49_バルム丘陵の戦い その1
――基盤歴640年02月03日(朝) バルム丘陵――
「案の定、最も高い丘に陣を張ったようね。ララス王女、悉く私の予想通りの動きをしてくれているわ。まったく、意外さの欠片も無い王女さまだこと。つまらないことこの上ないわね。」
先ほどここに到着し、今しがた拵えた本陣。そこから向こう正面の、ララス率いる王家軍の陣を眺める。丘中腹より少し上に本陣、中腹に主力の騎兵と歩兵、麓付近に迎撃のための弓兵、魔道兵、歩兵、その周りに遊撃のための軽騎兵が配置されている。なんの変哲もない、教本通りの布陣だった。
あまりに普通過ぎる布陣に、反って嫌な予感がする。今朝の軍議でも確認したが、ローランスは再度確認のため、隣で同じく敵陣地に目を光らせている軍務卿に尋ねる。
「周辺に伏兵や別動隊などは確認できてないのよね?」
「はい、方々に斥候を放っていますが、一切確認できておりません。突如敵軍がどこからともなく湧くような事態は皆無でしょう。陣を敷き、わざわざ我が軍を出迎えるようなあの態度、ララス王女も相当の覚悟とお見受けできますね。とはいえ少し気になるのは…」
進軍速度から考えて、王家軍は昨日にはバルム丘陵に辿り着いていたはずだ。そして最も良い丘に陣取り、我がサイレル軍を待ち構えるという方策に出た。
数的劣勢を覆すために進軍中の我が軍に奇襲をかけて来るかと思い、ここ数日は警戒を強めていた。が、奇襲は無し。では夜襲があったかと問われればそれも無し。あまりに堂々、あまりに潔癖すぎる。
2年前の、最後の交流会を思い出してみる。ララス・ウィンダー。確かに潔癖なのだろう。だがその潔癖さが命取りになる。
そう判じても、軍務卿の気がかりは無視できない。
「あの頂上の何かと、麓に大きめの覆いが被せられた何かことね。軍務卿、あれらはなんだと思う?」
頂上に並べられた何とも形容し難い、見たことも無いような木製の何か。ここからでは細部は確認できないが、何か突起のようなものが見える。それから、麓に等間隔に配備された布で覆われている何か。配置場所から考えて、防御柵だとは思うが…。
「なんでしょうね。麓のは大きめの防御柵かと思いますが、であればわざわざ覆って隠す必要もありませんし、丘頂上のあれは…分かりませんね。ここからでは形状が良く見えないので何とも言えないですが、丘の斜面を利用して上から転げ落とす武器なのかもしれません。」
斜面を利用し、上から丸太などを落として敵を足止めすることはよくある。その類なのだろうか。それにしては、丸みを帯びていないのが気がかりだが…。
「なるほどね、お前にも分からないということが分かったわ。まぁでも、どんな小細工を弄そうともこちらから動かなければ問題ないわね。我が軍は予定通り、この丘と、両脇の丘に軍を配備して。せっかく何もせず待ってくれてるんだもの。お望み通り囲んであげなさい。」
想定通りの相手の出方に、想定通りの指示を飛ばす。
「はい、仰せの通りに。」と恭しく軍務卿が一礼した。
―◇―◇―◇―
「警戒はしているのでしょうが、予想通りに陣を張り始めましたね。」
本陣で敵の、サイレル軍の動きを注視するララスに声を掛ける。目の下にはうっすらと隈が出来ている。決戦を前にしてあまり眠れていないのだろう。
「ええ、そうですね。まずは一安心、といったところでしょうか。陣が整う前に突撃して出来る限り削りたいところですが、さすがにローランスはそんな隙は与えてくれないようですね。まぁ、彼女は私に何か思うところでもあったのでしょうが…。」
「と、いうと?」
「取るに足りない馬鹿正直な奴だ、とでも思っているはずです。」
「それは、いささか舐め過ぎな気がしますが…。」
「ローランスはそういう女です。交流会では公爵家の長子として慇懃に振舞ってはいましたが、『なぜお前なんかが』という本音が見え隠れしていましたから。」
敵軍の総大将、なかなかに度胸があるというか、負けん気が強いというか。
敵軍に目を移す。続々と後続部隊が到着し、正面、左右の丘に陣を張り始めている。こちらの奇襲を警戒してか、だいぶ急いでいるように見える。
この丘陵は、オフロードコースでいうところのモーグルのような形をしている。王家軍が取った陣地は確かに一番高い丘だが、他より抜きんでて高いわけではない。あまりタクティカルアドバンテージがあるようには見えないが、別にそれで問題ない。
「それよりも、弩砲と投石機の調整は問題無いのですか?」
「はい。昨晩、一つ一つ調整済みです。問題ありません。」
