26_謁見再び
「面を上げよ。」
ヴェレンタ王国王都ヴェレンタン、その王城の大謁見室に王国宰相の威厳ある声が響く。
真紅の絨毯に跪いたユーナと俺が頭を上げる。
(これが本当の謁見ってやつか…。)
8月に第一王女ララスの発案によりこの大謁見室で謁見させられたが、もはや空気感からして別物だ。
正面の玉座にクララが座っており、その左右の1段下がった階段に相変わらずらララス、リーラス両王女が控えている。それは前回通りなのだが、国王と王女の隣に金ピカフルプレートフルフェイスの近衛兵が控えており、玉座の威圧に拍車を掛けている。また両端には閣僚や有力貴族と思しき者たちが並び、その後ろにこれまたフルプレートの衛兵がずらりと睨みを利かせていた。
左側の面々の中には、いつかの会議で対面した王家陸軍卿のランダレア・ロッフォレス、同海軍卿のシールール・ウェブワイトの顔もある。
(王国の中枢が勢揃いだな…)
「冒険者ユーナ・オーマチ、同じくツカサ、よくぞ来られた。私は王国宰相のブルドス・アンダルチアである。」
そこで切り、俺とユーナを交互に見てブルドスが続ける。
「先日お前たちが冒険者ギルドに上げた報告について、確認したいことがある。報告によると王都北部の暗澹の森、そのインバイト領の前哨森にて緑魔石の鉱脈を見つけたとの報告が上がっているが、これは事実か?」
俺の右側、玉座から見て左側の貴族たちからどよめきが起こる。
「静粛に!」
ブルドスの一声で私語が止まる。
「冒険者ギルドに報告した通り、暗澹の森の前哨森に威力偵察の最中、偶然、緑魔石の鉱脈らしき物を見つけました。どれほどの規模なのかはその観点での調査はしていないため不明です。」
ユーナの明瞭な回答が凛と響く。
(この状況でへりくだらない辺り、流石もとは子爵家長子というべきか、あるいは王家への恨みからか。まぁどっちにしろ胃が痛いな…。)
チラリとクララを見る。特に変わった様子は無い。
「何かそれを証明する証拠はあるか?」
ブルドスの尋問が続く。
「証拠になるか分かりませんが、その鉱脈からひとかけら、緑魔石を持ってまいりました。」
ユーナが俺に目配せするのを合図に、あの時回収したバスケットボール大の緑魔石を入れた革袋を取り出す。当然、混乱を避けるために道具箱は使わない。
その革袋をもったいぶるように恭しく目の前の絨毯に置く。
これは事前に受けたユーナからの指示だ。
護衛の一人がブルドスに促され、近づいてくる。慎重に革袋を持ち上げて、中身を確認する。
安全であると確認できたのか、緑魔石を取り出して壇上脇の台に置おいた。
「陸軍卿、確認を。」
ブルドスがランダレアに命じると、ランダレアが部下を向かわせる。
魔導兵と思しき兵が緑魔石に手を翳すと、バスケットボール大の緑魔石がほんのり薄緑色の光を帯び始めた。
再び同じ側の参列者がどよめきだす。が、今度はブルドスから静粛にの一言はない。
魔導兵が緑魔石から手を離し、クララに向かって跪く。
「王国陸軍魔導連隊長として申し上げます。この鉱石、紛うことなき緑魔石にございます。」
この一言にさらに謁見の間が沸き立つ。
「静粛に!!」
ブルドスの怒号が木霊する。謁見の間が静まり、魔導連隊長が下がったのを見計らってブルドスが続ける。
「冒険者ユーナ、及びツカサ。現地ではこの程度の大きさの緑魔石がどの程度採掘できるか? 無論、貴殿たちが目にした範囲での推測で構わない。」
「正確な量は推し量ることは出来ませんが、そちらの緑魔石であれば数百個程度であれば採取可能かと。勿論、奥にもっと眠っているとは思いますが。」
「バカな…! そんな量の緑魔石が、わが国の領内にあるはずがないわ。」
「その通りよ! ダイヤモンドランクの冒険者かなんか知らないけど、こんなはったりをかまして何が狙いなの!?」
「そもそも、威力偵察に赴いて偶然発見するなど話が出来過ぎよ!」
「確かに興味はあるのう。」
貴族たちからのヤジがクララの一言で止む。
「どういう経緯で発見したのか、余に教えてくれぬか?」
