40_焚火談議
アンリに案内され、各々と簡単に挨拶を済ませて焚火に腰を落ち着ける。
この焚火にはインバイト家陸軍第1師団騎兵大隊の将官が集まっているらしい。騎兵大隊長のアンリと、アンリ以下の将官クラスの兵士が夕偈をはじめようとしていた。
(いきなり本題っていうのも微妙だよな。取り敢えず雑談を…。)
「アンリ殿、ここの焚火の方は皆アンリ殿と同じ隊なのですか?」
「ええ、ここの皆はそうです。さすがに食事の時に下の子たちの中に私たちのような将官がいては、何かと気を遣いますからね。」
一つの焚火に6,7人ほどらしい。ここには6人いるが、焚火を囲む彼女たちを見渡す。
ヘルムは外しているものの、それ以外はフルプレート&帯剣の完全装備。色気などどこにもない。胸元がざっくり開いて胸の谷間がのぞいていたり、絶対領域が垣間見えるミニスカ甲冑なんてのはファンタジーでしかない。元世界と同様、兵士の装備は実用が全てだ。突然この世界に転移したときは異世界ファンタジー感満載だったが、もはやこの世界は間違いなく現実。地球から何光年離れているか知らないが、きっとどこかの惑星であることは間違いない。
「それはまぁ、たしかにそうですね。今回派遣されたインバイト軍の方々は、皆第1師団所属なのですか?」
「いえ、我々第1師団と、第4師団の混成部隊です。我々第1師団の騎兵大隊から30名、第4師団の騎兵大隊から30名、それから馬車を運用しているのが第4師団の第1歩兵連隊所属の40名ですね。」
「なるほど、そうなんですね。師団や連隊ということは、皆さんは職業軍人なのでしょうか? いえ、実は私が良く知る国では、末端の歩兵などはいざ戦争となったときに民間人からかき集めるのが常でしてね。それとはまた違うのかなと、思った次第でして。」
たしかに、あまり意識していなかったが、この世界では軍人は軍人、民間人は民間人と区別されているように見える。例えば旧オーマチ領主館を警護していたリーファやヤバスなどはきっと末端兵なのだろうが『軍にいる以上は無駄に使い潰されることも食いっぱぐれることも無いんだから。』と言っていた。
元世界では確か、近代になる前までは都度農民などを徴用して戦闘にあたらせていたはずだ。豊臣秀吉なんてその典型だしな。
「それは、相当に切羽詰まった国だと思われます。たしかに北部のスピタス連邦などは民間人を兵として駆り立てることもあると聞いたことがありますが、基本的に王国ではそんなことは無いですね。我々インバイト軍が最も警戒しているビーアル帝国などは、徹底的に区別していると聞きますし…。」
「だから帝国と連邦では兵士の質に差がありすぎるんスわ。」と、横から大柄の女性が会話に参加してくる。たしか先ほどの紹介でエヴァと名乗っていた騎兵だ。
「帝国と連邦はよくカクレー平原で小競り合いをしてるらしいんスよ。で、連邦の奴ら、とにかく数で攻めていくらしいんスけど、帝国は一人ひとりの質が高いからあっちゅうまに蹴散らされてるって、インバイト軍内で展開される情報でよくある話なんスよね。」
なるほど、武具などは中世っぽいものの、軍組織の運営自体は現代に近いということらしい。
「そうですか。であれば皆さんは上から下まで統率が行き届いているということですね。感服いたします。」
「ありがとうございます。とはいえ第4師団から参加した者たちは、クリムノーラ副司令を見る機会なんてなかなか無いので、相当に緊張してますよ。」とアンリが言いつつ、堅パンと焚火で温めた干し肉を譲ってくれる。
