030_城壁湾港都市ハクシーラン その2(庇護)
――基盤歴639年10月30日―――
城壁湾岸都市ハクシーランに無事入ることができた。まずは昼飯だ。いつも俺が出すおにぎりでは飽きるだろうし、せっかくなので、ユーナと市場を回ることにした。
「色々変わったのだろうが、食文化はそうそう変わるものでは無い。何でも食いたいものを食えばいい。」
「ありがとう、そうさせてもらうわ。それにしてもあんたの言う通り、相変わらず米料理が多いわね。ちょっと、帰ってきた気がするわ。」
心なしかユーナの表情が柔らかい。やはり食は世界を救うのかもしれない。なんてな。
「せっかくだし、露店ではなくちゃんとした店で食うか?」
「いいえ、露店で良い。私、こう見えて露店の素朴な味が好きなのよ。それに、活気のある露店の雰囲気を感じながら食べると、元気を分けて貰った気がするもの。」
(こういうところは、素直なんだよな。)
市場に並ぶ露店を眺めてみる。
(米料理か海鮮の逸品ものが多いな。なんか、縁日みたいだぜ。)
「了解だ。俺もこういう屋台…露店の食い物は大好物だ。それに、その感覚は俺にも分かる。」
「不思議ね。性別も生まれた国も違う、一番遠い存在であるべきあんたが、一番近い存在に思えるわ。」
「なんだ、この期に及んでナンパか?」と軽口を叩く俺に「殺されたいのかしら?」とユーナがにっこりと口角だけを上げる。目は笑っていない。
「あー怖い怖い。で、何にする? 俺はアレが食べたい。」と、イカ焼きのようなものを指差す。
「クケン焼き?」
「クケン焼きっていうのか。」
「そうよ。クケン焼き美味しいよね。私も好きよ。二つ頼みましょうか。」
銅貨8枚でクケン焼きを2本購入する。まさに縁日のイカ焼きだ。
「これは海で獲れる、白くて黒い墨を吐く生き物だろう?」
「良く知ってるわね。王都は内陸だからクケンは乾物しか出回ってないのに…そういえば、あんたの故郷は四方が海に囲まれてるって言ってたわね。」
「そうだ。俺の故郷ではイカって呼ばれてるんだけどな。」
「イカ…。なんか間抜けな名前ね。」
「全イカに謝れ。」
「イカさんごめんなさい。」そう言ってユーナがパクリとクケン焼きを頬張る。
俺も食ってみる。
パク。モグモグ、ムシャムシャ、ゴクン。
パク。モグモグ、ムシャムシャ、ゴクン。
うん、食感といい味といい、完全にイカのそれである。
懐かしい味についついパクパクと食べ進めてしまい、気付いたら平らげていた。
「でもさすがにこれだけじゃ足らないな。他にも色々食べよう。」
それからしばらくユーナと露店を回り、いくつかの店で立ち食いする。ハゼっぽい魚の串焼きに、貝とコメを油で炒めた海鮮チャーハンっぽい何か、それから最後に餅を食べた。餅があることに驚いたが、この辺りでは普通に食されるという。久しぶりの故郷の味にユーナも懐かしそうで、何より楽しそうだ。
(これで提灯と神社、それにスキンヘッドのテキ屋のオヤジがいれば完全に縁日だな。)
そこまで考えてふと疑問に思うことがある。
「そういえばユーナ、この国では食前の儀式として豊穣神サーナクに祈りを捧げるが、神を祀る神殿や教会などはあるのか?」
(神殿とか教会とか、そういえば見たこと無いんだよな。)
「王都にあるわよ。行ったこと無いの? 豊穣神サーナク、大漁神スイビエ、武神タミーズ、知恵神フシュ、性愛神アフト、そして正道神ヒマルの六大神ね。それぞれに神殿が建てられてるわ。まぁこの辺りだと土地柄、豊穣神サーナクじゃなくて大漁神スイビエに祈りを捧げることが多いわね。世界中どこでも似たようなものって聞いてるけど。」
(なるほど、一応は多神教なのか。日本神話とかギリシャ神話とかと似たようなもんなんだろうが…)
「六大神なんて初めて知った。だが世界中といってもコニック法国は違うのだろう?」
「法国はコニック聖教で一神教だけど、根本は同じよ。正道神ヒマルに他の5神を融合させて、全能伸トウカーサとして再定義したのよ。しかも性別まで変えて、男性神にしちゃったの。」
(全ての神を融合して、しかも唐突に現れる全能伸トウカーサ…。世界観ぶっ飛び過ぎててウケる。)
「なんか、荒唐無稽だな…。」
「宗教なんて基本的に荒唐無稽なもんじゃない。結局は、どの考え方がそのときどきの大衆の願望に合致して支持を得ることができるか。一定以上得ることが出来れば宗教、得れなければ狂言、それだけだわ。」
