41_剣技乱舞
クリムノーラ以下、第1師団の騎兵を連れて前哨森に入森して歩みを進める。馬に乗っては進めないので今はみな徒歩だ。入森して約30分、徐々に森が深くなり、茂る木々も太くなる。
これまでに魔化狗と魔化狼に遭遇し戦闘になったが、さすがエリート正規軍、なんの問題もなく撃退に成功している。さすがにユーナみたく一撃とはいかないが、適切に連携して確実に対応しているようだ。
(この人たちならこの先も問題無さそうだな。まぁ魔幻霊を除き、だけど。てかユーナのやつ、単体の戦闘力が規格外すぎんだよ。)
後ろから前を進むクリムノーラとアンリの顔色を窺う。彼女たちにはまだ疲労の色は見えない。
(まぁ、万が一の場合は俺がなんとかするしかねぇ。バフを付与できるスキルも得たし、最悪の場合はバリスティックシールドを召喚して戦うしかない、か。)
そんな事を考えながらも、隊はひたすらに森の奥に進んでいく。気付けばまさに原生林、殆ど人の出入りが無い剥き出しの自然に囲まれている。確かに、こんな感じの森だったはずだ。
と、前を進むクリムノーラが中腰になり軽く右手を上げる。それを合図に隊が止まり、全員が中腰の姿勢に移行する。
俺も中腰になり前方を見ると、見覚えのある太い倒木のような胴体が動いている。魔大蛇だ。やっぱりいやがったか。
「魔大蛇に接敵。攻撃態勢を取れ。」とクリムノーラがアンリに小声で指示を出す。アンリが後方の兵士に指示を告げ、瞬く間にそれが全体に伝播していった。
全員が状況を共有できたタイミングでクリムノーラが挙げていた右腕を前方に倒す。すると一斉に動き出し、魔大蛇をあっという間に取り囲んでしまった。よく見ると、魔大蛇に背を向け周囲の警戒に当たる兵たちもいる。この素早い連携は、まさに訓練の賜物だ。
魔大蛇が鎌首をもたげる。相変わらずデカい。と、そのタイミングで矢が放たれ、魔大蛇の頭部に4,5本突き刺さった。両目を正確に射貫かれたのか、魔大蛇が滅茶苦茶にのたうちまわっている。取り囲む兵がこちらに素早く整列して弓に矢を番える。そして魔大蛇に斉射し始めた。
約30本の矢がのたうつ魔大蛇の太い身体を容赦なく穿つ。その斉射が1回、2回、3回を数えるに至り、完全に魔大蛇が沈黙した。
すかさずクリムノーラが右手上げ拳を握る。『撃ち方止め』の指示だ。一斉に兵士たちが弓を下げた。
さすが、数と統制を武器とする軍隊の戦い方だ。せいぜい4,5人の、しかも各々役割が違う冒険者パーティとは根本的に戦い方が違う。
「止めを刺せ。」とクリムノーラが命じると、3人の兵士が魔大蛇に素早く駆け寄る。横たわり、体のいたるところから血を流す魔大蛇が反撃してこないことを確認し、一人の兵士が剣で魔大蛇の首を突き刺した。ビクンっと魔大蛇の身体が痙攣する。
「魔大蛇討伐完了。使える矢を回収せよ。」
クリムノーラの指示に従い、魔大蛇から矢が抜かれる。まだ使える矢は回収して再利用するようだ。
(魔大蛇をこんなに簡単に倒した、か。舐めてたわけじゃねぇが、思ってたよりもだいぶ戦闘力高ぇな。俺は守られるか弱い女の子でいられそうだぜ。あとは、魔幻霊が出ないこと祈るだけだな。)
―◇―◇―◇―
魔大蛇を討伐し、更に奥に進み続けた。昼頃、小さい湖に出たため休憩を取ることにする。この湖はたしか…。
「止まれ。ここで休憩を取る。」
クリムノーラが指示を出す。
「クリムノーラ殿。この湖は以前も訪れましたが、魔化蟹が出ました。」
そう、ここは前回の偵察で魔化蟹が出現した湖だ。マヌケな名前だが、人間の背くらいはある巨大な化けガニで、おまけに殻が硬くて刃が通らない。加えて大きなハサミに捕まるとジ・エンドという、かなり厄介な魔物だ。
弱点は普通のカニと同じくブクブク泡を吹く口部分。そこに剣を突き立てれば勝てる。が、そこに至るまでにハサミのある手の節を正確に狙って切り落とす必要がある。まぁあのときは超強化版のコンパウンドボウで一撃だったが、それはそれ、これはこれである。
