03_大商会の令嬢
エリーゼに教えられたとおりに向かう。
商業拠点地区に、ひときわ大きな屋敷が目に留まる。
設えの良さそうな門には「フォルテ商会」とある。
(全然これまで意識してなかったが、文字も普通に読めるな。便利なもんだ。取り敢えず凸してみようか。)
門前でどうしたものか思案していると「そこの者、何用か。」と甲冑に身を包んだ護衛らしき女性に声を掛けられた。
「約束はしてないのですが、異国の珍しい物が手に入りましてね、
是非ともフォルテ商会に卸したいと思って馳せ参じた次第です。
フォルテ商会の方にお取次ぎ願えませんか?」
「事前に約束の無い者を通すわけにはいかないが、異国の珍品といったか。一応、取り次げるか確認してやる。名は何と申す。」
「つかさ、です。旅の行商人です。」
「了解した。少しそこで待っていろ。」
そう言い残して、衛兵は屋敷に向かっていった。
(さすが商家の護衛、軍の衛兵とは違って融通が利くな。)
しばらく後、その衛兵が戻ってくる。
「ツカサといったか。
運が良かったな。フォルテ商会当代全権代理のポーラ様が自らお会いになるとのことだ。貴殿は新顔故、衛兵立会いの下で商談を行うものとする。こちらへ来い。」
護衛に連れられて門をくぐり中に入る。
(すげぇな、この玄関先の庭園…。どんなでけぇ商家なんだよ。。)
―◇―◇―◇―
来客室に通される、使用人らしき若いメイドから紅茶と茶菓子が差し出される。
紅茶を一口飲み、クッキーらしき茶菓子を頬張る。
(さすがに紅茶は元世界と遜色無し、か。
ただ、この茶菓子はあまり甘くなく、それに固い。ボソボソだな。
これはあれか?「京都のぶぶ漬け」と同じで「さっさと帰れ」ってことか?)
そんな邪推をしていると、扉が開く。
甲冑姿の護衛2名が先行し、その後に銀髪ロングの女性と先ほど紅茶を出してくれたメイドが部屋に入ってきた。
(ほー…)
サラリとした銀髪を靡かせたスレンダー巨乳の美女に目が吸い寄せられる。
「あなたが行商のツカサさんね。私がこのフォルテ商会当代全権代理のポーラ・フォルテですわ。齢は20ですのよ。」
と、ポーラが優雅に挨拶する。
(あかんあかん、あかんぞ、しっかりしろ俺)
「はじめまして、行商人のつかさと申します。
この度は突然の訪問にも関わらずお時間を割いて下さりありがとうございます、ポーラ殿。えーと、43歳です。」
「いいんですのよ。帳簿仕事に飽き飽きしていたところですわ。それで、異国の珍品とやらを早速お見せいただけますか?」
(さすがは王都最大の商会の人間だな。完全に単なる好奇心かお遊び程度ってのがひしひし伝わってくるぜ。特に期待もしてねぇってのがよく分かる。)
「珍品というのは琥珀酒のことでして、まずはこちらをどうぞ。」
そう言ってテーブルの上に12年物のスコッチウィスキー(4,980円)を召喚する。
その瞬間、ポーラのみならず後ろの護衛からも息を飲む気配がし、どこか弛緩していた空気が一気に張り詰める。
「待って。あなたもしやマジックボックスが使えるのかしら?」
(そういえば、亜空間道具箱なんて見たこと無いって話だったような。。
しまった、やっちまった。まぁ、今のは亜空間道具箱から出したのではなく、日本円を消費した召喚スキルなんだがな。まぁ、これ以上余計なことは話すのは良くない。)
「はい、それが何か?」
「何か、じゃございませんわ。そんな魔術、王国の上級魔術師だって扱えなくてよ。
よくこれまで無事でしたわね。普通なら、軍に徴用されているはずですのに。」
「昨日この国に来たばかりで、人前で披露したのはこれが初めてです。」
(まぁ、昨日ミラに見せちまってるがな。)
「…にわかには信じられませんが、まぁ今のところはそれでよしとしましょう。それで、これが琥珀酒ですの?」
「はい、麦を原料とした蒸留酒です。宜しければ一杯どうぞ。」
ポーラがウィスキーの瓶を手に取り、商人の目でしげしげと見る。
「この文字、読めませんわ。それにこの瓶、こんな均一で歪みの無い瓶は初めてです。この瓶だけでも高値で売れそうですわね。。」
(瓶も評価されるのか、なるほど。)
ポーラがメイドに持って来させたグラスに注ぎ、香りを嗅ぎ、一口口に含む。
途端、ポーラの目が見開かれる。
「香りといい、味と言い、こんな蒸留酒は口にしたことがありませんわ!
