39_憂慮
――基盤歴639年11月21日(日の出頃) 王都ヴェレンタン北門――
(あー、眠ぃ…。朝早いの苦手なんだよねぇ。)
目の前には30人程度の塊が3つ、その3つの塊がさらに隣にもうひとセット。一方の塊が王家軍、もう一方がインバイト軍らしい。最後列に二頭牽引の大型馬車が4台。これも王家とインバイト家で2台ずつだ。聞けば、掘削調査のための道具や糧食などが積載されているらしい。
約200人分の分量だ。現地に到着後、継続的に追加の補給があるとはいえ、初動であれだけの荷馬車が必要なのも頷ける。
(軍馬に跨る200人の兵、全員フルプレートのエリート。壮観だねぇ。あー眠ぃ…。)
「注目!!」
本調査隊の隊長、王国陸軍のロレルタが隣で声を張り上げる。全軍がロレルタを注視する。
「これから王家軍、及びインバイト軍の混成部隊にて鉱脈調査へ向かう。往路の日程は二日、三日目から鉱脈調査を開始する。調査期間は一カ月間を予定しているが、現場の状況に応じて期間は流動すると心得よ。また、事前情報によると現場では各種魔物、特に真魔・魔幻霊の出没が確認されている。各員警戒を怠ることのないように。尚、特段の指示が無い限り、王家軍は私の、インバイト軍はクリムノーラ副官の指揮下に入れ。」
朝靄がうっすら掛かる城門前にロレルタのよく通る声が響き渡る。魔幻霊の単語が出た時に、兵士たちに緊張が走るのを見逃さない。
(やっぱ、魔幻霊って相当厄介な部類なんだろうな。)
「それからもう一つ、現地に着いてからの細かい道案内はこちらの冒険者ツカサ殿に担ってもらう。彼女は鉱脈を発見し、魔幻霊を討伐した確かな冒険者だ。不遜な態度は厳罰に処す。以上だ。」
おお、と兵士たちから微かなどよめきが起き、羨望の注目を浴びる。
ぺこりと会釈する。背筋がむず痒い。
(それにしても『彼女』と紹介されるのは慣れねぇな。あと、発見と討伐の順番が逆だけど、まぁいいや。)
―◇―◇―◇―
馬をパカラパカラと歩かせ、現場まで向かう。振り返っても、もう王都城壁は見えない。
隊長のロレルタが先頭に立ち、調査隊を率いて街道を進む。先頭にロレルタ、その後ろに王家軍の小隊が3つ縦隊で並ぶ。真ん中に馬車を率いる隊が配置されている。王家軍のその後ろに副官のクリムノーラ、その後ろにインバイト軍の小隊が同じように3つ縦隊で並んで行軍している。
対向車、というか対向から来る商隊や冒険者、一般人などは隊を避けてすれ違う。まぁこんな世界だ、こういう場合は軍が一番エラい。
俺は、というと、王家軍とインバイト軍の間に挟まれて、まさに護衛対象然とした配置で移動している。前も後ろもエリート騎兵。なんとも心強い。まさに守られるだけのか弱い女の子だ。
まぁそんな冗談はさておき、配置上、どうしても副官のクリムノーラと近い位置を歩くことになるのだが――
「ツカサ殿は魔幻霊4体相手にどう立ち回ったのだ? 特に武器などは携行していないようだが、何で戦うんだ? 剣か? 戦斧か? それとも弓矢か? そういえばパーティのユーナ殿は魔術師だろう? であればツカサ殿も魔術師なのか??」
さっきからこの調子だ。ユーナがいなくて良かった。あいつなら『ちょっと黙るってことくらい、できないわけ?』としかめっ面で普通に言いそうだ。
――って、だからか。だからクララはユーナじゃなくて最初から俺を行かせようとしてたわけか。ユーナだと、クリムノーラと揉めると分かってて…。
はぁっと、内心ため息をつき、チラリと後ろを振り返る。後列の騎士と目が合った。が、慌てて逸らされる。部下も、この上官の性格についてはよく分かっているらしい。