ユーナはときどきこうやって核心を突いたことを言う。
「まぁでも、あんたみたいな男が突然現れるんだもの。神様だって、あながち居ないとも言えないわね。」とユーナがふわりと微笑む。
「たまにみせるその顔、あながち悪くない。」
「な…! なによ突然…」と覿面狼狽えるのが可笑しい。調子に乗って「案外可愛いところもあるじゃないか。」と煽ると、ユーナから冷たい視線が向けられる。
「あんた、帰ったらミラとポーラに言いつけるわね。絶対に。」
「…前言撤回だ。」
余計なことはすべきではない。
そんな下らないことを話しながらユーナと宿を探す。大きな街だから直ぐに見つかると思っていたが、貧富の差が激しいので宿は沢山あれど慎重に選ばなければならない。ぼったくりや犯罪に遭うのはゴメンだ。あの城壁検問の衛兵の態度からして、この街の治安が良いとは思えない。
「結局どうする? 安心安全を取るなら高いお金払って上流階級向けの宿に行くしかないけど。貴族向けじゃない飽くまで一般富裕層向けの宿ね。」
「確かに、それしかないな。有名な豪商の馬車を目印に決めよう。」
「ああ、その手があったわね。あんたにしては頭の冴えたこと言うじゃない。」
「ひとこと余計だ。」
―◇―◇―◇―
しばらく歩くと、割と立派な石造りの宿が目に入る。馬車の係留スペースには、おお、なんとフォルテ商会の家紋の馬車もあるではないか。世界を股に掛けるフォルテ商会さまさまである。ハクシーランでの買付けに供された馬車だろうか。
「よかった、フォルテ商会の馬車だ。商会が利用する宿なら安全だろう。」
「たしかにそうね。これ以上探すのも面倒だし、ここにしましょうか。」
係留されている馬車はフォルテ商会の他に、あと王都でも有名な商会のものがいくつか。それに――
「ユーナ、あの馬車を見てみろ。」
ユーナが視線を向け、動きを止める。
「ガーク商会の紋ね。馬車、いくつもわるわよ。」
ガーク商会の紋を掲げた馬車が、何台も整然と係留されている。
「たくさんあるな。と、いうことは、ここはガーク商会系列の宿ってことか。」
「そうなるわね。まぁ気乗りしないけど、これ以上探すのはごめんだわ。」
チェックインのためにエントランスに向かう。と、そのエントランスからふくよかという形容では足りないほどふくよかな女性が、取り巻きを何人も連れて出てきた。中にはフルプレートの護衛らしき者もいる。背も高く、見た目は40歳前後くらい。この世界でいうと70歳前後だろうか。
そのボス女はブルーの豪奢なドレスに身を包み、指にはたくさんの指輪。首には高価であろうネックレスがこれ見よがしにいくつもぶら下げられている。それに頭には、あれだ、なんだあのツバの広い帽子、そう、キャペリンまで被ってやがる。
(うわー、すっげぇな…。どこの商会のやつだ? 宝飾品もあそこまで着飾ると下品ってもんだぜ。しかも縦にも横にもでけぇ。この世界で俺より背が高いやつを初めて見たかも。180cmはあるんじゃねぇか?)
隣のユーナを見ると、何やらその女を睨みつけている。知り合いだろうか。
そんなことを思っていると、人混みから粗末な服を着た少女――元世界基準でだいたい中学生くらいだろうか――が飛び出してきて、あろうことかその女に向かってこぶし大の石を投げつけようとしていた。
あの子何しでかす気だ? まずい、間に合わない…!
少女が飛び出した勢いそのままに、ボス女に向かってこぶし大の石を投げつける。が、護衛らしきフルプレートの取り巻きが気付き、腕のプレートで石を弾き飛ばした。
ガンッ!!
プレートに弾かれて石が地面に落ち、異変に気付いた他の取り巻きがボス女を守るような動きを取る。
「出てってよ! ガーク商会なんてさっさと出てってよ!!」
石を投げた少女が絶叫している。
「あんたたちが来てから、お母さん身体壊しちゃった! あんた達がお母さんをあんなふうにしたんだ!!」
少女が怒りと興奮のためか、肩を上下させている。
「何事?」
その声と共にボス女が取り巻きを割って姿を現す。
路傍の石でも見るような目。
「あんた達が来てからだ! あんた達が来てからお母さんは…! 前のオーマチ様の時の方が全然良かった! あんたたちもサイレル家も出てってよ!!」
突然の騒ぎに人集りが出来始めている。少女の言葉に皆固まっている。が、神妙な表情でコクコクと頷いてる者も散見された。
(これは…不味いぞ。こんな大衆の面前で領主に楯突く様な発言はかなりヤバい…!)
