24_捲れる
「色々と積もる話もあるのでしょうし、わたくしたちは上で待っていますわ。」
パタン。
ニコニコ顔のポーラとミラが食堂の扉を閉めて2階に上がっていってしまった。
2人のわざとらしい笑顔に冷や汗が止まらない。
「来るタイミングが最悪だったようね。人にはずけずけとモノを言っといて、そんな簡単なことをあの娘たちに黙っとくなんて、あんたやっぱり変わってるわ。」
ユーナの小言に、咳払いをして平常心を取り戻したつもりになる。
「それで、どういう風の吹き回しだ?」
「勇気を出して来た女の子に向かって随分の言い方じゃない。」
「何が女の子だ。まぁ、あのときは俺の伝え方も悪かったと思ってる。今日来てくれて、正直ほっとしている。」
「あら、随分と素直じゃない。でも、今日は取り急ぎの報告に来たのよ。」
「報告?」
「今日の朝、ギルド経由で王城から出頭命令が来たわ。」
「出頭命令?」
「緑魔石よ。私がギルドに報告してから僅か4日。思ったより遥かに早かったわね。」
(緑魔石。そこまで国が動く物質なのか…。)
「かなり急だな。それで?」
「当然、あの威力偵察にはあんたも参加したことが記録に残ってる。だから、私と一緒にあんたも来るように書かれてあるのよ。呼び出し元は王宮宮内省ね。」
「王宮宮内省ということは、完全に正式な命令ってことか。」
「うん、だから出頭命令。正式な謁見ね。国王の他、各省の首長も参列。もしかしたら有力貴族も来るかもしれない。虚偽の報告をすれば、最悪死罪ね。」
「…そうか。向こうの用件は緑魔石だけだと思うか?」
「どうでしょうね。領主館のことも嘘をつけないことをいいことに尋問してくると思うけど。」
「…」
「別に、不思議なことじゃないんじゃない? 緑魔石の件と同時に、領主館の件も同時に尋問出来る。王家にとってはこれ以上ないほどラクな条件だわ。」
(あの国王が、無理強いしてユーナから情報を聞き出すとは思えないが…。)
「そうか。まぁ、出頭命令とあらば出向かないわけにはいかないな。だがユーナ、緑魔石はさておき、領主館については王家に協力することになる。それは、ユーナが忌避することではないのか?」
「…そうね。でも、私もここ数日、あんたから言われたことをずっと考えてたのよ。正直、クララ国王に対する疑心や恨みはあるわ。だけど、あんたの言う通りそろそろ向き合う必要があると思うのも事実だと思った。だから…」
「だから?」
「情報を与えるのではなく、私自身が領主館に赴いて証拠を押さえるわ。」
「バカな…! 拘束されたらただでは済まないぞ!」
「拷問された挙句、無残に殺されるでしょうね。」
と、ユーナは事もなげに告げる。
「だったら…」
「不正の証拠を押さえるってことは、ヤーライルを糾弾するってことでしょ? もしそれでヤーライルを罰せたとして、自分が預かり知らないところでそんな事が進むほうがよっぽど嫌よ。」
(攻め込むつもりなんだけどな…。まぁ、言わない約束だ。)
「私自ら向かうってのが許可されなければ、領主館について私が教えられることは何もない。それをはっきり国王に言うつもりよ。」
(意思は固い、か。)
「…そうか、そこまでの覚悟なら止めるまい。それで、出頭はいつだ?」
「明後日の昼よ。午前中には王城に行く必要がある。だから当日、ここに迎えにくるわ。」
「了解だ。俺もそのつもりでいておく。」
ユーナがふっと微笑む。
「あんたに出会ってから、驚くことばっかりね。」
「ああ、俺もユーナと冒険に行くようになってから良い実戦経験を積めているよ。出来れば、また一緒に冒険に行ってくれるか?」
「もちろんよ。あと、おコメお願いね。すき焼き? の材料も欲しいわ。」
「ありがとう。コメとすき焼きは勿論だ。ただし、他言無用だぞ。」
「分かってるわ。ほんと、他言無用が多い男ね。」
ユーナが悪戯っぽい顔を向けてくるのにほっと胸を撫で下ろすが…。
「なぁユーナ、威力偵察のとき緑魔石の鉱脈を見つけたことや魔幻霊と戦ったことをポーラやミラに言ったか?」
「え? ああ、ここで待たせてもらってたときに色々話したんだけど、魔幻霊と戦ったことは話したわよ。あの娘たち、冒険の時のあなたの様子を知りたがってたから。だけどさすがに緑魔石のことは話してないわ。コトが大きすぎるからね。」
(どっちも言うなよ!)
