043_旅立ち
――基盤歴639年11月24日(午前中)――
パカラ、パカラ、と焦らずゆっくり馬を進める。なんだろうな、この開放感。相当久しぶりの一人の時間って感じ?
今朝、ロレルタやクリムノーラ、アンリら騎兵たちに見送られ、調査拠点を出発した。案内が終わったらさっさと帰ってこいとクララから言われているし、そもそもロレルタ隊長にはそう申し伝えられているから誰も止める者はいなかった。
昨晩よりもクリムノーラの顔色が良く、元気そうだったのが印象的だった。今回色々とあったとはいえ、『我が領のブレンデンにもぜひ遊びに来てくれ!』とクリムノーラのような美人に誘われると悪い気はしないのが男の性である。クリムノーラ曰く、これからの寒い時期はヒミブラという青魚が美味いらしい。
(クリムノーラとリアンたちは、あの様子だと大丈夫だろ。今回も良い仕事したんじゃないか、俺。)
ホログラムからキンキンに冷えたビールを取り出す。
プシュッ!――
これからの幸せを約束するあのなんとも言えない音が、耳に心地よい。
ゴク、ゴク、と馬の上で缶を煽る。
ぷはーっ!!――
仕事の後の一杯は最っ高だぜぇ! 誰もいねぇから遠慮もいらねぇしな!!
てか、これって飲酒運転になるのか? いや、そもそもこの世界に道交法なんて無いし、葡萄酒飲んだ後に馬に乗るなんて普通の世界だから、問題ないか。
…それにしても、ずっと何か忘れてる気がするんだよなぁ。なんだったっけかなぁ…。まぁ、忘れてるってことは大したことじゃねぇんだろ。あ、そういえば…
ホログラムを開いて、ステータス欄に金貨を近付ける。すると、金貨が消えステータスが599.9から600.0に上昇した。
なるほど、今回の一件でも経験値を得たってことか。それが魔幻霊を倒したことなのか、クリムノーラに鬼指摘したことなのか、はたまた両方なのか、分かんねぇけどな。
ビール片手に片っ端から金貨を突っ込んでいく。すると、予想通り699.9で頭打ちになった。
おや?―――
スキルの魔法欄が『魔法(無、火、土、光、お楽しみ)』となっており、『光』が増えている。
(なんか増えたぜ。100上げると1つ獲得できる仕組み…なのかな? まぁいいや。)
果たして次は、どんな経験をすりゃいいのかねぇ。
―◇―◇―◇―
王都ヴェレンタンの城壁が見えてきた。といっても既に日が暮れているのでナイトヴィジョン越しの映像だが。よく見ると、どうやら既に門は締まっているようだった。ゆっくりと、のらりくらりと帰ったせいでこんな時間になってしまった。門番にクララの名前を出して脅せば通れるだろうが、俺はそんな汚い真似はしない男だ。というわけで城壁近くの平原でソロキャンと洒落込むことにする。
とにかく元世界アイテム満載のソロキャンだ。まずはユーナとの威力偵察に行ったときに使った実質1人用のパップテント(カーキ)を張る。もちろんペグも自在ロープもそのまま使う。それからテントの中に、これも威力偵察のときに使った寝具一式を召喚して設置する。それからローチェア、ローテーブル、ハリケーンランタン、焚火台、薪、ガスバーナー、OD缶、CB缶、などなど。必要なものを全部召喚して設営する。さすがにLEDランタンはこの世界では光量が高すぎるので自重した。
ふぅ、とローチェアに腰を掛ける。寒いので、早速CB缶にガスバーナーを取り付けて薪に着火する。火の点け方に拘るキャンパーからすると邪道なのだろうが、着火と言うより放火に近いこのやり方が着火剤要らずで、かつ確実だ。
ふと思い立ち、ローチェアに座りながら人差し指を立てる。意識を集中すると―――
人差し指の先に光が灯った。なるほど、これが『光』属性の効果らしい。
これで暗闇でも大丈夫!…なのだろうが、元世界から懐中電灯を召喚できるのであまりありがたみは無い。
(まぁいいや。てか、取り敢えず腹減ったぜ…。)