「ありがとうございます。頂戴します。それで、緊張とは?」
「我々第1師団はインバイト領の中心である都市・ブレンドルを拠点にしており、当然、インバイト軍の中枢機能を擁しています。必然的にアマス総司令やクリムノーラ副司令と顔を合わすことも多いのですが、第4師団の管轄区域は東部一帯ですのでなかなかインバイト軍中央と行動を共にする機会など無いのですよ。」
「第4師団の連中、最初はカチコチだっだじゃないっスか。」と茶々を飛ばすエヴァに「そうね、でもまぁもう慣れたでしょ。」と、アンリが第4師団が屯しているであろう方向に目を遣る。夕ぼらけの中で、焚火の明かりがアンリの横顔を照らしている。
「まぁ、クリムノーラ殿のようなとてもエラい方がいると、それは緊張するでしょうね。それでアンリ殿、先ほどの話の続きをお願いしても?」
アンリがこちらを向き、コクリと頷いて続ける。
「副司令が武勇と剣技に優れていることは先ほど申し上げた通りです。また、あの性格です。部下思いで自領を愛する人格者、私利私欲に走るところなど見たことがございません。まぁちょっと、暑苦しいところがありますが…。」
ほっぺたをポリポリ掻きながらアンリが苦笑いするのに「違ぇねぇっスね。」とエヴァが豪快にガハハと笑う。
「とはいえ総じて言うと、みな次期領主に相応しいと思っているのです。」
(たしかに暑苦しいけど、とても慕われてるんだな。暑苦しいけど。重要なことだから2回言っとくぜ。)
「ですが、戦闘となると組織立った動きを無視して突っ走る傾向がございまして…。部下の制止を振り切って突っ込んで行くことも一度や二度ではなく…。あとそれから…」
「それから?」
「ご自身の戦闘能力が高いので次々に敵を屠って下さるのはいいのですが…」とアンリが口籠ると「他の連中もそのくらい出来るはず思っておられるようで『なぜあのようなことも出来ないんだ』といつもご立腹されるんスわ。」と呆れたようにエヴァが引き継いだ。
(あれだな。プレーヤーとして超優秀な社員が、いざ管理職になったら一気に評価がダダ下がるってやつと同じだな。どこの世界も問題の本質は変わらねぇ。)
先ほど、クリムノーラが魔幻霊との戦いに心躍らせていたことを思い出す。かなり不安になってきた。
「今回の調査隊には、先ほども申し上げた通り第4師団の兵も、そして王家軍だっているのです。こんなときに、もし何かしらの失態があれば、王家や東部地方のクリムノーラ様を見る目が厳しくなってしまいかねません。最悪の場合は…と考えるといてもたってもいられず、この様な無理なお願いを…。」とアンリが俯く。
「ひとつお聞きしてもいいですか? 皆様は魔幻霊と戦ったことはありますか?」と聞くと、一同が首を横に振る。
「では、もし戦ったとして、勝てると思いますか?」と聞くと「…かなり厳しいと、思います。」とアンリが皆の意見を代表するかのように答えてくれた。
「魔幻霊の斬撃は、我々のような上級兵が纏う鎧ですら簡単に斬り裂くと言われています。強化魔法を掛けたとしても、どれだけ防げるかどうか…。一体に対して複数で対応して勝てたとしても、かなりの犠牲が予想されますね…。」
たしかに、あの鎌の切っ先での刺突は、斬撃というより点での突破に近い。防げたとはいえ、点突破に強いあのバリスティックシールドを貫通するあの刺突を彼女たちの装備で防げるとは思えない。正直、クリムノーラのワクワクよりもこのアンリら騎兵たちの不安の方が圧倒的に正しいと言わざるを得ない。
