51_凱旋
――基盤歴640年02月10日(朝)――
バルム丘陵の戦いの後、軽騎兵部隊の中からローランス護送の為に50名を選出したララスは、そのまま俺も含めて王都への帰還を命じた。
そして目の前には、王都ヴェレンタンの南門。護送対象がいるとはいえ、50騎での移動なので往路よりも遥かに早く帰還できた。
護送してきた敵軍の人間はローランス他、副官を務めていたサイレル軍の軍務卿、それから参謀幕僚が3人ほど。全員鎧を剥がされて薄布一枚の出で立ちで、兵糧運搬用の馬車に詰め込まれて運ばれてきた。もちろん手足は縄で縛られ、猿轡を噛まされている。食事は自害防止のために、護送の兵が猿轡の隙間から無理矢理に水を流し込むだけだった。たしかに1週間ほどであれば水だけで生命維持は出来るだろうが、それにしても人間の尊厳というものに対する配慮が無い。さすがに不憫に思い『このまま凍え死なれては都合が悪い』という体で毛布を召喚して与えてやった。
まぁ、この世界はこういう世界だ。これ以上しゃしゃり出て、元世界の倫理観を宣うのはナンセンスというものだろう。
護送にあたった騎兵たちは、いつもララスやランダレアと普通に会話していた俺に対しておっかなびっくりだった。騎兵大隊の中隊長クラス程度の者を護送隊長に任命するあたり、あまりローランスたちに価値は無いと思っているか、俺がいるから問題ないと思っているかだ。
まぁ、普通に考えて後者だな。サイレル公爵家長子のローランスに、サイレル軍陸海軍を統括する軍務卿。重要じゃないわけがねぇ。ララスの奴、順調にオカンの人遣いの粗さを引き継いでやがるぜ…。
南門の衛兵詰所で護送隊長が事の次第を伝え、ローランス達が連行されていった。
「護送隊長殿、護送お疲れ様でございました。ララス殿下もご満足なさることでしょう。」
「え? あ、はい! ツカサ様も、ご同行いただきありがとうございました。」
まだ若い護衛隊長が恐縮気味だ。
「ところで、ローランス達はこれからどこに連れて行かれるのでしょうか。」
「あ、はい。恐らく王城の地下牢獄かと。取り調べが行われるはずです。」
「取り調べ、ですか。拷問のようなことも行われるのでしょうか。」
「それは、はい。抵抗や黙秘がある場合は当然力づくで口を割らせるはずですが…。それが何か?」
可愛い顔をして、おっかないことをさらっと言ってくれる。そう、この世界はこういう世界だ。別に俺は何を言うこともない。
郷に入っては郷に従え、When in Rome, do as the Romans do というやつだ。
「いえ、特に何も。私は王城に帰還報告をしなければならないので、こちらで失礼します。」
「はい! ツカサ様、お世話になりました。」
王国式の敬礼に見送られ、1ヶ月振りに王都の門をくぐった。前回のリンダの件もある。家に帰ったら今回はさっさと帰還報告をしちまおう。
―◇―◇―◇―
約1ヶ月ぶりの我が家だ。帰ってくる度にこんなデカい家が自分の家なのかと未だに信じられない思いに駆られるが、紛れもなくここが俺の家だ。
玄関先に馬を係留する。この作業にも慣れたもんだ。
「ツカサさん!」
勢いよく玄関が開いたかと思うと、ミラが飛び出してきて抱きついてきた。
「ああ、ミラか。ただいま戻った。」
「ご無事なんですね、これは夢ではないんですね…!」
潤んだ目のミラを優しく抱き寄せる。
「もちろんだ。何も心配することはないと言ったはずだぞ。」
さすがに今回は、戦争に同行することはポーラとミラにも伝えて出てきた。『戦闘には参加しない』ということもしっかり伝えているとはいえ、彼女たちの不安は推して知るべしだろう。
「でもさすがに疲れたな。ミラ、済まないが湯浴みをしたい。準備を手伝ってくれるか?」
「もちろんです!」
ミラが涙を拭いつつ微笑む。可愛いやつだ、まったく。