「魔化蟹か、了解だ。順番で哨戒する手筈だから大丈夫だ。」とクリムノーラが爽やかに答えてくれる。汗がきれいだ。
「杞憂でしたね。昼食にしましょうか。」
湖のほとりに座り、昼食を摂る。おにぎりを召喚するわけにもいかないので、用意された味気ない糧食を頬張る。
「魔化蟹はどう倒したんだ?」と言いながら、クリムノーラが隣に座る。
「放った矢がたまたまちょうど弱点に当たりましてね、当たりどこが良かったのか倒すことができました。」
完璧に嘘ではないが、もちろん事実でもない。超強化コンパウンドボウで殻ごと吹っ飛ばしたなんて言えないからな。
「ツカサ殿は運も良いのだな。魔化蟹は一撃で葬ることができ、かつ緑魔石の鉱脈を発見するなんてな。」
「そうかもしれませんね。」
ふと、クリムノーラが何かに気付いたようにこちらを向く。
「ということは、ツカサ殿の武器は弓矢なのか?」
(あー、また始まっちまったぜ…。)
「ええ、まぁ…。」
「そうだったのか! 今日は持ってきてないのか?」
「実は、国王陛下からあまり見せるなと言われてましてね。ちょっと、特殊な弓でして…。」
もちろんそんなことは言われてないし、そもそもクララは俺がどう戦ってるのか知る由もない。が、これだけコキ使われてるんだ。少しくらい名前を使ってもいいだろう。
「…そうなのか。残念だが、陛下の命令とあらば仕方ないな。」とクリムノーラが肩を落とす。
「とはいえ、魔幻霊には弓矢は悪手ですからあまり役には立ちません。浮遊する鎌は的としては小さく、効率的に損傷を与えるには点ではなく線で攻撃することが必須ですから。」
「ふむ、道理だな。ツカサ殿の武器は弓矢だろう? どう戦ったんだ??」
(しまった、墓穴掘っちまった…。まぁでもいざとなったら見せるしかねぇんだ。隠したって意味は無ぇ。)
「鎌での斬撃を盾で防ぎ、そのまま押し倒してあとは短刀で滅多切りにしてやりました。ユーナは魔導師ですので、風魔法の風刃で対応していましたね。」
クリムノーラの眉がぴくりと上がる。
「盾、だと? 魔幻霊の鎌斬撃を防げる盾など無いというのが通説だが…。」
「まぁ、そういうことがあるので、国王陛下からあまり見せるなと言われているんです。」
「な、なるほど、そういうことか…。」
もちろん嘘だが、自分のことは棚上げしてこちらからも聞いてやろう。
「ところでクリムノーラ殿、本当に魔幻霊に遭遇したら、どう戦うおつもりですか? 差し出がましいようですが、あの斬撃を喰らえばクリムノーラ殿含め、ここにいる兵の鎧では歯が立ちません。それにヤツの動きは早く、そして正確です。的確に首を狙ってくる。何か勝算でもあるのでしょうか?」
「簡単な話だ。避ければいいだろう。避けて隙ができたところを叩く。対人戦闘と変わらない。」
キリっと言い切るクリムノーラにしばし呆気に取られる。アンリたちが俺のような冒険者風情に頭を下げて『お願い』してきた気持ちが分かってきた。この美人さん、マジのアホなのかもしれない。これで次期統治者として人気があるのだから尚更タチが悪い。
「確かにそうなのかもしれません。ですがそんなこと、この隊の兵士全員に期待するのは酷だと思いますが…。」
クリムノーラの後ろで聞き耳を立てているアンリがコクコクと頷く。
「それは、やってみないと分からないが、それでも全く倒せない相手ではないんだ。我が軍の精鋭である騎兵ならば出来て然るべきだろう。」
やってみて歯が立たなかったら全滅するぞ。とは口が裂けても言えない。荒療治しか方法は無い、か。
「接敵!…魔化蟹です!! 敵影2体!!」
哨戒に当たっていた兵からの叫び声にどこか弛緩していた空気が一気に張り詰める。アンリ達がすぐさま臨戦態勢に入り、周囲を警戒する。
