28_投石機
「それでは次にこちらの投石機の実射に移りたいと思います。」
場を仕切り直して説明を始める。先ほどの弩砲とクロスボウが予想の遥か上を行っていたのか、期待の眼差しが凄い。もはや圧力だ。
「…ただ、ご覧の通り、とても大きいので工房で試射をするわけにもいかず、かといって試作中の兵器を外に出すわけにもいかず、今日が初の実射なのです…。」
「構わぬ。うまく動かずとも、どういったものなのか説明するだけでよい。」
(ふぅ、安心した。)
「承知いたしました。では、早速装填を開始します。飛ばすのは約70kgの石です。デンカンラ殿、お願いします。」
「承知しやした! お前ら、手順通り装填だ。」
デンカンラの一声に、工房の若衆が軍隊以上に統制の取れた動きで投石機を操作し始める。
(相変わらずだな…。さて一応解説を、と。)
「まずは、ウィンチを操作しアームを下げると同時に反対側のオモリを上げきります。」
若衆によってウィンチが巻き上げられていき、アームが下に下ろされると同時にカウンターウェイトが持ち上がっていく。
「次に、アームを固定し、レールに沿ってスリングを設置した後、最後に投擲物を装填します。」
続いて、アームが下がりきったところでストッパーで固定し、アーム先端から伸びるスリングを下部のレールに沿って真っ直ぐに引いていく。そして、スリングに石を装填する。
(取り敢えず、最低限ここまで来れば、あとは失敗しても大丈夫だろ。)
「これで準備完了です。的は先ほどと同じく300m先の密集隊形を模した歩兵人形です。取り敢えず当たるかどうかはさておき、先ずはどんな動きをするのかご覧いただければと思います。」
先ほどと同じように、皆が固唾を飲んで見守っている。試射が出来てないので、パーラとポーラ、そしてデンカンラたち工房の人間も一様に事の成り行きを見守っている。
「ではいきます。
……撃てっ!!」
俺の号令により、操作員がストッパーをハンマーで思い切り叩いてリリースする。
ゴォウワンッ!!
カウンターウェイトが重力に従い落下し、まるで地の底から響くような地鳴と共にアームが跳ね上がる。そしてスリングに装填された石が遠心力に従って放出…ぶっ飛んで行った。
(ぉお! 成功した!!)
そのまま石が放物線を描き飛翔してく。そして、そのまま密集隊形に直撃し、プレートを装備した人形たちが爆散した。
(…ま、マジかよ…。直撃じゃねぇか…。)
300m先で土煙が上がっている。
俺を含め、王国側は勿論、フォルテ商会側も呆気に取られている。
命中確認のためこの場と的を往復していた衛兵も呆然と突っ立っており、リーラスの蕩ける表情にララスも突っ込むのを忘れてしまっている。
「「「…」」」
はっと我に返る。
「こ、このように、直撃すれば陣形をガッチリ組んだ敵軍を木っ端微塵にすることが出来ます…。」
「歩兵の密集隊形を一撃で粉砕、だなんて…。」
「これを開戦と同時に敵陣営に叩き込めば、向こうは陣形が崩壊し始まる前から総崩れを起こすわ…。」
「いやそれだけじゃない。敵本陣を直接狙うことだって…。」
「ツカサよ、この結果には自分でも驚きか?」
クララがこちらに歩み寄り、少し興奮気味に聞いてくる。
「はい。まぁ、私が驚いたのは初回で想定通りの動きをしたことと、命中したことに、ですが…。」
「つまり、あの威力は想定済みということだの? まこと、恐ろしい男よな。リーラスのやつを見てみよ。さっきからずっとあの調子じゃ、困ったもんだの。」
見ると、リーラスは相変わらず蕩けた顔で弩砲と投石機を眺めている。
「アレはこういうのには目がなくての。もう叱り飛ばすのも飽きたわい。お主も、こういうのが好きなのだろう?」
「…好きというか、まぁ、好きですが…。王女殿下におかれましては、関心をお持ちいただき有り難い限りです。」