「威力偵察のために前哨森に入り、脅威の有無確認ために奥へと進みました。そこで運悪く魔幻霊と戦闘になったのですが、その際に外れた攻撃が後方の断崖を削ったのです。その跡に何か光るものを認めたので、確認したところ緑魔石でした。」
国王相手にも一切のへりくだりの無いユーナの回答が響く。
(あー、胃が痛ぇ…。)
「ふむ。戦闘後に確認したということは、魔幻霊を討伐したということだの?」
「無論です。」
ユーナの言葉に鼻をふんっと小さく鳴らす。クララがなぜか俺をめっちゃ見てくる。しかもその目にほんの少しの愉悦が混じっているように見える。
(お主に魔幻霊の相手が務まったのかのう? って顔してやがんな国王…。)
「よかろう。」
クララがそう短く一言だけ言い、次いで全体に告げる。
「この者らの言の信憑性は高いと認め、王家軍とインバイト軍で本格的な調査を行うことを命ずる。陸軍卿、インバイト軍と協働し大至急調査のための編成を検討、報告せよ。インバイト領公爵、アマス・インバイトには余から伝令を送っておく。アマスから回答があり次第取り掛かれ。また、本件については詳細が判明するまで他言無用を命ずる。」
大謁見室が水を打ったように静まり返る。
「宰相、他にないなら2人を下がらせよ。」
呆気にとられていた宰相ブルドスが我に返り「冒険者ユーナ・オーマチ、同ツカサ、ご苦労であった。下がってよし!」と慌てて令する。
(もう終わりか? 旧オーマチ子爵邸については何もないのか?)
横目でユーナを見る。訝しがるような視線をクララに向けていたが、退室の挨拶の挙動に移る。慌てて俺も挨拶をする。
(まぁ、無いならそれに越したことはねぇ。今日は終いだな。)
退室の挨拶をし、ユーナと大謁見室を出る。あとは衛兵に着いていけば、やっと王城から脱出できる。あー、疲れた。ただのリーマンだった俺に謁見とか、マジ勘弁してほしいぜ。
「ツカサ殿、お待ちください。」
声に振り返ると、正装で身を固めた30過ぎくらいの眼鏡を掛けた女性が目に入る。確か、あの大謁見室にもいた女性だ。
「王国宮内省侍従局局長のリンダ・ホウムと申します。国王陛下がお呼びです。予定外のことで申し訳無いのですが、ご同行の程お願いできますか?」
こちらに判断を委ねる物言いだが、当然これは命令だ。
(今日は終いって、フラグ回収早ぇよ…。)
「ご用件の内容は?」
「大変恐縮ですが申し伝えられておりません。」とリンダ。
「ツカサ、あんたは簡単には帰しては貰えないようね。断るなんて真似はできないわよ。」
「ユーナ、もしかしらたあの件かもしれない。」
あの件、というのが領主館のことであることは言うまでもない。ユーナの眉がぴくりと反応する。
「そうかしら? だったら私を直接呼び出せばいいだけの話よ。陛下はそんな気遣いができるほど繊細なお人じゃないでしょうに。」
リンダの、ユーナを見る目がすっと細くなる。
「ユーナ・オーマチ殿。今しがたの発言は我が国王への侮辱と受けとれますが?」
リンダの纏う空気が変わる。案内係の衛兵が俄かに緊張するのが伝わる。
(やべぇこの人めっちゃ短気だ…。ことと次第によっては衛兵たち剣を抜くぞ…!)
「ちょ、ちょっとお待ちくださいリンダ殿。私が言うのも変ですが、このユーナはその、こういう場での振る舞いっていうのをよく知らないのです。ですので、何卒ご容赦を…。」
「元、とはいえ子爵家の長子だった者がこのような場での振る舞いを知らない、と?」
リンダの冷たい目が今度は俺に向いてくる。
(あちゃー、どうしよう…。)
「別に侮辱なんてしてないじゃない。ただ本音を言っただけよ。
ホウム局長、もしツカサを呼び出した用件が『領主館』の件だったら、せっかく2人揃ってるんだから私も呼びつければいいじゃない。そう陛下に伝えてきてもらえないかしら?」
あからさまな挑発に場が凍り付く。
リンダとユーナのこめかみに青筋が浮き出る。いや、実際は浮き出てないかもしれないが、俺には見える。
(やべぇこの二人、揃いも揃ってド短気だ。ユーナのやつ、火に油をぶちまけるような言い方しやがって…!)
