037_羽休め
ソファに身体を預け、持ってきた葡萄酒を一口飲む。
(やっぱダメだな。酸化して酸っぱくなってやがる。)
ホログラムから赤ワインを探す。
(本当にワインってアホほど種類多いよな。ワインは良く飲んでたけど、全然分かんねぇしなぁ…。取り敢えず、赤ワインの王様でも召喚するか。)
5,480円でバ○ーロを召喚する。
(約5,000円だが、正直言って何十万もするワインと味の違いなんて分かんねぇしな…。とはいえ、このワインも非常にエクセレントなことは間違い無ぇだろ。)
コルクを抜き、ワイングラスに注ぐ。そして一口飲む。
(初めて飲んだけど、美味ぇな! さすが赤ワインの王様!!)
ついでにビーフジャーキーを召喚してツマミにする。
(やっぱ赤ワインにはビーフジャーキーだよな! あ、しまった。また初日の干し肉忘れてた…。まぁ、今日はもういいか。)
しばらく一人飲みを堪能する。
(それにしても、敵性領地に潜り込み、相手の本拠地に潜入して証拠をパクってくるなんてな…。しかも現物武器のおまけ付きだ。まったく、何やってんのかねぇ。)
それだけじゃない。二人の妻に、元世界基準で石油に匹敵するような魔石鉱脈の発見に、この世界では全く新しい兵器の開発。今では普通に国王からバイネームで呼びつけられる日々…。
(悠々自適な自由で楽しい異世界ライフはどこいったんだ。そもそも、あのネーチャン人遣い荒ぇんだって。まぁ、暇しねぇからいいけど。)
と、そこまで考えてかねてからの疑問がふと頭に過ぎる。
(ネーチャン、か。この世界に来て半年以上経つともう慣れちまったが、なんでこの世界の人間は老けねぇんだろうな、あと、なんで女性だけなのか…。ダメだ! 考えても分かんねぇもんは分かんねぇ!!)
どさっと、ソファに寝転ぶ。
(分かんねぇっつったら、これも分かんねぇな。)
寝ながら、人差指の指先に神経を集中させる。ぽわと、ライター程度の火が灯った。じっと見つめてると、果たしてこんなものが本当の『火』なのかという錯覚に陥ってくる。半ば無意識にビーフジャーキーを近付けると、ジリと焼け、火の点いたジャーキーの欠片が顔に振りかかってきた。
熱っつ!――
思わず飛び起き顔のジャーキーを振り落とす。落ちたジャーキーからは細い煙が1本立ち上っていた。当然だが、あれは本物の火らしい。
(こういう魔法ってのも、意味分かんねぇな…。)
そんなことをつらつらと考えながら、自分で自分の肩を揉み、首を回す。
魔法に詳しいユーナ曰く、魔法には属性があるらしい。さっきみたいに火を灯すのは文字通り火属性。水や氷は水属性らしいが、俺は使えない。防御魔法や浮遊魔法は土属性に分類されるため、必然的に魔導兵に求められる属性は火属性と土属性ということになる…らしい。
と、そういえば、とホログラムを起動する。
ステータスは攻撃力、防御力共に499.9。そこへ金貨を近付けると――
ステータスが500.0に上昇した。
(やっぱり、今回の潜入も経験値ってことか。)
限界まで金貨を突っ込むと、両ステータスが599.9で頭打ちとなった。
(何かしら戦闘経験を積むと次の100.0がアンロックされるってことで間違い無ぇようだな。まぁ、クララの使いっぱしりをやってれば経験には事欠かねぇ気がするけど。て、おや?)
ホログラムのスキル欄に『魔法(無、火、土、お楽しみ)』と表示されている。さっきまでは無かったはずだが…。
(ひょっとして500.0になると習得できるスキル…とかか?)
