお忙しい身だと思いますので、ご自身の進み具合を守っていただければ幸いでございます。」
そう言って安堵したように微笑み、リーラスが同じくカルパッチョを口に運ぶ。
元世界では俺は酒豪だったといっていい。他人と比べる意味はないが、それでも他人よりかなり飲める自信があった。だがここに宣言しよう、『酒豪』の称号を返上すると! この世界に来てから、飲む酒の量で他人に勝ったことなどない。ちょっとショックだ…。
「ところでツカサ殿、ララスお姉様率いる王家軍がハクシーランに入城したことは、既にお聞きになりましたか?」
「はい、先ほど陛下から。無血開城とのことで、とても順調に進んでいるようで安心しました。」
「それもこれも、ツカサ殿のご尽力があったればこそです。王家の人間として、感謝の念に堪えません。姉上はこれから、政務の立て直しと軍部の掌握、そして共和国との関係の再構築などで手一杯となるでしょう。しかしこれを成せば、名実ともに次期国王として揺るぎない信を得るはずです。」
リーラスがそこはかとなく嬉しそうに、ララスの未来を語る。
ララスとリーラス、姉妹でありながら次期国王の座を狙うライバルともいえる。元世界の創作物だと王子間の確執を軸に物語が展開する作品も少なくないし、そもそも実際の歴史においてもそういった争いには枚挙に暇がない。
「リーラス殿下、不躾かとは思うのですが1つお聞きしても? リーラス殿下はその…次の国王になりたいとか、思ったりするのでしょうか?」
俺の質問にリーラスが首を横に振る。
「いいえ、妾は国王などという大層な椅子には相応しくありません。まぁありていに言うとなりたくないのですよ。母上と姉上を見ていると、自分が場違いなように思えてきます。妾はどちらかというと、冒険者みたいな生き方に憧れますね。まぁそれも、世間知らず故の浅慮でしょうが…。」
確かに、冒険者なら自由と武器が同時に手に入る。寧ろ後者が目当てだろ。
「お戯れを。ララス殿下がご不在の間、リーラス殿下が国王をお支えせねば。」
「…そうですね。母上からも、この度大役を仰せつかりましたし。」とリーラスが両手で自分のほっぺをペチンと叩く。年相応の仕草が可愛らしい。
「大役、というと?」
「はい。ツカサ殿とユーナ殿が発見された緑魔石鉱脈が想像以上でしたので、法国からの鉱石輸入に頼らなくとも良くなる見通しです。どころか、王国は魔石の輸出国となれる可能性すらあるのです。」
「先ほど陛下から、緑魔石鉱脈は年間輸入換算で100年分は下らないという話もお聞きしました。これで王国はますます豊かになりますね。いいことではありませんか。それとリーラス殿の大役に何の関係が?」
リーラスの表情が少し曇り、ナイフとフォークを持つ手が止まる。
「はい。その試算を陛下に上奏したのは妾です。緑魔石が大量に見つかったこと自体は歓迎するべきなのですが、これまでの輸入先であるコニック法国との関係性を再構築する必要が出てきます。その役割を仰せつかったのです。」
なるほど、法国との関係再構築の推進とまとめ役か。確かに大役だ。リーラスが緊張するのも頷けるが…。
「そうだったのですか。それで、具体的には何をされるおつもりなのですか?」
「まずは何をおいてもコニック聖教宣教師どもの排除です。特にキート家は、相当疎ましく思っているはずですので…。」
ああ、好まざる宗教の排斥、か。たしか緑魔石取引を出汁に宣教師を無理やり派遣してるっていう話だったな。
「宗教というのは、布教があって然るべきだと思うのですが、コニック聖教宣教師の、いったい何がそこまで問題なのですか?」
「それは端的に言って、10分の1税、です。」
そう言い、リーラスが顔を顰める。リーラスがここまで嫌悪を露わにするのも珍しい。
「10分の1税?」
「はい。コニック法国はコニック聖教信者に教会への布施として、10分の1税を課しています。毎月、収入の1割を教会に寄付せよというコニック聖教の教えがその根拠とされています。法国国内だけでやっている分には問題ないのですが、国外にも宣教師を派遣して教会を建て、信者を募っているのです。どの国も、緑魔石を取引材料にされるとある程度は黙認するしかない状況でして…。」
「キート領は、コニック法国と隣接しているため、その被害が大きい、と?」
「…その通りです。我が国は正道神ヒマルをはじめ六大神を崇めているのはご存知かと思いますが、とはいえ宗教国家ではありません。なので誰が何を信仰しようと問題無いのですが、それでもその税のために信徒は富を失い、法国が潤うのは見過ごせないというのが本当のところです。」
10分の1税欲しさでの宗教勢力拡大、か…。ある意味で他国の軍が侵攻してくるよりも厄介なのかもしれない。合法的に浸透して大衆の精神的支柱となり、場合によっては反乱や騒動を引き起こす。更に酷い例を挙げれば、教義をわざと拡大解釈して狂信者どもを育て上げ、鉄砲玉として利用することすらある。