「分かった! 分かったから二人とも待ってくれ! 行く、行きますから。陛下に会って用件を聞いて、もしその用件だったらユーナも同席すればいい。」
(やっべ、めっちゃ怒ってるよリンダ局長…。どうしよう、考えろ、考えろ俺。)
この窮地に「ツカサ殿の仰る通りですわ。ユーナ殿さえ良ければ、お二人とも小会議室にお越し願えますか?」という声が耳朶を打つ。
声の方を向くと、第一王女のララスが歩いてきた。
ララスに気付いたリンダの殺気が嘘のように霧散する。
「陛下に念のため様子を見てこいと命じられましたが、予見された通りの展開でしたわね。」と、ララスが微笑む。
「リンダ、あなたの王家への忠誠は誰もが認めるとこですが、こういう場合に於いてももう少し自分を抑えることを覚えなさい。それからユーナ殿、ここは王城です。不要な波風はお立てにならないようお願い申し上げたいところです。が、私などから申し上げても無駄なのでしょうね。とにかく、小会議室で陛下がお待ちです。ツカサ殿、ユーナ殿、私に着いてきてください。」
ララスの登場にリンダが退き、ララスに連れられて小会議室に向かう。
正直、なんの比喩も無くララスが女神に見えたぜ…。
―◇―◇―◇―
弩砲と投石機を提案したときと同じ小会議室に通される。いつも通り、クララの左右にはララスとリーラスが着席している。
着席する前、ララスがクララに何やら耳打ちをしていた。恐らくリンダとユーナの件だろう。
「ほう。自ら進んで余の前に来るとはな、ユーナ・オーマチよ。」
クララがユーナに問いかけるとはなしに独り言ちる。
「陛下。呼び出しに応じてまかり越しましたが、ご用件は旧オーマチ子爵邸の件、ということでよいでしょうか?」
「まぁそれも含めて、じゃ。多少懸念があってララスに様子を見に行かせたのじゃが、思った通りじゃったよ。リンダはあれで悪気があったわけではないのじゃ。気を悪くせんでくれ。それから、リンダもああ見えて魔道士じゃ。ユーナの実力は認めておるよ。」
(この世界の魔道士ってキレやすいやつ多くない…?)
ふっと薄く笑い、クララが続ける。
「それで、ユーナからは聞けたか? まぁ、本人がいるんじゃ。話はしたのであろう?」
クララの視線がユーナに移る。
「ツカサから話は聞きしました。察するに、ヤーライル・サイレル公爵を糾弾をする証拠をお探しとのことかと。子爵邸の隠し通路や隠し部屋などについて聞かれましたが、お教えするつもりはございません。しかし…」
「しかし?」
クララがユーナに続きを促す。ここで表情を変えないあたり、ララスもリーラスも成長したらしい。
「旧オーマチ子爵邸を最もよく知る人間として、私自らが証拠をお押さえ致します。」
「自ら、じゃと?」
「左様です。」
「囚われればただでは済まぬぞ。」
「覚悟の上です。それよりも、自分の知らないところで、いえ、自分がこれといった動きもせずにヤーライルが罰せられることの方が何倍も恐ろしいのです。」
ふむ、と唸りクララがしばし考え込む。
「話は分かった。じゃがの、我らがお主を信用するに足る材料は何じゃ? ユーナお主、我ら、いや、余のこともヤーライルと同程度に憎んでおるのだろう?」
「無論です。ですので、陛下の信用のおける者を見張りに付けて頂いて結構です。万が一、裏切ったときは私を排除すれば良いでしょう。」
(ユーナのやつ、相変わらずキレッキレだな…。)
「ほう? お主が証拠を押さえたあとに、王家に恨みを持つお主を消すという可能性を考えぬ程、お主は余のことを信じるのか?」
沈黙。クララとユーナの視線が交差する。
(この二人、一周回って仲良くなれるんじゃないだろうか…。)
はぁっとユーナが力を抜く。
「お互いおためごかしは止めにしませんか? たとえどれだけ陛下が私のことを信用してくれているとしても私は陛下を信用できない。逆に、私がどれだけ陛下のことを信用していたとしても陛下は私を信用できない。まぁもっとも、私を消せる人間なんてそうそういないでしょうけどね。」
「同感じゃ。」とクララが薄く笑う。
(やっぱ仲良いじゃん、二人とも。)
「であれば、ツカサ殿がユーナ殿に同行するというのはいかがでしょうか?」と、ララスから唐突に俺の名前が上がる。
(…はい?)