(きっとあれだな。『ご愁傷さま』とか思われてるんだろうな…。)
「私は軍人だからよく知らないのだが、冒険者の中には双剣を使う者もいると聞く。さてはツカサ殿も双剣使いなのか? いや、それにしては…」
「コホン…。ところでクリムノーラ殿。」とクリムノーラを遮る。
「ん? なんだ?」と全く悪気が無い。きっと天然なのだろう。
「この辺りは王都からまだ遠く離れてはないとはいえ、低級の魔物は出没することがあります。また、賊などもいるでしょう。さすがに軍隊相手に喧嘩を売ってくる愚か者はいないと思いますが、大切な兵士たちに万が一のことがあったら大変です。ですからその…もう少し警戒された方が良いのではないですか? 誉れあるインバイト軍の騎兵が、低ランクの魔物や賊ごときに後れを取るなど有り得ないとは思いますが、まぁ…念のため。」
そうやんわり指摘すると、クリムノーラははっと何かに気付き口籠った。
「…いや、済まない。貴殿の言う通りだ。…ただちょっと、色々と聞きたいことが山積みでな…。」と言って頭を振る。
「いや、今のは言い訳だ。少し自重しよう。ただ…」
「ただ、何でしょうか?」
「ただ、後で休憩の時にでも聞かせてくれ。」とクリムノーラが微笑する。
「え、ええ…。それでよければ…。」
「うむ、約束だぞ。」
悪い人ではない。決して悪い人ではない。なんだけどな…。
後ろを振り返る。先ほど目が合った騎兵が、ほぉー、という顔で感心している。
上官の暴走を止めるのも部下の仕事のうちだと思うんだけど…いや、無理か…。
―◇―◇―◇―
その夜、と言ってもまだ陽が落ちきっていない夕刻、行軍が止まり野営の準備が始まる。ユーナと2人で威力偵察に来た時は2人だったから早く移動出来たが、200人だとそうはいかない。
200人分が就寝するための数十張りに上る天幕の設営、その回りに排水のための溝掘り、馬を係留するスペースの確保、飯盒炊爨のための焚火の設営、排泄のための掩体の堀削、などなど、各兵員が指示に従ってキビキビと動いている。さすがは正規軍、といったところか。
特に焚火は、この時期は冷え込むので火を絶やさないように石を風防として積み上げている。元世界では男女平等と言いつつも、こういう力仕事は男がやるべきものという風潮が強い。が、この世界の女性兵士たちは非常に逞しく重労働をこなしている。
恐らく、元世界のままの俺であれば、単純なパワーで彼女たちには敵わなかっただろう。
そして俺はただの冒険者なので特に何かをやれと指示されることもない、お客様身分だ。
「ツカサ殿、どうだ? 少人数で旅をする冒険者とは一味違って、軍のこういう大所帯での野営もなかなかいいだろう?」
クリムノーラが作業に励む兵たちを眺めながら、快活に声をかけてきた。
「ええ、こういう大所帯もいいですね。同じ釜のメシを食う仲間、という表現が私の故郷にありますが、まさにこのことかと。」
クリムノーラが一瞬目をパチクリしたあと、興味深そうに頷いた。
「おお、なんと素晴らしい表現だなんだ! 貴殿の故郷は言葉選びが巧みなのだな。そうだ、我々は同じ釜のメシを食う仲間だ。私はな、どんな過酷な訓練であっても、この野営だけは好きなんだ。キツい訓練の合間の、仲間と戯れることが出来るこの時間がな。」とクリムノーラが微笑んだ。
ド真っ直ぐで裏表のない軍人、という形容がぴったりで、加えて大層な美人。鍛え上げられた身体は健康的でしなやか。だが、空気を読まずに質問魔になるのが玉にキズ、あとちょっと暑苦しい。
まぁクリムノーラの周りからの評価はこんなもんだろう、きっと。
