027_弩砲
――基盤歴639年10月15日――
目の前に広がるのは、冒険者稼業でよく目にするような平原と森林。その平原に、予めオーダーしておいた的(プレート甲冑を着せた等身大の藁人形)が並べてある。
「ここは、王都の中なのですか?」
「左様ですツカサ殿。ここは王家軍の野外訓練場にございます。方角でいうと王城から北西にいったとこですわね。」
俺の問いにフォルテ商会当主のパーラが答える。
「わざわざ王都の中に作らずとも、野外訓練なんて城壁外でやればいいのではないですか?」
「外は低級とはいえ魔物がおりますからね。それに、冒険者や民間人などもおりますし。」
「なるほど、確かにそうですね。」
約1時間前、フォルテ商会の備品倉庫に王家の馬車がやってきて、分解した弩砲と投石機を荷馬車に搭載したのだが、王城へは向かわずここに連れて来られた。
もちろん投石機は浮遊魔法を掛けた上で牽引する形をとったが、思いのほかの浮遊魔法の効果が短く、少し運ぶのに苦労した。やはり重すぎることが原因らしい。これは運用面の課題だな。
取り敢えず、だだっ広い野外訓練場を見渡す。
弩砲はさておき投石機はどこで試射するつもりなのかと疑問だったが、なるほど、こんなお誂え向きの場所があったとは。
(ここなら広さも十分だし魔物もいない。それに、軍の訓練場なので人目に触れることも無い、か。お披露目するには最適の場所だな。)
こちらからの出席者は俺、パーラ、ポーラ、デンカンラ、それから工房の若衆が10名程度。その中にはリアンの姿もある。タラーレにも来てもらいたかったのだが、軍部のお偉いさんが来るところには顔を出しにくいということで固辞されてしまった。
(今回のお披露目会にはあの魔道連隊長や他の上級魔道兵も参加するだろうからな。さすがに来れないか。)
「パーラ様、先方がご到着される前にちゃちゃっと組み立ておきやすか?」
「いえ、このままで結構よ。今日は分結の雰囲気も見てもらう予定です。」
「おっと、確かに違ぇねぇです。」
聞けば、10年前にデンカンラの工房兼鍛冶屋をフォルテ商会に引っ張ってきたのはパーラ本人だったようだ。だから、デンカンラはパーラに恩義を感じているとのこと。
「とはいえ、各部品の最終確認くらいはやっておきたいですね。デンカンラ殿、お願いできますか?」
「もちろんだツカサの旦那。おらお前ぇら! 各部品の再確認に取り掛かれ!」
若衆たちが一斉に動き出す。軍隊以上に軍隊だ。
「いよいよですわね。」
ポーラが緊張した声音で呟く。
「ポーラ、しっかりなさい。この披露目が成功すれば、フォルテ商会は王国への武器供給、それも他商会には無い兵器供給を担うことになるのです。弱気ではいけませんよ。」
「勿論ですわ、お母さま…!」
ポーラの気合も十分だ。
―◇―◇―◇―
暫くなんだかんだと準備していると、遠くの方から馬鉄の音がたくさん響いてくる。どうやら来たようだ。
王家紋が設えられた豪奢な馬車が3台、威風堂々と進入してくる。もちろん周りには護衛がわんさかだ。
(これまた立派な…。)
先頭の一番豪奢な馬車から降りてきたのはクララ、ララス、リーラスたち王家の人間と侍従局局長のリンダ。後ろの馬車からはランダレア、シールールの二人、それから前の謁見で緑魔石を鑑定した魔道連隊長の他、士官と思しき将官が2名。3代目の馬車からは宰相ブルドスの他、名前は知らないが謁見に参列していた者が何名か降りてきた。
国王の登場に、跪いて挨拶をする。パーラやポーラはさておき、工房のデンカンラ以下の若衆は出来の悪いロボットのようにぎこちなくガッチガチになっている。国王陛下に直接会うことなんて普通は無いから無理もない。不謹慎だが見ていて少し面白い。
「息災か、パーラよ。」
「お陰様で。」
「うむ。それで、あれらが試作品か?」
