52_報告
「それで、戦況は? あんたがここに呑気に姿を現したってことは、ヤーライル優位ではないとは思うんだけど。」
会議室の扉が閉まるや否や、ユーナが落ち着きなく訪ねてくる。相当、気になっていたのだろう。
「まぁ待て、順を追って話そう。結論から言うと何も心配いらない。」
それを聞きユーナがはぁっと深呼吸する。
「そう。詳しく教えて。」
「了解だ。だからまずは落ち着け。」
「分かってる。分かってるわ…。」
「であればいい。」
俺はユーナが落ち着き、聞く態勢が整うのを待って続ける。
「まず、王家領とサイレル領に跨るラルール平原にて、共和国から渡って来た罪人集団3千と交戦した。結果は王家軍の完璧なる圧勝だ。ララス殿下は、その3千を皆殺しにした。」
「皆殺し?」
「そうだ。まだサイレル軍正規兵との交戦前で、かつ、向こうに投降する意思が無いことを確認した上でのことだ。こちらは投降勧告はしたのだから、特に問題はないだろう。とはいえ、向こうは罪人。投降しても殺されるだけと思っていたとは思うがな…。」
「そう。あのララス殿下、少しは成長したみたいね。それで、そのあとは?」
「その後王家軍はサイレル領に進軍。バルム丘陵にて敵軍2万と決戦。これを完膚なきまでに叩き潰した。向こうの総大将はローランス・サイレルだ。ヤーライルの長子らしい。」
「ローランス、やはり出てきたわね。」
ユーナが会議室の窓から外を眺めながら色めき立つ。
「知ってるのか?」
「もちろんよ。私の2つ下とはいえ同世代ね。当時から負けん気が強く、厭味ったらしいいけ好かないやつだったわ。」
デクマルシアといいローランスといい、サイレル家の連中の評判は散々だな…。
「だが負けた。生け捕りにした後、ララス殿下に4発蹴りを入れられてたぞ。」
「生け捕り!? ローランスを生け捕りにしたってこと!?」
ユーナが驚いてこちらを振り向く。
「そうだ。ローランスと、サイレル軍陸海軍を術る軍務卿、確かオリラといったか。その他参謀幕僚を3名ほどを昨日王都へ護送した。これから厳しい取り調べが行われるだろう。」
「オリラまで…。いい気味ね。」
「知ってるのか? 彼女は今回、副官を務めてたが…。」
「ヤーライルに媚び諂うだけのクズよ。前から1発ぶん殴ってやりたいと思っていたわ。」
(ヘイトしかねぇって感じだぜ…。)
「まぁ落ち着け。王城の地下牢で1発とはいわずぶん殴られていることだろう。それで話を戻すが、そのままララス殿下はハクシーランに進軍。都市を陥落させようとしている。俺はバルム丘陵での戦いの後帰らされたから最新の状況は分からないが、恐らくこのまま問題なくハクシーランを陥落させることができるだろう。」
ユーナが深く息を吸い、気持ちを落ち着かすようにゆっくりと息を吐く。
「そう、分かったわ。これでサイレル一族もおしまいね。」
「ああ、そうだ。だが、それとは別に伝えておきたいことがある。」
「何?」と問うユーナの目つきが鋭い。まだ心がざわついているようだ。ハクシーランに潜入したときもそうだが、ユーナはこういうとき態度に出やすい。
「お前と一緒にガーク商会に潜入したとき、リーファとヤバスという二人の兵がいただろ。あの二人、戦闘後も生きてたぞ。あの二人は平時、ハクシーラン各地を哨戒する任にあたっていた魔道兵だそうだ。」
「…そう。」
