46_ラルール平原前哨戦 その1
――基盤歴640年01月22日(夜) ウィネ共和国総統府――
「こんな時間に何の用かしら。さっさと寝ちゃいたいんだけど。」
呼び出しに応じてやっと来たかと思えば、レナが入ってくるやいなや悪態をつく。
こいつはいつもこうだ。見るたびに腹が立つ。
大きめの応接テーブルとそれを挟むように置かれたソファ。その奥には重厚な執務机に椅子。その椅子に腰をかけるのはこの国の指導者であり自分の母親であるモーリン・フェアウ将軍―――がレナの態度にフッと苦笑いする。
いつも通り母様はレナの態度を咎める気は無いらしい。
「来たか。まぁそう言うなレナ。ヤーライルから急ぎの書簡が来たぞ。」と、モーリンが書簡を目の前に翳しひらひらと弄ぶ。
「あ、そ。なんて?」
「ついに内戦が始まるようだ。」
その母様のひと言に、髪をくるくる弄っていたレナの動きが止まり「へぇ」と満更でもない表情を見せた。
「意外に早かったわね。まだ準備中だと思ってたのに。」
「それはそうだろう。なんせ仕掛けてきたのは王家の方なんだからな。」
「王家の方から?」
「ああ、そうだ。王都から約1万の軍が南下を始めたそうだ。ヤーライルの罪を暴く証拠を早馬で届けるとともにな。」
「証拠?」
「国王からの書簡の写しだ。読んでみろ。」
レナがモーリンから書簡を受け取り、応接用のソファにどさっと腰を沈める。
さすがに我慢できなくなり、チッと舌打ちが出てしまう。
「レナ、いい加減にしろよ。母様に対する態度ってものが…」
「構わんポルリン。ここには私とお前とレナしかいないのだ。」
「ですが…!」
「ですって、ポルリン。モーリン将軍がそう仰ってるんだもの。」
涼しい顔で自分をからかうレナをキっと睨みつける。
「挑発は止めよレナ。お前のことは買っているが、不遜な態度にも限度というものがある。それからポルリン、いちいち挑発に乗るな。」
「…分かりました。。」
渋々そう捻り出し、もう一度レナを睨みつける。が、レナはこちらを気にする様子もなく、既に書簡に目を落としていた。しかもソファにふんぞり返って足を組みながら、だ。本当にふざけてやがる。
「これ、私とヤーライルが取り交わした密約書のことを言ってるの? どういうこと?」
「それを聞きたいのはこっちだ。レナ、お前がクララに漏らしたんじゃないだろうな…!?」
自分でも言いがかりだと分かっている。分かっているが言わずにはいられない。
「なーんで私がそんなことしないといけないのぉ??」
「さっきからふざけやがって…! だいたいお前は…」
「二人とも止めよ!! レナ、ポルリン、何度言えば分かるのだ。はぁ、まったく…。私は別に、レナが漏らしたなどとは思ってない。私がレナに聞きたいことは1つだけだ。この戦、どう転ぶと思う?」
「そんなの軍事の専門家でもない私に分かるわけないじゃない。まぁ普通に考えて、もし王家軍が本当に一万だけなら、ヤーライルが勝つんじゃないの?」
何を当然のことを、といったふうにレナが足を組み替える。
「そう、その通りだ。私やポルリンでなくとも、誰だってその結論に行き着く。だが、向こうの総大将は次期国王との呼び声高い長子のララス・ウィンダー第一王女だ。伊達や酔狂で軍を動かしているとは思えん。」
「もったいぶった話し方はやめてちょーだいよ。何が言いたいわけ?」
「なら問おう。王家軍に何か、兵力差を埋める秘策があると思うか?」
「さあね、途中で別働隊と合流するんじゃない? まだ後続の情報は来てないんでしょう?」
「確かにな、その線は濃い。でも、もしそうでなかった場合、どんな策があると思うか?」
「レナに分かるわけないじゃないですか、母様。」とレナを小馬鹿にしたつもりだったが「今のはポルリンに賛成。私に分かるわけないじゃない。普通に考えて『多 対 少』の戦いで少数側が勝利するには、奇襲や伏兵が有効な手段なんでしょうけど、あなたたちはそんな答えを私に望んでいない。そうでしょ?」とレナが組んだ足をぶらぶらとさせながら気怠げにのたまっている。
こちらの嘲笑など全く効いていないことにイラっとしてしまう。
「その通りだ。まぁ、お前なら何か突拍子もないことを思いつくかと思ったのだがな。」
「買い被りすぎよ。でもまぁそうね、未だかつて誰も見たことがない新兵器みたいなのを王家軍が隠し持っていたら、ひょっとしたらヤーライルはやられちゃうかもね。」