つかさ殿、これはどこで手に入れられたのでしょうか!?」
(異世界の日本ってところから召喚しました! なんて言えるわけねぇよな。)
「企業秘密です。」
「なるほど、確かに仕入れ先は商人の機密ですわね。。
質問を変えます。この琥珀酒、月に何本卸せますでしょうか。
率直に言って、この品質だと上流貴族向けに1本金貨10枚は下らないと踏みます。」
(金貨10枚?
銀貨1枚1,000円だから…約10万円!? ウ○ジマ君もびっくりな暴利だな。。)
「安すぎますか…?」
「いえ、そうではなく…。
えーと、希少性を担保したいので、月に50本でどうでしょうか。ただ、試験的に販売してもらって反応を確かめてからでもよいと思います。
そうですね、今回は10本でいかがでしょうか。」
「希少性…そうですわね、希少性は大事です。評判を聞いた者の飢餓感を刺激できますわ。
分かりました。では試験的に10本、揃い次第我がフォルテ商会にご納品いただけますと幸いです。
この街での常宿があれば、後日引き取りに伺います。」
「それでは、今ここで納品を済ませてしまいましょう。」
12年もののウィスキー10本を召喚して並べる。しめて4,980円×10本=49,800円也。
「なっ!!」
信じられないといった風にポーラが身を乗り出し、おそるおそる1本1本を手に取って確かめる。
護衛二人とメイドからも動揺が伝わってくる。
「…コホン、結構ですわ。卸値は4掛け。もし優先的に卸していただけるなら、5掛けを提案いたします。」
思わずといったふうにメイドが口を開く。
「差し出がましいようですがお嬢様、一度ご当主にご相談なされては…」
「黙りなさい。」
と、強い口調でポーラが制する。
「この品質の瓶にこの品質の酒。
そしてご覧なさい。10本全ての瓶が全くの歪みなく、同じにしか見えません。
この瓶だけを薬師ギルドに持っていったとしても、彼ら、薬瓶として喉から手が出るほど欲しがるでしょうね。」
「それにアリサ、あなたもこの方のマジックボックスをその目で見たはずです。
今ここでちゃんとした繋がりを持たなければ、もう二度とこの方の品には出会えないかもしれないのですよ。その損失の大きさを分かっての発言かしら?」
「も、申し訳ございません。失礼いたしました…。」
アリサと呼ばれたメイドがしおしおと萎れていく。
(怒られちゃって、可哀想に。。)
ふぅ、と一息つき、ポーラがこちらに向き直る。
「と、いうことでございますわツカサ様。
我が商会として、ひとまず継続的な取引関係を結びたいと考えています。」
「ありがとうございます。たとえ失敗したとしても、そちらにはあまり損害が無いですからね。」
「えぇ、その通りでございますわ。失敗しても多少の金銭的損害のみ。
成功したときは、相当な利益とあなたという仕入先を確保できる。この機会を逃すほど、愚かではございません。それに…」
「ツカサ様、商品は他にもございますのでしょう?」
嬉々とした目のポーラに曖昧な笑みを返す。
(出し過ぎるのも良くないが、出さないのも良くないな。。だったら…)
「その前にポーラ殿。この茶菓子はどの程度高価なものなのでしょうか。」
「茶菓子? あぁ、このスコーンのことですの?これは来客用のスコーンですわ。
貴族用では無いですがそれなりの菓子で、価格もそれなりですのよ。」
(なるほど、ぶぶ漬けではなかったか。てか、こんな固いのがスコーンって。。)
5,080円でギフト用のチョコレートアソートを召喚し、ホログラム上で木箱に移し替えて渡す。
「こちらの茶菓子などいかがでしょうか。」
「これは…なんですの??」
「これはチョコレートと言って、特定の樹の実をもとに砂糖などで甘く味付けしたものです。
どうぞ、一つお召し上がり下さい。」
ポーラがおそるおそるチョコを一つ口に入れて咀嚼する。
途端、ポーラの両眼が「!」になったと錯覚するくらい表情が変わる。
(当たりだな。)
「これは、こんなものは…見たことも食べたこともありません。。
上流貴族向けに金貨10枚、いえ、貴族の社交会に出す菓子として売れば金貨15枚は下らないですわ…。」
(おぉ、ウィスキーより高いか。さすが、甘味は正義だな。)
「よろしければ、こちらも今回10箱卸しましょう。」
「よろしいんですか…?」
「勿論です。紅茶やこの琥珀酒にも合いますよ。抱き合わせで販売してもいいかもですね。」
ポーラが少し神妙な顔をしている。
「どうかされましたか?」
「ツカサ様、このチョコレート、ありがたく仕入れさせていただきます。
ただ、先ほどのマジックボックスは外では使わないようにお願いできますでしょうか。
あれが露見すれば、軍部に目をつけられます。そうなれば自由に商いができなくなります。」
「ご丁寧にありがとうございます。そのようにいたします。」
「それはよかったですわ。ところでツカサ様は、普段はどこにいらっしゃるのですか?」
「ここから露店市場に向かう途中にある白鷺亭という宿を常宿にしています。」
「白鷺亭ですね、承知しましたわ。勝手にいなくなったりしないでくださいね。」
「もちろん、酒と菓子の評判を聞かないといけないですし、暫くはこの王都に滞在するつもりです。」
ポーラの顔がぱっと明るくなり「それはよかったですわ!」と弾む。
「それでは、茶菓子も納品しておきましょう。」
チョコレートアソート10箱を召喚し、木箱に入れ替えして並べる。
(めちゃ嬉しそうだな。アリサも食べたくて仕方ない目で見てる。。)
「サンプルでお出しした蒸留酒と茶菓子は差し上げます。メイドさんと護衛のお二人にも分けてあげて下さい。」
「いいんですの!?