「あなた、自分が何を言ってるのか理解してるのかしら? この街、ハクシーランの領主であるサイレル公爵家をそんな大手を振って愚弄して、ただで済むとでも思って?」
ボス女が太った身体を揺らしながらゆっくりと少女に近づいていく。キャペリンで覆える距離まで近づき、少女を真上から見下ろす。そして、少女の顔をずいと覗き込んだ。
さっきまで威勢が嘘のように、少女の顔に怯えの色が浮かぶ。
「しかも、言うに事欠いてあのリーラ・オーマチを引き合いに出すなんて。あなたも、あなたの家族も、揃いも揃って広場に首が晒されることになるわね。」
ボス女が残酷な笑みを浮かべ、続ける。
「あぁ、とっても楽しみ。」
ぞっとするような猫撫で声に周りが静まり返る。何人かの野次馬たちが後退り、そそくさと立ち去っていった。
「あなたたち、この哀れな娘っこを拘束して差し上げなさい。」
ボス女が軽く手を上げ、取り巻きたちに指示を出す。と同時に隣で見ていたユーナが彼女たちに向かって歩き出す。
(バカ…! 気持ちは分かるけどこんなところで短気を起こしたら…!)
不味いどうしよう…。あいつ、取り巻き連中もまとめてあのボス女をぶっ飛ばすつもりだ。力尽くで止めるか? いや、あのモードに入ったユーナをどうやって…
ユーナは俺の焦りをよそに少女とボス女に一歩また一歩と向かっていく。そして杖を槍のように構えて…
(あー、終わった…。)
思いっきり突き出した。そう、少女の腹目掛けて。
(…はい?)
ゴッフッ!!
渾身の一突きに少女の身体がくの字に折れ、開いた口から呻き声が漏れる。
構わずユーナは杖を振り上げ、膝をついた少女の顔面に容赦なく振り下ろす。
ゴンッ、という重い音がし、少女が頭から鮮血を飛び散らせて倒れる。頭から地面に伏した少女の髪を引っ掴んで座らせ、今度は打席のバッターよろしく横薙ぎに杖を振るう。頬を打つゴシャッという湿った音と共に、少女が口から血を吐き出した。
「…」
取り巻きたちも、ボス女も、もちろん俺も、その光景に固まってしまっている。
横倒しで倒れた少女の無防備な腹をユーナが脛で蹴り上げる。グフォワッ!という、無理矢理腹から空気を押し出したかのようなエグたらしい音を吐き出して少女が地べたを回転する。
ちょ、おま…
腹を抱えて倒れ込む少女の顔を蹴とばす。と、首がピンボールのように跳ね鼻血が噴き出した。
ちょ、待て。洒落になんねぇぞ…。
最後に腹めがけて杖を思い切り突いた後、もはや瀕死状態の彼女の髪を鷲掴みにして無理矢理立たせる。そしてボス女に向き直り、少女の顔面を地面に擦り付け、そしてユーナも同じく跪いた。
「大変申し訳ございませんでした。私はこの愚か者の知り合いにございます。この者の母親が身体を悪くし、若さゆえ、世間知らずゆえ、愚かにもガーク商会並びに領主様を逆恨みしてしまったようです。後できつく言い聞かせておきますので、何卒ご慈悲をいただけませんでしょうか。」
そう慇懃に述べ、ユーナも地面に頭を擦り付ける。
(後できつくって、いまボコボコにしてんじゃん…。)
しばしの沈黙。
それから、ふん、とボス女が笑う。
「これはいいものを見せてもらったわ。あなたに免じて先ほどの狼藉は見なかったことにしてあげる。でも、今回だけよ。どんなに若かろうが、どんなに世間知らずだろうが、サイレル家とガーク商会に楯突く者は、赤子だろうと容赦はしない。粛清されたくなければ、その愚か者をちゃんと教育しておくことね。」
「寛大な御心に、感謝申し上げます。」
ユーナのその言葉を聞いたボス女は愉しそうに笑い、踵を返す。そして再びのっそりと歩いて取り巻きたちのところに戻っていき「ほらあなたたち、行くわよ。」と御一行は大名行列を作ってゆっくりとこの場を後にしていった。
野次馬たちが一人、また一人と歩き去っていく。最後にはユーナと少女が残された。
未だ跪いているユーナに駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ええ、短気は起こさなかったでしょ?」としたり顔のユーナに「違ぇよ。この子のことだ。」と突っ込みを入れる。
「分かってるわよ。まったくこれだから冗談が通じない男は。」
そうぶつぶつ言いながらユーナが少女を肩に担ぎ上げる。
うぅ、と、とても苦しそうに呻いている。というか、フルボッコ状態だ。とても寝て治るダメージだとは思えない。
「なにが冗談だ。ほぼ死にかけだぞ…。」
「デクマルシアに殺されなかっただけマシじゃない。」
「デクマルシア?」
「さっきのクソデブよ。詳しい話は部屋を取ってからにしましょ。この子も連れて行くわよ。」
(やっぱり、あのボス女のことは知ってたのか。)