このレナの茶化しには、もはや呆れてものも言えない。
母様の肩から、ふうっと、力が抜けるのが分かる。
「了解だ。特に何も無し、か。それでレナよ。記憶はまだ戻らんのか?」
「ええ、全く戻ってない。まぁ別に、記憶が無くても困ってないから問題無いわ。」
「そうか、なら良いんだがな。
お前をあの魔凶山で発見したときからもう半年以上か、時が経つのは早い。ヤーライルへの武器提供の代わりに資金を得ること、国内で手に負えなくなった罪人を王国に流すこと、テキラ公国囲い込みのためにヤーライルと手を結ぶこと。全部レナ、お前の発案だ。お陰で軍船改善の資金調達は上手くいった。これからも期待しているぞ。出会ったときはまるで獣のようだったがな。」
「うるさいわね、これでも生きるのに必死だったのよ。それになによ改まって。モーリン、別にアンタのためじゃないわ。私はただ楽しく生きようとしてるだけよ。面白おかしく、ね。今回の王国の内戦、王家が勝とうがヤーライルが勝とうが正直どうでもいいのよ。どっちも弱ってくれればそれでいいし、ヤーライルが勝ってもそれでいい。まぁ一番嫌なのは王家が完全にヤーライルを潰してしまうことだけど、まぁさすがにそんなことは出来ないでしょうしね。」
まったくこの女は。こういう面白半分に行動する奴が一番面倒だ。
「ま、そうだな。この戦が我が共和国に不利益をもたらすことは無いだろう。」
「礼なら、そこでむくれている可愛子ちゃんに言ってあげてちょーだい。この子がアンタに進言して北方遠征を止めなければ、今頃どうなってたか分からないしね。」
レナの不意打ちのウィンクを喰らってしまい、図らずも顔が紅潮するのを感じる。
「ばか、何を…! わたしは単純に良かれと思ったことを母様に進言しただけで…!」
「まぁそれでいいんじゃない。モーリン、娘は大切になさいね。」
「まったくお前は、物怖じというのを知らん女だ。確かあれはもう4年前のことだな。あのときは私の案に反対してくれて助かったぞ、我が娘よ。」
「か、母様…!」
「じゃ、もう要は済んだみたいだし、私はもう行くわね。」
そう、少し名残惜しそうにレナは執務室を出て行った。
―◇―◇―◇―
――基盤歴640年01月27日(夜) 領境、ラルール平原――
進軍開始から13日目、外は野営の準備で忙しそうだ。今日も今日とて進軍し、兵士たちはみな寝どころと夕偈の準備に勤しんでいる。ユーナと二人でハクシーランに赴いたときには10日程で到着したが、さすがに1万の軍を進軍させるとなると時間が掛かる。それでも、進軍速度としてはかなり速いらしい。ランダレア曰く、この速度であればあと2週間程度でハクシーランに着くという。飽くまで今の進軍速度を維持し、何も無ければ、という条件付きだが。そしてもちろん、そんなに上手くことが運ぶ道理はない。
「それでは、日夕の軍議を始めます。」
ララスが宣言すると、集まった者たちが頷く。
ここは総大将用に設えられた天幕。毎晩のようにララス、ランダレア他、各将官が集まって軍議を開いている。俺にもたまに招集が掛かる。今日がその日だ。天幕の中心に大きなテーブルが置かれ、この周辺の地図が展開されている。何回も折り畳まれ、そして広げられたであろう年季の入った地図だ。スマホやPCの電子マップを見慣れて久しいが、たしかに俺がガキの頃はまだ紙だった。まぁ目の前に展開されている地図は、ペーパーではなく羊皮紙だが。
いつもの日夕軍議。ただし、今日は緊張の色が強い。それもそのはずだ。
「明日朝には領境を越えます。物見からの報告によると、ラルール平原のサイレル領側には、約3千の敵部隊が野営して待ち構えているとのことです。このままいけば、戦闘は避けられません。」
副将ランダレアの報告が続く。
「ただし、当該部隊に関して少し気になる報告も受けています。」
「述べなさい。」
ララスの凛とした声が響く。
「は。気になる報告とは、どうもその部隊の野営の仕方がおかしいということです。天幕も大小入り交じり、てんでばらばらに設営さてれいるようで、まったく統制が取れていないように見える、とのことです。また、馬の姿が見当たらない、とも。」
「…こちらを油断させるためにわざとそのようなことをしている可能性は?」
