47_ラルール平原前哨戦 その2
――基盤歴640年01月28日(昼) 領境、ラルール平原――
覗き込むレンズから見えるのは、整然と陣形を組んだ1万の兵の後ろ姿。その先頭には、副将ランダレア。騎乗した凛々しい後ろ姿が見える。
漫画や映画でしか見たこと無かったけど、これが戦前の空気感か。なんか後ろから見てるだけでもすげぇ迫力あるぜ。この規模の軍の陣形、横幅はどのくらいだ?1キロくらいあんのか?分からねぇが、かなりの幅だな…。
俺は自分が戦闘に参加しないことをいいことに、後ろから高みの見物を決め込んでいた。
木など座視を高くできるものが無いので、仕方なく園芸用のジェラルミン製脚立梯子を召喚し、登って眺めている。
もう一度、軍用双眼鏡を覗く。ランダレアの向こうには、約3千と報告のあった敵軍の先遣隊。装備こそちゃんとしているが、どうも様子がおかしい。王家軍がビタッと整列しているのに対し、なんだかフラフラして『ただ並んでいるだけ』のように見える。
(なんか、全校集会で嫌々整列させられた中学生みてぇだな。しかも歩兵だけだから、めっちゃ見劣りするぜ…。)
とはいえ手に持っているのはノートではなく武器。武装集団であることに変わりはない。こちらが1万なので矮小に見えてしまうが、それでも3千はいるのだ。侮っていい相手ではない。
「聞け!ヤーライルの将兵よ! 我はヴェレンタ王国王家陸軍卿にして本軍副司令、ランダレア・ロッフォレスである!」
拡声魔法で増幅したランダレアの声が平原に響く。投降勧告の始まりだ。
「汝らの領主たるヤーライルの企ては、我が偉大なる国王陛下への明白なる反逆である。汝らの領地も地位も、すべては玉座より賜ったもの。それを忘れ、私欲のために弓を引くとは何事であるか。今すぐ剣を置き、降伏するならば、命までは取らぬ。だが、あくまで逆賊ヤーライルに従うというのであれば、我が軍勢は汝らを殲滅する。忠義に戻るか、破滅を選ぶか、よく考え返答せよ!!」
はたしてあれが本当に『ヤーライルの将兵』なのか甚だ疑問だが、こちらとしてはそう言うしかない。
はてさて、あの全校集会の連中はどうするか…。
歩兵の先頭に立つ、敵指揮官っぽい兵を双眼鏡で確認すると、何やら後ろの兵たちと相談しているようだ。
なんだか5、6人であーでもない、こーでもないと話していたかと思えば――
(なんか、揉めてねぇか?)
話し合いをしていた者のうち、身振り激しく意見し合っていた2人のうち一方が、もう一方の胸を突き飛ばしたのを皮切りに乱闘が起きる。
しばらく押し合い圧し合いを繰り広げていたが、しまいには案の定、剣を抜いた殺し合いに発展した。
1人が剣戟で押し倒され、首に剣を突き立てられる。双眼鏡越しに鮮血が飛沫を上げるのが見えた。殺した兵が、殺された兵に味方していた別の兵に剣を突きつける。まるで『お前はどうする?』と選択を迫っているように見える。
観念したのか、諸手を上げ降参のポーズをとると、剣を突きつけていた兵が剣を鞘に収めた。
(殺しやがった…。あいつら、やっぱりどう見ても正規兵とは思え無ぇ。)
先ほどの兵が弓に矢を番えて引き、こちらに向かって放つ。勿論、矢は誰にも当たらない。が、それは降伏勧告に対する明確な回答だった。
あいつら、馬鹿なのか? いや、あいつらは『王家軍が共和国の罪人の部隊がいることを知っている』ということを知らない。降伏して他国の罪人だと分かれば片っ端から処刑されるかもしれないと思うことだろう。だとすれば、戦う以外の選択肢は無い。
もし情報の非対称性が無ければまた違った選択をしたのかもしれないが、そんなことを考えたところで意味はない。
「貴殿らの意思、しかと受け止めた!!」
ランダレアの声が草原に響いたと同時に、矢を放った兵が合図する。すると、敵3千が一斉にこちらに突撃してきた。
「前列! 敵歩兵の突撃を止めよ!!」とランダレアが令する。
「「「魔道兵、強化魔法付与! 弓兵、構え!!」」」
