025_叱責
肩口の裂傷に最低限の処置を施し、治癒院を出た。
さすがにまだ長距離は歩けないだろうから、フィオナをおぶって街を進む。
フィオナの華奢な身体が背中に密着している。大きめのローブを羽織らせてはいるが、革鎧は脱いでいるので小ぶりな胸が押し当てられる感触も背中越しに伝わってきている。
「なんか、恥ずかしい…。」
耳元にフィオナの吐息が掛かってドキリとしてしまう。
「頭からローブを被ってるんだ。大丈夫だよ。」
「そうだけど、あなたがこのローブをマジックボックスから出したときは驚いたわ。…ツカサさんあなた、本当は只者じゃないでしょ。どうしてわたしなんかを助けたの…?」
「『月の雫』と魔化狗退治に行ったとき、当時は知らなかったことを色々と知ることができた。それに、お前たちはいいパーティだと思った。助ける理由なんてそれだけでいいだろ。」
フィオナの身体が強張るのが背中越しに伝わる。
「…私、もうエレナたちに会わす顔がないよ…。」
涙声を絞り出すフィオナから、涙が落ちる。
「その話は後だ。まだまだ療養が必要な身体なんだから、これ以上は話すな。」
―◇―◇―◇―
数十分ほど歩き、ユーナが入居する石造りのアパートに辿り着く。中央玄関を空けて中に入り、2階のユーナの部屋をノックする。
「ツカサだ。空けてくれ。」
数秒後、ドアが開きユーナが顔を覗かせる。背中のフィオナを認め「ああ、治癒の…」と、さもつまらなさそうに呟く。
入ってというユーナに続き、部屋に入る。何気に入るのは初めてだ。魔道士らしく、よく分からない分厚い本や薬瓶で埋め尽くされている。
「ここに横にしてあげて」と言いながらベッドの上に散らかるものを雑に片付けている。
「もっと普段から整理整頓して掃除したらどうなんだ…?」
「るっさいわね、私はこれが落ち着くのよ。」
「…まるでゴミ屋敷だな…。」
ボソッと呟くとユーナがくるりと振り返り「その娘を助けに来たのかしら? それとも喧嘩売りに来たのかしら?」とニッコリ笑顔で戦闘モードに入るので、大人しくフィオナを背中から下ろしベッドに横たえる。
「あ…あの、あなたは…?」
ローブを脱ぎ薄い下着姿で横たわるフィオナの、ユーナを見る瞳が揺れている。
「知ってるだろ。ダイヤモンドランク冒険者のユーナだ。」
「知らないわけ…ないじゃない…。なんだってユーナ様が…」と口にしたところで何かに気付き「わ、わたし、そんな大金持ってません…!」と、ただでさえ悪い顔色が更に青くなる。
「心配するなフィオナ。俺のよしみってことで今回に限り無料だ。」
「そ、そんなことって…。」
「話は終わった? さっさとやるわよ。」
横目で俺を一瞥し、杖をフィオナの額に軽く触れさせる。刹那、薄緑の光にフィオナが包み込まれる。みるみるうちに肩口の裂傷が塞がり、そこここにある擦り傷や蔓花の刺創が綺麗さっぱり消えていく。
「あ、え…?」
フィオナが信じられないといった様子で自分の身体をあちこちせわしなく確認している。まるで魔化狼にやられて目覚めた時の俺だ。
(回復魔法すげぇ!!)
まるで患部が快復する様子を撮影した動画を、何十倍速かで見せられたような気分だった。
一通りの確認を終えたフィオナは呆気にとられていたが、我に返ったようにベッドから飛び降りて頭をペコペコと何度も下げる。
「わざわざ私なんかの為にありがとうございます!」
「直ぐに動き回るんじゃないわよ。数日は大人しくしとくことね。それにしても、あんたがこの娘を助けた理由がなんとなく分かったわ。」
「…ん?」
「可愛いから、顔が好みだったからでしょ。」
(バレてるっ!? けど決してそれだけじゃないんだぞ!)
