45_進軍と最後通牒
――基盤歴640年01月15日(午前中) 王都ヴェレンタン南門前――
目の前には万の大軍。鉱脈の調査隊約200を目にしたときも壮観だと感じたが、今回はその比ではない。
王家軍第1師団総兵力1万5千のうち、1万がここに集結している。まさに大軍、圧巻である。
万の軍。口にするのは簡単だが、いざここで目にするまでその景色たるやまったく想像出来ていなかった。
クララの見立てでは、敵であるサイレル軍は背水の陣のため総兵力2万で迎撃してくるはずだという。また、もしファルミが掘っていたトンネルが開通しており、あの海蝕洞窟から共和国のゴロツキが上陸していた場合、恐らく2万を超える可能性もあるという。
俺と言う因子が無ければ王家軍全軍3万で対応すべき戦争なのだろうが、俺という後方支援、俺が開発した各種兵器の存在が1万という数字を実現させたようだ。
「いよいよです。母上、いえ、国王陛下がこれ以上ない下準備を整えて下さったのです。この内乱、総大将として必ず止めてみせます…!」
王家の馬に乗り、万の大軍に対面するララスが覚悟を口にする。その横顔たるや、小会議室でクララに叱責を受けていた未熟さはどこにもない。赤ベースの上等なフルプレートに身を包み、鮮やかな赤地の布に、金の刺繍が設えられたマントを羽織っている。今のララスは、まさに総大将たる出で立ちだ。
「案ずることはありませんよ、ララス殿下。我が王家軍の精強な兵と、あの新兵器があればどのような敵も打ち破ることができるでしょう。そうですよね、ツカサ殿?」
陸軍卿ランダレア、本侵攻では副将を務めるらしい。実質的な総指揮官だ。
クララが総大将にララス、副将にランダレアを起用するあたり、まさに国家の総力を挙げた本気の内乱鎮圧ってところか。俺のような平和な世界から来た人間にはあまり想像できないけど、事の重大さは推して察すべきだな。
「はい、仰る通りかと存じます。」
そう答えたはいいものの、この大軍をどう指揮するのかてんでイメージできない。まぁ、そこは経験豊富なお二方、というかランダレアに任せるとしよう。
「お姉様、いえ、総大将殿、ご武運を。そろそろ進軍の大号令をかけるときです。」
ララスの横に立つリーラスが促す。
リーラスはいつものドレス姿で、乗馬もしていない。今回の侵攻には不参加であるが、クララの命により見送りに来たらしい。当の国王クララは王城でいつも通り国政を仕切っている。座して待つのも、国王としての役目なのだろう。
「そうね、そろそろね。リーラス、私が留守の間お願いします。」
「お任せください。」
ララスがすぅっと息を吸い――
「全軍注目!!」
その一言で、騎兵から歩兵に至るまで、ビシッと正体する。さすが、訓練の行き届いた軍は違う。
ララスの近くにいる俺には、ビリビリと空気の振動が伝わってくる。拡声魔法だ。きっとこの世界で拡声器を売っても需要は無いだろう。
「これより、逆賊ヤーライルを討伐する! かの者は王国を謀り、あろうことか海の向こうのウィネ共和国と共謀してこの王都ヴェレンタンに攻め込もうとしている! ヤーライルには先んじて投降勧告を出しているが、これに従わぬ場合、サイレル軍と戦闘となろう! 我が軍は、武力をもってこれを殲滅する!!」
ォオオーッ!! と大地をに響くような雄叫びが上がる。いや、全員女性なのだから雌叫びというのが正しいのだろうが、そんな言葉は無いのだから仕方がない。
「目指すは領都ハクシーラン! 全軍、前進!!」
その号令を合図に、ララスたち主要な指揮官を先頭にして全軍が隊列を組んで進み始めた。蹄鉄とプレート鎧が擦れる音に囲まれる。
今も昔も戦争とは男がするもの、という先入観があったが、男が皆無なのであれば女がその役割を担うということが、この世界を見てよく分かった。
俺はというと、全軍が通り過ぎのをリーラスと共に脇で待つ。一番最後尾を着いていくつもりだ。
行軍を横目に、いったん馬から降りてリーラスの傍に立つ。
「リーラス殿下、こちらを。遅くなって申し訳ございません。なにぶん、作るのに時間が掛かってしまいまして…。」
リーラスに、デンカンラに拵えて貰ったクロスボウ(宝玉付き)を片膝をついて差し出す。
決して、忘れていたとは言わない。
「まぁ、覚えていてくれたのですね! お忘れになっておられたのだと諦めておりましたわ。」
「ま、まさか…。栄えあるリーラス殿下からのお頼みなのです。そのようなこと、あるわけないではありませんか。」
「このような、また出立する折でのお渡しとなってしまい誠に申し訳ございません。殿下への特別な逸品でございます。」
「まぁこれは…! このような宝飾が設えられた武器は、見たことがございませんわ。」
「はい、特別に作らせた、この世界にただ一つのクロスボウにございます。撃って良し、飾って良しの逸品でございます。」
この煌びやかな武器、なんとなく中南米の麻薬カルテルが持つキンピカな銃を彷彿とさせるが…。まぁこれはこれ、それはそれだ。
「受け取って頂けますか?」
「勿論です! 妾の寝室に、大切に飾らせていただきます。」
思いのほか、リーラスに刺さったようだ。何よりだぜ。
「それで、ツカサ殿にお願いがございまして…。」
またなんかあるのか…?