それにしても『無、火、土、お楽しみ』ってなんだ? この世界で一般的な、誰でもできる魔法なら今でもできるけど…。無、火、土、お楽しみ。『お楽しみ』って…。
もしやと思い、試しにパーティ『月の雫』と魔化狗討伐に行ったときに携行していた木製クロスボウを召喚する。弦を引き、矢をセットし、安全を確認し、そして横の木棚に向けて発射する。と、このクロスボウ然とした速度で飛んでいき、カツっと浅く突き刺さった。
(なるほど。で、魔法ってことは…。)
もう一度弦を引き、矢をセットする。取り敢えず見おう見真似でクロスボウに手を翳し集中する。と、クロスボウと矢が淡く光った。まごうことなき強化魔法付与のサインだ。
(ぉお! まさに強化魔法!!)
先ほどと同じように横の木棚に発射する。と、先ほどよりも勢いよく射出され、ガツっと突き刺さった。すぐ横の矢と比べると、なるほど確かに深く突き刺さっている。
だったらと思い、再度クロスボウに手を翳して集中する。と、掛けた魔力を吸い出すことができた。上手く表現できないが、自分の中にある何かが回復したのがわかる。この世界ではこれを『魔力』というのだろう。
自分の掌を眺める。あまりにも奇妙な感覚にしばし思考が停止する。何も特殊な鍛錬や訓練をしたわけではないのに、何をどうすれば良いか理解できてしまう。まったくもって不思議である。
それにしても『無』『お楽しみ』とは…?
コンコン――
そんなことをやっていると唐突にドアがノックされ「ツカサさん、ポーラです。」との声がした。
「ん? あ、ああ、入ってくれ。」
顔を袖で拭ってソファに座り直と、ガチャッとドアが開いてポーラが入って来る。
「お疲れのところ申し訳ございません。急ぎご報告しておいた方がいいと思うことがございまして…。」ともじもじしている。なるほど、この部屋に来るただの口実か。
「なんだ? まぁ座ってくれ。」
そう促すと、ポーラは向かいのソファではなく隣に腰を掛けた。
「王家から弩砲と投石機の正式受注を承りましたわ。弩砲100基、投石機30基、とのことです。それからクロスボウも出来るだけ多く、と。フォルテ商会の総力を上げて対応しております。出来上がった分から順次納品しております。それから…」
「それから?」
「ツカサさんがお戻り次第、王城へ来いとの命令が国王から出ておりますわ。出来ればユーナ様も、と。今月頭に使者がわざわざこちらに参ってきましたのよ。」
「そうか、分かった。ありがとうポーラ。」
「あの…それで、下の方々は…?」と、ポーラが遠慮がちに聞いてきた。
「ああ、その話なんだがな、あの二人はユーナの古い知り合いだ。色々あって、定職に就けていないようだったので、連れて帰ってきた。そこで、ポーラにお願いがあるんだけどな、あのファルミという女性、フォルテ商会で面倒みてはもらえないだろうか。もともとは優秀な漁師だったというから、例えば王都南部の河川水揚げ場の作業員としてどうか、と思っているのだがな。」
話を聞いたポーラが頷く。
「そうだったんですのね。そういうことなら任せてくださいまし。元漁師であれば、船の扱いにも慣れているでしょうから、水揚げ場はうってつけだと思いますわ。」
「重ねて礼を言うよ、ポーラ。生活面は安定するまでユーナに見てもらうから、明日には仮住まいの宿でも探しに行くはずだ。」
「承知しましたわ。」と、ポーラがじっと見てくる。
「…どうした?」
「ユーナ様の古いお知り合いで、かつ元漁師。ひょっとして旧オーマチ領、現ハクシーランへ行っておられたのですか…?」
(さすが、鋭い!)
