48_決戦軍議
――基盤歴640年01月31日(夜) サイレル領内、バルム丘陵まであと2日の距離――
進軍開始から17日目、毎度同じく外は野営の準備で忙しそうだ。前哨戦後も変わりなく進軍し、兵士たちはみな寝どころと夕偈の準備に勤しんでいる。多少疲労の色は見え始めているものの高い士気を維持できているのは、先日の前哨戦でこれ以上無い勝利を得たからだ、と素人ながら思う。
「それでは、日夕の軍議を始めます。」
総大将天幕でいつも通りララスが宣言すると、いつも通り集まった者たちが頷く。今日俺がここに呼ばれた理由も、なんとなく察しがついていた。
テーブルに展開されたいつもの地図には、前哨戦前夜のときと比較して自軍を示す凸型の駒が南に配置されており、さらに、その時は無かった敵軍を示す駒が更に南側に置かれている。両軍の間には『バルム丘陵』という文字と『^』の記号がいくつか描かれていた。
ランダレアが咳払いし、予めまとておいたであろう情報を展開する。
「このまま進めば、バルム丘陵で敵本軍と会敵することになります。迎撃側有利なこの丘陵はさっさと抜けたかったのですが、さすがに敵もそこまで悠長に移動はしないでしょう。とはいえ、丘陵に辿り着くのは我が軍の方が早いはずです。最も見晴らしの良い丘に陣を築くことが可能です。」
「諸君、今ランダレア副将が述べた通りよ。このバルム丘陵が決戦の場となる。このまま進軍し、この手の地形の常套として一番高い丘に軍を配備しなさい。」
「はっ、かしこまりました。」
ララスの指示にランダレア他、各部隊指揮官が頷く。
「あとは投石機と弩砲の配備ですが…。」とランダレアが俺を見ると、一同の視線が俺に集まった。
「ツカサ殿、投石機と弩砲、丘陵地にどのように配備するのが最も有効でしょうか?」
ララスの問いに答えようにも、俺みたいな戦の素人には何が最適解なのか分からない。そもそも俺は運搬だけでどこにどう配置するかを考えるのはあんたら役割では?と思わなくはないが、まぁそれはそれ、これはこれである。
「その前にご教示いただきたいのですが、丘陵の最もいい場所をこちらが取った場合、向こうはどういう布陣を取るのでしょうか。あと、丘と丘の距離はだいたいどのくらい離れているのでしょうか。」
俺の問いに、ランダレアが『ああ、そうか。』と気付いたように説明してくれる。
「まず、バルム丘陵の丘と丘との距離はだいたい100~200mほどです。また敵軍は、こちらの正面の丘陵に布陣を敷く可能性が高いかと。通常、両軍が向かい合って高地に布陣した場合、先に攻撃を仕掛けた方が不利になります。攻撃側は一度丘を降りてから登る必要があり、防御側は登ってくる敵を上から下に迎撃すれば良いだけですので。」
なるほど、そういうことになるのか。俺の理解を待って、ランダレアが続ける。
「すると必然的に両軍ともに攻撃を躊躇い、膠着状態が続くこともあります。ですが今回の場合、時間の経過はそのままサイレル軍側の有利に働きます。迅速に平定したいのは我々の方ですから。それに、1万とはいえ王家領に軍事的空白が生まれているのです。この状態が続くのは流石に不味い。ということを敵も当然考えているはずです。なので正面丘に布陣し、しびれを切らして突撃してくる我が軍を叩く腹積もりかと考えます。」
「付け加えますと、敵は我が軍の倍です。我々が占拠した丘を取り囲むように兵を配置するものと想定しています。」
と、ランダレアの説明に歩兵連隊長が補足する。
つまり、こんな感じだろうか。
【丘A:敵本陣・予備兵】
△
100-200m
【丘B:敵左翼】△◀───▶△【丘C:敵右翼】
△
【丘D:自軍】
紙と羽ペンを借り、書いて見せる。「左様です。」と連隊長が同意してくれた。
「そういうことですと…。」と顎に手を遣る。ララス他、歴戦の将たちが俺の次の言葉を待っている。
(圧が強ぇ…。)
「投石機も弩砲も、地面に対して出来るだけ平行に撃つのが最も効果的です。後ろの敵もまとめて無力化できますから。そういう意味でいうと、弩砲は麓に配備し、下から上に撃ち出せるように運用するのが良いと思います。一方で投石機は、自軍丘の山頂に集中配備するのが良いと思います。」