「…なんでございましょう?」
「もしこの戦争から無事に戻られましたら、王城でお茶でもいかがでしょうか…?」
恐らく、元世界のどのホテルにもないような、豪華絢爛なアフタヌーンティーを連想する。いや、あの不味いスコーンからすると、あまり期待しない方がいいのかもしれない。
なんにしろ、蹄鉄と軍靴の音が響くこの場で話題にするようなことでもない気がするが…。
「承知しました。楽しみにしています。」と言って立ち上がる。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
リーラスの顔がぱっと明るくなる。そろそろ、最後尾の部隊が進軍を開始する頃合いだ。
「では、私はこれにて。行ってまいります。」
「はい、ご武運を」
優雅に一礼し、馬車に乗って王城へ戻っていった。
さて、行くか。
まだ実感が湧かないけど、俺、これからマジもんの戦場に赴くんだよな…。さすがに緊張してきたぜ。
―◇―◇―◇―
――サイレル領都ハクシーラン 領主館の大会議室――
4年前に新築した領主館の大会議室には、緊急で呼び立てた者たちが集まり各々の席に着席している。腕を組み静かに目を瞑っている者、緊急で呼び出された不安を打ち消すように隣の席の者と何事かひそひそと話している者、潤う財布事情を下卑た笑いとともに語り合っている者。
時間の潰し方はそれぞれだが、この者たちに体たらくな自由を許しているのは他でもない、すぐ右斜め前の席が埋まらないからだ。
「お母様。伯母様、なかなか来られませんね。」
左隣に座る娘・ローランスが少し苛ついたように呟く。
「緊急の招集だ。少しは大目に見てやるのだ。」
恐らく自分は、姉に対して娘より遥かに苛ついている自覚がある。が、今それを表に出しても意味はない。
ローランスが不満そうに何かを言いかけたとき、大会議室の扉が衛兵によっては大きく開かれた。
「あら皆さんお揃いで。遅れてしまい誠に申し訳ないことですわ。」
その言葉とは裏腹に、全く悪びれる様子もなく姉――デクマルシアがのっそりとした動きで会議室に入ってきた。
デクマルシアの登場で静まった会議室の中を、肥えた身体がゆっくりと動く。我が姉ながら、たまにあれは魔物の類いではないのかと錯覚してしまう。
そのままのっしりと歩みを進め、右斜め前の空席に難儀そうに着席する姉に内心辟易する。
「お早いご到着ですね。」
「ええローランス、今日は急いできたのよ。」
姉には、娘の皮肉など効く由もない。
「それでヤーライル、緊急の招集なんて何用かしら?」
「姉上、このような場ではヤーライル公爵とお呼びくださいと、いつも申しているでしょう。」
「あら、そうだったわね。ごめんあそばせ。」
「そういえば姉上、胡椒の販売価格は元に戻りそうなんですか?」
答えが否なのは百も承知の上。しかも今日の議題とは全く関係は無い。が、それでも何かしら刺さないと気が済まない。
「いいえ、まだよ。フォルテ商会が買い渋ってるんですもの。まぁおおかた、貯めておいた在庫で凌いでるんでしょうけど、そのうち泣きついてくるわよ。」
「軍資金が尽きたら笑うに笑えませんよ。前々から申してますが、早いうちに何か手を打ってくださいね。」
「まったく心配症ねぇ。私だって考えてるわよ。」
何をどう考えているのか言ってみろ――。
喉までせり上がってきたその問いをなんとか飲み込み、はぁっと、内心ため息をつく。何かしら良い案がこの姉から出てくるとは思えない。無能のくせに自尊心だけは高いこの豚に気を遣う自分自身にも腹が立つ。
「さて、皆揃ったようなので始めるとしよう。」
気持ちを切り替えるために開会を宣言する。
一同がこちらに注目する中、ひらり、と書簡を掲げる。
「先ほど、王都ヴェレンタンから早馬でこれが届いた。」
「色々と書かれているが内容を要約すると『ウィネ共和国から武器人員の密輸入について証拠を押さえている。おとなしく罪を認め、投降するなら命は保証する。応じぬなら翻意ありと判断し、武力をもって鎮圧する。』だ。この魔力紋は国王、クララ・ウィンダーのもので間違い無い。ご丁寧にアマス・インバイト公爵とオリヴィルア・キート公爵の魔力紋まで揃えている。つまりあの二家もクララに賛同しているということだ。」
会議室にどよめきが起きる。
「証拠? 一体どんな証拠があるっていうの?」
呆れたような、馬鹿にしたようなデクマルシアの発言に、場が鎮まる。
「姉上、こちらを読んでみて下さい。」と書簡を放ってよこす。
デクマルシアが窮屈そう書簡を手に取り、おもむろに目を通し始めた。
周囲が固唾を飲んで見守る中、デクマルシアが書簡を読み進める。と、その目がみるみるうちに見開かれていった。
クララからの書簡には『サイレル家が共和国のモーリン将軍と武器・人員の密輸に関する密約を締結し、ハクシーラン近くの洞窟を拠点として取引していることを知っている。密約書も我が手元にある。』という趣旨のことが書かれてある。