「今回は国王からの極秘の依頼だった。事前に伝えられなくて悪かったよ。」
「…いいえ、いいのですわ。こうして、また一緒にいられるんですもの。あの…」
ポーラが上目遣いが刺さる。
「…今日は、その…」
(1ヶ月間、ご無沙汰だったからな。)
「ポーラ、抜け駆け?」
いつの間にかドアの隙間からミラが覗いている。
(びっくりした…! 軽くホラーだな…。)
「ひゃ…! ミ、ミラ…! ぬ、抜け駆けなんて人聞きの悪い…! わたくしはただ、ツカサさんと久しぶりの時間を楽しもうと…!」
「それを抜け駆けって言わないでなんて言うの!?」
ミラがドアを開けて入って来る。その姿は――
(わぉ、ミニスカメイド服! 相変わらずの破壊力だな。)
「ミ、ミラ! それは反則ですのよ!」
「ふーんだ、悔しかったらポーラも着てみなさいよ!」というミラの挑発に「ぬーうん…!」とポーラが歯ぎしりしている。
(あれ、いつの間にミラとポーラはこんな友達みたいな関係になったんだ? まぁ、ひと月も2人だけで暮らしてたら嫌でも仲良くなるのか。)
二人の様子に思わず微笑んでしまう。
「ツカサさん、どうしたんですか?」とミラが目を丸くする。
「いや、何でもない。いいなと思っただけだ。」
「ツカサさん…! わ、わたくしも明日早速買いにいきますわ…!」と何かを勘違いしたポーラがそう宣言する。
「いやポーラ、そういう意味じゃない。まぁでもそうだな、今日は来客もあることだから明日にしよう。先月の最後はミラだったからポーラから、な。」
「ありがとうございますツカサさん…!」と抱きついてくるポーラに「ちぇー、まぁ順番なら仕方ないか。」と口を尖らせるミラ。
(二人とも、俺の大切な家族だ。)
「そういえば、ひと月もユーナ様と旅をされていて、何もなかったんですか?」というミラのひと言に空気が固まる。
(軽いノリでなんつーことを聞いて来やがるんだ。ただこれに関しては胸を張って言える。)
「うん、それはない。断言できる。」
「ツカサさんが、そう言うなら。」とミラがニコッと微笑み隣に座る。
「ちょっとミラ、あなたも座るの?」
「私も混ぜてよ、寂しいじゃない。」
「よし、じゃあ3人でこのワインを空けるとしよう。」
そんなふうに、夜は更けていった。
―◇―◇―◇―
翌朝、目が覚める。久しぶりにベッドで寝れたからか、ぐっすり眠れたような気がする。
(あー、よく寝た…!)
最低限の身支度を済ませて下に降りると、既に5人が食堂に揃っており、席についていた。
ユーナ以外の4人から立ち上がる気配がしたので手を軽く振ってを制する。
「別に先に食べててくれて良かったのだがな。」
「あんたね、そういうわけにもいかないのよ。」とユーナが白い目を向ける。
(慣れねぇんだよな、こういうの…。)
着席し、皆で食前の祈りをする。俺は相変わらず合掌だ。
「ユーナ、昨日ポーラと話したんだがな、ファルミさんはフォルテ商会で是非雇いたいという話になった。」
「ファルミ殿、元漁師ということをお聞きしましたわ。是非、我がフォルテ商会の水揚げ場で働いてもらえませんか? 漁ではないですが、船を扱う仕事ですので、ファルミ殿のご知見が活かせるかと存じますわ。」
「…フォルテ、商会…? まさか、王国最大の…?」とファルミの目が点になっている。ファルミは出会ったから驚いてばかりだな。
「はい。申し遅れましたが、わたくし、フォルテ商会全権代理のポーラ・フォルテと申します。以後お見知りおきを。」
こういうときのポーラの挨拶は流れるようで、さすがと言うしかない。
「ツカサ、ポーラ、恩に着るわ。ファルミは真面目で優秀よ、私が保証する。ファルミは異論ある?」
「…わ、私には勿体ないくらいです…。こちらこそ、よろしくお願いいたします…。」とファルミが凝縮しきって頭を垂れる。フェイリアが良かったねと、ファルミに抱きついた。
「では決まりだな。ファルミさんとフェイリアは王都での生活に慣れるまでしばらく掛かるだろうから、当面はユーナが面倒見てやってくれ。借家が見つかるまでは、まずは宿屋にでも泊まるといい。」
「もとよりそのつもりよ。あんたにこれ以上借りを作るのはごめんだもの。」とユーナがふわりと微笑んだ。