クララが分解され整然と並べられた弩砲と投石機に視線を移す。
「左様でございます。運用上、移動時は分解し、現地で組み立てる必要がございますため、組み立てからお披露目したく存じます。」
「なるほどの。確かに予想も出来ぬ大きさになりそうだの。」
クララが投石機のアームを眺めて不安を口にするその横で、リーラスが兵器の各パーツを爛々とした目で凝視している。
(リーラス王女、嬉々としているな…。)
「要望通りに的は準備しておいたぞ。あれでよいのか?」
「はい、問題ございません。ありがとうございます。」
クララにパーラが恭しく頭を垂れている。
「ツカサ殿、これが先日貴殿から提案を貰った弩砲と投石機か?」
「ランダレア殿、その通りです。」
「そうか。それにしても先の謁見で、緑魔石の鉱脈を発見したのが貴殿だと知った時にはさすがに驚いてしまったぞ。」
「あれは本当に偶然でした。謁見でも申し上げた通り、全貌は分かりません。これからの調査で良い結果が出れば良いのですがね。」
「確かにな、そればかりは調査に入るまで未知数だ。インバイト領のアマス・インバイト公爵とはまだ調整できておらぬが、まぁどれだけ早くても調査開始まではひと月以上は掛かるだろう。」
「そうですか。陛下からは私とユーナ、少なくともどちらかは鉱脈までの案内をするよう仰せつかっております。」
「ユーナ・オーマチか。まぁ彼女も複雑な経緯を経ているからな。正直に言うと、鉱脈発見を彼女から報告されたと知った時は少々面食らってしまったわ。王国に利するようなことを、わざわざ律儀に報告するとは。」
「個人的な感情はさておき、あまりにも衝撃的な発見だったのだと思います。」
「なるほどな。まぁ彼女がどう捉えるかはさておき、彼女の働きには何かしら報いねばならんな。」
(ランダレアさん、なかなか好感の持てる人だな。)
「ユーナの冒険者仲間として、是非ともお願いしたいですね。」
分解され配置された弩砲と投石機に目を移す。
「さてランダレア殿、そろそろ組み立てにまいります。制式採用が決定されれば分結方法もしっかり引継ぎしますが、今は雰囲気だけでも見ていていただければと存じます。」
「そうだな、宜しく頼む。」
ランダレアが軍人らしいキビキビとした動きで観覧席に戻っていく。
「済みませんパーラ殿、組み立てに移りましょう。陛下、今から組み立てに取り掛かってもよろしいでしょうか。」
「うむ、よかろう。取り掛かれ。」
「承知いたしました。デンカンラ殿、お願いいたします。」
「お、おうよ。お前ら、組み立てに取り掛かれ!」
(ちょっと言葉遣いと威勢がマイルドになってるな。)
工房の若衆がテキパキと動き出し、弩砲と投石機が組み立てられていく。実物の扱いは工房の若衆の方がはるかに慣れているので、俺が何を手伝うことも無い。
それにしても組み立てがスムーズだ。この日のためにどれだけ練習したんだろうか。設計についても『分解して持ち運べるようにしてほしい』としか伝えてないのに、やってのけてくれるのは本当にデンカンラは優秀という他ない。俺は課題解決に忙しかったが、所詮は机上の卓論をデンカンラに押し付けていただけだったからな。
(調達はポーラに、製造はデンカンラにまかせておけば、もし量産体制に移行しても心配ないな。あとは機密保護のため、各パーツの製造ラインは場所も人もバラバラにし、全体を把握する人間を極力減らすこと。あとは…)
出席者たちからどよめきが起こる。クララ含めた観覧席の人間が一様に上空を、いや投石機を見上げている。
若衆たちが横倒しで組み立てた投石機を立射の姿勢にしたのだ。
クララ以外の出席者の目が点になっている。いやリーラスだけは恍惚とした表情で釘付けになってるな…。怖い怖い。
「パーラ様、ツカサの旦那、準備整いやした!」
約2mの弩砲。その弩砲の大きさが霞むほど、投石機がデカい。