「伯母様、まさか王家に密約書を流した、なんてことはないですよね?」
「何を馬鹿なことを…! ちゃんとここに現物を持って来たわよ!」
ローランスの剣呑な物言いには、もはや条件反射。先ほどのような余裕はないようだ。まぁとはいえ、この姉が王家に靡くとは考えにくい。現に、持ってこいと命じた密約書を姉がテーブルに叩きつけている。
「ローランス、滅多なことを言うのは止めよ。姉上は、王家に寝返るような人間ではない。」
「ですがお母様、この密約書はガーク商会にて伯母様が管理されていたのですよ! 他に考えようが…」
「黙れと言っているのが分からんのかローランス。確かにこの文書を管理していたのは姉上だが、姉上が王家に靡く理由は無い。」
娘をぴしゃりと遮る。会議室を包む沈黙が、私の発言を追認している。ここの出席者たちもデクマルシアが王家と繋がっているなどと思ってはいまい。そんな頭も、そんな度胸もないことくらい誰もが分かっている。
叩きつけられた密約書に目を落とす。あの時の、ラフログ海峡で取り交わしたあの共和国との密約書。嫌でもあの忌々しいレナとかいう代理人の顔を思い出してしまう。
「では、何者かがガーク商会に潜入して密約書を盗み見た、と?」
軍務卿が皆を代表するかのように、当然の可能性を口にする。
「それは考えにくいわ。ガーク商会、旧オーマチ子爵領主館への抜け道は1つだけよ。隅から隅まで探したんだもの間違い無いわ! そして入り口は重点監視しているし、そもそも仮に潜入できてもそこからこの文書を見つけ出すなんて不可能よ!」
姉が必死だ。こんな必死な姉はどれくらいぶりに見ただろうか。いや、いつも必死だったな。自分を守るときだけはいつも…。だけど今のは墓穴を掘ったなと思う。
「では姉上、内部からの漏洩ですか?」
「ヤーライル、あなた一体何を…!」
一拍置き、「だとしたら、監督不行き届きですが?」と軍務卿。
その言葉に姉が顔を真っ赤にし、それでも何も言い返せないでいる。いい気味だと思ってしまう自分もいるが、今は身内で揉めている場合ではない。まだ、この者どもに共有すべきことがある。この場でなんとか、善後策を…
「ああ、そういうこと。」
ぞっとするような不敵な笑みを浮かべながら、姉がうんうんと頷いている。
「あなたたち、寄って集って私を陥れようとしているのね。我がガーク商会の富を横取りしようっていう腹なんでしょう?」
「デクマルシア殿、別に私はそのようなことは…」
「分かったわ軍務卿。そこまで言うのであれば商会の警備に当たっている衛兵を徹底的に尋問して差し上げます。たとえ拷問してでも…」
「そんな時間も余裕も無い!!!」
思わずテーブルを叩いて声を荒げてしまった。
失態だ――
ひとつ深呼吸をして気持ちを整える。
「いや、私としたことが申し訳ない。そもそも書簡にある『文書は我が手に』云々の記載が、ただのクララのはったりだという可能性も高い。本日はそんなことよりも、別に共有したいことがある。寧ろ、こっちが本題だ。」
「これ以上の重要な事柄がある…と?」
軍務卿が緊張気味に疑問を口にする。
「軍務卿、貴殿にも伝えていないことがある。先ほど、王都に放っていた我が軍の物見から伝書が届いた。それによると、どうやら二日前に王都ヴェレンタンから、王家軍約1万が南進し始めたということだ。我が領に対する進軍だ。」
「なんですって…? 私のところには何も…」
「今さっき入ったばかりの情報だ。総大将はララス第一王女。クララは本気だ。先ほどの書簡、『応じぬなら武力で鎮圧する』の体現だろう。」
「そうだとしても、1万と言うのはいささか少ないような気がしますが…。」
「他の部隊と途中で合流するつもりなのかもしれんが、今に至るまで、そのような情報は入ってきていない。」
「だったら、確かめてみてはいいじゃない?」
先ほどまでヒステリックを起こしていたデクマルシアがニヤリと笑う。
「姉上、どういう意味ですか?」
「共和国から密輸入したゴロツキ達を領境、ラルール平原に展開させればいいのよ。明日の朝からさっさと移動させれば、十分間に合うでしょう?」
「まぁ、確かに。トンネルが開通して以来共和国から人員を流して貰ってはいますが…。現在、何名ほどいるのでしょうか。」
「ざっと3千。まぁ王家の正規軍相手になんの太刀打ちもできないでしょうけど、敵の出方くらいはうかがえるはずよ。それに、あいつらは罪人。負けると分かった途端に戦場から逃げ出すのが関の山。するとどうなると思う? 周囲の村や街に逃げ込んで、好き放題するでしょうね。それに対して王家軍は対応を余儀なくされる。ただでさえ少ない軍を、治安維持にあたらせないといけない。結果、ハクシーランまで進軍してくるのは1万よりも更に少なくなるわ。」
この姉は…!