ミラに手伝ってもらい、釜で沸かしては浴槽に入れ、釜で沸かしては浴槽に入れ…を繰り返すこと十数回、やっと入れる深さになった。本当に、これだけはなんとかしたい。ゆっくり検討したいがいつも何かしら急用が入ってしまう。主に国王からだ。
まったく、他人のQOLをなんだと思っやがる。
約1ヶ月ぶりの温かい風呂。まだ午前中だが、身体の芯までほぐれていくようだ。
そういや元世界で趣味でやってたキャンプも、キャンプ終わりの温泉が一番の醍醐味だったぜ。野営の神髄はその後の風呂にありだな。
とはいえ、少しの遠征でも野営が必須のこの世界で、敢えてキャンプをレジャーとしてやろうとは思わない。趣味にするにはキャンプが生活の一部になりすぎてしまっている。
やっぱレジャーは、非日常じゃなきゃな。と、そういえば…。
ホログラムを起動し、金貨を近付ける。思った通り金貨が消え、ステータスが699.9から700.0に上昇した。
やはり今回も経験値を得たのだろう。限界まで金貨を突っ込むと、なんと799.9ではなく899.9まで上昇させることができた。
防御力と攻撃力。やはり戦闘系のステータスだから戦闘の経験を積めば経験値を得やすいのだろうか。まぁ、このステータスのみならず、俺の持つスキルの仕組みはどれだけ考えても分からない。きっとこの世界の理の枠外なのだろう。
「とはいえ、魔物化とか老いにくいとかは、出来ればその仕組みを解明したいもんだぜ――」
浴槽で伸びをしながら、思わず独り言が漏れる。
いつかユーナに教えてもらったことだ。瘴気の影響を受けて動物は魔物化する。しかし魔力がある人間や虫は瘴気の影響を受けず魔物化しない、あるいはしにくい。なぜか家畜は魔物化しない…などなど。
この世界の不思議は尽きないが、頑張って解明する価値はあると思う。
(そういえば、スピタス連邦南部は氷竜の影響で永久凍土だったっけか。ドラゴン…か。氷竜がいるなら炎竜とかもいるのかね。)
――まぁ、いっか。縁があれば関わることもあるだろう。
「ツカサさん、湯加減はいかがですか?」
ミラの声にまだ見ぬドラゴンの雄姿が霧散する。
「ああ、ちょうどいい湯加減だ。ミラ、手伝ってくれてありがとう。」
「それは良かったです。湯浴み後のコーヒーをご用意しておきますね。」
「ありがとう。だがミラ、俺が帰ったからといってそんな忙しなく動かなくていいんだぞ。今日は畑の様子は見に行ってないんだろう? だったらゆっくり休むといい。」
「いえ…! ツカサさんが家におられるときくらいお世話させて下さい!」
「そ…そうか? 分かった、ありがとうミラ。」
―◇―◇―◇―
夜。ミラ、ポーラと久しぶりに食卓を囲む。先ほどフォルテ商会から帰宅したポーラは、俺を見るなりミラ同様抱きついてきて、そのまましばらく離れなかった。
ミラはいつものシュミーズ姿。風呂から上がった後、あのミニスカメイド服姿に着替えていたのだが、ポーラが帰ってくる前に着替えたらしい。
風呂から上がった俺をミニスカメイド服で出迎えてくれたということは、つまりそういうことだ。真っ昼間からミラと熱い時間を過ごしたことはポーラには内緒である。
ミラとポーラはいつもの食前の儀を、俺は合掌をして、食事に手を付ける。
葡萄酒を一口飲み、告げる。
「色々聞きたいことはあろうが、まずはこの度の戦闘の結果について伝えておく。」
2人が神妙な面持ちで俺の次の言葉を待っている。この度の戦争は、結果次第では彼女たちの生活に大きく影響することだ。気になって気になって仕方ないのは無理もないだろう。
「まず、戦闘自体はララス殿下率いる王家軍が圧勝した。サイレル軍総勢2万に対して、完璧と言っていい勝利を収めた。ポーラ、フォルテ商会が全力で王家からの注文に対応してくれたお陰だ。ありがとう。」
2人がほっと肩を落とす。