「ツカサ殿は陛下とユーナ殿のどちらからも一定の信用があります。ツカサ殿を介してであれば、両者の意思疎通がうまく行くと思う次第にございます。」
「まぁ、確かにそうね。」とユーナ。
「それは、確かにそうじゃの。」とクララ。
(ぇぇええ!?)
「なにもあんたに領主館に潜入しろって言ってるわけじゃないわよ。飽くまで王家側の監視として同行してくれってだけの話よ。」
「ツカサ、ユーナの言うとおりじゃ。引き受けて貰えるかの?」
(マジかよ…。厄介事ってレベルじゃねぇぞ…。)
「まぁ、そういうことであれば、引き受けるのはやぶさかではありませんが…。ただ、万が一の場合は私の家族をお願いしますよ。」
(嗚呼、悲しきリーマンの性…。)
「バカを申すな。お主に、この世界唯一の男に万が一のことがあっては困るのじゃ。ユーナの目付役として同行はしてもらいたいが、死んでも生きて帰れ。」
「…はい。」
(死んでも生きて帰れって、無茶苦茶言いやがるなこの国王…。それから前言撤回だ。ララスは女神なんかじゃねぇ。)
「ユーナよ、して、いつごろ出立する? 証拠は早めに押さえたいのでの。」
「準備ができ次第、すぐにでも。」
「相分かった。軍が緑魔石調査のための隊を編成するまでにひと月以上は掛かるじゃろ。出来ればそれまでに押さえて貰いたいがの。編成が完了したら、そなたたちの、少なくともどちらかには現地まで誘導を頼みたいのでな。」
(なんかずっと忙しい日が続きそうだぜ。悠々自適な異世界ライフはどこいった…?)
仕方なくコクリ、と頷く俺を見てクララが続ける。
「それにしても、もしこれで充分な緑魔石を採掘できるということになれば、法国の女狐の顔色を窺う必要も無くなるの。まこと大義なことよ。」
(法国の女狐? 誰のことだ?)
「王国で、というより世界各国で使われている緑魔石は、その殆どをコニック法国からの輸入に頼っているのです。そのため、王国を含めた各国は法国に強く出れません。もし緑魔石が王国国内で採掘できるのであれば、コニック法国、法王アンブルミーユ・デュボワルタンの意向を気にする必要が無くなるということですわ。」
俺が話を分かってないことを察したのか、ララスが解説してくれた。
「法王アンブルミーユ・デュボワルタンはまさに緑魔石の利権で法王になったと、母上からは教わったわ。」とユーナが補足する。
「…なるほど、ですね。」
「左様じゃ。あの女狐め、緑魔石をちらつかせて各国にコニック正教の宣教師を派遣しておるわ。特に法国と隣接するキート領は迷惑しとるという話だからの。あの忌々しい宣教師どもを一掃してくれるわ。」
(好ましくない宗教の排除か。国家運営ってのは簡単じゃないねぇ。)
「まぁそれは調査結果を踏まえてからじゃがの。」
そこでいったん切り、クララが続ける。
「さてツカサよ、次は予定通り15日にフォルテ商会との商談で良いのかの?」
15日。弩砲と投石機のお披露目の日。フォルテ商会との商談といえばそうだが、要は『サイレル領に攻め入る兵器が完成したかどうか』。ユーナの前でオブラートに包むあたり、やはり信用はしていないということか。
「はい。予定通り15日で問題ございません。」
クララが満足そうに頷く。
「そうか。当日はまたご足労願うが、宜しく頼むぞ。」
クララの横に座るリーラスの表情がうっとりしているのは、気のせいだろうか…。




