038_クリムノーラ・インバイト
扉が開けられ、金ピカフルプレートの近衛兵が待機する。その後ろからララス、リーラス、そしてクララが入室する。起立し、彼女たちが席に着くのを待つ。
(この3人との会議も慣れたもんだぜ。)
クララが着席し軽く手を振ると、近衛兵が心得たように退室していった。
扉が静かに閉められる。
「ツカサ、それからユーナよ、よく来たな。ラクにしてくれ。」
それを合図に着席。なんか学校を思い出すなぁ。
ここはいつもの小会議室。昼過ぎにユーナがうちに来て、そのまま王城に出頭。クララの都合上すぐには謁見できず、こんな広くて豪奢な調度品で溢れる部屋が?と驚くような客間で待たされた。
ユーナ曰く来客を待たせる客間には、相手に威厳と富を見せつける役割があるらしい。なるほど。
だいたい体感3時間くらい待たされ、この小会議室に通された。客間で待ってる間、出されたスコーンがあまり美味しくなく、元世界のケーキを召喚してユーナと食べたのは言わない約束だ。
(ミラやポーラよりも、何気にユーナが最も俺のスキルの世話になってる気がするけどな…。)
「先ずは、ハクシーランから無事に戻ったこと、安心したぞ。」
一拍置いて、クララが続ける。
「して、期限よりもかなり早い帰還であったが、何か見つかったか? それともお主らでも潜り込むことが難しかったか?」
ユーナと頷き合う。
「陛下、確固たる証拠と、その証拠を補強するものをくすねることに成功いたしました。」
「ほう?」と、クララが目を細める。ララスとリーラも身じろぎしている。
(お二方、あんまりリアクションがデカいとまたこのおっかない母ちゃんにどやされまっせ。)
「もちろん、持ってきておるのだろう?」と、このおっかない母ちゃんもさすがに興奮が隠し切れないご様子だ。
「はい、こちらにお出ししてもよろしいでしょうか。」
「無論じゃ。許可しようぞ。」
「では僭越ながら…。」
ホログラムを弄り、密約書と武器各種を選択する。3人とも固唾を飲んで待っている。
証拠一式を亜空間道具箱から取り出し、テーブルに並べていく。
剣、槍、弓矢、甲冑、ポーション、糧食。そして、一枚のアマルフィ紙。
「まずは結論から申し上げます。といっても論より証拠。この文書をご覧ください。」と言ってクララの目の前に密約書を差し出す。
クララが何も言わず、その文書を手に取る。中身に目を通し、下の署名欄に視線が移った。
それを確認したあと一瞬目を閉じ、「『ウィネ共和国総統 モーリン・フェアウ』、『ヴェレンタ王国公爵 ヤーライル・サイレル』。両者の直筆サイン入りじゃ。間違いなく、決定的な証拠じゃな。よくやった。ツカサ、ユーナよ。」と、眉ひとつ動かさず武器・人員輸出の密約書をひらひらと揺らす。
「…陛下、それは…?」とララス。
「ああ、見てみるがよい。」とクララがララスに密約書を渡す。密約書に目を通すララスの目が読み進めるほどに見開かれ、最後には手で口を押さえて固まってしまった。
(分かっていても、予想はしていても、まぁ、驚くわな。)
「…へ、陛下…これは…!」と覿面に狼狽し、密約書に落としていた視線をクララに向けたララスが文字通り凍り付く。
密約書を確認したときでさえ見せなかったクララの憤怒の目が、ララスを捕獲する。リーラスが何かを察したのか、気配を消した。
(やっべぇ…。シンっプルに怖ぇ…。)
ユーナは横で能面を決め込んでいる。
そりゃあ、クララが一番腸煮えくり返ってるだろうに…。ララス殿下、その分かりやすい態度は火に油だよぉ、着火しちゃダメじゃん着火しちゃぁ…。今は公務中ですよぉ?