クララがふっと含みのある笑みを湛えたかと思えば、くるりと観覧席を振り返る。
「宰相、陸軍卿、並びに海軍卿。先の弩砲とクロスボウ、それにこの投石機、正式に王国軍で運用したいと思うが、異論はあるか?」
宰相ブルドス、陸軍卿ランダレア、海軍卿シールールが一様に首を横に振る。
「決まりじゃパーラよ。それぞれ1基あたりの価格を知りたい。それから、ある程度の量産は可能か?」
「これは、誠にありがとうございます。1基あたりの価格は納入台数にもよりますので、別途、実務者間でご意見を伺えればと存じます。また、量産体制構築は可能でございます。」
(なんだ、今の含みのある笑顔は…。なんか怖ぇ。)
「うむ。してツカサよ。お主先ほど『魔法を用いることを前提としている』と言っておったが、投石機は魔法は不要なのか?」
「あ、いえ、そういうわけではなく、魔道兵でなくても今くらいの攻撃は出来ますが、強化魔法を施すと石の初速を上げたり、もっと遠くまで投擲できるのでは、と考えています。」
「なるほどの。せっかくの機会じゃ、試してみるとよいぞ。」
―◇―◇―◇―
そういうわけで、お言葉に甘えて何通りか実験してみた。
まず、発射準備を整え、強化魔法を掛けて発射する。この場合、あまり結果は変わらなかった。
次に、発射準備を整え、強化魔法を掛ける。そしてカウンターウェイトに重力魔法をかけて重くしたうえで発射する。この場合、初速が上がり石は遥か遠くまでぶっ飛んでいった。
次に、発射準備を整え、強化魔法を掛ける。そしてカウンターウェイトに重力魔法をかけて重くしたうえで発射する。ただしフックの角度を変えてより発射角度を浅くした。この場合、300m先に石がより直線に飛んでいった。つまり着弾時の入射角が浅いため、それだけ多くの敵軍を巻き込むことができることが分かった。
―◇―◇―◇―
「結論を申し上げます。強化魔法と重力魔法を使えば、飛距離が伸びるため、敵本陣を直接狙うことが可能です。また、魔法兵がおらずとも運用することも可能です。」
さすがに、もうどよめきは起こらない。
「うむ。よく提案し、よく実現してくれた。大儀であったぞ。」
「勿体なきお言葉にございます。」
「必要数は、まずは陸軍で検討しておく。それを元にフォルテ商会と調整するがよい。後で結果を報告せよ。」
「承知いたしました。」とランダレア。
「では解散じゃ。この者どもを送り届けてやれ。それからツカサ、別件で話したいことがある。この後時間をくれぬか?」
「え? あ、はい、承知したしました。」
(一体なんの話だろうか…。嫌な予感しかしねぇ。)
主要行政官、従者や衛兵が慌ただしく動き出す。
「未だ誰も見たことの無い兵器を提案してきた商人というのが貴殿のことだったとは、恐れ入ります。先日は、お恥ずかしいところをお見せいたしました。」
声に振り向くと、そこには侍従局局長リンダ・ホウムが立っていた。
「リンダ殿。いえ、とんでもございません。お陰様で商人に冒険者にと、忙しい毎日を過ごさせていただいています。」
(本当はもっとぐーたらしてぇんだけどな…。)
「ご謙遜を。私も昔は魔道連隊所属の士官だったのですが、まさか強化魔法と重力魔法にこのような使い道があるのかと、目から鱗でした。実のあるご提案、誠にありがとうございます。」
リンダがちょっと嬉しそうだ。やはり元魔導兵だけあって魔法が大好きなのだろう。
「リンダ、ツカサ。油を売っておらぬで早ぅ来い。」
(俺もアレに乗るのか…。)
「陛下…! ツカサ殿、では参りましょうか。」
「あ、はい、ただいま。お義母様、ポーラ、あとは頼みます。」
「よしなに。」とパーラとポーラが一礼する。
それを見届け、リンダと共に馬車に乗り込んだ。
―◇―◇―◇―
――王城、食堂にて――
クララ、ララス、リーラスが食前の祈りを捧げ、そして解く。