「それは、良かったですわ。この度の平定が失敗したらどうなるだろうと、わたくしもミラも気が気ではありませんでしたから…。でも、そういうことならツカサさんの発案された兵器が役に立ったということですわね。これはフォルテ商会の力ではなく、ツカサさんの功績ですわ。」
「謙遜するな。あの規模の製造態勢を展開できたのは、フォルテ商会だからこそだ。恐らく、王国からフォルテ商会に何かしらの褒美が与えられるはずだ。」
「褒美…ですか!? それは、お母様もお喜びになりますわ。」
「さすがはツカサさんとフォルテ商会ですね。国から褒美だなんて…!」とミラが目を丸くする。
「それで、だ。俺はサイレル軍との戦闘が終了したので戻ったが、ララス殿下は引き続きハクシーランを陥落させるべく進軍している。その結果は俺もまだ知らないが、明日王城に帰還した旨の書簡を出す。恐らく近いうちに呼び出さるだろうから、そのときにでも最新の戦況を聞いておく。」
「承知したしましたわ。書簡は、いつもの王城への納品の機会にわたくしから提出しておきます。」
「ありがとうポーラ。」
「ですがツカサさん、このまま順調にハクシーランを陥落させた場合、今のサイレル領はどうなるのでしょうか。」
ポーラの疑問はもっともだ。サイレル領が混乱するのは必至だが、どの程度の混乱具合なのかで商いの仕方も変わる。
「取り敢えずは王家の直轄地となるだろう。政務と軍を再編成するまでは、多少の混乱が予想されるだろうな。とはいえ、これは俺の予想だが、恐らく大部分の人間は王家の統治を快く受け入れるはずだ。なんせ、サイレル公爵家の統治は色々と不味い点があったからな。」
「そうですか。であれば良いのです。しばらくは南方での商売で混乱が予想されること、従業員たちにも周知徹底しておきますわ。」
「ああ、宜しく頼む。」
「俺からの報告は以上だが、ミラ、畑の調子はどうだ? 成果が出るのはまだ先だろうが、何か変化はあったか?」
「はい! 聞いてくださいツカサさん!」と、その話題にミラが身を乗り出す。何か目に見える成果でもあったのだろうか。
「昨年の8月に撒いたカブがこの度収穫の時期を迎えたのですが、もういつもと全然違うんです!」
ミラがとても興奮気味だ。ここまでエキサイティングな彼女はベッドの上以外では見たことがない。いつもはどちらかというと、何かあったらポーラの方が取り乱している印象が強い。
「ミラ、この間からそればっかりね。もうちょっと落ち着いて話さないと、ツカサさんも分かりませんわよ。というか、実物をお見せしたほうが早いですわよ。」
「あ、すみません、私ったら…。」と、ミラが自分の頭をぽんぽんと叩く。こういうときのミラのいつものクセだ。思えば、転移後初日に出会ったときも同じような仕草をしていたと思う。とても可愛い。
「取ってきます!」
そう言って急ぎ足で出て行ったと思ったら、すぐに戻ってきた。
「こちらです。これは先日ヴェルデ村の試験畑で収穫したのですが、普通の畑のカブよりも収穫量がかなり多く、かつ、大きいのです。これだと、食べる分はもちろん、家畜に与える肥料にも回せるはずです! それもこれも、ツカサさんから教わった種子選別と肥料が功を奏したものと思います!」
ミラの鼻息が荒い。相当嬉しいのだろう。
そう言って置かれたカブは、元世界よりも少し小さめ。だが、この世界基準では大きいのだろう。
まぁ元世界の農作物は基本的に品種改良や合成肥料が使われているから、この世界のカブにそのサイズを求めるのは酷な話だし、見方を変えれば目の前のカブは完全無農薬だ。これは食すのが楽しみである。
「よくやったミラ。ミラが細かく畑を確認してくれたお陰だな。ともあれこれで冬を越せる家畜も増え、伴って糞尿などの堆肥も増えることだろう。次の大麦の栽培にも活かせるな。」
「はい!次の大麦も今から楽しみです! 明日は、このカブで何か作ってみようと思います!」
新鮮なカブかぁ。元世界でのイタリアンレストランなどでは、カブの冷製やポタージュなんていうシャレオツな前菜とかあったけど、さすがにミキサーがないと無理だな。ここはミラの腕に任せるとしよう。