(しゃーない…。助け船だ。)
出来るだけ自然な感じで咳払いをする。
「こほん。それは、両者の直筆サインが入った武器・人員密輸に関する密約書かと。もちろん両者の魔力紋も刻印されています。それからその文書の内容を補強する証拠として、これらの武器もくすねて参りました。陛下はもちろん、リーラス殿下であればこの武器がどこで製造されたのか、もしかしたらお分かりになるかもしれません。」
『陛下はもちろん』と、クララを持ち上げるのが鉄則だ。そしてミリオタのリーラスに自然な流れで話題を振る。我ながら完璧だ。
ユーナの顔から能面が消え、代わりに「ちぇ、つまんない。」と書いてある。本当に荒事が好きな奴だ。
突然水を向けられたリーラスの肩がびくっとする。そしてカチコチの動作で剣を取り、検分する。が、剣を取り、槍を取り、弓矢を取り確認するうちに、武器好きの血か興味が為せる業か、普通に戻った。
(リーラス、ガチオタだな…。)
そして一言。
「陛下、間違いなく共和国製のものです。」
「そうか、お前が言うのであれば間違いではあるまい。」とクララがいつもの調子に戻る。
(ふぅ、リーラスGoodJob。)
「よく、ここまでの動かぬ証拠を見つけてくれたの。感謝するぞ、ツカサ、ユーナよ。」
「ですがこの文書がここにあるということは、無くなったと分かれば盗まれたことに気付かれてしまうのではないですか?」とララス。名誉挽回、というか、当然の疑問だ。
(ここは大いに褒めてやろう。)
「ララス殿下、その鋭いご懸念ごもっともでございます。ですので、精巧な複製を作成し、残して参りました。ガーク商会の当主、デクマルシア・サイレルにも見抜けないような複製です。」
「複製、とな。デクマルシア・サイレルとはヤーライルの姉であろう? あれにも看破できんとは、どういうことじゃ?」とクララの目が光った。
(さて、タネ明かしの時間だな。)
―◇―◇―◇―
そこから、俺とユーナはハクシーランに入ってからのことをかいつまんで説明した。
ユーナの土地勘に従い、海蝕洞窟が怪しいと睨んだこと。
その洞窟の奥に、物資の保管場所が掘られていたこと。
その保管場所に大小さまざまな木箱が堆く積まれたいたこと。
その木箱をくすねたこと。
木箱の中身が、目の前に並べた武器糧食であること。
領主館に潜入し、その密約書を発見したこと。
その密約書の複製を作り、偽装として本物とすり替えたこと。
ちょうどデクマルシアが現れ、偽物を見たが特におかしな反応をしなかったこと。
…などなど。
もちろん、洞窟や領主館に繋がる具体的な移動方法や領主館への抜け道のことは伏せておく。全てを明かしても、良いことは何もない。その辺りはユーナも察してくれたようで、彼女も仔細を話すことはなかった。
「と、いうわけです。デクマルシアは、定期的にその文書を自らの目で確認していることと存じます。そんなもの、他の誰か、例えば末端の巡回兵などに確認させるなんてことはしないでしょうから。」
先ほどから、クララは黙して聞いている。
「デクマルシアの目が節穴だったことで、私たちは無事にハクシーランを脱出することが出来ました。もしそうでなければ城壁の検問が厳となり、もしかしたら未だにハクシーランへの滞在を余儀なくされていたかもしれません。」とユーナが殊更に『デクマルシアの落ち度』を強調した。どう複製したのかを突っ込まれないための彼女なりの気遣いだろうな。
聞き終えたクララが、はぁ、と軽く溜息をつく。
「状況は分かった。まぁ、色々と聞きたいことはあるが、お主らの働きに免じてこれ以上の疑義は挟まないでおいてやろうぞ。…特にツカサよ、お主本当に底が知れぬの。」と薄く笑う。
(なんか、バレてる…。)
「それからユーナ、お主も大儀であった。もちろん王家のために動いたわけではないのは分かっておるが、礼を言おうぞ。お主ら、コトが済んだら褒美を取らす。それまでは暫く我慢しておくがよい。」
「コトが済んだら…。陛下、ハクシーランに進軍するおつもりですか?」
(ちょ、ユーナ、おま…!)