「ツカサよ、遠慮は要らぬ。お主のために拵えたのじゃ。」
目の前に各種フォーク、スプーン、ナイフ。皿にはウサギ肉のソテーを中心に各種副菜の皿がズラリ。ご丁寧に葡萄酒まで配膳されている。
「王族とはいえ、普段の昼食はもっと質素なのですが、本日は労いも兼ねて急遽ご用意いたしました。」とララス。
野外訓練場から連れてこられたのは、この王城の食堂。まさか昼メシを一緒に食うわけでもないだろうと高を括っていたのだが、そのまさかだった。
(労いたいんだったらとっとと解放してくれ…。そういえば元世界でも、客先でのSE作業後に『ご苦労さん。疲れただろ? コーヒーでも一杯どうだ?』なんて顧客から誘われることもあったけど、疲れたと思ってるんだったら早く撤収させてくれと思ったもんだぜ…。)
こういうのは、世界が変わっても変わらないらしい。
「…ありがとうございます。では遠慮なく…いただきます。」
胸の前で合掌する。
「珍しい食前の儀ですね。つかさ殿の故郷の儀ですか?」
リーラスが珍しく疑問を口にする。
「リーラス殿下、はい、仰る通りでございます。」
「何から何まで常識の埒外にある男よの。のうリーラス?」
クララから水を向けられたリーラスが「はい、お母様…。」と消え入りそうな声で俯く。
(なんだ…?)
不穏な空気を感じながらも、取り敢えず前菜から手をつける。
野菜本来の味が活かされており、普通に美味い。
(結構イケるな。)
「それはさておき、先ほどの弩砲と投石機、それからクロスボウ、大義であった。まさかあそこまでのモノを見せられるとは思うておらんかったわ。」
慌てて咀嚼中の前菜を飲み込む。
「…いえ、お気に召されたようで何よりでございます。」
(おちおち食ってらんねぇ…。)
「必要台数はこれから検討するが、サイレル軍とお互いに布陣を敷いて向かい合うのであれば、始まる前から終わるであろうな。」
「…陛下、こちらから進軍するとして、向こうはどの程度の規模で向かってくるのでしょうか。」
「まぁ、ざっと2万じゃな。向こうは背水の陣、全軍を投入してこようぞ。」
「差し出がましいことをお聞きするようですが、こちらはどのくらいの規模で…?」
「王家軍全軍で約3万。じゃから差し向けれるのは2万が限度じゃな。とはいえ、お主の兵器のお陰でこちらの動員数は減らせるはずじゃ。」
(2万対2万…。殆ど総力戦じゃねぇか。)
「…あの、それは殆ど総力戦では…?」
俺の質問に、クララの目がすっと細くなる。
「当然じゃ。これは内乱の鎮圧なのだぞ? 抑えられなければ死。長引いても死、じゃ。」
ララスが「ですが、それでも戦闘自体はすぐに決着がつくでしょう。ただお母様、現サイレル領の統治ですが…。」と不安気にクララを見る。
「そうじゃな。確かに統治は戦闘に勝利するより難しいわいの。まぁ、とはいえ今回に限っては心配は無用じゃ。大義は我らにあるし、そもそもヤーライルの統治に強い疑問を抱いておる貴族ども多い。かつてのオーマチ子爵のようにな。だからツカサよ、ユーナに同行するのであればサイレル領の現状をその目で見てくるがよい。余に入って来る情報から察するに、だいぶ酷いことになっているはずじゃ。じゃがくれぐれも、此度の兵器については他言無用じゃぞ。」
「…承知いたしました。」
それだけ言ってウサギ肉のソテーを口に運ぶが、味がしない。一国の指導者とこんな話をしながら食ってるのだから当然だ。
(まったく、せっかくの料理が…。)
「とはいえ、ヤーライルのやつにも最後の機会くらいはくれてやらねばの。南部の発展には確かにあやつも尽力しておったのでな。」
「機会、ですか?」
「お主達が謀反の証拠を押さえたら、それとともに出頭命令を発行するつもりじゃ。従えばそれでよし、無視すればそれまでじゃ。まぁ出頭命令に従ったとしても、無罪放免というわけにはいかんがの。」