…コホン、失礼しました。ご厚意に感謝いたしますわ。
あなたたち、この部屋で見聞きしたことは他言無用よ。いいわね?」
「「「はい、お嬢様!」」」
アリサと後ろの護衛二人がハモった。嬉しそうで何よりだぜ。
「ところで納品にあたり、商業ギルド証を確認したいのですが。」
(商業ギルド証…?)
「えーと、すみません、実は登録がまだなのです。」
「あら、それはいけませんわ。商いをするには商業ギルドへの登録が必須ですのよ。」
「ギルド証発行に必要なものは何でしょうか。」
「ご存知なくて?」
「故郷は王国を含む各国の商慣習の枠外なので、不勉強で申し訳ないが存じ上げないのです。」
ポーラがなるほど、という顔をする。
「そういうことですか。
商業ギルドへの登録方法は何通りかございますわ。
まず外国の商人の場合、その国の商業ギルド証で事足ります。
次に初めて登録する場合、身元保証人の保証か、王都に本店登録のある商会の推薦、という二通りの方法がございます。
いずれの場合も登録手数料として別途銀貨5枚が必要ですが、ツカサ様の場合は王都に保証人などおられないでしょうから、フォルテ商会の推薦というのが現実的かと存じますわ。」
「その…推薦をしていただける、と?」
「まぁ、それは構いませんが、一応ツカサ様の故郷の商業ギルド証を拝見させていただけますか?」
「はい、今お見せします。」
内心焦りながら、それっぽいものを探すために道具箱の内容をホログラムで閲覧する。
「こちらが故郷の商業ギルド証です。」
そう言って、もはや使うことの無い銀行のキャッシュカードをポーラに渡す。
(完全にハッタリだが、果たして。。)
ポーラがプラスチック製のそれを眺める。
「この文字、何も読めませんわ。。
それにこのギルド証の素材、木でも革でも、まして石でもございませんわね。。あと、一部薄く金属が埋め込まれてますわ…」
(ヤバっ…!)
「それは…そう! 特殊な素材でして。
とにかく、郷に入れば郷に従え、ということで、
ここ王都で通用する商業ギルド証を得たいのです。」
ポーラからキャッシュカードを取り上げて道具箱に仕舞う。
「あっ…。」
「フォルテ商会とは今後も良き関係を続けたいと思っています。
取引額が大きいので商業ギルド証がなければ納税の時に怪しまれますし、そもそも未納なんてもってのほか。ここはひとつ、ご協力願えませんか?」と、ここぞとばかりに畳み掛けた。
「…推薦したところで商会の不利は何もありませんし。。」
ポーラがテーブルに並べられたウィスキーとチョコアソートを見つめながら逡巡している。
「…分かりましたわ。フォルテ商会が推薦して差し上げます。善は急げ。今から向かいましょう。」
「これは渡りに船です。 大変助かります。」
ポーラはソファから立ち上がり、メイドのアリサと護衛2人に告げる。
「今から商業ギルドに向かいます。馬車の手配をお願いしますわ。
それからあなたたち、重ねて言いますがここで見聞きしたことは他言無用です。ご頭首へは私からご説明申し上げますので、余計な言伝はしないように!」
「「「はい!お嬢様」」」
(軍隊みてぇだな。。)