前列を指揮する各隊長が下令し、魔道兵が前列の弓兵に強化魔法を付与する。弓兵が一斉に矢を番え、いつでも撃てる態勢を維持する。
敵軍がこちらに一直線に向かって駆けてくる。射程内に敵歩兵が入った時、前列各指揮官の「撃てぇ!!」との号令とともに矢が一斉に斉射された。
雨あられと降り注ぐ矢に敵の突撃速度が落ちる。そこに、「火球放て!!」の号令が聞こえたかと思うと、前列魔道兵から火球が放たれる。弓で弱まった勢いの敵歩兵前列が、爆炎で吹き飛ぶ。腕が千切れ、足が舞う。着弾したときの朱みがかった煙が爆炎の炎なのか血飛沫なのか正直判別がつかない。
強化魔法と火球が撃てれば魔道兵としては一人前――
(なるほどな。ユーナが言ってた魔道兵としての基準はあれをできてこそ、か。)
矢の一斉斉射と火球の連続攻撃。その後、そのセット攻撃が3回を数えたときには、敵に突撃の勢いは無くなっていた。
おかしい。いくら数的劣勢とはいえ、弓矢の斉射程度であそこまで勢いが弱まるものだろうか。それに、いかに戦の素人集団とはいえ、火球の斉射があることくらい分かっていたはずだろう。
一方的にやり込められている敵を双眼鏡で眺めながら、違和感の正体を探る。と、思い至った。
(そうか! あいつら、強化魔法を掛けないバニラ状態で特攻してきやがったのか。多分、魔法を扱える人間がいなかったに違いねぇ。なんとも哀れというかなんというか…。)
各部隊の隊長の号令で弓兵と魔道兵が歩兵の後ろに下がる。そしてすぐさま魔道兵が歩兵に強化魔法を掛ける。いよいよだ。
「第1歩兵大隊! 突撃!! 第2、第3歩兵大隊は左右から挟撃を開始せよ!!」
敵前中央の第一歩兵大隊がほうほうの体の敵軍に前進突撃を開始すると同時に、左右の第2、第3歩兵大隊が敵側面への挟撃を開始する。
「軽騎兵! 逃亡兵を逃がすな!駆逐しろ!!」
敵軍後方に目を向けると、我先にと背中を向けて逃げ出す兵がかなりの数見受けられる。ララスは彼女たちを許すつもりは無いらしい。
敵軍に目を戻すと、正面、両サイドから押されている。その圧迫に耐え兼ね、後ろにひり出された敵兵は悉く軽騎兵の餌食となっていた。
元世界の小説や漫画だと、こういう場面は『敵軍をすり潰す』という表現が用いられていたことが多いと思う。正直あまりイメージ出来なかったが、目の前の光景はまさに敵軍を『すり潰して』いる。超強力な鑢で削るが如く、敵軍がどんどん小さくなっていった。しかも、突破の要である重装騎兵を一切使っていない。これ以上無い戦の運びだ。
戦闘開始からわずか20分。サイレル軍先遣隊3千との戦闘は、王家軍の圧倒的勝利で幕を閉じた。
―◇―◇―◇―
肉片、死体、死体、肉片、首、肉片、死体、首、死体、死体―――
目の前には約3千の死体の山。王家軍は残党狩りと生存者確認に余念が無い。
「どうやらツカサ殿の読み通り、訓練されていない罪人だったようですな。」
夥しい屍の前で、ランダレアが満足そうにしている。
「そのようです。ランダレア殿が降伏勧告をされたとき、どうやら降伏するか戦うかで揉めていたようですが、結局戦うことを選んだようですね。」
「そのようですな。まぁこちらとしては戦うことを選んでくれて良かったです。もし降伏などされようものなら、今頃はこいつら罪人の首を片っ端から刎ねているところですよ。さすがに生かす価値の無い兵は殺害しますが、投降兵の首を刎ねるのはあまり気持ちの良いものではありませんのでね。」
そう、ここはこういう世界だ。自分に特殊スキルや、チート級のレベリングシステムがあるから忘れかけていたが、ここはこういう世界。人が死ぬのは当たり前。殺されるのは当たり前。戦争に最低限の倫理も無いのが当たり前。ただやはり、やってる方もやられている方も全員女性だということにどうも違和感が拭えない。目の前の死体の山も、例外なく女性だ。
(だいぶ慣れたつもりではいたけど、元世界の暗黙の先入観がまだ抜けてねぇな…。戦争が男の専売特許ってわけでも無ぇだろうに。)