「たまたま捕虜の中から見つけて、ハクシーラン内部の道案内のために起用してやった。やはりリーファは旧オーマチ領の出身らしい。リーファには明確に確認したわけじゃないが、彼女はオーマチ子爵のときの統治が良かったと思う者だ。だから、こういう言い方はどうかと思うが、ユーナ、良かったな。」
ユーナがゆっくりと歩き、手近な椅子に腰を掛ける。
「あんたから言われるとなんか腹立つけど、そうね。リーファが生きていてくれて、戦死しなくて、本当に良かったわ…。」
「近々、俺はまた王城から呼出しを喰らうことになるだろう。その時に、最新の戦況を聞いておく。何か情報が入れば、またお前に伝えることにする。」
「なんかムカつく。けど、お願いね…。」
―◇―◇―◇―
その3日後、俺は案の定王城に呼び出された。意外なことにユーナと共に来いということだった。
目の前におわすはいつも通りクララ国王。
もうこの国王と相対するのは慣れちまったぜ。一国の王との対面に慣れるってどういうこったよ…。
「今回はちゃんと帰還報告をしたようだの、ツカサよ。」
小会議室に、クララの愉しそうな声が響く。
「まぁ、はい。もうリンダ殿にどやされるのはこりごりなので…。」
「リンダか。あやつももう少し融通が利けば言うことはないのだがの。」
一拍置いてクララが続ける。
「さて、お主たちをここに呼び立てたのは言うまでもない。サイレル家との内戦に関してのことじゃ。ツカサよ、戦況はどうじゃ? もちろん伝書を通して適宜状況は把握しておるが、お主の口からもナマの声を聞きたくての。」
クララがなんの焦りも緊張もない、余裕の表情で尋ねてくる。決戦後以降もララスの作戦行動が上手くいっているようだ。
(まぁ、俺よりも戦況は知っているに決まってんだから、どちらかというとミクロな視点の情報が欲しいんだろうな。)
「ラルール平原での共和国罪人部隊3千との前哨戦、および、バルム丘陵でのサイレル正規軍2万との決戦、いずれも王家軍の完勝です。前哨戦は情報秘匿のため通常戦を展開、相手の士気と練度が低すぎたことも手伝ってこれを撃滅しました。それでバルム丘陵での戦いですが…」
果たしてユーナがいる場で投石機や弩砲について言及してもいいものかと思案していると、「構わぬ。兵器についてはユーナもいずれ知ることになろう。」と俺の思考を読んだようにクララが促した。この国王、これだから侮れない…。
「承知いたしました。そのバルム丘陵での戦いですが、投石機と弩砲の一斉攻撃により2万の大軍に接敵することなく一方的に撃破いたしました。敵の士気を挫くことに成功し、戦闘開始後30分足らずで敵総大将ローランス・サイレル他数名を捕縛することにより決着。先日この王都まで護送した次第です。自分で作っておいてなんですが、実戦でここまでの効果を発揮するとは予想しておりませんでした。」
「待ってツカサ、2万の敵軍を一方的に撃破ってどういうこと? それにとうせきき?どほう??」
クララが満足そうに頷く一方、ユーナが身を乗り出す。そりゃそうなるのも無理はない。
「投石機、と、弩砲、だ。俺が考案した兵器で、巨岩や巨大な矢を遠距離に放つことができる。」
正しくは、元世界の偉大なる先達たちが考案した兵器、だがな。
尚も顔面に?を貼り付けているユーナに「悪く思うなユーナよ。兵器について他言無用を言いつけたのは余じゃ。とはいえお主も、否が応でも実物を見ることになろう。」とクララがフォローする。