「ところでツカサ殿、さっきの約束は守ってもらうぞ。貴殿の武器を見せてはくれまいか?」
しまった、そうだった…。昼休憩のときはロレルタと何やら打ち合わせをしてるようだったので捕まることは無かったのだが…。
「…クリムノーラ殿、そんなに武器がお好きなんですか?」
「好き、というより、軍人たるもの興味があって然るべきだろう? たまには冒険者の話を聞き、軍に取り入れるべきものは取り入れていかないとな。」
ふんっ、とクリムノーラが得意気に鼻を鳴らす。
「そういうことですか。クリムノーラ殿はインバイト公爵家の長子と伺いましたが、ゆくゆくは領主になられるのですか?」
「どうだろうな。そういう重要な人事は蓋を開けてみなければ分からいが、少なくとも私はそのつもりで公務に当たっているつもりだ。」と胸を張る。実に頼り甲斐がありそうだ。
「そうですか。領主、しかも王国の一端を担うインバイト家の領主たるもの、視野を広く持つべきですものね。」
「ああ、その通りだ。仮に領主になれば、インバイト軍の最高司令官となり、場合によっては先陣を切って軍を率いねばならんからな。」
「まぁそうなのでしょうが、インバイト公爵家の領主が自ら軍を率いるような事態など、そうそう起きるものではない…」
(いや、近々起こるじゃん…。絶対ヤーライル自ら出てくるだろ。)
「ん? どうかしたか??」
「あ…いえ。まぁ、今回の調査で良い結果が出れば、領主様にもいい報告が出来ますね。」
クリムノーラが大きく頷く。
「誠にその通りだ。この様な機会は滅多に無いからな、母上から経験を積んでこいと仰せつかっているのだ。」
「母上…。アマス・インバイト公爵のことですか?」
「左様。母上は大層ご立派なお方だ。領主としても、軍人としても下の者から慕われておられる。まぁ、かなり厳しいお方ではあるがな。」と、少しはにかんで言ったあと「私も母上のような立派な領主になりたいと思っている。」と続く言葉もなんとも力強い。
(この人、すっげぇ自信家かつ努力家な気がするぜ。会社員時代の後輩にも見習ってほしいもんだ。)
「ところで、魔幻霊は今回も出没すると思うか?」
「いえ、それはなんとも。ただ、出没するときの特徴がございます。」の俺の言葉に「教えてくれ。」とクリムノーラが軍人の顔に戻る。
「はい、それは、昼間にも関わらず夕方のように暗くなることです。不自然に辺りが暗くなってきたら、いつにも増してご注意されたほうが良いかと存じます。」
「そうか、そんな話は聞いたことは無いが、もしかしたら前哨森とはいえ暗澹の森に近い場所に出る魔幻霊は、はぐれのものとは異なるのかもしれないな。」と頷く。
「よし、了解した。ロレルタ隊長にも共有しておくとしよう。」
「宜しくお願いいたします。」
「相分かった。それにしても魔幻霊、楽しみだな。」と力強くニヤリとする。美人がこういう表情をすると、ちょっと怖い。
「…楽しみ、ですか?」
「ああ。私と、私率いるインバイト軍がどの程度の実力なのか、推し量る良い機会だ。」
「…」
「ん? どうした?」
「…いえ、なんでもありません。」
(前言撤回だ。この美人さん、ただのバカかもしれねぇ…。)
「お話し中失礼します。」
と、部下の一人がクリムノーラの横に跪く。
「どうした?」
「クリムノーラ様、ロレルタ様がお呼びです。」
「分かった。直ぐ行く。」
そう歯切れよく返事をし、クリムノーラは「ツカサ殿、またあとでな。」と微笑して足早に去っていった。
(なんだっけな、またなにか忘れてるような…。あ、武器か。コンパウンドボウは、あんまり見せたくないんだけどな…。あれ? 他にもなにか忘れてるような…。なんだっけ?)