「とても愛されてるわね、あんた。前にも言ったけど、ちゃんと大切にしなさいよ。それで? なんか不都合あった?」
「…いや、特に不都合ということはないが、あまり心配掛けたくないんでな。」
「だったら、普段からちゃんと色々と話しときなさいよ。なんかあったとき余計に心配させちゃうじゃない。今回だって…」
何かを察したユーナがからかうような表情を浮かべる。
「あんた、私が帰ったあと覚悟しときなさいよ。あの娘たち、多分内心カンカンよ。」
(でしょうね!)
「…ちなみに、魔幻霊と戦ったことを話したとき、あの2人は何か言っていたか?」
「それはぁ、この後本人たちに聞いてみたらいいんじゃない?」
ユーナが完全におどけている。
「…楽しんでるだろ…。」
「当然じゃない。仕返しよ、し・か・え・し。」と、したり顔でウィンクしてきやがるユーナに怒りも湧いてこない。
「わりと死活問題で、心の準備がな…。」
「なに可愛いこと言ってんのよ。」
そう言ってユーナが席を立つ。
「もう行くのか…?」
「そうよ。あんたに伝えたいことは伝えたし、長いこと待たせてもらったから、流石にもう帰るわよ。あ、そうだ。あんたから仕入れてるっていう琥珀酒とチョコレート? も頂いたわ。どちらも異次元の美味しさね。そりゃ、フォルテ商会が手放さないわけよ。」
玄関に向かうユーナを追う。
「そうだ、夕飯がまだだろう? せっかくだから外で食事でも…」
「向き合うべきに向き合わないと、あとで後悔するんでしょ?」
振り向き、ニタニタするユーナに二の句が続かない。
「じゃあまた明後日に、ね。」
仕方がないのでユーナを玄関まで送り届ける。
「そうだ、今日の依頼で絞殺蔓花に捕縛された人間を助けたんだが、かなり衰弱していたのでポーションと毒消を飲ませて治癒院に搬送してもらったんだ。そのまま治癒院で療養すれば快復するもんなのか?」
「えーと、そうね、あの花の毒はどちらかというと麻痺毒だから、毒自体はあまり身体を損傷させるものじゃないわ。心配なら明日、お見舞いにでも行ってきたら? たしか『月の雫』のフィオナだったかしら?」
「…なんで知ってる?」
「そりゃ私がここに来たとき、あんたが何をしに出掛けたのか確かめる為に、わざわざ3人で冒険者ギルドに確かめに行ったからよ。」
(そこまでしたのか!?)
「…そうか。」
「ちゃんと謝っときなさいよ。」
「分かってる。だがそうか、それを聞いて安心した。もし厳しいようならユーナに治癒魔法をお願いしたかったんだが、その必要も無さそうだ。」と言った俺に「私にそんな気安く治癒魔法を頼んで来るのは、あんたくらいなもんよ。」と呆れ顔だ。
「ま、容体が芳しくないなら言ってちょーだい。今回は特別に施術してあげるわ。どのみち明日は1日中家にいるしね。」
「珍しいな。」
「古い魔導書を手に入れてね、解読よ。」
「さすが大魔導士様だ。分かったありがとう。夜も遅いから、気を付けてな。」
「誰に言ってんのよ。」とふわっと笑い、ユーナが出て行った。
玄関がガチャンと閉まり、ユーナが去っていく足音が聞こえ、そして聞こえなくなった。
(さて、と…。ここからが本番だな…。)
踵を返し、重い足取りで食堂に戻ると、既にポーラとミラが食卓に着いている。
(はやくね…?)