「よく分からないけど、要はあんたが作った兵器が戦場を変えた、っていう理解でいいのね?」
「ああ、その通りだ。」
ユーナが呆れたようにため息をつく。
「つくづく、何をしでかすか分からないわね、あんたって男は。」
「ありがとう。」
「褒めてないわよ!」
「まぁいいわ。」と言い、ユーナがクララに向き直る。
「そのバルム丘陵での戦いのあと、ララス殿下はハクシーランへ兵を進めたとツカサから聞いたのですが、どうなったのでしょうか?」
「無血開城じゃ。ヤーライルはさておき、ごく僅かしか残っておらん寡兵で籠城するなど、末端の兵にはうんざりだったんじゃろ。さっさと開門して投降してきおったという伝書が届いておるわ。」
城壁死守の命令を受けた守備兵の『モームリ』が聞こえてきそうだぜ。まぁこれもよくある話だ。
「そうですか。であればあとは時間の問題ですね。陸はララス殿下率いる王家軍が、ラガン湾はインバイト海軍が封鎖しているようですし…。」
「ツカサよ、お主が施したクリムノーラへの指導の賜物じゃの。陸と海から挟まれて、彼奴ら逃げることも叶わん。頼みの共和国も海の向こうじゃ。まぁそもそも、共和国にとってももはや彼奴らの利用価値は無いがの。」
今日のクララは終始機嫌がいい。一番の厄介事が最善の形で解決しそうなのだ。いかにクララと言えど喜びを禁じ得ないのだろう。
「戦況はだいたい分かりましたが、陛下、ツカサはさておき、私がここに呼ばれた理由はなんでしょうか?」
「そのことじゃがの、ユーナよ。前に、この進軍に参加させぬ代わりにお主を断罪の場に参加させるという約束をしたであろう。『発言権は無く、いかなる場合に於いても魔力の発露は厳禁とする』。この条件を飲めるのであれば、ユーナ、お主に大審問の場への同席を許す。約束できるかの?」
「無論です。」とユーナが即答する。
「そうか。であれば同席を許可する。少しはお主の恨みも晴れようぞ。まぁ、余自身のことは棚上げしておるがの、せめてもの罪滅ぼしじゃ。」
「…承知いたしました。」
少し間があったが、ユーナは満更でもない無いようだ。
「サイレル関連の話は以上じゃ。次に、お主らが見つけた緑魔石鉱脈についてじゃ。あの鉱脈、予想を絶する量が眠っておることが分かった。調査隊からの報告から推察すると、王国が法国から輸入しておる年間量の、ゆうに100年分は下らぬと出ておる。鉱脈といい密約書の奪取といい、お主らへの褒美を考えると頭が痛いわ。」
そう一気に言い終え、クララがふっと笑う。
100年分!? そりゃ笑いが止まんねぇだろうな!
それにしても褒美か。こちらから何かをねだれるのか、向こうが勝手に決めてくるのか…。分からないけど、とにかくクララよ、休みをくれ! 俺にまったりとした休暇を!! そしてQOL改善の為の時間を!!! …て、あれ? ちょっと待てよ。
「あの陛下、その緑魔石、少し分けていただくことは可能でしょうか?」
「まぁ、構わんが…。ツカサお主、何をする気じゃ?」
「いや、ちょっと色々と試したいことがございまして…。個人的な研究と思っていただければと。」
「ほう、研究とな。」
クララの声音に嫌な予感がする。
「成果報告を要求するが、それでの良ければ流してやるぞえ?」
ほら来た、やっぱりそうなるじゃん! この国王は…!
