44_執務室
リンダに半ば有無を言わさず拉致られ、連れて来られたのが王城の客間。いつかユーナと時間を潰したあのこれ見よがしの部屋だ。
俺はここで待たされている。否、軟禁されていると言っても過言ではない。
人権侵害だー!!
と叫びたくなるのをぐっと堪える。この世界にはまだ、人権などという概念は無い。人権?何それ美味しいの??とキョトン顔のこの世界の支配者層に向かって講釈を垂れるほど、俺は愚かではない。
だから黙って耐えるのだ。この紅茶と、不味いスコーンを糧に。
なんてな。ブラックの缶コーヒーと、どら焼きを召喚して頬張る。うん、美味い。茶と茶菓子はこうでなくては。
紅茶はさておき、こんな硬くて不味いスコーンなどまっぴらごめんだ。
コンコン、とノックの音が聞こえ、次いで「ツカサ殿、食器のお戻しに参りました。」という使用人の声が聞こえる。
入って来た使用人は、なんと先ほどリンダの後ろに控えていた若いリンダの部下だった。きっと俺を哀れな目で見てくれていたことだろう。
「リンダ殿の部下が、なぜこんなことをされているんです?」
「なぜと申されましても…。侍従局は王城の家政一般を担当しておりますので、お客様の対応も業務のうちです。」
目を合わせてくれない。
そうか、そういえば侍従局ってそういう部署だったような気がする。
「そのスコーン、手を付けてないので差し上げますよ。」
使用人の動きが止まる。
「お客様にお出しするお茶菓子をいただくことなんて…出来かねます。」
今、ちょっと考えただろ。俺には分かるぞ。
「いいっていいって。バレなきゃいいんだから。もしばれてもリンダ殿には俺のことを言いつければいいんだしさ。」
「そんなこと…! 叱責を受ける程度では済みません…ので。」
「やっぱリンダさん、怖い?」
「そのようなご質問にはお答えできかねます…!」
そう顔を真っ赤にして、紅茶とスコーンをさっさと片付けてそそくさと出て行ってしまった。
しまったやり過ぎた。このやり場のないモヤモヤをあんな弱い立場の人間に当て擦るなんて、なんて浅はかなことを。反省。
そんなくそやくたいもないことを考えていると、コンコン、とノックの音がする。入ってきたのはリンダだった。真打登場である。
「ツカサ殿、国王陛下がお呼びです。こちらへ。」
―◇―◇―◇―
リンダに連れられ通された部屋は、いつもの小会議室ではなく、ましてや大謁見室でも無かった。
金ピカフルプレートの衛兵が守護する扉が開かれると、そこには応接用のソファとテーブル、奥には執務机に椅子。その椅子に腰掛けていたのは国王クララ・ウィンダー。そう、ここは国王の執務室である。
床に敷かれた絨毯、壺や絵画などの装飾品、ソファやテーブルのなどの家具一式。元世界でオークションに掛ければ、一体いくらになるのか見当も付かない。
カチャリ――
リンダがクララに一礼し、出ていってしまった。ここにいるのは俺とクララのみ。さっきのリンダの態度から考えて、軽挙妄動な振る舞いをすれば、この目の前のネーチャンの逆鱗に触れかねない。ここは、何か言われるまで直立不動、カチコチの正体で石像と化すのが正解だ。
「何をそんなところに突っ立っておるのだ。ほら、早くそこに腰掛けるが良い。」
椅子に座り、執務机の書類に目を通しながらクララが勧める。
あれ、怒ってない…?