「それは良い。ミラが食べたいように料理したものを出してくれ。楽しみにしているぞ。」
「は、はい! 頑張りますっ!」
やはり、こういう感じで過ごすのは良い。この二人といると家に帰って来たという実感が湧いてくる。それに、最近は兵器だの戦だの、血腥いことばっかりだったからな。
さて、今晩から気合を入れてローテーション再開だ。
―◇―◇―◇―
翌日朝、何ヶ月かぶりに冒険者ギルドを訪れる。相変わらず大勢の冒険者たちがギルドの門を出入りしているようだ。
今日は、ユーナにも戦闘の結果について共有しておこうと家を訪ねたがいなかった。であれば彼女がいるところはここしかない。
ギィとギルドの戸を開けて中に入る。相変わらず剣呑な現場感が充満している。ユーナの姿を探すと…あ、いたいた。レバータと何事か話している。
「ユーナ、やはりここにいたのか。あとレバータも久しいな。元気だったか…」
「あ、噂をすればじゃねーか! おぅツカサ、ギルドの職員の間じゃお前の話題で持ちきりだぜ!」
レバータがいつもの調子で、今日はなぜか肩をバシバシ叩いてくる。心なしか、いつもより多くの視線を浴びている気がするが…。
「なんだ、何かあったのか?」
「何かあったかのか、じゃないわよ。あんた、今度は何やらかしたの?」
ユーナが呆れたようにため息をついている。
「何の話だ? 俺はここ1ヶ月は王都にいなかったんだぞ。」
「何の話だ、じゃねーよ。ツカサ、何も聞いてねぇのか? お前の冒険者ランク、プラチナランクに昇格だとよ。さすが、あたいのお気に入りは一味も二味も違うねぇ!」
そう囃し立てながら、レバータがカウンターを叩いてはしゃぐ。
「プラチナランク!? 何をばかな。昇格はおろかここ最近は満足に依頼だって受けれて無いんだぞ。」
「そんなこたぁ受付嬢のあたいがよく知ってらぁ。だからお前の冒険者資格をどうするか決めあぐねていたんだ。普通は自動失効だけど、魔幻霊を討伐出来るようなヤツの冒険者資格を勝手に剥奪するっていうのもどうかって話になってたんだけどよ、昨日、ギルドにお前をプラチナランクに昇格させよっていう命令が来たんだよ。」
「命令? 誰からだ?」
「あんたね、ギルドに直接命令出来る人間なんて1人しかいないじゃない。」とユーナ。
「まさか…」
「そのまさかだよ。国王陛下からの勅令だ。」
レバータの発言にしばし固まる。なんで俺がクララの名指しでプラチナランクに? ブロンズからプラチナって有り得るのか?? いや問題はそこじゃねえ。あの国王、また何か企んでやがるのか?? 冗談じゃねぇぞ、こっちは進んで引き受けたとはいえ、戦争から帰還したばっかなんだぞ!!
「なに固まってんだよツカサ。お祝いに今夜辺り2人で飲みに行こうぜ。」
「タラーレさんに言いつけるぞ。」
「姉貴の名前出すのはやめろよったく…。」
レバータがむくれる。少し可愛い。
「はぁ…。レバータまったくあんたって女は…。それで? わざわざ私を探しに来たってことは何か話があるんでしょ。それにあんたが今ここにいるってことは…」
「ユーナ、その件についてだ。一応、お前には戦況の次第を伝えておこうと思ってな。」
その俺の言葉に、ユーナの身体が俄に強張るのが分かる。この度の進軍を、ある意味一番気にしているのはユーナだと言ってもいい。
「あ? 何の話??」とレバータが俺とユーナを交互に見る。
「レバータ、悪いけど今回の依頼はキャンセルよ。それと、どこか空いてる会議室を貸してちょうだい。」
「え? あ、ああ、分かりましたユーナ様。会議室なら、ちょうど空いてますから、空いてるところをご自由にお使いください。」
レバータはユーナにだけは丁寧だ。やはり師弟関係故だろう。
「ありがとうレバータ。さぁツカサ、あっちで話しましょう。」
「了解だ。」