「えーとですね陛下、実は…」
「よい。ツカサ、お主がユーナに黙っておれぬことくらい予想しておったわ。」と釈明しかけた俺をクララが制す。
「ユーナよ、その通りじゃ。ツカサから聞いておるのであれば、我が王家とサイレル公爵家との不仲は聞いておろう。そしてこれは決定事項じゃ。いくらお主が反対しても覆らぬぞ。」
「反対しようなどとは思っておりません。」とユーナが能面顔で告げ、続ける。
「その進軍に、私も参加させていただきたく存じます。」
「ほう? 理由を聞かせて貰ってもよいかの?」
「母上は、いえ、リーラ・オーマチ子爵は、ヤーライルの命に背いて処刑されたのではありません。最初っからそうなるように嵌められたのです。」
「どういうことじゃ?」とクララが眉間に皺を寄せる。
「実はハクシーランで、当時の母上を良く知る人物と出会いました。旧オーマチ領で漁師頭をやっていたという人間です。いざ湾港建設となれば、拠点の漁師たちが現場の要となる都合上、彼女には色々と話していたようです。彼女と話す中で、当時子供だった私ですら知らなかったことが判明しました。」
そこからユーナは淡々と、ファルミから得た情報をクララに語って聞かせた。
リーラがラガン港建設について、どのような形であれ賛成したこと。
自分が不在のまま普請が行われることを何よりも危惧していたこと。
懸念を殊更に誇張され、事実無根の言いがかりで処刑されてしまったこと。
全てを語り終え、尚も能面を崩さず「ですから、これは私がやらなければならない戦争です。」とユーナが言い切った。
トン、トン、とクララが人差指でテーブルを叩く。
「つまりユーナよ、お主復讐のために戦いに参加するということか?」
「そうご認識いただいて問題ありません。もちろん、個人的な感情で先走るようなことはいたしません。しっかりと命令や作戦には従う所存です。」と釈明するユーナに「ならん。」とクララが短く告げる。
「一族を殺された恨みを果たすための復讐。道理じゃ。お主にはその権利がある。」
「…ではなぜ?」
「それはの、敵軍の中には、もちろん旧オーマチ領の、お主の母を慕っていた者もいるだろうからじゃ。」
「…それは、ツカサから話を聞かされたときから百も承知です。それでも私は…!」
「ならんと申しておるのが分からんのか!!」
(…ぐっ! これは…)
クララが発する王としての覇気だ。ステータスアップのご利益か、前回ほどでは無いにしろ全身に怖気が走る。隣のユーナもさすがに目を瞑って苦しそうだ。王女二人が肩を縮こませて震えている。
ふっと、圧が取れる。
「余としたことが済まなんだな。ユーナよ、分かってくれとは言わぬし、憎んでくれても良い。じゃが、今回に限ってはお主の参戦は認めん。今はまだ言えぬが、お主のこれからのことを考えての判断という側面もある。」
(今後のこと?)
「…承知、いたしました…。」とこれ以上喚いても無駄だと理解したユーナが膝の上で拳を固く握り、呻くように呟いた。
「済まぬな、ユーナよ。ただしその代わりといってはなんじゃが、ヤーライル、その他王家への反逆の中心となる者どもを罰する場には、お主の同席も認めよう。」
はっと、ユーナの顔が上がる。
「どうか、それで収めてくれぬかの。」
「承知、いたしました…。」と今度はいくらか柔らかい声音のユーナを見て、クララも優しく頷く。
「さて、この話はここまでじゃ。何度も言うが、二人とも大儀であった。これにて解散、と言いたいところなんじゃがの、まだもう一つお主らに話があるのじゃ。緑魔石の鉱脈への案内についてな。」
(やっぱりその話もあるのか…。早く帰りてぇ。)
「インバイト家からの偵察隊が思ったよりも早く着いての。アマスめ、逸る気持ちを押さえられんようじゃわい。」
そう嬉しそうに言って、クララが近衛兵を呼びつける。やはりインバイト家との関係は良好のようだ。
クララは衛兵に何事か指示した後、近衛兵が出ていった。そして戻ってきた後ろには、立派な甲冑を身に着けた金髪の女性が控えている。
「陛下、お呼び出しに応じ馳せ参じました。」
そう、小会議室の床に片膝をついて厳格な挨拶をする金髪の女性は――
(アホみてぇに美人だな…。てか、誰?)