(クリムノーラ、言っても聞かなさそうだしな…。あれ、そういえば…)
「そういえば、この調査隊には魔道兵は参加されてないのでしょうか。」
「魔法支援特化の魔道兵、という意味であれば今回は参加していませんが、騎兵は皆魔法を使えますので、強化魔法や火球などの一般的な魔法は皆使えます。」そう答えたアンリに、一同が頷く。
「いえ、失礼しました。あまり軍組織には明るくないもので。」
さすがエリート。騎兵は魔法を使える、と。どっかにメモでもしておこうか。
「コホン。ま、まぁ、皆さんのクリムノーラ殿に対するご意見、ご感想は分かりました。こと魔幻霊に於いては、皆さんは正しいご知見をお持ちだと思います。それで、私にどうしてほしいのでしょうか?」
俺の問い掛けにアンリとエヴァが頷き合う。
「第1師団のみの作戦行動中に、もし魔幻霊、いえ、魔幻霊でなくとも構いません。何かしら戦闘になったとき、クリムノーラ様を諌めて欲しいのです。私たちがどれだけ進言しても、聞く耳を持ってくださらないので…。」
「…まぁ、お話しは分かりますが、そんな諌めるような事態になる戦闘が確実にあるとは限りませんし、そもそもあなたがたの話しに耳を貸さない者が私の話など聞くでしょうか…?」
「仰る通りです。なのでそのような事態に発展したら、ということで構いません。それから、ツカサ殿は国王にも一目置かれているとお聞き及んでおります。そのような方なら、クリムノーラ様も耳を傾けてくださるのではないかと、思っております。」
(なんというか、かなり切迫してるなぁ。ほぼ賭けみたいなもんじゃねぇか。)
「差し出がましいような質問なのですが、いち部外者として申し上げると、皆さまなりふり構ってないよう見受けられます。何か急ぐ理由でもあるのでしょうか。」
そういう俺の質問にアンリの表情が強張る。
「…この調査なのですが、本来であればクリムノーラ様が参画される予定は無かったのです。確かに、緑魔石の鉱脈調査というと、そのこと自体は大変大事なのですが、それでもわざわざクリムノーラ様を派遣する必要はございません。もっというと、実はこの調査隊のインバイト軍側の隊長、ひいては本隊の副官を拝命するのは私だったはずなのです。」
バツが悪そうにアンリが内情を話し始める。確かに、緑魔石鉱脈の発見というのは国家の一大事だし、王国の行く末を占う大仕事なのかもしれない。でも、魔幻霊などの『多少の』リスクがあるとはいえ、わざわざインバイト軍の副指令を派遣する必要は無い。寧ろ、まずは実務経験豊かなアンリのような部隊長を派遣するのが普通だろう。
「でも、急遽クリムノーラ様が副官になることが決定されまして…。」
エヴァを含めた一同が、神妙な顔を焚火に落とす。
「つまり、この調査の過程で生ずるであろう臨機応変な指揮能力を試すため、何者かがクリムノーラ殿を副官にねじこんだ、と? もしかしたら出没するであろう魔幻霊を試金石に??」
アンリが恐る恐る首を縦に振る。
「アンリ殿、そのねじ込んだ人物は誰だと思いますか?」
「いえ、それは何とも…。ただ、調査のための先遣隊にはクリムノーラ様以下、我々第1師団の騎兵が使われることは決定事項でして…。」
これは十中八九、クララだな。やっぱりか。やっぱりクララか! あの国王どれだけ俺を働かせる気!? 俺はこの世界で唯一の男だよ? もうちょっと大切にしてくれてもいいんじゃない!?