焚火に網を置き、肉を焼く。そして空を見上げる。降るような星空に、思わず息を呑んでしまう。
(そういやこの世界に来てから、なんだかんだで忙しくて、こんなにゆっくり星空を見上げたことなんて無かったな。)
星座には詳しくない。が、オリオン座が無いことくらいは分かる。やはりここは地球ではない、別の星。
(早くミラやポーラに会いたかったけど、まぁ、たまにはいいか。)
そう思うんだったらちゃっちゃと馬走らせて帰れってんだ。あー、失敗したな――
そう自分に突っ込みを入れたとき、苦い記憶と共に、この世界の家族が今の自分にとって無くてはならない存在だと気付かされる。
元世界で、早く家に帰りたいと思ったことが、早く礼奈の顔を見たいと思ったことが、果たして何回あっただろうか。結婚して、最初の頃はまだあったような気がする。
結衣が産まれてから? いや、たしかそれ以前からそうだったような気がするが、もはや覚えていない。
夫婦共働きが当たり前となって久しいが、俺と礼奈もご多分に漏れずそうだった。同じ家に住みながら、お互い一緒に過ごす時間はほぼ無かった。そんな結婚生活に、一体なんの意味があるのか――。
いや、でもそれはミラやポーラも同じだろう。ミラには畑の管理を任せていて家にいないときもあるし、ポーラはフォルテ商会全権代理として言わずものがな。一体この差はなんなのか――
(しまった…焦げてやがる。)
気付くと、肉が真っ黒に焦げている。炭になった肉をトングで掴んで脇に放り、仕方なく口直し用に準備していた冷奴を口に放り込む。冷たく柔らかい食感が心地よい。
子は鎹。でも親のどちらか一方でも豆腐だったら、どんなに頑丈な鎹でも外れちまうわな――。
はぁっと、自分でも嫌になるくらい暗いため息が出た。そしてここにきて、朝から飲んだツケが回ってくる。身体が妙にダルい。
(今夜はダメだな。さっさと寝ちまおう。)
―◇―◇―◇―
――基盤歴639年12月10日――
現地調査から戻ってきて、2週間以上が経った。
我が家は平和そのもの、なんと素晴らしい。
魔幻霊と死闘を繰り広げたり、クリムノーラをシバいたりしてたのが嘘のようだ。ここ数日は、何もしない休みというものを堪能している。
とはいえ、全く何もしてないわけではない。フォルテ商会に規定の商品を卸したり、ミラの農業改革の報告を聞いたり、あとは夜のローテーションを再開させたりと、何かとやることはあるものだ。それから、出来るだけ元世界のテクノロジーを使わずにこの生活を便利に出来ないか考えている。
農業改革についてはミラの情熱が凄まじく、毎日のように各村々を見て回っているらしい。そんなに毎日見に行く必要があるのかと問うと、農業は作物の毎日の小さな変化を見逃さないのが重要だと言われてしまった。何はともあれ、熱中出来ることがあるのはいいことだ。
ポーラはポーラで兵器製造の進捗について逐一報告してくれる。どうやら今月末には全基納品できる予定だということだ。
今回の武器取引でどのくらいの利益がフォルテ商会にもたらされたのか知らないが、パーラがウハウハだというのだから相当な額なのだろう。ポーラの話によると、完成したものから順次納品し、既に実戦を想定した訓練が始まっているらしい。
それから昨日、ファルミとフェイリアの様子も見に行った。取り敢えずの住居として白鷺亭に滞在しているとのことだ。
元白鷺亭の住人である俺をエリーゼが明るく迎えてくれたが、ファルミも別人のように明るくなっていた。フェイリア曰く、ファルミは元来こういう明るい性格らしい。フォルテ商会の従業員となった後は、日々の仕事に励んでいるという。漁が出来ないのは寂しいが、再び船の仕事に就けて嬉しいとも語っていた。来月からは南部の水揚げ場近くに借家を借り、そこに引っ越すのだそうだ。
ここからは遠くなってしまうのでおいそれと会いに行くことが出来なくなってしまうが、彼女たちが幸せならそれでいい。