「とはいえ、ララス殿下があそこまで徹底的に殲滅を命じるとは、小職も少し驚きました。」
「そうなんですか?」
「ええ、投降兵はもちろん、敗走兵も放っておいて後から治安維持部隊を派遣して捕らえるものとばかり思ってましたから。この戦いへの、殿下なりの覚悟の証なのでしょう。」
「そういうものですか…。」
「そういえば、ツカサ殿は戦争経験も従軍経験も無いと聞いています。これだけの死体には、まだ慣れないでしょう?」
「え? ああ、はい。でもまぁなんというか、これだけの死体の山を前にしても、あまりなんとも感じないというのが正直なところです。」
脳が処理できる死体の数を一気に大幅に超過した、という分かりにくい表現しかできないが、内臓を飛び散らせた死体も、切り落とされた首も、火球でぶっ飛んだ肉片も、趣味の悪い現代アートにしか見えない。きっとあれだ、現代人特有の想像力の欠如だ。
「いや、もっと本音を言うと、現実感が無いといった方が正しいですね。」
「ほう。というと?」
「ランダレア殿は私が男だということをご存知なので申し上げますが、私の故郷では戦争をするのは主に男なのです。筋骨隆々の男たちがぶつかり合い殺し合うのですが、女性が同じようなことを同じようにしていることに、ちょっとまだ頭が追いついておらず…。」
「筋骨隆々の男たちの戦場、ですか。ははは、是非とも見てみたいものですな。このロンダレア、齢56にして恋する乙女になってしまいそうですわ。まぁとはいえ、女だろうが男だろうが、人間の営みなど何も変わらんのでしょう。」
横で兵たちの作業を眺めるロンダレアは、道端で井戸端会議をする主婦のように笑う。
「副将、事後処理は順調か?」
後ろから、護衛を連れた総大将――ララスが声を掛けてきた。
反射的に跪こうとしたランダレアをララスが手で制す。
「は! 万事滞り無く進んでいます。」
「よろしい。」
「ララス殿下、当初予定しておりました治安維持に充てる兵員ですが、この状況ですと必要ないかと具申いたします。いかがいたしましょうか。」
そのランダレアの報告に、ララスが顎に手を遣って考え込む。
「治安維持に割く兵が不要ということは朗報よ。だけど、このまま1万で南下した場合、万が一のことを考えて籠城するという選択を相手に与えかねないわ。」
「こちらの軍勢を極限まで少なくして、敵をハクシーランから引きずり出そうということですね? 『絶対に勝てる』と思わせることが重要であると。」
「その通りですツカサ殿。万が一籠城されてもツカサ殿の兵器があれば破るのは易いですが、領民にまで被害が広がる可能性があります。今後の王家による統治を考えても、あまり民草に被害を出すのは好ましくありません。」
ランダレアが頷く。
「はい、ですので予定通り…」
「急報!!」
ランダレアが口を開きかけたとき、伝令の兵士が慌ただしく割って入って来た。先ほどまでのどこか弛緩した空気が吹き飛び、ララスとランダレアに緊張が走る。
「述べよ。」
「はっ! ハクシーランを監視中の物見からの報告です。昨日朝、ハクシーランよりサイレル軍約2万が進軍を開始、北上しているとのことです。」
「了解した。総大将は誰? 分かるか?」
「はっ! 敵総大将はヤーライル公爵子息、ローランス・サイレルとのことです!」
その報告にララスが一瞬、複雑な表情を見せた気がした。
「了解。他に報告は?」
「ござんません!」
「よろしい。ご苦労だった、下がってよし。」
ララスがランダレアに目を向け告げる。
「副将、このまま1万で進軍する。」
「し、しかし殿下、それでは敵の慢心を誘う効果が薄くなるのではないでしょうか?」
「そうね、でも敵総大将はローランス。1万で攻めたところで臆病風には吹かれないはずよ。」
「ララス殿下、そのローランスという人物とお知り合いですか?」