「そうですか、ではお膳立ても完璧と言うことですね…。そういうことなら承知いたしました。できる限り、お力になりましょう。」
一同からほっとしたような気配を感じる。マジでふざけんなよ、ったく…。クララに一発デコピンでも喰らわせねぇと気が済まねぇぜ、マジで。いや、そんなんでどうなるとは思えねぇけど。。
というか、あの美人さんも美人さんだ。どれだけ部下に心配かけてるんだか、まったく…。つくづくユーナを連れて来なくて良かったぜ。あいつならフィオナのときよろしく『あなたは領主になる器はおろか、軍の上に立つ素質すら無いわ。あなたのせいで部下が無駄死にする前に軍を辞めることね。』とか言い出しそうだぜ。あー、想像しただけでおっかねぇ…。
―◇―◇―◇―
順調に行軍し、予定通り2日目の夕刻前には調査拠点に辿り着いた。どうやらユーナと威力調査のために野営した場所に近いようだ。
クリムノーラはロレルタ隊長とのミーティング、各種確認や指示のため忙しく、あれから暑苦しく絡まれることもなく行軍2日目を終えた。
そして行軍三日目の朝。早朝のミーティング、いや、日朝点呼が行われる。ロレルタとクリムノーラが指揮官として隊に向き合うように正体しているのは当然のこととして、なぜ俺までこちら側にいるのか分からない。俺は寧ろ隊の最後尾で存在を消していたい。切実に。
「注目!!」と隊長のロレルタが声を張り上げる。
「クリムノーラ副官以下、インバイト軍第1師団所属の騎兵隊が先遣隊として冒険者ツカサ殿と周辺を偵察する。本日は、それ以外の隊はこの場で待機とする。また、クリムノーラ副官が不在の間は、残りのインバイト軍第4師団の各々は私が指揮することとする。」
そう、ロレルタのよく通る声が朝靄の空気を切り裂いた。
(外堀を埋められるとは正にこのことだな。ここまでくると、もはや茶番ですらねぇ。てか、こっちの世界に来てから外堀埋められてばっかだぜ…。)
「先遣隊以外の者は、まずはここに拠点を築くことに注力せよ。先遣隊に指名されたものは、以後はクリムノーラ副官の指示に従うこと。何か質問は?」
ロレルタが全隊を見渡す。特に質問は上がらないようだ。
「以上、解散!!」の号令に隊が敬礼し、三々五々持ち場に散っていく。
「先遣隊はここに残れ!」とクリムノーラが指示を飛ばすと、騎兵30人が取り残された。その中にはもちろん、アンリとエヴァの姿もある。皆、あの焚火での柔和な笑顔はどこへやら、今は精強な兵士の顔つきだ。
「注目!!」とクリムノーラが号令し、ブリーフィングを始める。
「これより前哨森に入る。深い森の中だ、乗馬は森の入り口までとし、そこからは徒歩で移動する。案内は冒険者ツカサ殿に任せるが、魔物や賊などとの戦闘になった場合、まずは我々インバイト軍が対応することとする。ツカサ殿、何か他に補足事項はあるか?」
「ご存知の通り、この森には多くの魔物が跋扈しています。先日わたしが威力調査に来た時には、魔化狗や魔化猫などの低級魔物はもちろん、魔化狼、魔化山猫などゴールドランク相当の魔物も出没します。あとは魔大蛇、魔化蟹などの凶悪な魔物に、珍しいものですと魔禍蜂などもいました。」
皆、俺の言葉を真剣に聞いてくれている。まぁ、ある意味これから死地に向かうのだから当然とえば当然だが、なんだかこっ恥ずかしい。
「それから、真魔・魔幻霊です。既に副官からお話があったかと思うのですが、先日の威力偵察では、出没の前兆として辺りが暗くなりました。今回もそのようなことが起きたら、警戒を厳としていただければと存じます。クリムノーラ殿、私からは以上です。」
「ありがとうツカサ殿。総員、今ツカサ殿から話があった通りだ。こんなところに根城を構えている賊などおらんだろうが、魔物との戦闘は避けられないものと心得よ。特に質問が無ければこれより出発する。総員、私の後に続け。」
クリムノーラが手綱を引いて馬の向きを変える。もちろん俺もだ。
目の前には朝霧に包まれた平原。その先には黒々と広がる前哨森。
(いよいよか、さすがに緊張してきたぜ。)
「ツカサ殿、よろしく頼むぞ。」と横に並ぶクリムノーラが期待の眼差しを向けてきた。
「承知いたしました。では、参りましょうか。」