魔化蟹、それも2体。厄介だな…。
ずさ、ずさ、という重い足音と共に木々が揺れる。木々を掻き分け、ぬらとてかりのある巨体が2つ、姿を現した。甲羅は焦げ茶色、ふんどしのある正面が乳白色のそれは、口からぶくぶくと泡を出しながらてこちらに向かってくる。大きさは俺と同じか、それ以上。
全身を覆う殻がはんぱなく硬いため、魔大蛇のときのように矢を射かけても意味が無い。接敵してまずは手足の関節を叩き切るしかないが、果たしてどうするのか。ここまでは完璧な連携で安定した戦闘を見せてくれていたが――
「クリムノーラ様、ご指示を。」とアンリが促す。
クリムノーラはアンリには答えず「ツカサ殿、軍精鋭がどの程度のものか、貴殿に少しお見せするとしよう。」と剣を抜きニヤリと笑う。そして「手出し無用! この蟹どもは私が屠る!!」と声高に宣言した。
「副指令! なにを仰ってるんですか!?」とアンリが絶叫している。
うん、これ以上ない正しい指摘だと思うぞ。
「黙っていろアンリ。先陣を切って背中を見せるのも将たる者の務めだ。」
言ってることはかっこいいが、使いどころを間違っている。しかし、次の瞬間に突っ込んでいったクリムノーラが見せた戦い、いや狩りは俺の想像を絶するものだった。
魔化蟹に素早く接敵し、下から切り上げた剣は正確にカニの腕の関節を捉え、ハサミを吹っ飛ばした。かと思ったら振り下ろす太刀でもう片方の関節を叩き切った。
一瞬で魔化蟹の両腕が飛散する様は、あまりにも鮮烈で言葉を失う。両腕を失った魔化蟹は、もはやただの固いデカブツでしかない。
クリムノーラが跳躍し、魔化蟹の頭部に飛び乗ると同時に口元に深々と剣を突き刺して一体目を確実に絶命させる。
一体目を屠ったあと、仕留めた魔化蟹から二体目に跳躍する。落下と同時に剣が一閃し、ハサミが切り落とされた。クリムノーラが着地し、鍛え上げた脚でバネのように立ち上がる勢いを借りた太刀が関節を引き裂き、もう片方のハサミが宙を舞う。そして振り上げた剣を逆手に持ち換え、振り下ろす勢いでカニの口を串刺しにする。
まるで時代劇の殺陣のように、二体の巨大なカニが同時に地面に崩れ落ちた。
――圧巻。まさに圧巻だった。
すっげぇ。思わずそう感嘆してしまう。
なにあれ…。今何が起きた? 剣技? 嘘だろう??
あまりにも人間離れしていて思考が追いつかない。
「どうだ? 私に掛かれば魔化蟹など恐れるに足らないだろ?」
そう、涼しい顔をしてクリムノーラが戻ってくる。
「…はい、えーと、あの…大変素晴らしいものをお見せしていただきました…。」
「副司令! 勝手に突撃しないで下さい! 副司令の身に何かあったらこの先誰がこの隊の指揮をとるんですか!?」と横のアンリが吠える。
「アンリ、そう思うならあの程度できんとな。いつになったらできるようになるのだ?」
「それは…!」
クリムノーラの過度な要求にアンリが口籠る。
「…あの、クリムノーラ殿。まさか先ほどの戦いに匹敵するものを、彼女たちにご期待されておられるのですか…?」
「勿論だ。何かおかしいか??」ときょとん顔のクリムノーラに二の句が続かない。
「ああ、いえ、なんでもありません…。もしそれが実現したら、ブレンドルは安心安全ですね、はは…。」
「ツカサ殿もそう思うか! さすが凄腕冒険者は違うな。アンリよ、お前も見習うがよい。」と快活に笑う。もちろん、アンリやエヴァは引き気味だ。というより、もはや諦めの境地なのかもしれない。
(これは、かなり重症だぜ…。)
―◇―◇―◇―
湖での早めの昼食を終え、また進軍を開始してから1時間ほど。さすがにみな、疲労が色が見え始めている。
「ツカサ殿、鉱脈まであとどのくらいだ?」とクリムノーラが声をかけてくる。
「もう少しです。もう少し進めば崖に行き当たります。そこが鉱脈です。」
「了解だ。」と、なぜか少し楽しそうだ。先ほど自分の戦いを見せれたことで気分が良いのだろう。