「さぁツカサさん、こちらへお座りになってくださいまし。」
尚もニコニコ顔を崩さない、が、腕組みをするポーラとミラの対面に着席する。いや、ミラはいつも通りか…。
「どういうことか説明していただいても?」
(うわぁ…めっちゃ怒ってる…。)
「その、なんだ…なかなか言い出せなくてな…。また改めてちゃんと言おうと…」
「それだけですの?」
「…済まん、心配かけた…。」と言って頭を下げる。
ポーラがはぁっと息を吐いて腕組みを解く。
「本当ですわ! ユーナ様がいらして、冒険になんて出てないって言われたとき、わたくしもミラもどれだけ心配したことか…!」
「ギルドまで来てくれたんだってな…。」
「そうですわ! ヴェルデの森に出掛けたと分かってユーナ様が『ヴェルデの森であれば今のツカサなら何も心配いらない。』と仰っていただいたのでわたくしたちはここでじっと待っていられたのです! そうでなければわたくしたちはいてもたっても…」
ポーラの目が涙を湛えている。
「ツカサさんのなかなか言い出せなかった気持ちは分かりますし、言いにくいから後で言えばいいだろうと判断されたことも分かります。ですがミラだってユーナ様と出ておられないと知ったとき、とても恐怖を覚えました。このまま帰ってこられなかったらどうしよう、私たちの知らない危険なことに巻き込まれていたらどうしようって…。私たちの心配なんてツカサさんとっては小さなことなのかも知れませんが、ミラにとっては…」
「…済まないミラ、本当に悪かった。決してそんなふうに思ってない。」
(そういえば結婚したての頃、礼奈から『ちゃんと連絡して。何の連絡もなく遅いと心配になるわ。』とよく言われてたっけな。なにが『向き合え』だ。ユーナに偉そうなことを言えた立場じゃねぇな。)
「ツカサさんは国王からも依頼をいただくようなお方ですので、全部が全部教えてほしいとは申しません。でもそういうこと以外では、ちゃんと伝えてくれると約束してくれますか…?」とのポーラの問いにイエス以外は有り得ない。
「分かった、約束する。」
ポーラが涙を拭い「分かりましたわ。ミラはどうですの?」とミラに水を向ける。
「はい、ツカサさんがそう仰ってくれるなら、ミラからは何も言うことはありません。」
「そう。では、遅くなってしまいましたがお夕飯にしましょうか。」
ポーラが泣き腫らした目で微笑み、ミラが「はい!」と言って夕餉の準備に取り掛かる。
(もっと大切にしなさいよ、か…。)
その晩は、気合を入れてミラとポーラを順に相手をしたのは言うまでもない。
一晩で2回戦できたのはこの世界の理によって若返ったことが原因か、はたまた上昇させたステータスによるのかは分からないが…。
―◇―◇―◇―
翌日の10月08日、朝食を食べて治癒院に向かう。
無論、朝食時にミラとポーラには伝え済みだ。当然、大体の帰宅時間も伝えてある。
せっかくなので中央市場に寄って見舞品を買っていくことにする。
手っ取り早くフォルテ商会の品を持っていくでもよかったのだが、久しぶりに市場を見てみたくなったのだ。
(かなり久しぶりだな。)
この世界に来た初日に、干し肉の塊を買ったのを思い出す。
(結局あの干し肉、全然食べないまま忘れてたな…。まぁ、道具箱に入れてあるから劣化したり腐ったりすることも無いから、今度みんなで赤ワインでも飲みながら食うか。もしかしたら、ミラならなんかいい感じに調理できるかもしれないからな。)
初日に干し肉の塊を買った露店を通り過ぎる。相変わらず同じ店主が切り盛りしてるようだ。
(さて、何にするか。ここはオーソドックスに果物の盛り合わせと、あと何か簡単に食べれる物を持って行ってやるか。)