「はい、ツカサ殿。王家とサイレル家の関係が崩れる前は、サイレル家とも定期的に交流会を設けていたものです。そのような場では、年齢が近いローランスとはよく話していましたわ。ローランスの性格はひと言で表すと負けず嫌いで向上心が強い野心家。こちらが8千で攻めるより、1万で攻めた方が喜ぶはずです。『8千の敵を打倒した』よりも『1万の敵を打倒した』の方が凄みがありますのでね。」
「確かにローランス殿であれば、有り得ますな。」とランダレア。
「王家の長子とサイレル家の長子の戦い。世間的にも象徴的ですね。その挑戦、受けて立ちますのよ。ランダレア、万事抜かりの無いように。」
それだけ言って、ララスは天幕に戻っていった。やはりクララの横に座って怒られていたときの感じは微塵も無い。やはりマジモンの王族というのは、腹が決まればああいうものなんだろう。
「ランダレア殿、ララス様とローランスというヤーライルの長子は、仲睦まじかったのですか?」
「いえ、どうでしょう。特に仲が良いという印象は無いですが…なぜですか?」
「いえ、なんでも。かつて何気ない言葉を交わした者と戦うというのは、どういう心境なのかなと思いましてね。」
―◇―◇―◇―
――基盤歴640年01月29日(夜) サイレル軍軍議――
「罪人とはいえ、3千の兵を皆殺しか。ララスめ、もはや昔の甘さはないと思った方がいいな。」
使い込まれた羊皮紙の地図を前に、ローランスは思わず口元を歪める。無論、敵として天晴。悪い気はしない。
「共和国からの罪人部隊は壊滅。しかも王家軍に一切の損耗を与えていないと言っても過言ではありません。敵は治安維持部隊に兵員を割かず、損耗も皆無。引き続き1万の軍勢で南下中とのこと。ローランス様、いかがなさいますか?」
形式だけの質問を軍務卿が口にする。いちいち律儀、というより融通の利かんやつだ。
「いま『いかがなさいますか?』と聞いたか?」
分かり切ったことをいちいち質問するな、との苛立ちを乗せて睨むと「失敬、愚問でございましたね。」と軍務卿がわざとらしく一礼する。
「当然だ。ハクシーランには戻らず、このまま変わらず北上する。一応確認だが、何か奇策などを用いた戦では無かったのだろう?」
「はい、物見からの報告によると、教本通りの戦い方だったということです。策など、影も形もございませんね。」
思わず口角が上がる。
「それを聞いて安心した。甘さは無くなったのだろうが、国王の背に隠れる優等生であるのは変わってないらしい。」と揶揄すると、軍議に参加している一同から笑いが漏れた。
ララス・ウィンダー。国王の第一王女にして次期国王としての呼び声の高い女だ。昔は定期的にサイレル家と王家は交流会をしていたが、クララの陰に隠れて自分が無いような女だったように思える。こっちはお母様を越えようとあれやこれやと努力しているのに、その片鱗すら見えない女。こんな奴が次期国王なのかと、会うたびにもやもやしたことを今でもはっきりと覚えている。
「このまま我が軍で1万の王家軍を踏みつぶしてくれるわ。それで軍務卿、このまま進むとどの辺りで会敵する?」
「両軍がこれまでの速度で南下、北上すると仮定すると、おおよそバルム丘陵での邂逅になります。」
「バルム丘陵か。さすがに向こうの方が少し早く到着して陣を張るだろう。ララスがどこに陣を張ったか分かり次第、情報を寄越せ。」
「承知いたしました。ローランス様。」
この戦、勝てる。そもそも1万などという中途半端な兵力で来るのが間違いなのだ。国家への反乱。それを企てる側がどれだけの覚悟で挑んでいるのか奴らは理解していない。本来であれば、なりふり構わず王家全軍3万で来るべきなのだ。それなのに1万、舐めた真似を…!
「各員、知っての通りバルム丘陵は大小さまざまな小高い丘が広がる大地だ。進軍速度から考えて、向こうが優位な場所を取るだろうが、問題ない。こちらも同じように陣を張れば、どちらとも動かぬ状態を実現できる。だがそれでよい。時間は我らに味方するからな。しびれを切らして奴らが丘を下ってきたところを上から嬲り殺しにしてやれ。」
「心得ました。ローランス様。」
ニヤリと、軍務卿の顔に陰惨な罅が入った。