「察するに、リンダにでもこってり絞られたのだろう? 確かに、書簡のひとつも寄越さんとはいかがなものかと思うが、まぁ今回はお主が無事に帰ってきたということで良しとしよう。次からは気をつけるのじゃぞ。」
おお、なんと寛容な。いや待て、なんか裏があるだろ。わざわざ俺を探し出して、こんな執務室なんかに呼び寄せるほどの理由が…。
「…大変申し訳ございませんでした。以後気をつけます。」
そう一礼して、上等なソファに腰を掛ける。ふかふかだ。
「それで、この度はどういったご用件でしょうか?」
「ふむ、そうじゃな。まずは緑魔石の現地案内はどうだったか聞きたいの。ロレルタからランダレアを通じて余に報告は上がってきておるが、お主の口からも聞いておきたいのでな。」
そう言いながら、クララが対面のソファに腰をかける。こう近くで見ると優雅で上品、整った顔立ちの中に剃刀のような鋭さも垣間みえる。
「はい、では僭越ながら。現地鉱脈を試し掘りしたところ、ひと抱えもある緑魔石が簡単に採掘出来ました。同行いただいたクリムノーラ・インバイト殿によると、中心防御軸に匹敵する大きさとのことでした。私は緑魔石については明るくないのですが、クリムノーラ殿以下、30名の騎兵たちも皆浮き足立っておりました。その様子から、とんでもない発見なのだろうと推測しています。」
「ふむ、報告にあるとおりじゃな。左様、あの規模の緑魔石は10年に一度取引出来るか否かという類のものじゃ。緑魔石はコニック法国から輸入しとることは先日教えた通りじゃが、あの規模の緑魔石は法国でもなかなか採掘できんじゃろう。」
「ということは、法国に依存しなくてもよくなるかもしれませんね。鉱脈調査の具合はいかがでしょうか?」
「概ね順調のようじゃ。お主があの忌まわしき首狩霊を屠ってくれたお陰での。まだ出没する可能性があるので、追加で魔導兵を派遣してやったわ。これで少しは兵たちを守ることができようぞ。」
バレてる…。クリムノーラのやつ、どこまでも正直な奴だ。
「あ、そういえばの、インバイト公爵、アマスから余に書簡が届いての、大変面白いことが書かれておったわ。」と、クララがわざとらしく一通の書簡を取り出した。
「…なんと?」
なんか、嫌な予感がするけど…。
「『我が愚息に多大なるご指導ご鞭撻を賜り、誠にありがたく厚く御礼申し上げます。優秀な冒険者を当てるという陛下の素晴らしいご采配には、深く感銘を受けております。』とあるが、なんのことかと思っての。ツカサよ、何か知っておるか?」
「えーと、それは、クリムノーラ殿への指導のことでは…?」
「クリムノーラへの指導、とな?」
なんかめっちゃ含みのある顔してるけど、どゆこと…?
「クリムノーラ殿に指揮官として至らない点がございましたので、ご指摘申し上げたのですが…。あれは、陛下が私に期待した役割かと思ったのですが…。ほら、ユーナより私に行かせたがってたでしょう?」
「焦りで言葉遣いが砕けてきておるぞ。」
やば…!
クララがフッと笑い、扇子を広げて仰ぎながら愉しそうに続ける。
「まぁよい。お主を行かせたのはユーナとクリムノーラでは反りが合わんと思うてのことじゃったが、まさか、あのクリムノーラにあそこまで面と向かってモノを言うとはの。それも、余の名前を大いに使ってな。」
(なんでそこまで知ってんだ!?)
「あー、それは、そのぉ…。陛下の期待かと思い込んじゃった、あー、思い込んでしまっていたので…。というか、なぜご存じで…?」
「クリムノーラのやつ、ロレルタの報告に混ぜて事の次第を事細かに書いて寄越しおってな。年甲斐もなく、ランダレアと共に笑い転げてしもうたわ。」
「…いやはや、真っ直ぐというかなんというか。クリムノーラ殿、さすが部下や領民に人気なだけありますね…。」
「うむ、為政者として、あやつの唯一の欠点よな。それを一発で叩き直したお主の手腕、見事だ。アマスも常々言うておうたわ。あの愚息めは一度徹底的に痛い目に遭わねば理解せん、とな。」
「は、はぁ…。」
「まぁ、今回の調査にクリムノーラを寄越したアマスには含む意図があったのかもしれんが、余には無い。とはいえ、結果的に最大の成果を上げたようじゃ。誠に天晴よ。じゃがな…」
「な、何でございましょう…?」
クララが扇子をピシャリと閉じる。
「次からは予断で動くでない。余の愚息どもにならいざ知らず、余は部外の者にそんな試すようなことはせん。心得たか?」
「は、はい! 肝に銘じておきます!」
「分かれば良いのじゃ。」