「無くは無いでしょうが、あまり利点は無いはずです。相手が何者であろうと、舐めて掛かる愚は犯しませんので。さすがにその点は、敵も分かっているはずでしょうから…。」
ララスの問いに、ランダレアが回答する。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」と俺が声を上げると「どうしましたか?」と意外そうな目をララスが向けてくる。この場で俺が自ら発言するとは思っていなかったのだろう。
「ひょっとするとその3千、共和国から密輸されたゴロツキ、罪人の集団なのでは? 正規軍でないから冒険者や賊程度の野営地を拵えているに過ぎない、とは考えられませんか?」
「大いに有り得ますな。こちらもこの場でご報告しようと思っていたのですが、奴ら宴会の如く騒ぎまわっているとの報告も受けています。戦場で夜に酒を飲み楽しむのは士気維持のため我々も良くやりますが、なんというか、そういう雰囲気でもないということでした。申し訳ありません、うまく言語化できず…。」
「問題ない、ランダレア副将。相手が素人集団だとしても、正規兵だったとしても、やることは同じよ。この3千以外に伏兵や別動隊などは?」
「伏兵や別動隊については、現在のところ確認されておりません。この領境、ラルール平原は広大な平原です。多少の起伏はあれど、隠れる場所などありませんので。」
「分かったわ。ではこの3千と交戦することを前提として明日は行軍します。直ぐに陣形を構築できるように動きなさい。」
「承知いたしまいた。陣形構築が必要となれば、敵軍を牽制している間に陣形を整えられるよう、明日は軽騎兵を先頭に進軍を進めます。」
「結構。」
今のララスと、クララの横で小さくなっていたララスが同一人物とは思えないな。
「ララス総大将、ひとつ確認なのですが、ツカサ殿の兵器は使わないということでよいでしょうか。」
「勿論よ。此度の戦闘は前哨戦。こちらの出方を窺うという意味が強いでしょう。だとすれば、ツカサ殿の兵器を投入するのは悪手。明日は通常の戦い方で勝利を収めます。ですが、相手がもし共和国の罪人だった場合、戦闘に勝利することは易いでしょうが、周辺の街や村が危険に晒されることになります。よって、敵が敗走した場合は治安維持部隊として最大2千の兵を残します。また、治安維持部隊は各歩兵連隊から人員を出すように。」
「承知いたしました。もとより治安維持部隊に人員を割くことも織り込み済みの編隊です。何も心配はございません。全ては、ツカサ殿が敵情視察をしてくれたお陰でありますな。」
軍議、というのはもっと喧々諤々なものをイメージしていたが、なんというか、話がスムーズに進んでいる。まぁ、順調であることはいいことだ。
「ありがとうございます。ところで、戦争の素人として一つ疑問があるのですが、相手が罪人だった場合、捕虜の扱いはどうなるのでしょうか?」
この世界と元世界とでは人命に対する価値観が違う。心の準備をするために事前に知っておく必要がある。
「部隊を構成する人間が罪人だろうが、我々にとってはサイレル軍の兵士です。少なくともこの前哨戦においては、特に生かす価値の無い者はその場で殺害しますが、何か?」
なにを分かり切ったことを? というランダレアの視線が痛い。うん、予想はしてたけどやっぱりか。そうだよな、ここはそういう世界だよな。
「いえ失敬。一応の確認です。特に他意はございません。」
「とはいえ、王家がこの地を治める場合、人手が必要です。今回の鎮圧では、抵抗の意思のない兵をむざむざ殺害することは反って悪手です。しかし相手が共和国の罪人であれば話は別です。特別なにかこちらに都合の良い技能でもない限り、殲滅します。ツカサ殿、これで回答になっていますか?」
ララスが補足する。確かにもっとも合理的な方針だが、いつもより目線が鋭い気がするのはララスなりの覚悟なのだろう。
「はい、ご回答いただきいたみ入ります。承知いたしました。」
「では陣形の確認を。最前面に軽騎兵、その後ろに弓兵と魔道兵、その後ろに主力の歩兵を配置します。右左翼に重装騎兵、後方に本陣を…」
議題が陣形の細かい話に移っている。ここまで来れば、特に俺が何を口出すこともできない。けど、投石機や弩砲、クロスボウを使う戦いになる場合、どんな陣形がいいのか…。絶対に何か意見を求められるはずだ。今から考えておくこととしよう。