「ツカサ殿、弩砲は分かりますが、投石機を山頂に配備する理由は何でしょうか。」とララスが当然の疑問を口にする。
「理由は3つあります。1つは投石機は弩砲と違い、魔力強化すれば点での打撃でも十分に相手を混乱させることができるということ。1つは、敵から最も遠い場所に配備することにより、投石機自体の損耗を抑えることができるということ。投石機は、弩砲よりもかなりお高いですから。最後に1つ。これが投石機を山頂に配備する最たる理由なのですが、敵軍に心理的恐怖を与えるためです。」
「敵軍に心理的恐怖、というと?」とランダレア。
「ご存知の通り投石機は巨大です。たとえ山頂に配備したとしても、敵軍からも見えることでしょう。敵からすれば『あれ』が何なのか分からない。分からないが、『あれ』が動くと自軍が壊滅的被害を受ける。潰しに行こうにも、敵軍の陣地の頂きだ。無理だ、勝てっこない。とまぁ、こういった心理状態にさせることが可能かと。それに丘と丘の距離がこの程度であれば、頂上に配備した投石機で、戦闘開始とともにいきなり敵本陣に岩の雨を降らすことも可能かと存じます。」
我ながら、よくもまぁこんなことを思い付くものだと、自分で自分に驚いている。
軍議が静まり返る。圧倒的火力。戦闘開始と共に敵本陣を壊滅可能という事実。これまでの常識が通用しない戦場を想像し、歴戦の将が文字通り固まってしまっている。
腕を組み、二の腕を指先でトントンと叩くララスの仕草。どことなく母親のクララに似ている。
「ツカサ殿、貴殿のご意見、よく分かりました。道理ですね。」
「ランダレア副将、投石機は全基丘頂上に配備。弩砲は自軍の丘麓に配備することにする。ただし囲まれていることを考慮し、敵が布陣するであろうそれぞれの丘に向けて分散配備。戦闘開始とともに敵本陣を投石機で急襲、と同時に残った弩砲と投石機で各個撃破を。敵がこちらに突撃してきた場合はクロスボウを装備した魔道兵で対応させるように。一定以上の接近を許した場合、通常の戦術に移行します。何か質問は?」
ララスが興奮気味に作戦を言い終え、出席者を見渡す。
「…いえ、ございません。」
首をゆっくりと左右に振り、ランダレアが一同を代表するように声を絞り出した。
「結構。細かい配備は現地の地形を見て詰めることとする。ただし1点だけ注意を。敵本陣への打撃では、敵総大将のローランスは狙わないこと。出来るだけ生きて捕縛しなさい。今後の強力な交渉材料にすると同時に尋問する必要があるからよ。分かった?」
「承知いたしました。必ずや生きて捕らえます。」
ランダレアの言葉に、今度は一同が力強く頷いた。
―◇―◇―◇―
その後あれやこれやと議題が進んだが、特に俺が出る幕は無かった。あれから1時間ほどで軍議が終わり、総大将天幕から出てフラフラと自分の天幕――現代パップテントに戻る。
そういえば、近くに川があるっていってたな。寒いけど、絞ったタオルで身体を拭くくらいしないとさすがに臭うぜ…。
そう、行軍中は入浴など無い。指揮官レベルの人間でさえ、浴巾で身体を拭く程度だ。一般兵はそれすら何日かに一度だ。まぁ1月末の時期だから、寒くて川で水浴びなんてできないってのもあるけども…。
だから基本的には臭い。先ほどまで軍議をしていた天幕も、人間の体臭が充満していた。どこの天幕にいってもだいたい同じだ。まぁ、さすがにもう慣れたけど。女性だから臭わないんじゃない。元世界では女性は男に比べてそういうところに気を遣っているからあまり臭わないだけである。そのことを身をもって知った43の夜だ。いや、昨年の8月でもう44になったか。
身体を拭くために川に向かう。月明りのもと、既にかなりの人数が川沿いにいるような気配がする。ちなみにこの世界の月は大小2つあり、大月と小月と言われている。相変わらずネーミングセンスは皆無だ。
(なるほど、今日は一般兵含めて水浴びの日か。まぁ、寒すぎて本当に川に入るやつなんていねぇだろうけどな。)
川に更に歩みを進めると、徐々に解像度がはっきりとしてきた。
…!!