隣を進むアンリの顔に疲労の色が垣間みえるのは、きっと身体に溜まった乳酸のせいだけでは無いはずだ。
更に進む。と、木々の間からあの切り立った壁が姿を現した。
「ここです。この崖に沿って右にしばらく進んだところが、私が緑魔石を発見した現場です。」
「そうか、もう少しだな。皆、現場までもう少しだ。警戒を怠るな!」
クリムノーラの激励と共に更に崖沿いに進む。あのときは、こんなに早くまたくることになるとは思ってなかった。というか、二度と来ないだろうと思っていたが――
左上の崖壁が、なにやらキラキラと陽の光を反射している。着いた。ここが現場だ。ユーナが風魔法の竜巻で抉った断崖が、薄緑色の光を放っている。
「ここです。」と俺が言うまでもなく、クリムノーラ含めた隊の皆が断崖を見上げている。
「これは…!」と、さすがに驚きを隠せないクリムノーラが緑魔石に顔を近付け、しげしげと眺める。そして部下からツルハシを受け取ると、試しに堀削を始めた。
ゴロリ、とツルハシで抉り掘られた緑魔石が地面に落下する。5,60センチ程度の、一抱えもあるような緑魔石。一同が息を呑むのが分かる。
「私はあまり詳しくは無いのですが、この程度の大きさの緑魔石はどの程度珍しいのでしょうか。」
王城の頂に特大の緑魔石があるはずだとユーナが言っていたが、特大とはどの程度の大きさなのだろうか。
それには答えず、クリムノーラが緑魔石に手を翳す。すると、クリムノーラの魔力によって石が薄緑色に発光し始めた。
信じられないといった表情でクリムノーラが首を横に振っている。
「どの程度珍しいか、と聞いたか? この大きさの緑魔石は、中心防御軸に使われる大きさだぞ…。」
「中心防御軸…とは?」
(え、一般常識なの…? ユーナに聞こうものなら、また『あんた、もうちょっと常識を知りなさい。』とか呆れられちゃうやつ??)
「中心防御軸とはその都市の中心にあって、いざ城壁防御のときに魔道兵が魔力を注ぎ込む緑魔石のことだ。王都であれば、王城の頂にあるはずだ…。」
えーと、つまり、今テキトーに掘って出てきたこの石が、特大の緑魔石ってこと…??
「なるほど、ですね…。」
「今私が試験的に掘削して出てきたものでさえこの大きさだ。果たしてどれだの緑魔石が眠っているのか…。これはとんでもないことだぞ…!」とクリムノーラが断崖を見上げ、興奮を抑えきれないように独り言ちた。
「…クリムノーラ殿、これはどれほど凄いことなのでしょうか?」
「とても凄いことだ!」
俺の質問のしかたも致命的だが、クリムノーラの国語力も致命的だ。
そんなアホみたいな問答を続けている後ろで、騎兵たちも色めき立っている。本当に世紀の大発見なのだろう。
(こりゃ、今回の調査結果によっちゃクララは笑いが止まんねぇだろうな。身体張って証拠まで押さえて、偶然とはいえ緑魔石の鉱脈発見。もぅちょっとなにかこう、俺を労ってくれてもいいはずなんだけどなぁ。ここから戻ったらまたコキ使う気満々らしいし…。そういや褒美をやるって言ってたけど、何をくれるつもりなんだろうか…って、あれ?)
――違和感。
まだ昼過ぎ。こんなに暗かっただろうか――
しまった…! 緑魔石に気ぃ取られて誰も気付いてねぇ!!
「クリムノーラ殿、周りが暗い!!」
クリムノーラがはっと我に返り、隊に緊張が走る。兵士たちが条件反射のように剣の柄に手を遣ると同時に――
それは前回と同じく、暗闇が浮き上がるように姿を現した。体長約2mほどのボロボロの黒いゴミ袋。その上部にある赤い2つの点。そして浮遊するゴミ袋の動きに応じて動く大鎌――
「魔幻霊です! 数は…!」と、目の前に浮遊するゴミ袋の数を素早く数える。3、4、5、6、7、8…。
マジか!? 嘘だろ8体もいやがる…!
「数は8体! クリムノーラ殿、ご指示を!!」