結局、露店でフルーツの盛り合わせとこの世界では高価な白パンを購入する。今ではフォルテ商会との取引で富豪と言っていい程の資産を持っているが、ジリ貧状態でここにやってきた初日を思い出だすと感慨深い。
昼近くなってきたので市場で軽く食事を済ませ、30分くらい歩いて治癒院に到着する。
この世界の治癒院は、現代日本の病院とは全く異なる。設備の整った治療院には王侯貴族やフォルテ商会のような一定以上の富豪しか入れない。費用がバカ高いからだ。この世界の一般的な収入で考えると、とてもじゃないが診てもらえない。それもそのはず。ただでさえ希少な魔術師の中で、治癒魔法が扱えるという更に希少な魔術師がヒールを掛けて治療するのだ。福祉の概念が無いこの世界で、希少なものほど高価になるのは、まぁ、致し方ないとは思う。
なので治癒院はベッドが置いてあるだけの野戦病院、その中でも医療設備皆無のそれに近い。休んで療養して、それでも悪化するようなら死ぬしかない。当然魔術師はいないし、いるのは冒険者ギルドのスタッフだけだ。
冒険者ギルドのスタッフが患者の容体を確認し、ベッドの管理をしている。歩けるようならさっさと追い出し、回復の見込みの無い者もさっさと追い出す。
(元世界の医療制度を知ってる身からすると、まだ慣れないんだよねぇ。)
治癒院に入ると大広間が広がり、そこには所狭しとベッドが無造作に並べられてある。ベッドはほぼ埋まっており、そこここから苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
「昨日の夕方に運び込まれたフィオナという患者はどのあたりにいるか分かるか?」
「昨日の夕方? あぁ、確かその辺にいるんじゃねぇか。悪いが自分で探してくれ。」
と、冒険者ギルドのスタッフは忙しそうに広間の一角を顎でしゃくる。
「分かったありがとう。」
案内された当たりのベッドを一つ一つ見ていく。と、見知った顔の女が苦しそうに寝そべっている。
「フィオナか。」
「…あなた、は…」
呼びかけに、フィオナがうっすらと目を開ける。
「ふむ、絞殺蔓花の刺創は問題なさそうだが、肩口の傷がまだまだ芳しくないな。」
「あなた…ツカサ…?」
「覚えてたか。昨日、ヴェルデの森から助け出したときには瀕死だったから心配していたが、意識が戻ったようで何よりだ。」
「何となく…負ぶわれてたの、覚えてる。あなたが助けてくれたのね…ありがとう。」
フィオナの目尻から一筋の涙が流れる。
「まぁ、お前をここに連れてきたのは『月の雫』のパーティメンバだがな。」
「…そう…。」
「その肩の傷、幸い内臓や骨には損傷は無いようだが、何があった。」
「ヴェルデの森で魔突猪の討伐に行ったんだよ。探して、なんとか1体を倒したんだけど、仕留めたか確認してるときに後ろから襲われて…。もう1匹いたことに気付かなかった。」
「よく無事だったな。」
「魔突猪の体当たりで吹っ飛ばされて、気付いたら木の上。そのまま気を失って、まんまと蔓花に捕縛されてしまったわ。」
「運が良かったな。そういえばお見舞い品を持ってきたんだが、こんなところではおいそれと食ってられないな。それにその調子だと今日中にでも追い出されるぞ。良ければ診てくれるつてがあるんだか、来るか?」
フィオナの目が期待と動揺に揺れる。
「…どうして、そこまで私に…」
「運も実力の内、と言っただろう。お前は俺の知り合いだし、ここまでやって死なれては寝覚めが悪いからな。どうする?」
フィオナが一瞬驚きの表情を浮かべたが、遠慮がちにコクリと頷いた。
ではさっさと移動しよう。ここの職員には俺から伝えておく。