忘れていた。そう、忘れていただけなんだ。ついさっきまで敵兵をどう屠るか、どのように動けば最も効率的に戦場を制御できるかという血腥いことを必死に考えていたんだ。
だからそのことを忘れていた俺を誰が責めることができようか、いやない!
そう、この世界には女性しかいない。そして目の前には夥しい数のお○ぱい。誰もが川沿いで鎧を脱いで身体を拭いている。つまり裸だ。はたしてこれだけのお○ぱいを目にする機会があるのだろうか。これはそう、ここにある!
いかんいかん、早くここから立ち去らねば…。
心がそう叫ぶ一方で足が動かない。もっと見ていたい、この有り得ない光景を…!
「おおこれはツカサ殿。先ほどは見事な布陣の提案に感服いたしましたわ。」
首だけ振り向くと、そこにはあの歩兵連隊長が立っていた。彼女もこの川に身体を拭きにきたのだろうか。
「…いえ、とんでもございません。」
「ツカサ殿も水浴びですか? こう寒いと川に入れないですよね。どうです? 一緒に水浴みでも。」
そう、この歩兵連隊長は俺が男であることを知らない。一緒に水浴みなどもってのほかだ。
「…お誘いありがとうございます。ですがララス殿下から急な呼出しを受けまして、今から天幕に行かなくてはならないのです。」
「殿下から…!? この決戦を前にした折にその呼出しは大変重要なことなのでしょう。お早く行かれてください。」
先ほどの軍議の顔に戻った連隊長が、勝手に想像を膨らましてくれる。
「で、では失礼。私はこれで。」
今度こそ無理矢理足を動かして足早に去る。
あっぶねぇ、焦った…。
―◇―◇―◇―
――基盤歴640年02月01日(夜) 王都ヴェレンタン 国王執務室――
コン、コン――
「陛下、リーラスでございます。お呼び出しに応じて参りました。」
「入れ。」
「失礼いたします。」
執務室のドアが開き、リーラスが国王執務室に足を踏み入れる。椅子に腰かけ、背後のガラス越しに外の闇夜を眺めるクララに一礼する。
「陛下、ご用の程は。」
「リーラス、ぬしは余の子なのだ。特に用が無くても呼び出して罰は当たるまい。」
リーラスは知っている。この母が、何の用も無く自分を呼び出すことなど無いことを知っている。
「何を突っ立っておるのだ。そこに掛けるがよい。」と、尚も外を眺めながらそう勧めるクララに従い、ソファに腰を掛ける。
リーラスを産んで直ぐに産母は亡くなったのでリーラスは産母の顔など知らない。それは2つ上の姉・ララスも同じだろうと思う。
最愛の伴侶を亡くし、そこから誰かを頼ることを許されず、誰に弱さを見せることも許されず、ずっとその身ひとつでこの国をまとてあげてきた母クララ。その重圧たるや、リーラスには到底想像だに出来ない。これまでまとめあげ続けてきたものが、今回の戦い次第で二つに割れることになる。
「先ほどララスから伝書があったわい。明日、バルム丘陵で陣を張り、サイレル軍との決戦準備を整える、とな。」
「そう…ですか。いよいよですね。敵総大将は、ローランス殿ということですが…。」
「サイレル家との交流が途絶えて2年になるか。ララスとローランスは同い年ということもあってよく話しておったが、まさかこんな形で相見えることになろうとはの。」
どこか懐かしむような声が静かな執務室に響く。
「妾はまだ16でしたが、とても意志が強く向上心が強いお方だという印象を持っていました。」
「だからこそじゃろうな。ララスが出陣したと聞いて居ても立ってもいられなくなったのじゃろう。まぁ、気持ちは分かるがな。」
この度の戦に勝利した場合、サイレル家にはどのような処分を下されるおつもりでしょうか――
喉まで出掛かったその疑問は、ついに空気を震わすことなく飲み込まれた。きっと、自分には国を導くような立場には向いてないのだろう。そして、そういう意味では――