敵斥候を警戒し、昨晩、完全に闇に包まれてから投石機と弩砲の調整を行った。強化魔法スキルとナイトヴィジョンを活用して『敵が陣地を張りそうな場所』に向けてエイムを固定しておいた。弩砲はエイムがズレても簡単に調整できるし、投石機も複数人で浮遊魔法を掛ければギリギリなんとかなるはずだ。お陰で昨夜は午前様、ほぼ徹夜だ。異世界に来てまで仕事で徹夜なんて、笑えねぇ。しかも放ったボルトや岩を回収するためにオフロードバイクを召喚して行ったり来たり。目立つのはご法度だからヘッドライトを消して走行。この真冬のクソ寒い夜中の丘陵地をだ。ダウンを着てたが身体が芯から冷えちまった。まったく俺も人が良いというかなんというか…。
頂上に配備した投石機を見上げる。敵にはこれが何なのか分からないだろう。
投石機は最も固く兵を配置するであろう正面丘に対し14基を、両脇の丘に残り8基づつを、それぞれエイムしている。また、麓の弩砲は単純に30基づつエイムしている。
敵が突撃を開始し、一定以上接敵されば場合は、俺が走って弩砲を回収することになっている。『非戦闘員のツカサ殿にそれは危険すぎる。』とララスからは反対されたが、押し切った。弩砲など、万が一にも敵の手に渡っていい代物ではない。
「そうですか、であれば良いのです。」
疲労が垣間見えているとはいえ、ララスの態度は落ち着いている。負ければ即ち死であるが、こんなときの総大将の気持ちとはどんなものなのだろうか。正直、体験したくはない。
ここに昨日昼前に到着して、陣を張り終えたのが夕方前だった。きっとその頃から緊張しっ放しなのだろう。
「ところで、敵軍の陣地構築が完了するのはいつ頃なのでしょうか。」
「そうですね、本日中には、といったところですかね。」
「では、明日が決戦の日となるわけですね?」
「その通りです。既に母上、陛下にも伝書を飛ばしておきました。それは向こうも向こうとて同じでしょうが。」
「承知いたしました。あの、私から申し上げるのは違うと思いますが、少しはお休みなられてはいかがですか?」
そう提案した俺にララスが何かを口にしかけ、でも口ごもる。
「そうですね…。少し、横になります。」
そうそう、休めるときに休んでおいやほうがいいですぜ。
―◇―◇―◇―
決戦前夜の軍議が終わり、天幕から将官たちが三々五々辞去し持ち場に戻っていく。この世界史上初の作戦となるので、細かく綿密に打ち合わせをした。さすがにちょっと疲れた。昨日ほぼ徹夜して、今日もこんな軍議をできるなんて、若くて体力があるって素晴らしい。それにしても、使われ過ぎな気がするが…。
「ツカサ殿、お引止めしてしまって申し訳ございません。」
将官たちがいなくなり、近衛兵も追い払った天幕には俺とララスしかいない。冬とはいえ、軍議中はむわっとしていた空気が幾分かクリアになっている。
「いえ、とんでもございません。それで、いかがなさいましたか?」
「なに、ということは無いのですが、今のうちにお礼を、と思いまして。」
軍議をしていたテーブルの前で、ララスが頭を垂れる。
「あ、頭を上げて下さい。そんなに簡単に下げていいものではないでしょう…!」
こんなところ、他の将兵にでも見られたら面倒くせぇことになるだろ!
「私はただ、この世界で得たモノへの危険を遠ざけるため、自ら戦う道を選んだのです。それにまだ、戦いは始まってもいないのですよ。」
「あら、思いのほか慎重なのですね。」
ララスが、進軍開始以来の初めての笑顔を見せる。
「私たちはこの日のために投石機と弩砲を用いた訓練をずっと行ってきました。明日の決戦など、始まる前から終わっているのと同じです。証拠獲得や緑魔石鉱脈の発見含めて、あなたという存在がいなければ今頃…と思うと今でも背筋が冷たくなるのです。それほどまでにツカサ殿、あなたは王国にとって無くてはならない存在なのですよ。」
「…」
「ご無理は承知の上、今後ともわが国の為にお力添えをお願い致します。」と、ララスに真っ直ぐみつめられる。
「それは…まぁ、王都に住む以上は、多少は…。それに、またララス殿下のお母様に雑用を頼まれそうな気がしますし…。」
思わずララスかがふふっと微笑む。
「母上は、ああ見えて人をよく見ているお方ですから。悪いようにはなりませんよ。」
「とはいえツカサ殿の言う通り、まずは明日、しっかり勝つとしましょう。一応降伏勧告はしますが、ローランスが受け入れるはずも無いでしょうからね。先ほどの軍議で決めた通り、向こうの拒否回答があり次第総攻撃とします。もしものときは、よろしくお願いいたします。」
「承知致しました。殿下こそ、ご武運を。」
一礼し、踵を返して天幕を出ようとしたとき「あ、ツカサ殿。」とララスに呼び止められた。
「はい、何でしょうか。」
「川で兵たちに混ざって水浴みするときは、男性であることが露見しないようにご注意頂ければど存じます。それ以上は細かいことは申しませんが…。」
「…誤解があるようです、ララス殿下。」
あの連隊長、余計なことを…!