「うむ、よく来たクリムノーラよ。そこに座るがよい。」と言ってクララが空いてる席を示す。
クリムノーラと呼ばれた女兵士が「はっ!」と切れの良い返事をし、キビキビした軍人らしい動きで差された席に着席した。着席前に一礼するのも忘れない。
(着てる鎧を見るに、ただの兵士には見えないけど…。)
「ツカサ、ユーナよ、この者はクリムノーラ・インバイト。現インバイト領領主、アマス・インバイト公爵の長子にして今回の鉱脈調査隊の副官じゃ。」
―◇―◇―◇―
クリムノーラと始めましての挨拶を終え、席に着く。
「クリムノーラよ、もう分かっておるかもしれんが、この者どもが暗澹の森の前哨森で緑魔石の鉱脈を発見した冒険者たちじゃ。」
「はい、陛下。ユーナ殿、ツカサ殿、報告書は拝見させてもらった。報告書では鉱脈の近くで魔幻霊4体と戦闘になり討伐したとあったが、本当か? あ、いや、疑っているわけでは無いのだが、わが軍でも魔幻霊4体を同時に相手出来る者がいるかと問われると、分からないというのが実態なんだ。一応の確認と思ってくれるとありがたい。」
「はい、事実でございます。こう見えて私はダイヤモンドランクの冒険者、そしてここのツカサも、それに匹敵する冒険者ですので。」
「そうだったのか! ダイヤモンドランクとは、それは失礼した。」とクリムノーラが目を丸くして頷いている。
(俺はまだブロンズだけどな。あれ? そういえば先月はハクシーランへの遠征もあって依頼3つもやってねぇ…。冒険者資格ってどうなってるんだろうか…?)
「ふむ。ひと先ずは今日は顔合わせだけじゃ。出立は3日後、ユーナ、ツカサ、どちらかで良いので案内を頼むぞえ。」
そのクララの一言に、俺が何かを言う前にユーナが口を開いた。
「そのことなのですが、先ほどお話した漁師頭がハクシーランで迫害されておりましたので、王都に連れて帰ってきたのです。なので私は暫く世話をする必要があるので、ここはツカサを同行させていただければと存じます。」
(おい、マジか…。)
「そうじゃったか。こちらとしても、ツカサに行ってもらった方が良いかと思っておったところじゃ。ではツカサ、頼んだぞ。出立は3日後の明朝、日の出と共に出る予定じゃから、くれぐれも遅刻などせぬようにな。お主はこの王都でも有数な力を持つ『女』冒険者なのじゃ。くれぐれも慎重にの。」
クララが殊更に『女』を強調してくる。つまり男であることを悟られるなということだ。
(まったく、毎度毎度無茶ぶりがキツいネーチャンだぜ…。てか、なんで俺が行く前提で考えてんだ?)
「ツカサ殿、此度は宜しく頼む。期待しているぞ。」と無垢な瞳を向けるクリムノーラに何を言うことも出来ず「はい、こちらこそ…。」と返すのが精いっぱいだ。
ちきしょう、ユーナもユーナだ。もうコメ売ってやんねぇぞ、ったく。てか、現地で堀削調査に付き合えとか言い出すんじゃねぇだろうな…。
「あのー、陛下、現場に案内したあと、私はどうすればよいのでしょうか…?」
「ん? 決まっておろう。鉱脈まで案内したら出来るだけ早く帰ってくるのじゃ。お主には、まだ頼みたい仕事が山のようにあるのじゃからの。」
あー、まだ堀削調査に付き合えって言われた方がマシだった説…。
俺の異世界のんびり生活、どこにいった…?
月イチのフォルテ商会への納品だけの不労所得生活、どこに消えた…?
酒飲んでたまに冒険に行くだけの生活、いつ帰ってくる…?
が、国王の前でガックリするわけにもいかない。
「…承知いたしました、陛下。」
なんだろう、なんだったっけ、なんか忘れてる気がするけど、まぁいいや。