「お姉様、共和国の罪人部隊とはいえ3千の敵兵を殲滅されたようですね。」
「相変わらず、ぬしは言葉選びがきれいじゃな。」
クララのその言葉に、背中にじわりと嫌な汗が滲むのを感じる。
やっと外から目を外し、椅子を回転させてこちらを向いたクララと目が合った。
「皆殺しじゃ。あの状況では最も合理的な選択じゃな。ララスも一皮剥けたというべきじゃろう。」
「お姉様は、妾よりも遥か先を歩いておいでですね…。」
思わずクララから目を逸らし、俯いてしまう。
「リーラスよ、そんな顔をするでない。お主には、また別の仕事を頼みたいのでな。」
「仕事、ですか?」
「緑魔石の鉱脈じゃがな、予想していたよりも遥かに膨大な量が眠っておるということじゃ。まぁ少なくとも、調査期間をひと月以上延伸させるほどにはな。」
椅子から立ち上り、対面のソファにクララが座る。
「はい、その件も報告にはしっかり目を通しております。まだ概算ですが、王国が年間に使う量の100年分は下らない量が眠っているかと。」
最初報告を受けたとき、冗談かと笑ってしまったのは事実だ。だが適宜上げられる後続の報告に目を通すたび、懐疑が興奮に変わっていったことを思い出す。
「その通りじゃ。これで法国から輸入する必要は無くなるの。余が何を言いたいか分かるか?」
悠然とソファに腰掛けるクララからの問いに対する回答は1つしか無い。
「コニック法国との関係性の再構築とその窓口ですね?」
「その通りじゃ。この戦に勝つにしろ負けるにしろ、あの鉱脈は現在、我が王国にとって最も重要なことに変わりははい。」
勝つにしろ『負ける』にしろ――
その言葉に一瞬たじろぐ自分を見逃す母ではない。
「リーラスよ、国政とはどんなに考えたく無いことも想定しておくべきじゃ。ララスは負ければ命は無い。勝っても暫くはサイレル領の再編に当たらねばならん。王家の人間としてリーラス、頼んだぞえ。」
「…はい、承知致しました。」
そう答えた自分の声が震えているのが分かる。
「なに、心配するでない。サイレル領平定に比べたら簡単なことよ。それに困ったら余がおる。いつでも相談に乗ろうぞ、我が娘よ。」
はっと顔を上げて国王を、母親を見つめる。苛烈な厳しさの中に一抹の愛情は感じていが、ここまで優しい言葉を掛けてもらった覚えはない。
「このリーラス、必ずやご期待に応えてみせます。」
クララが満足そうに頷き「用件はそれだけじゃ。ゆっくり休むがよい。」と言ってくれる。
ソファから立ち上り「それでは失礼致します。」と一礼して踵を返しかけた時だった。
「あ、そういえば、もう決めておるか?」というクララの呼び掛けに動きを止める。
「母上、それはどういう…」
「決まっておろう。茶会に供する茶菓子じゃ。」
茶会、茶菓子…。はて、直近でそんな行事があっただろうか。
「母上、茶会とはなんのことでしょうか? いえ、申し訳ございません。ひょっとすると妾が茶会行事について押さえていないだけかもしれませんが…。」
クララがニヤリと笑う。嫌な予感がする。
「ツカサが戦から戻ったら、王城で茶をするのではなかったか?」
サッと血の気がひくのと同時にカッと身体が熱くなる。
「は、は、母上、なぜそれを…!」
「余が知らんと思うとったら大きな間違いじゃ。武器をねだったかと思えば次は茶に誘うなど、ぬしには困ったものだの。まぁ、やるならせいぜいあやつの度肝を抜くようなものでも出すがよい。いつも度肝を抜かれてばかりでは面白うないからの。」
どうやら反対も叱責もないと分かってホッとした次の瞬間「じゃが主は第2とはいえ王家の王女じゃ、そのことをゆめゆめ忘れるでないぞえ?」としっかり釘を刺されてしまった。まぁ当然だが。
「はい、勿論でございます…!」