そう言い、少し前のめりになってクララが続ける。
「それで、本題なのじゃがな…」
え? 今のが本題じゃなかったの…? もうやだ帰りたい。
「はい…。なんでしょうか?」
「ポーラからも聞いておろうが、王国が発注した投石機、弩砲、クロスボウは今月末には全て納品される予定じゃ。既に、かの訓練場にて王家軍の全魔導連隊と全歩兵連隊で共同訓練を開始しておる。また、王家軍の地方師団にも順番で訓練を施し始めておる。」
「はい、納品の件についてはポーラから聞いておりますが…。」
「年明けには準備を整えて進軍を開始するつもりじゃ。もしヤーライルめがおとなしく罪を認めて余のもとにひれ伏すことがなければ、戦争になる。以前お主に言うた通りじゃよ。」
「年明け…ですか。インバイト家とキート家との調整は既についているのですか?」
「勿論じゃ。お主とユーナが確たる証拠を押さえてくれたおかげじゃ。アマスもオリヴィルアも、二つ返事で賛同のサインをしてくれたわ。」
「オリヴィルア??」
「ああ、言っとらんかったか。オリヴィルア・キート、キート公爵家の当主じゃ。もしかすると、あやつは今回の一件よりも緑魔石の鉱脈の方に関心があるかもしれんがな。」
「と、申されますと?」
「前にも申した通り、キート領は法国と隣接しておってな、コニック聖教の宣教師どもに悩まされおる。もし我が国が緑魔石を自国で担保できるのであれば、法国の女狐めを気にせず宣教師どもを追い出せるのでな。」
(そういえば、コニック法国の宣教師が鬱陶しい云々みたいな話があったっけかな。)
「まぁ、確かにそうですね。」
「とはいえ、それも王国があったればこそ。ヤーライルの奴はなにが何でも潰さねばならん。折を見て、お主の証拠とともに出頭命令を出すつもりじゃ。ヤーライルへの最後通牒もかねてな。それに応じぬのなら力で叩き潰すまで。そこでじゃ…」
クララが居住まいを糺す。
「単刀直入に申す。貴殿に進軍に参加してもらい、投石機と弩砲の輸送を頼みたい。」
「それは…!」
「確かに浮遊魔法を使えば我が兵でも輸送出来るじゃろう。じゃが、今回は進軍速度が命じゃ。王都やその他都市から軍が南下を始めたら、向こうも迎撃態勢を立て始めるじゃろ。お主がおらんでも勝利は間違いないが、早く終わらせばそれだけ敵に時間を与えずに済む。お主なら、余が言いたいことは分かるであろう?」
「…敵とは、ヤーライルだけでなく共和国、ひいては帝国などの第三国も含むということですね?」
「左様じゃ。内乱鎮圧のために王家軍が南下し、ヤーライルを迅速に叩き潰す。そのことはいずれ彼奴らの間者を通して各国に知れ渡るじゃろう。我らはそれを見せつけねばならんのじゃ。」
「…」
「ツカサよ、兵でもないお主にこの様な頼みをするのは筋違いであることは重々承知の上じゃ。じゃがどうか、引き受けてはくれぬか。もちろん戦闘に参加しろとは言わん。輸送だけで構わぬ。」
クララの、真っ直ぐな目で射抜かれる。
「…輸送とは、つまるところ後方支援です。そして後方支援が無ければ前線は立ち行きません。直接的な戦闘に身を投じぬとも、要である後方支援に力を貸すなら侵攻に参加していることと同義です。ですが…」
一息つき、言い切る。
「ですが参加いたしましょう。私の力が大いに役に立つはずですから。」
「…頼んでおいてなんじゃが、理由を聞かせてもろうても?」
「簡単な話です。守るべきのものへの危険を極小化出来るからですよ。」
所詮この世は運と縁。もし俺がハクシーランに転移して、もしそこでポーラやミラのような存在を得たなら、俺は間違いなくヤーライルに力を貸してクララに刃を向けていた。
「なるほどの。お主という男が少しばかり理解できたわ。何はともあれ、協力に感謝する。」
―――
「進軍開始は年明け早々じゃ。正月が終わり次第準備を整えて南下を開始する手筈じゃから、そのつもりでおれ。当然ながら他言無用じゃぞ。」
「勿論です。」
クララがあらかたの説明をした後に席を立ったので、俺も立つ。
「重ねて言うが、協力感謝する。お主がおらねば、今頃は難しい局面になっていたやもしれぬな。」と柄にもなく目を落としている。
「お戯れを。他にご用件はお有りですか?」
「いや、無い。長いこと済まなんだな。」
ふぅ、とクララが執務椅子に腰をかけた。やっと終わった。これで帰れる。
「それでは、私はこれで失礼致します。」
一礼し、踵を返しかけた時だった。
「ああ、そういえばツカサよ。リーラスが落ち込んでおったぞ。」
…リーラス。リーラス第二王女のことか? 落ち込む??