そして俺はというと、ミラとポーラが出勤して一人になったところで、相変わらずここでの生活を便利にする方法について考えを巡らせている。
例えばこの家には浴槽はあるものの、わざわざ外の焚火で沸かした釜湯を浴槽まで何回も持ってこないといけない。そしてもちろん、追い焚きも無ければシャワーも無い。浴槽で湯に浸かれるのはこの世界では富裕層の証だというが、とんでもなく面倒くさい。
そしてそういう問題は風呂だけではない。正直なところ、この家はこの世界基準だと相当に立派だが、元世界基準だとかなり不便だ。夜は蝋燭しか明かりが無いし、水を沸かすのだって一苦労。生活魔法で火を起こすのは簡単だが、電気ケトルやガスコンロは無いからいちいち薪で沸かさないといけない。食器を洗うのだって、水道なんて便利なものは無いから桶で汲んだ水を使うしかない。
(今の時期はもう寒くて暖炉で凌いでるけど、各部屋はどうするか…。エアコンとか無いしなぁ。)
これが普通である人間にはどうということも無いのだろうが、元世界の便利さを知ってる身からすれば、なかなか耐えられないものがある。
どうするのがいいのか…。
ゴンッ!ゴンッ!
まとまらない思考を巡らせていると、玄関の呼び金が鳴った。
誰だと思って出てみると、そこには――
「フィオナ…!?」
玄関先には『月の雫』のメンバー、フィオナが立っていた。たしか、ユーナの治癒魔法で治した後、パーティメンバーとちゃんと話すと言っていたが…。
「久しぶりね、ツカサ。」
「どうしたんだ? というか、どうしてこの場所を?」
「冒険者ギルドでユーナ様に聞いたらここだって教えてくれたわ。」
最後の、あのどこか思い詰めた様子はどこへやら、顔色も良く、なんだか爽やかな感じさえする。
「そ、そうか。で、何か用か?」
「挨拶に、と思ってね。」
「挨拶?」
「私ね、あれからエレナ達と話して、謝って、仲直り出来たの。ツカサとユーナ様のおかげよ。それでね、『月の雫』を抜けることになったの。冒険者も辞めることにしたわ。」
「…そう、なのか。まぁ何はともあれ和解できて良かったな。どうだ? 少し上がっていくか??」
「ううん、ここでいい。こんな立派なおウチに住んでるなんて、やっぱりツカサは只者じゃなかったのね。」
ふふふ、と屈託のないフィオナの笑顔に思わずドキリとしてしまう。
「コホン…。で、冒険者を辞めて、これからどうするんだ?」
「そうね、取り敢えずは旅に出ることにするわ。」
「…旅、か。そうか旅か、いいな。」
「ありがとう。どこに行くかまだ決めてないけど、取り敢えずブレンデンに向かおうと思ってる。」
ブレンデン。アマス・インバイトのお膝元か。そういえば、クリムノーラはどうしているだろう。
「海に近いところがいいなって思って、最初はハクシーランに行こうと思ってたんだけど、この間、冒険者ギルドでユーナ様にお礼とご挨拶をしたときにこの話をしたら、『ハクシーランだけは止めておけ』って止められちゃって。だったら、って思ってね。」
あそこは、もうすぐ戦場になるからな…。
ユーナも気を利かせてくれたようだ。
「ブレンデンは海にこそ面してないけど、それでも近いところにあるからって。」
「…そうか。ブレンデンの冬はここよりも寒くなるらしいから、身体に気を付けてな。それから、ブレンデンでは冬の時期、よく脂の乗ったヒミブラという魚が捕れるらしい。行ったら食べてみるといい。」
「ヒミブラ? なんか聞いたことあるわ。寒いところでよく取れるって。うん、着いたら食べてみるね。」
ヒミブラという単語を噛み締めているフィオナに、ホログラムで召喚した旅のお守りを差し出す。上賀茂神社の安全守りだ。
「これは?」
「旅の安全を祈る、俺の故郷のお守りだ。持っていくといい。」
「わぁ…。あ、ありがとう。うん、大切にするね。」