「…何をバカな。例えそうであっても、そうでなくても、この王都で数少ない知り合いだから力を尽くしただけだ。『月の雫』と初冒険に出て、色々とこの世界について知ることが出来たんでな…。」
「へぇ、まぁでも図星ね。答えるまでに間があったわよ。まぁ確かに、ミラやポーラみたいに胸は大きくないけど、逆に彼女たちにはない華奢で締まった身体を持ってる。それに何より可愛らしいもんね。あんた、何人食えば気が済むのよ。」
ユーナがじっとりと睨めてくる。
「まだ食ってないだろ!」
「まだって何よまだって。」と呆れるユーナに「違ぇ! 言葉の綾だっての!」と突っ込む。
「こ!…こんな治癒魔法を施していただいてタダというわけにはいきません…! そういった事をご所望であれば私はか、かまいません…!」
ユーナとのやり取りを見ていたフィオナが直立不動で顔を真っ赤にしている。
「だから違うぞフィオナ、そんなつもりはない! おいユーナ、どうしてくれるんだこの空気!?」
「あんた本当にいつか刺されるわよ。」
はぁ、と一息ついてユーナが続ける。
「まぁ冗談はさておき、フィオナだっけ? 何がどうしてこのモテモテおと…いえ、モテモテ商人に助けられたわけ?」
(今思いっきり男って言いかけただろ…。しかもモテモテ商人って、どんなネーミングセンスだ…。てかこの世界、絞殺蔓花とか魔突猪とか、ネーミングセンス無さ過ぎだろ…。)
「モテモテ商人…?」
フィオナがキョトン顔だ。
「気にするな。ユーナなりの愛称だ。」
「あ、はぁ。」
フィオナが曖昧に頷き、それから静かに話し始めた。
―◇―◇―◇―
話し終えたフィオナがベッドに腰掛けて俯く。ユーナは椅子に座り、俺はというと足の踏み場もない床になんとかスペースを見つけて胡座をかいている。
フィオナの話は、概ね『月の雫』のエレナたちに聞いた通りだった。
ひとつ新たな情報が有るとすれば、そういった事がある度にパーティメンバから腫れ物に触れる様な扱いをされていたということくらいか。自己嫌悪に陥っていたフィオナがエレナとリシアの遠慮をそう受け取っても不思議ではない。まぁいずれにしろ、両者の言い分に差異はなかった。
「そう。話は分かったけど、で? あなたはどうしたいの?」
話を聞き終えたユーナがフィオナに尋ねる。
(もっとこう、聞き方ってのが…)
「ユーナ、もっとこう、聞き方ってのはないのか?」
「あんたにだけは言われたく無いわよ。」
「ぐ…」
「いえ…いいんです。私は…」
そこで言葉を切り、フィオナが続ける。
「出来れば戻りたいです。エレナたちに謝って、また『月の雫』の一員として、冒険に出たいです…」
フィオナの目尻から、はらはらと涙が流れ出す。フィオナはフィオナで、ずっと思い悩んできたんだろう。
「特にエレナとは故郷の村でいつも一緒で、大きくなったら冒険者になろうってずっと夢見てきましたから…。やっとシルバーランクに上がって、やっとこれからって時で…」
「そう。誤解があったのなら謝罪してパーティメンバと和解するのは賛成よ。でもね、個人的な意見としてはもうあなたはパーティに戻らない方がいいと思うわ。」
ユーナの意見に、フィオナがはっと顔を上げる。
(容赦ねぇな、まったく…)
「…な、なんで、ですか…?」
「分からない? 仮にもシルバーまでやってきたのなら分かってるはずよ。 あなたのせいで、仲間が死ぬわ。」
「ユーナ…!」
「ツカサあんたも、ここでこの娘に甘いこと言ってどうするつもり? 仮にこの娘が戻って冒険に出たら、次にあんたが森で見つけるのは『月の雫』のメンバ4人の死体かもしれないのよ?」
「だからってそんな言い方は…!」
「だからこそよ。冒険者はね、失敗したらそれを次に活かせばいいってのがいつも通用するわけじゃない。失敗したら死ぬのよ。話では、この娘は同じ失敗を何度も繰り返して、その度に仲間に窮地を救ってもらってばかりじゃない。今まで生きてこれたのは、本当にただただ運が良かっただけよ。今はまだ相手が魔突猪や魔化土竜程度だからまだいい。でももしこれが魔大蛇や、それこそ魔幻霊みたいな真魔だったらどうするの? ひとつのミスで皆殺しにされるってこと、あんただって分かってるはずよ。」
そこまで一気に言い終え、ユーナがフィオナに向き直る。
「あなたはシルバーランク冒険者。だから一人前の冒険者として言うわ。パーティのため、そして自分自身のために、もう冒険者稼業からは足を洗うことね。」
「…」
フィオナが俯き、歯を食いしばって嗚咽を漏らしている。
「せっかく拾った、いえ、拾い続けてきた命よ。大切になさい。こっちだって助けたあなたに死なれたら、助けた甲斐が無いわ。」
「…フィオナ。ひとまず…」
うわあぁぁぁあああああ!!