元世界の偉大なる名も知らない先達がこんな重くてデカい物をどうやって組み立てていたのかは知らないが、この世界では浮遊魔法さまさまである。
「ありがとう。デンカンラ殿。」
「なに、お安い御用でさぁ!」
出席者に向き直り、お披露目会を始める。
「国王陛下、王女殿下、並びに陸軍卿と海軍卿には先んじて模型にてご説明しましたが、こちらが弩砲と投石機にございます。小さい方が弩砲、大きいほうが投石機です。」
「巨大だという話は聞いてましたが、これ程の大きさの兵器とは…。」ララスが呆けたように見上げている。
(まだちゃんと動くかどうか、分かんねぇんだけどな…。)
「その小さな弩砲は何じゃ?」
クララが一人だけクロスボウを見ている。
「はい。こちら、弩砲が遠距離広範囲向け、もう一方がクロスボウといいまして、個人携行武器です。近距離局所向けとなりますね。先ずは弩砲からご覧に入れましょう。」
「まぁ、よかろう。」
デンカンラに目配せし、若衆2人に通常弩砲の装填作業に入ってもらう。
「このように、弦は手で引くのではなく、このウィンチを回して引きます。こうすることで、人力では引けないほど強力な弦を引くことが出来ます。ただし、それでも2人は必要となります。」
陸軍卿のランダレア、海軍卿のシールールが興味深そうに頷いている。宰相ブルドスもウィンチに目が釘付けになっている。
若衆がウィンチを引き切り、ラッチで固定する。
「引いた弦は、このようにラッチで固定します。そしてこのレールに矢に相当するボルトを装填します。」
全長約1mのボルトを弩砲のレールに装填する。
「あちら300m先に、盾とプレートを取り付けた等身大の藁人形を密集隊形を模して並べていただいてます。列数は12列ですが、先ずはあれを狙って撃ってみたいと思います。そして、先に申し上げておきますが、とても残念な結果に終わります。」
最後のその一言に、出席者が怪訝な顔を向けてきた。が、構わず操作員に発射を促す。
バァンッ!!
弦が停止位置に叩きつけられる音が炸裂し、高速でボルトが射出された。
ボルトは僅かに放物線を描きながら4秒ほど飛翔し、的にした人形に到達した、ように見えた。
衛兵が的に駆けていき、盾とボルトを持って帰ってくる。盾が少し凹んでいるだけで、貫通はしてない。
「このように、この弩砲単体では敵軍の歩兵一人満足に無力化することは出来ません。」
会場が困惑に包まれる。
「こんな冗談を見せるために、わざわざこんな大層な物を作ったわけではあるまい?」
クララの、全員を代表した疑問に「勿論です。」と頷く。
「これらの兵器は、全て魔術を併用することを前提に考えております。その前にまずこのボルト。このボルトは工房の技術の粋を尽くして全て金属でできています。木を用いたボルトより、遥かに重く頑丈です。」
「このボルトを発射します。では先ほどと同じように弩砲の弦を引きます。操作員の方々、お願いします。」
操作員の2人が言われるがままウィンチを回して弦を引き、ラッチを固定する。
「ここに、先ほどのボルトを装填します。」
ボルトを弩砲のレールに装填する。
「さて、本当に大事なのはここからです。どなたか魔導兵の方、この弩砲とボルトに強化魔法を掛けては貰えませんか?」
ランダレアが怪訝な顔のまま魔導連隊長を顎でしゃくると、おずおずと前に歩み出てきた。
「弩砲とボルトだけか? 人間には不要か??」
「はい。物だけで大丈夫です。一般的な魔導兵が施す魔力量を全てモノだけに使って下さい。」
戸惑いつつも連隊長が手を翳すと、弩砲とボルトが光に包まれた。
「ありがとうございます。これで準備が整いました。それでは実射に移ります。先ほどよりも大きな音がすると思うので、ご注意下さい。ご不安であれば耳を塞いでいて下さい。」