「なるほど。ですがこの度の緑魔石鉱脈発見で法国に怯む必要が無くなったいじょう、大手を振って宣教師たちを国外追放にすればよいのではないのですか? いかに王国が信教に拘りがないとはいっても、信教の自由を保障しているわけではないのでしょう?」
「信教の…自由…??」
リーラスが首を傾げる。
そういえば、この世界ではまだまだそんな概念すら無いんだった。
「はい、信教の自由です。『どのような宗教を信じるか、または信じないかを個人の自由な意思に委ね、国はこれに干渉してはならない。』という概念、ひいてはそのような個人の権利を指します。」
俺の説明にリーラスが目を丸くして身を乗り出す。
「まさか…! そんな権利など、民草一人ひとりに与える訳ないではありませんか! そもそも王国が宗教に対して寛容に見えてしまうのは、決して寛容にしたいわけではなく、ただ単にこれまで宗教が問題になったことがないだけで…」
「分かってます、分かってますから。リーラス殿下、少し落ち着いて下さい。」
「あ…、すみません…。」
3皿目、第一主菜のパスタを口にする。元世界では見かけない形状だが、小麦の練り物であることに違いはない。セービの出汁が効いたソースが素晴らしい。
「つまり言い方は悪いですが、これまでは宗教について何も考えず、何を規制しなくとも問題が発生しなかっただけということでしょう?」
「…はい、仰る通りです。」
そう言ってリーラスが同じくパスタを口に運ぶ。
「であれば今回の法国との関係の再構築を機に宗教に関しての方針を考えれば良いではありませんか。信教の自由を国民に保証してないのであれば、どんな規制だって設けることができるはずです。その辺りのことも含めて、国王陛下はリーラス殿下にこの大役を任されたのではないですか?」
リーラスが呆けたように口をぽかんと開けている。パスタはもう飲み込んでいた。
「た、たしかに。お母様、いえ、陛下ならそこまで考えておられるはずです。ツカサ殿、申し訳ございません。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました…。」
「いえいえ、構いませんよ。王女とて一人の人間なのですから。」
「ありがとうございます。」とリーラスが俯く。
「ですがそうなれば、法国とて黙っていないでしょう。相手がどう出て来るかも想定して動かねばなりませんね…。」
「大丈夫です。何も今回のように戦争しようってわけではないのです。他の政務と同じく、法国の特徴に沿った対応をすればいいのですよ。」
なにも分かって無いが、それっぽいことを言ってやる。
「法国の特徴に沿った対応、ですか…。あの国は国王より法王の方が力が強いのです。というより、法王が支配していると言って差し支えありません。」
「まぁ、宗教国家によくあることですね。」
「はい…。あと、魔法を神聖視しているため、魔道士がかなり幅を利かせていると聞きます。」
「まぁそれも、よくある話かもしれませんね。」
悪いなリーラス。何を言われても俺に法国を攻略するアイデアは何も浮かば無ぇんだ。
なので「陛下がリーラス殿下を起用したということは、必ず成せると信じておられるからでしょう。」と話に終いをつけると、リーラスが恥ずかしそうに目を逸らした。チョロいやつだ。
そういえば、この茶会の目的ってなんだっけ?
「コホン。ところでリーラス殿下、なぜ私をこのような場に招待されたのでしょうか。」
「それは、その…。前も申した通り、危険な任務に赴くときは何か約束があった方がいいだろうと思った故でして…。」
リーラスに『死亡フラグ』というのを懇切丁寧に教え込むべきだな。
「それに、先ほどもも申し上げましたが妾は次期国王の座など狙っておりませんし、陛下…お母様もそのことにはとうの昔に勘付いておられます。なので…妾は姉上と違って多少の自由は許される…のです。」
リーラスの顔が耳まで真っ赤だ。あ、ヤバい。これはヤバいぞ…。この話題を深掘りすると藪蛇どころの騒ぎじゃ済まねぇ。藪をつついたらドラゴンが出てきそうだぜ…。
「…それはそれは、自由とは良いものですねリーラス殿下。ところでこちらのコース料理、非常に美味しいです。ワイン…葡萄酒もとても素晴らしい。それに、いやはや、先ほどお見せいただいたセービがとても楽しみです! はは…。」
「本当ですか!? 王宮料理長と細部に渡って検討した甲斐がありました! ツカサ殿のお口に合って、このリーラス、歓喜の念に堪えませんわ!」
マジか、気合入れすぎだろ…。
その後、冷や汗をかきながら第二主菜であるメインの伊勢海老、もといセービを食したことは言うまでもない。
無茶苦茶美味かった。が、今後のリーラスからの『お誘い』が何よりも怖いものになりそうだ…。