―◇―◇―◇―
――基盤歴640年02月04日(朝) バルム丘陵――
早朝を包む朝靄も晴れ、冬の朝に陽が差す。冷えて澄んだ空気。ここからは相手の丘が良く見える。まぁ、それはあちらも同じだ。
俺は本陣から少し上の場所で物見をする。双眼鏡越しに見える敵軍の様子は、当然だが前哨戦のときとはまったく違っていた。整然と並び、ふらつき一つない兵たち。号令ひとつで巨大な槍にも巨大な盾にもなる集団は、それが1つの生き物であるかのように錯覚してしまう。
正面の丘にサイレル軍本陣。弓兵、魔道兵、歩兵でがっつり固めてある。左右の丘は歩兵、弓兵、魔道兵、それから大規模な重装騎兵が中腹に陣取っている。ランダレアの読み通りの布陣だ。こちらの重装騎兵を牽制しつつ、突撃してくる歩兵に横から打撃を与える役割を持つのだという。これも、倍近くの兵力差があってこそ成り立つのだろう。
どんな陣を敷こうが、相手に勝ち目は万に一つもねぇんだけどな。まぁいざとなったら、俺が戦うっきゃねぇか。
と、こちらの本陣から近衛兵の集団、ランダレア、そしてララスが騎馬でゆっくり歩み出てきた。
投降勧告。いよいよか。
ララスが近衛兵集団から1馬身前に歩み出る。
「聞け!ヤーライルの将兵よ! そして総大将、ローランス・サイレルよ! 我はヴェレンタ王国、第一王女、ララス・ウィンダーである!!」
拡声魔法で増幅したララスの声が丘陵に響く。今回は決戦前とあってララス自らの降伏勧告か。元世界では使者が敵陣に赴いて口頭で伝えるなり書簡を渡すなりしていたようだが、拡声魔法があればナマの声を届けることができる。
「汝らの領主たるヤーライルの企ては、我が偉大なる国王陛下への明白なる反逆である。汝らの領地も地位も、すべては玉座より賜ったもの。それを忘れ、私欲のために、それもあろうことか他国と共謀して反乱を企てるとは何事か。今すぐ剣を置き、降伏するならば、命までは取らぬ。だが、あくまで逆賊ヤーライルに従うというのであれば、我が軍勢は汝らを賊として殲滅する。忠義に戻るか、破滅を選ぶか、よく考え返答せよ!!」
冷たく澄んだ空気をララスの声が切り裂く。よく通る声だ。さて、こちらも降伏するなどとは思っていないが、果たして敵は、ローランスはどう返してくるか。
双眼鏡で敵本陣を覗いてみる。一人の、真っ赤な鎧に身を包み、そして真っ赤なマントを羽織った若い女性が乗馬するのが見えた。そしてそのまま一歩一歩、踏みしめるように本陣から前に出てくる。あれがローランスなのだろうか。ララスとは違い、かなり目つきが鋭い。
本陣より少し出たところで止まった。どうやらあれがローランスで間違いないようだ。
「我はサイレル公爵家長子、ローランス・サイレルである! 親愛なるララス・ウィンダー第一王女、貴殿の戯言に答えてやろうではないか!!」
ララスよりも低い、ハスキーな声が真冬の空気震わせる。回答の時間だ。というよりも、のっけからケンカを売っている。
「我がサイレル家は、ヴェレンタ王国の発展に粉骨砕身、貢献してきた。特に昨今は、王国の軸は我がサイレル家であると言っても過言ではない! にも関わらず、立場に甘んじるだけの王家は我が領の重要性を理解せず、あまつさえ他家と同列に扱い我が家の誇りに泥を塗り続けた。そのような統治能力の欠片も無いクララに国王を名乗る資格は無く、それを認められないウィンダー家に王国の中枢たる王家を名乗る資格は無い!! 答えてやろうララス・ウィンダー。我が軍は貴様らに跪く気など毛頭ない! そしてサイレル家全軍を率いる総大将として、我が領主の宣言を伝えよう。『ヤーライル・サイレルの名に於いて、無能な王家に宣戦を布告する』! このバルム丘陵が貴様の墓となろう!!」
ォォオオ!! と、ローランスの言葉に奮起した敵兵たちから雄叫びが響いてきた。
清々するくらい気持ちのいいケンカ口上に思わず苦笑いしてしまう。自軍1万、敵軍2万、合計3万の前でここまで面と向かってディスられることも、まぁそうそう無い経験だろう。
ララスに双眼鏡を向ける。大丈夫だろうか。ブチ切れて段取りガン無視で突撃命令など出しはしないだろうか。
…いや、それはさすがに無ぇか。
「我が王家への宣戦布告、しかと受け止めた。これより、攻撃を開始する!!」
その言葉と共に、ララスが右腕をすっと上に上げる。作戦通りの合図に弩砲と投石機を担当する兵が動き出す。決戦開始だ。