俺の注意に何人かが耳を塞ぐと、今度は出席者が一様に固唾を飲んで発射の号令を待っている。
「操作員の方々、いきますよ。
………撃てっ!!」
操作員がラッチを解放すると、先ほどとは比較にならないほどの音が鳴り響き、気付けば300m先の藁人形の1列分がきれいにぶっ飛んでいた。
静寂――。
会場が呆気に取られている。
「このように、魔法と組み合わせることでボルト一本で300m先の歩兵を1列分なぎ倒す事が出来ます。当然、重装騎兵にも大変有効です。戦闘開始と同時にボルトを重装騎兵に叩き込めば、相手の切り札を無効化出来ます。」
ランダレアとシールールが文字通り固まっている。
「300m先の、しかも盾持ちフルプレートの歩兵12人を串刺しなんて…。有り得ん…!」
「だけど、現に…。」
「これに比べたら、弓兵の前哨戦など児戯に等しいわ…。」
出席者が口々に議論を始める。どうやら彼らにもぶっ刺さったようだ。
「静まるがよい!」
クララの、その声に水を打ったように会場が沈静化する。
「ツカサよ、これをどの兵科に向けて使うのが有効と考える?」
「状況次第ですが、やはり重装騎兵かと。重装騎兵を無力化出来れば、中央本体の歩兵は本来の力を発揮出来なくなりますから。」
「ふむ、確かにの。では、その小型のクロスボウ?といったか。は、何に使うのじゃ? 先ほどお主、『近距離局所向け』と言っていたが?」
「こちらはわざと一人で引けるギリギリの弓力に調整しています。少々大きいですが、一人でも持ち運べます。使うボルトも細身で、有効射程は100mほどです。主に、敵軍の隊長クラスを遠方から狙い撃ちするためのものです。」
(好奇心を満たすために作ってもらいました! なんて言えねぇ。)
「なるほどの。実射してみてくれぬか?」
「勿論です。リアン、頼む。」
そう声をかけると、リアンが弾かれたようにクロスボウに駆け寄り持ち上げる。
そして輪軸のクロスボウの弦を引き、ラッチに固定した。
「さてここで、弩砲と同じように金属製のボルトを用い、クロスボウに強化魔法を掛けます。済みませんが連隊長殿、今回もモノだけにお願い出来ますか?」
弩砲の威力を目の当たりにした連隊長は、今度は神妙な顔つきで何も言わずにクロスボウと矢に強化魔法を掛けてくれた。
「今回の的は100m先にある鋼鉄のプレートアーマーです。先ほどの歩兵とは違い、指揮官や貴族しか身につけられないものです。その頑丈さたるや、私よりも皆様のほうがご存じかと思います。それではリアン、あのプレート人形に向けて撃ってくれ。」
リアンから緊張気味にクロスボウを構える。なかなか様になってるじゃないか。
パアァンッ!!
という発射音と同時に100m先のプレートアーマーが揺れたような気がする。矢は肉眼で見れたか見えなかったか、怪しいところだ。
すぐさま衛兵が確認しに駆け、プレートアーマーを持って戻ってきた。そのプレートアーマーの前後には、きれいに穴が空いていた。
「これは…なんと恐ろしい。」
「馬上の指揮官を狙えば、簡単に相手の指揮系統を崩せてしまうわ…!」
「この頑丈な甲冑を貫けるなんて…」
またもや観覧席からあれやこれやと議論が巻き起こる。
「難点があるとすれば、強化魔法の付与と、発射後の吸収が必要なので、魔導兵にしか扱えません。また部品点数が多いため壊れやすいです。ここぞというときに使っていただければと思います。」
魔道連隊長がコクコクと頷く。
「なるほどの。とはいえ、その欠点を差し引いてもあり余る威力じゃ。」
クララがそう評する横でリーラスが蕩けたような顔をしているが、ララスが咳払いをすると慌ててもとに戻った。
「色々とご質問等あるかと思いますが、さきに投石機の実射に移っても良いでしょうか?」
「おお、そうじゃの。頼む。」
クララが投石機見上げ、愉しそうに口角を上げた。