「はい、『何も期待した成果が出なかった』ということも成果だと認めて下さるのであれば。」
「ふっ、お主も言うようになったの。分かった許可する、存分に研究するがよい。これまでは研究などに使う余剰が無かったが、今後は色々なものに活用できようぞ。期待しておるぞ、ツカサ。」
絶対にちゃんとした成果を持ってこいって表情してやがんな。まぁ、やるだけやってみるか。
「陛下、そういうことでしたら、私にも少し分けていただけますでしょうか。魔法の研究に役立てたく存じます。」とユーナ。たしかに彼女の部屋は色んな魔導書で埋め尽くされていたし、研究熱心だ。俺なんかよりも遥かに欲しいに違いない。
「無論じゃ。お主のような凄腕の魔術師にこそ与えねばな。」
「ありがとうございます。」
ユーナがぺこりと頭を下げる。あまりもうクララとの蟠りは感じないが、本当のところは分からない。
「さて、余からの話は以上じゃ。他に無ければ解散とするが?」
「あの、すみません陛下。1点だけ。」
「何じゃ?」と、クララがセンスを開いて優雅に仰ぎ始める。
「私の冒険者ランクがプラチナランクになっていた、というよりも、国王からの勅令でそうなったと、先日冒険者ギルドでお聞きしたのですが、どのような意図でしょうか…?」
「ああ、あれか。冒険者は月に最低3つの依頼を受ける義務があろう? じゃがお主は余の依頼で遠方に行くこともある。じゃからその義務を解くためにプラチナランクにしたのじゃよ。」
そう、クララが涼しい顔で答えてくださりやがった。
「ユーナ、プラチナランク冒険者って月3つの受注義務はないのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ。プラチナランクからはその義務はないわ。その代わり、前に言った通り年に1回の威力偵察義務があるのよ。プラチナランク以上の冒険者ってのは、1つの依頼で1ヶ月以上掛かるような依頼もあるから。」
「そういうことじゃ。それに、冒険者証があればたいていどこの国でも行き来できる。お主には、これからも色々と任せたい案件が出てくるはずじゃから、冒険者資格を無くしてもらっては困るのじゃ。まぁ、お主の力量としてはダイヤモンドランクでも通用するのじゃろうが、あんまり目立たれても困るのでな。」
有難迷惑なことこの上ねぇし、じゅうぶん目立ってるっての…。
それに、色々と任せたい案件? どこの国でも行き来できる?? この期に及んでまだまだコキ使う気満々じゃねぇか!!
「左様…でございますか。そういうことでしたら、承知いたしました。」
「うむ。他に無ければ終わりとする。ユーナはこのまま帰るがよい。ツカサは、愚息のリーラスがどうしてもというのでの。もうしばらく時間をくれ。余からは以上じゃ。」
ああ、そういえばリーラスが帰ってきたら王城でお茶でも云々と言ってたっけ。もうやだ早く帰らせて…。
―◇―◇―◇―
小会議室を出て、宮内省侍従局の従者に連れられて途中までユーナとともに歩く。案内してくれているのは、リンダに叱責されたときに少し当て擦ってしまった若い侍女だ。
「あの、先日は申し訳ございませんでした。お詫びといってはなんですがこれを。皆さんで召し上がってください。」
廊下を歩きながら、毎月ポーラに卸しているチョコアソートを取り出して渡す。
「…お客様からそのようなものを貰うわけには…参りません、ので…。」
これが欲しいんだろう? 俺には分かる。
「大丈夫です。私はこれからリーラス殿下にお会いするので、リーラス殿下からリンダ殿へ口添えしてもらえるよう、申し伝えておきます。」
「…そういうことでしたら、ありがたく頂戴いたします。。」
うん、素直でよろしい。
「ツカサあんたね、こういうところの侍女は振る舞い一つで簡単に首が飛ぶのよ。分かってんの??」
「大丈夫だ、文句は言わせない。菓子を可愛い案内人に差し入れするくらいの自由はあって然るべきだ。どれだけコキ使われてると思ってんだ、ったく…。」
「『可愛い』は余計よ。この娘真っ赤になってるじゃない。はぁ…。とはいえ、まぁその意気なら止めないけど。 で? 今度はリーラス殿下ですって? あんた王家の娘にも手を出す気じゃないでしょうね。」
「バカ、滅多なことを言うな! 誤解されるだろ! こんな会話、それこそこの可愛い侍女さんが真っ青になっちまうじゃねぇか。」
「それもそうね。あ、今のは聞かなかったことにしてちょうだい。」
「か、か、かしこまりました。」
案内役の侍女さんの動きがぎこちない。
「ツ、ツカサ様、リーラス殿下はあちらでお待ちです。ユ、ユーナ様はお出口までご案内いたしますので、こ、こちらへどうぞ。」
ロボットみたいになってしまった侍女さんが示した方を見ると、そこはよく手入れの行き届いた広大な中庭。その庭の中央に東屋――ガゼボにリーラス殿下が腰掛けているのを認める。
「ユーナ、ではまた冒険か大審問で会おう。」
「ええ。あんたこそ、粗相のないようにね。」