では無視して進軍した場合はどうするんですか、とは怖くて聞けない。
「…そうですか。ところで、私に話とは何なのでしょうか?」
「まさにそのサイレル領のことじゃよ。放った間者の報告によると、ラガン港に共和国の船が頻繁に出入りしておるようじゃ。」
「それは、貿易相手だから普通のことではないのですか?」
「それがの、報告によればラガン港から外れた、港などないところに出入りしているようでな。調べようにも兵士が巡回しておるようで満足に調査できんようじゃ。」
(港のないところ…)
「かなり、怪しいですね。」
「ここまでくると、もう怪しいどころの騒ぎではないの。ツカサお主、ヤーライルと共和国がその船で悪巧みをしておるとして、何を運んでると思うかの?」
葡萄酒のグラスを口に運ぶ手を止める。
「それは…武器か兵員、あるいはそのどちらもの密輸入では?」
「と、いうことじゃろうな。くれぐれも慎重にの。それから、もしヤーライルを見かけても、くだらん短気は起こすなとユーナに言っておいてくれぬか。どうもこの国の魔道士は短気が多くて困るでな。」
(それは確かに。)
「それから、お主らの調査期間はひと月じゃ。11月中旬までに見つけられぬなら、そこで打ち切って必ず帰ってこい。なに、見つからなくともお主たちを咎めはせん。国王クララ・ウィンダーの名において誓おうぞ。」
―◇―◇―◇―
その後しばらく話したのち、余は公務があるので先に行くからあとのことはララスたちに任せる、と言ってクララは食堂から出ていった。
(ふぅ、これでやっとゆっくり食えるぜ。)
「武器と兵員。相変わらずさすがですわツカサ殿。」
ララスがそう言って葡萄酒を一口飲む。
「まぁ、それしかないかなと思いまして。」
ふっと目を瞑り、開ける。
そのララスの表情は真剣そのものだった。
「ツカサ殿。母上、いえ陛下は淡々としておられますが本気です。先ほど陛下が仰った期限までに見つからない場合でも、陛下は、母上はサイレル領に進軍するつもりです。」
「それだと…他公爵への示しはどうなるんです? それに弩砲や投石機の生産だって間に合うかどうか…」
「それでも母上は断行します。状況証拠としては限りなく黒。このまま時間が過ぎれば過ぎるほど、王国が取れる選択肢は減っていく一方なのです。であれば、たとえインバイト家とキート家の不信を買ったとしても打って出るべきと考えるお方です。」
「…」
「とはいえ母上は一か八かの博打を打つようなお方ではありません。万が一の場合は、インバイト家とキート家に、王家への不信を超越する利益を約束するはずです。」
「利益…。緑魔石ですか…?」
ララスの動きが止まる。
(お? 今回は止まっただけだな。)
「…その通りです。ツカサ殿は何でもお見通しなのですね。母上は採掘権の多くをインバイト家とキート家に割り当てるつもりです。」
「その結果、王家よりも強くなることが予見されてもですか?」
俺の疑問に、ララスとリーラスが目を逸らす。
「母上は、全てを譲るのではないから問題ない、と。」
「だったとしても、そんな事態は避けなければならない。ララス王女殿下はそうお考えなのですね?」
「…無論です。たとえインバイト家とキート家との関係は非常に良好とはいえ、将来どうなるかは分かりませんし…。ただ、その様な手でも打たない限り、今を乗り越えることは出来ないのです。ですからツカサ様、第一王女たる立場で、恥を忍んでお願い申し上げます。どうか、確たる証拠の確保お願いいたします。勿論ツカサ殿が無事にご帰還されることが第一です。ですがそれでも敢えて…!」
ララスとリーラスが立ち上がり、俺に頭を垂れて懇願する。
(マジか…勘弁してくれ…。)
なんてことは言えないので「全力を尽くします。」とだけ返しておいた。