この場で張り倒したい衝動をどうにか抑え、気持ちを落ち着ける。この豚には昔から反感しか湧いてこないが、戦略としては一理ある。いや、冷静に考えると最善の策とすら思えてくる。
それにハクシーランまで辿り着ける王家軍は1万未満。だとすれば、亀みたいに籠城せずともサイレル軍総兵力2万で叩き潰すことができるはずだ。
「お母様、この度の戦、私に総大将を務めさせてください。」
感情と合理の間で揺れ動く中、ローランスが凛々しい声を上げる。
「敵の総大将もララス第一王女。結構なことです。この地を治めるに相応しいのは王家か我がサイレル家か、この戦ではっきりさせたいと存じます。前哨戦での損耗と治安維持兵力を除くと、王家軍は概ね7千から8千程度になるかと。であればハクシーランに籠城せずとも敵軍を迎撃することは十分可能です。」
娘も、自分と同じ結論に至ったようだ。
「あらローランス、勇ましいことね。我が姪として誇りに思うわ。」
「確かに、それもよろしいのかもしれません。副官はこの軍務卿たる私が務め、ローランス様を完璧に補佐いたしましょう。しかしながらヤーライル様、一応念の為確認させていただいても?」
「なんだ?」
「その書簡にある国王からの出頭命令についてですが、従うつもりはないということでよろしいですか?」
「軍務卿、その質問にわざわざ答える必要があるか?」
「これは失敬、愚問でございましたね。失礼致しました。」
軍務卿がニヤリとし、出席者から失笑が漏れる。
「戦争が始まることについて、共和国には私から書簡を送っておく。では姉上、共和国から輸入したゴロツキどもを早々にラルール平原に出立させて下さい。指揮官クラスの選定は、彼らの中の元軍人や元盗賊の頭などを起用して下さい。本来であれば、最低限の訓練を施す予定でしたが…。」
「あら、構わないじゃない? どうせあいつらは使い捨ての肉壁だもの。最後にお役目を与えられるだけマシというものだわ。」
先ほどまでのヒステリックはどこへやら、嬉々としてのたまっている。反発する気持ちが膨れ上がる。が、これも確かにデクマルシアの言う通りだ。
遣り場の無い怒りから、我知らず拳を強く握りしめてしまう。
順番が逆ではないか。本来であればこちらから進軍し、頃合を見てクララに南部独立の要求を突きつけ、拒否されれば戦端を開くという手筈だったのではないのか。
なぜ我々の方が選択を迫られているのだ…!
こんなことのために、モーリンやポルリンの顔色を窺ってきたわけではないのだ。やっと資金も潤沢になって、さぁこれからってときに…! あんなふざけた代理人風情にまで足元を見られて…!
「お母様…?」
ローランスの心配する声にはっと我に返る。
「ああ、済まない。勝利を前にして昂ぶってしまったわ。姉上、ローランス、軍務卿。今上がった作戦で行こう。まずは共和国からの罪人をらラルール平原まで急ぎ進軍させ、領境沿いにて待機させて下さい。そして向こうの出方を伺います。それから我が正規軍2万の総大将はローランス、お前を任命する。軍務卿、部隊の指揮は任せたぞ。ハクシーランには籠城せず、無理のない速度で北上せよ。王家軍と会敵次第、これを徹底的に撃滅する。万事準備を怠るな。」
「了解よ。」
「承知いたしました、ヤーライル様。」
「ご期待に応えて見せます、お母様。」