フィオナが絶叫し、膝の間に顔を埋めて泣き崩れる。
俺もユーナも、それをただ見ることしかできなかった。
―◇―◇―◇―
「少しは落ち着いた?」
ユーナがフィオナに紅茶を出す。
(よくこんな散らかった部屋で紅茶淹れれるよな…)
「…はい、ありがとうございます。」
結局フィオナはあの後暫く泣き崩れていたが、やがて落ち着きを取り戻し、今に至る。
「本当は、分かってたんです…。私がパーティの足を引っ張ってる、私がいたらこれ以上危険な魔物には挑戦できないかもって…。」
「「…」」
「でも自分からは辞めれなくて、結局仲間に八つ当たりして、挙句の果てに自棄になって一人で無謀やらかして…。ツカサさんやユーナ様にも迷惑かけて…。今回のことで、自分は冒険者に向いてないってこと、よく分かりました。」
フィオナが諦めたように笑う。
「誰かにはっきりと言ってほしかったのかも知れません。だから…今日ははっきり叱ってくれてありがとうございました。」
ペコリ、とフィオナが頭を垂れる。
「納得してくれたなら良かったわ。」
「今度、エレナたちとちゃんと話してこようと思います。これからのことは、それからゆっくり考えます。」
「そうだな、そうするといい。」
「じゃあ、それ飲んだらもう行きなさい。あんた、送って行ってあげなさいよ。」
「俺がか?」
「当然よ。最後まで面倒見なさいよね。」
―◇―◇―◇―
フィオナに先にアパートから出てもらって、ユーナの部屋で野暮用を済ます。
「今日はありがとうな。治癒魔法、興味深く見させてもらった。」
「ほんと、こき使ってくれるわね。でもあの娘、案外素直な良い娘じゃない。」
「そうだろ。
…コホン、礼というわけではないが、今回は特別にただでこれをやろう。」
コメ5Kg、醤油、砂糖、料理酒、塩を召喚する。
「これ…おコメ!? それにお塩とお砂糖もこんなに…!」
「威力偵察から帰ったらやる約束だったからな。流石に肉や野菜は腐るから出さないが、この調味料がすき焼きのタレになる。今は時間が無いが、また今度調合について教えてやろう。」
ユーナがコメを♡の目で愛でている。
(どんだけ好きなんだ…)
「今日はあんたの頼みを聞いた甲斐があったわ。ありがとう。」
「ああ、では明日な。」
その一言にユーナの目がすっと細くなる。
「明日は本当に冗談じゃ済まないわよ。どう転ぶか分からないけど、行くしかない。」
「分かっている。」
「ならいいのよ。じゃ、これ以上待たせちゃ悪いから、また明日ね。」
ユーナの部屋を辞去し、フィオナの元へ向かう。
「済まない待たせた。歩けるか?」
「ありがとうございます。もう大丈夫です。」
「やめてくれそんな話し方。これまで通りでいい。」
「…いや、でも、なんかツカサさんって初めて会った時もそうだったんですけど、ちょっとなんか、年上って感じがしてて…。」
「そうか? ちなみにフィオナは何歳だ?」
「19です。」
(見た目通りか。というか、田舎から出てきて冒険者やって、数年でシルバー、だったらそうか、そのくらいの年齢か。)
「確かに年上だが、気にすることはない。」
「ほんとに…? じゃあ、お言葉に甘えて。」
「それでいい。」
(ミラとポーラも俺に対して敬語で、もう今更どうしようもないし、ユーナはつんけんしてるからな。誰か気軽に話せるフレンドが欲しい。)
「ところで、今日は帰るのか? それとも冒険者ギルドにパーティを探しに行くか?」
「うーんと、今日はいったん帰って、明日ギルドに行くわ。エレナたちと、ちゃんと話さないと…。」
「そうか、それがいい。送っていくよ。」
「ありがと。ツカサって、なんか不思議ね。ユーナ様とはどういう関係なの?」
「ユーナか。あれはもはや腐れ縁だよ。」
「なにそれ。そういえばさっき、ユーナ様に叱られたとき『魔幻霊だったら』って仰ってたけど、もしかして魔幻霊と戦ったこと、あるの?」
上目遣いで見てくるフィオナに絆されそうになる。パパ活してるおっさんたちの気持ちとはこういうものなのだろうか。
(でも俺、元世界では不倫や浮気には一切縁がなかったけど、なんかこの世界に来てから無駄にモテててるような気がするんだよな…。んー、まぁ気のせいか。)
「ついこの間な。ユーナと北部方面に威力偵察に行ったとき、4体に囲まれた。まぁ倒したが、二度と会いたくはないな。」
「すごいね、ツカサ。それからユーナ様も。魔幻霊って、人里近いところに出たっていう話は聞かないけど、それでも稀に討伐依頼はあるの。でも、威勢よく出て行った冒険者の殆どは帰って来なかったわ。ついた別名が『首狩霊』って言われてるの、知ってる?」
「いや、知らないが、ただその名付けは言い得て妙だな。あいつら、正確に首を狙ってきやがる。」
「そうなんだね。でも、私はもう魔物と戦うことはない。それが悔しい自分もいるし、ほっとしてる自分もいる。なんか変な気持ちなの。」
曖昧にフィオナが笑う。
「まぁなんだ、冒険者を辞めても人生は続く。仕事は色々あるし、弓が好きなら弓兵として軍に志願するという手もある。あるいは農家をしつつ、たまに狩りに行くような人生もあるだろ。ゆっくり考えればいいさ。」
「優しいのね、ツカサ。今までずっと冒険者として冒険のことしか考えてなかったから、この機会にゆっくり考えてみるね。」
そんなことを話しつつ、フィオナを家まで送り届けた。