―◇―◇―◇―
所在なくつらつらと歩き回る。といっても作業の邪魔になっては駄目なので、野営地の周囲をぶらぶらと歩き回り、野営の様子を見るとはなしに見る。
等間隔にきっちりと揃えて設営された数十の天幕。石で囲われた、ほぼ同じ大きさの焚火の列。士気の高い部隊の証である。
(やっぱ正規軍ってのはすげぇな。)
もう各種設営は完了し、飯盒炊爨の支度に取り掛かっているようだ。
俺はといえば、相変わらず何も仕事がなく、友達や知り合いもいない。この完全アウェーで居心地の悪いこの状況に、あの暑苦しい副官のありがたみを知る今日この頃。というのは半分冗談で、まぁ別に、そっちの木陰でぼっちメシでも全く問題はないが、こういう組織の中ではちょっと非常識だと思う自分もいる。
「ツカサ殿、先ほどはお見事でしたわね。」と、そんな下らないことを考えていた時、唐突に声を掛けられた。振り向くと、インバイト軍の紋章が刻まれたフルプレートに身を包んだ、30手前くらいの兵士が茶目っ気のある笑顔を湛えながらこちらに近付いてくる。実年齢としては、俺と同い年くらいだろうか。
「? あなたは??」
「失礼いたしました。わたしはインバイト家陸軍第1師団騎兵大隊長のアンリ・ソネットと申します。齢は43歳です。」と、アンリと名乗るその騎兵大隊長は軍人らしく一礼した。おお、同い年とは。
「これはご丁寧にありがとうございます。改めました冒険者のツカサです。齢は同じく43歳です。して、先ほど、とは?」
「あら、同い年でしたのね。」とアンリが柔らかく微笑む。どう見ても敵陣に突っ込んで蹴散らすのが仕事の騎兵だとは思えない。まぁ偏見だが。
「いえ、行軍中、副指令の質問攻めを見事に躱されていたので、お見事だと思いましてね。わたし、ツカサ殿と目が合ったとき思わず賞賛してしまいましたわ。」
ああ、あのときの騎兵の人だったのか。
「ああ、あの時の。ヘルムを脱がれていたので気付かず、大変失礼いたしました。副指令、とはクリムノーラ殿のことで?」
「あ、この度の調査隊ですと副官ですね。クリムノーラ様はインバイト家軍では副指令なので、つい。」
「クリムノーラ殿、副指令なのですか?」
「はい、総司令がアマス公爵様で、長子のクリムノーラ様が副指令ですのよ。」
(あの若さで副指令か。銘家の長子ともなると、生まれた瞬間から重てぇもんを背負ってるんだな。)
「それはそれは、存じ上げませんでした。かなり、好奇心が旺盛な方で…。」
「はい。好奇心旺盛で、常に改善出来るところを探しておられる方ですので、圧が強いと思われるかもしれませんが、悪い方では無いのですのよ。とはいえちょっと、圧が強すぎるきらいがありますわね。情熱的で裏表がなく、人格者としてとても尊敬できる方だと思いますわ。」と、なんとなく言葉を選びながら話すアンリに引っ掛かりを覚える。
「アンリ殿、何かクリムノーラ殿にご懸念でも?」と問う俺に、アンリがちょっと考え込む仕草をする。
(いや、絶対ぇそう聞いてもらうように誘導してただろ…。)
「私から聞いたとは言わないで欲しいのですが…。」とアンリがわざとらしい上目遣いで見てくる。
「構いませんよ。ご懸念があるなら、仰ってください。」
そう言った俺に頷き、アンリが口を開く。
「実は、クリムノーラ様は剣技が優れておられて、いち兵士としては非常にお強いのです。ですが…。」
「指揮は苦手だ、ということですか?」とあまりにも簡単すぎるその先の答えを述べる俺に、アンリが目を丸くする。
「え? あ、はい、仰る通りです。よくご存知でしたね。」
(ご存知というか、そんなヒントまみれなら外す方が難しいわい!)
「ご存知、というか…。まぁそれで? クリムノーラ殿が指揮が苦手だとして、私に何をお望みなのでしょうか?」と問う俺に、アンリが真顔になる。
「ツカサ殿には是非、クリムノーラ様に臆さず助言をしていただきたいのです。現場には魔幻霊が出没すると言われています。正直申しまして、いかな正規軍といえど、この中に魔幻霊を複数体を相手にするほどの兵はおりません。ですから万が一の場合には、魔幻霊を討伐されたツカサ殿に実質的な指揮を執っていただきたいのです。」
この人、何言ってんの…?
「ちょ、ちょっと待ってください。私はただの冒険者です。自分で魔物を討伐することは出来ても、この規模の兵を、しかも正規軍を指揮するなんて、それこそ私に期待されても困ります。」
「ご無理を申し上げているのは百も承知です。ですが私は、私たちは、荒療治でもいいからクリムノーラ様に学ぶ機会と、次期領主としての本当の自覚を持っていただきたいのです。」
茶化しでも、冗談でもない。真剣そのもののアンリの視線が刺さる。
「何か訳ありのようですね。少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「はい、ここで立ち話もなんです。糧食の準備もできたようなので、私たちの焚火で夕食でもご一緒しながら話を聞いて下さいませんか?」と俯く。
「まぁ、そこまで仰るなら、話くらいは…。」
(なーんか、また面倒事の臭いがびんびんするぜ、はぁ…。)