「リーラス殿下が、どうかなさったのですか?」
「いやな、お主が帰ってきてから少々落ち込んでおるようだったから問い詰めたら、お主がハクシーランから戻ったらと何やら約束をしておったようではないか。」
先ほどとは打って変わって、ニヤニヤとからかわれている気がするが…。
約束? なんだ約束って。リーラスと俺が??
この状況に本能的に危機を察し、脳がフル回転する。
そして0コンマ何秒かの速度で答えを弾き出した。
…!!!
クロスボウ! そう、クロスボウだ! ハクシーランから無事戻ったら、俺がこの手でリーラスにクロスボウを手渡すって約束してたじゃねぇか!!
通りでずっと何か忘れてると感じてたわけだ。
まさに、ある意味で死亡フラグを無事回収、だな…。
こういう場合は、こちらに落ち度があることを悟られてはならない。客に不具合を指摘されても「仕様です。」と言い切らねばならないときがあるのだ。
「クロスボウの件ですね。あのリーラス殿下に贈呈するような品、他のクロスボウと同じというわけには参りません。ですので、現在工房にて鋭意製作中です。出来上がれば、直ぐにでもリーラス殿下の元へ馳せ参じる所存にございます。」
どんなもんだい。キリっと言い切ってやったぜ。
「構わぬ構わぬ。無理なお願いをしているのはリーラスの方じゃ。」とニヤニヤしている。
効いてねぇ…。
「まぁとはいえ、余とてあの愚息の母親じゃ。もし泣かせるようなことがあれば、容赦はせぬがな。」
「お、お戯れを…。」
冗談だと思うけど、この人の場合ワンチャン本気ってこともあるから怖ぇんだよ…。
―◇―◇―◇―
王城を出たその足で、工房に向かう。もちろんリーラス用のクロスボウを作ってもらうためだ。
「ツカサの旦那、どうしたんでぃ。」
早速デンカンラが話しかけて来てくれた。
「デンカンラ殿、ポーラから話は聞いています。今月末で全ての数の納品を終えることができるようですね。本当に、感謝の念に堪えません。」
「何言ってんですかぃ。あんなとんでもねぇもんを作らせてもらってこっちこそ感謝してますぜ。」
元世界の先人の知恵を、拝借しただけなんて言えねぇな…。
「そうですか、それなら良いのですが、ご自身や職人たちが働き過ぎで身体を壊さぬよう、ご注意いただければ何も言うことはありません。」
「かー! 嬉しいこと言ってくれるねぇ。もちろん身体は資本! ちゃんと休みは与えてますよ!」
デンカンラが力強いサムアップをしてくれる。
「それを聞いて安心しました。」
「それで、今日は何の御用ですかい?」
「実は、クロスボウを一つ、作成していただきたいのです。普通のクロスボウではなく、この宝石を設えてはもらえませんか。」
ダイヤモンドにサファイヤ、プラチナなどの宝石をデンカンラに差し出す。済まないリーラス。お前の趣味趣向を知らないから安易に宝玉の類に走ってしまう俺を許せ。
「な、なんですかいこれは…?」
デンカンラが目を丸くしている。まぁ当然だろう。
「実は、リーラス殿下からクロスボウをせがまれましてね。ごく普通のクロスボウを贈呈するわけにもいかず…。」
「リーラス殿下って、あの第二王女のリーラス殿下かい? そりゃ確かに、普通のを渡すわけにもいかんでしょうが…。」
腕を組んで思案するデンカンラ。
「分かりやした! ここは腕によりを掛けてリーラス殿下のために唯一無二の1張を作って見せやしょう!」
おお、なんと頼もしい。
「お忙しい時にこのようなこと…ありがとうございます。」
「いいってことでさぁ! 出来上がったら知らせるんで、それまで少しの間待っていてくだせぇ。」
取り敢えず、懸案解決だ。