(おぉ、完全素直Ver.のSSRユーナじゃん。)
―◇―◇―◇―
朝食を摂り終わり、ミラが食後のコーヒーを淹れてくれる。他のみんなは紅茶だった。
「あんた、まだそんなん飲んでるの…?」とユーナが相変わらず引き気味だ。
「これ無しでは生活できなくなると言っただろう。」
「一度飲ませていただいたことがありましたが、かなり苦かったですわ。」とポーラ。
「ミラも、さすがにちょっと苦手です…。香りは良いんですけど…。」とミラが続く。
ファルミとフェイリアは借りてきた猫みたいに静かだが、内心引いているんだろう。俺には分かる。
(うーん、元世界ではコーヒー好きな女性も多かったんだけどな…。この世界では流行らないのかも。)
「コホン。まぁ、この液体は俺しか飲まないから気にするな。ところでユーナ。」
「何?」
「戻ったらすぐに(王城に)来いとのことだ。今日にでも出向けるか? (証拠を)提出しないといけないからな。」
ユーナの目がすっと細められる。
「了解よ。ファルミたちの宿を取ったらまたここに来るわ。」
相変わらず行間を読むのが上手い。ファルミとフェイリアは俺とユーナの顔を交互に見ているが、なにを話しているかは分からないだろう。
ポーラとミラは澄ました顔でティーカップに口をつけている。
(あんまり大っぴらに話すわけにもいかねぇからな。それにしてもミラのやつ、佇まいが上品になってきたな。一番なってないのは俺かもしれねぇ…。いやユーナの方が…いや、ユーナは腐っても貴族の長子だしな…。)
―◇―◇―◇―
大変お世話になりました。そう言ってファルミとフェイリアはユーナと一緒に出ていった。短い付き合いだったが、ファルミが大層よくできた人間であることは理解したつもりだ。さすがは漁師頭に推されるだけのことはある。あの母娘に幸あれ。
玄関を出て、見送りのとき「あと、案内の件についても何かあるかもしれないわね。」とユーナがぽつりと漏らす。
(案内? 何のことだ??)
ユーナが俺の表情で察したのか「ほら、採掘の。」と重ねる。
(…? あ、緑魔石!!)
「あ、ああ…、あれか。そうだな、その話も出るかもしれんな。」
「あんたが(案内に)出向くことになったら、今度はちゃんとあの娘たちに言ってから出掛けるのよ。」
「分かってるよ。また何日も帰ってこないと言ったら、さすがに怒られそうだけどな…。」そうため息をつくと「ほんと、腹立つほどモテモテね。でも、私の下着覗いたことは言わないでおいてあげる。」とユーナが茶化してくる。
「覗いてない。それにあの強烈なドロップキックで帳消しのはずだ。」
「ドロ…なに? まぁそういうことだから。じゃ、またすぐに戻るわね。」
ユーナ、ファルミ、フェイリア3人の背中を見送る。
「ユーナ様、とても穏やかでしたわね。わたくし初めて見ましたわ、あの方があんなに柔らかい表情をされているのを。」とポーラが穏やかな笑顔で横に立った。
「ああ、いい出会いがあったものだ。」
「そういえば、先ほどユーナ様の口から『私の下着覗いたこと』云々という話が聞こえましたが、あれはどういう意味ですの?」と、尚も穏やかな笑顔のポーラの目が俺を射る。
「…誤解だ。ユーナはあの手のふざけた冗談が好きなようなのでな。気にするな。」
「ツカサさんを独り占めできるわけは無いというのは以前お伝えした通りですわ。ですけどね、進んで他の女性に目移りすることを許可したわけではございませんのよ?」
「…分かっている。そして、さっきのは本当に誤解だ。進んで覗いたわけではない。たまたま目に入っただけだ。」
はぁっとポーラが呆れたように溜息をつき「あのですねツカサさん、今のは、わざわざ言わなくても良いのではないのでして?」と膨れている。
「そ、その通りだなポーラ。悪かったよ。」
「まったくツカサさんたら。」
(よし今だ、空気を変えよう。)
「話は変わるが、さっき話した通り、ユーナが戻り次第国王に会いに行く。向こうの都合もあるだろうから、帰りはいつになるかわからん。俺の帰りを待たず、先にミラと食べててくれ。」
「あ、はい、承知いたしました。」と先ほどとは打って変わった固い返事が耳朶を打った。
(さて、気合を入れないとな。)