受け取り、両手で胸の前で抱く。こう見るとフィオナはなんとも可愛らしい女だが、俺は浮気はしない性分だ。
「ついでにこれも持っていけ。」
塩と胡椒、それに砂糖を一袋ずつ渡す。
「これは塩と…胡椒! 砂糖までこんなに…!」
「餞別だ。旅の途中に狩った獲物でも干し肉にするといい。それだけの砂糖、塩と胡椒があれば、上等な干し肉が作れるはずだ。」
「あ、あ、ありがとう…。」
―◇―◇―◇―
去っていくフィオナを門前で見送る。時折こちらを振り返り、手を振っている。そして、通りの角を曲がって見えなくなった。ファルミといいフィオナといい、旅立ちの季節だ。皆に幸あれ。
さて、帰って生活改善の続きだ。
と、フィオナが去っていった通りの向こうから、馬車が結構なスピードでやってくるのが見えた。
どこの商会だ? フォルテ商会ではないな…って、あれは――
王家の紋章が入った馬車だった。それもかなり豪奢な。
ただ急いでいるだけだろう。別に俺に用があるわけじゃない。うん、そうに違いない。そのままこの家の前を通り過ぎていってくれるはずだ。
が、その祈り空しく、鮮やかな赤に金の縁取りをした、傍目にも目立つその馬車はぴたりと狂いなく俺の家の前に止まった。
(勘弁してくれ。次はなんだってんだ…?)
馬車の戸が開き、降りてきたのは宮内省侍従局局長のリンダと、部下と思しき2名の女性だった。
なんだろうか、なんかちょっと険しい顔をしているが…。
「リンダ殿…。こんな所までどうなされたのです?」とおっかなびっくり声を掛けると、「どうしたではないですわよツカサ殿!」と抜け出しに怒られた。
あれ、俺なんかやらかしたっけ…?
「昨日、宿街でツカサ殿らしき人物を目撃したと報告が入ったので急ぎ来てみれば…! どうして戻られたなら戻られたで帰還報告のひとつもなさらないのです!?」
昨日、宿街? ああ、ファルミたちのところに出掛けたけど。…って、目撃したから報告って、どゆこと??
「いち冒険者がわざわざ王城に帰還報告とか、いちいち要ります…か?」
「何を仰ってるんです! ツカサ殿は冒険者かもしれませんが、もう王都になくてはならない存在なのです! それを言うに事欠いて『帰還報告が要るか?』とはどういうおつもりですか!?」
(ぇえっ!!)
「ちょ、ちょっとお待ちくださいリンダ殿。私は王城に就職した覚えは無いのですが、それでも、ですか?」
「そういうことを申し上げているのではございません! 此度の任務は国王陛下からの直々の依頼だったのではないですか? であれば、完了の報告のひとつのあってもいいとは思いませんか!!」
リンダが両手を腰に当て、仁王立ちする。まさに仁王の形相だ。
「…はい、仰る通りです…。私に用があれば、また呼びつけられるものだとばかり思っておりました…。」
リンダがハッと短く息を吐く。めっちゃ怒ってる、こわひ…。
「それで、いつ頃ご帰還なされたのです?」
「あのぉ、それはですね…。えーと…2週間以上前には…。」
「なんですって…!!」
「ちょ!言い訳させて下さい! これまでは陛下の依頼をこなしていたときは、いつも日時指定で呼び出しがが掛かるか、戻ったら直ぐに来るようにという伝令があったりしたので、今回もそうかなと思った次第にございます! 以後、気をつけます!!」
リンダがはぁっとため息をつく。先ほどとは違い、諦めのため息だ。よし、勝った。
「いつまで経っても帰って来られないので調査隊に伝令を飛ばしたところ、もう既に帰路に着かれたという話ではございませんか。まさかと思って王都の全兵に命令を出したら、直ぐに目撃報告が上がり…。」
なるほどそれで目撃報告。俺、完全に指名手配犯じゃん…。
「さてツカサ殿、国王陛下が王城にてお待ちです。もちろん、これから直ぐに、ご同行いただけますね?」
「はい…。」
今日も今日とて拉致られるのか…。




