22_試作品
翌日、ポーラ、タラーレと共に工房を訪れる。昨晩は疲労のためかベッドでぐっすり眠れたので、今はスキップでもしてしまいそうなほど気分がいい。
「ぉお!!」
フォルテ商会の備品倉庫、今は臨時で弩砲と投石機の試作品製造工場と化した現場に数日振りに足を踏み入れた。そこに組み立てられた巨大投石機に、思わず声を上げてしまう。
(思ったよりデカいな…!)
「ツカサさんがご不在の3日間で組み立てましたのよ。」
「ポーラお嬢様、これは…?」
タラーレが投石機を見上げて呟く。相変わらずの無表情だ。
「これはツカサさんが考案なされた投擲兵器ですわ。」
「投擲兵器…。」
(俺じゃなくて、紀元前の偉大なる名も知らない先達の方々、だけどな…。)
「見てくんな旦那さん、こりゃ大変なしろもんだぜ。」
工房の棟梁・デンカンラが自慢気に鼻を擦る。
「デンカンラ殿、お久しぶりでございます。」
「タラーレの魔法使いかい。久しぶりだねぇ、あんたも同行かい?」
「はい、もしかしたら私の魔法が必要になるかもと、お嬢様とツカサ様に言われてまかりこしました。」
(デンカンラとタラーレは知り合いだったのか。まぁ、同じ商会だからな。)
「感謝するデンカンラ殿。大変だっただろう。」
デンカンラ。フォルテ商会お抱えの工房兼鍛冶屋のベテラン棟梁で、聞けばこの道40年という。俺の設計を見たときにはこんなもの見たことねぇぜと驚いていた。
見た目は30代後半。この世界の理で若々しく見えるが、実年齢は60を過ぎている。背は低いがさすが鍛冶屋だけあってガッシリしていて、肝っ玉かーちゃんという形容がしっくりくる風体だ。
口は悪いが実直で丁寧な仕事ぶりが買われ、彼女の工房は10年前からフォルテ商会専属のメーカーとして発展し続けている。
「なに、大仕事には苦労が付きもんさ。それにお嬢の番さんからの頼みとありゃあ、朝飯前よ! 試験的に組み立ててみたが、ちゃんと形にすることができた。あとは実射だが…」
デンカンラが組み上がった投石機を見上げる。
「旦那さん、悪ぃがさすがにここでは投石機の試射は無理だぜ…。」
「ここでなくとも、試射できるところなどないだろう。投石機はぶっつけ本番にするしかないな。取り敢えず組み立てまで上手くいったこと、感謝する。それで、弩砲の方はどうだ?」
「ああ、弩砲かい? 弩砲はそこさ。旦那さんがねじ込んできた変わった機構のやつもできてらぁ。」
投石機の横にあるダストカバーに近づき、デンカンラが引く。そこから、弩砲がひとつと、個人携帯用のクロスボウの試作品が露わになった。
投石機に比べると小さいので、何かの資材と思っていたが、完成した弩砲だったようだ。
それでも全高2mはある。それなりに重量もありそうだ。
「ぉお!? 紛うことなき弩砲だな!」
へへん、と得意そうなデンカンラ。
「こっちも分解結合出来るが、投石機に比べたら屁みたいなもんだ。それに、これなら試射出来るぜ。だけどよ、本当に良かったのか? 旦那さんに作れってねじ込まれたクロスボウは、従来の弓矢を横にしただけのような気がするんだがねぇ…。」
「なに、それを確認するために無理を言って作って貰ったんだ。早速2つとも試射してみよう。向こう側に頑丈な木の板を何枚も重ねて的にしてくれ。万が一にでも貫通すると、倉庫の壁まで損傷させかねんからな。」
「あいよ!任せとけ! おいお前ら! そこのオーク板を10枚くらい重ねて立てかけろ!」
デンカンラの号令に、こちらを遠巻きに窺っていた工房の若衆が弾かれたように動き出す。
あれよあれよという間にオーク板の的が約50m先に設置された。
「いよいよですわね…。」
ポーラから緊張した声を漏らす。タラーレは相変わらず無表情だ。
「そうだな。それにしてもさすがフォルテ商会だ。こんな広くて天井の高い倉庫があるお陰で、野外の人目につくところで試射しなくて済んだ。」
「お安い御用ですわ。ここは商会の備品倉庫ですが、商品倉庫も同じくらいの大きさですのよ。」
「素晴らしい。全く、フォルテ商会様々だな。使わせてもらって礼を言うぞ。」
「何を仰ってるんですか。この開発はフォルテ商会も当事者ですのよ。」
そんなやり取りをしていると「当主さま!準備完了だ!」というデンカンラ怒声が倉庫内に響いた。
「さて、始めるか。」
―◇―◇―◇―
先ずは弩砲を試してみる。
工房の若衆2名に操作員として手伝ってもらい、試射に移る。
まずは、最初から全部は引かない。ある程度引いてボルトを装填し、慣らしの発射を何度か行う。と同時に的に照準を合わしていく。
「よし、良さそうだな。では本番に移ろうか。」
2人の若衆が頷く。
「デンカンラ殿!これから本番に移る! 安全のために的からは離れておいてくれ!」
「旦那さん!承知した!」
デンカンラの声が響き、取り巻きの若衆も的から離れる。それを確認し、操作員の若衆2人を促した。
若衆2人が人力でウィンチを回し、それに伴って弦が後ろに引かれていく。
最後まで引き切り、ラッチを固定する。
最後にフルメタルボルトをレールに載せ、照準を微調整して発射準備を完了させる。
「今から発射する!」
そう倉庫に叫ぶ。
横に建つポーラとタラーレはもちろん、若衆2人、静まり返った倉庫全体に緊張が走る。
「撃てっ!!」
俺の合図で引き金が引かれる。と同時に弦が解放されボルトを押し出す。
バァンッ!!
弦が停止位置に叩きつけられる音が炸裂し、高速でボルトが射出された。
バキィッッ!!
直径約5cm、全長約1mのボルトが一直線に飛んでいき、ラッチ解放から1秒もかからずオーク板に激突する。
倉庫がしんと静まりかえる。ポーラ、タラーレ、若衆達、そしてデンカンラの目が的になったオーク板に釘付けになっている。
(とりあえず成功、だな。あー、ほっとした…。それにしても新幹線並みの速度でぶっ飛んでいくボルトって、思った以上に迫力あるな。)
「何枚抜けた!?」
俺が叫ぶと、デンカンラが我に返りオーク板を調べ始める。
50m向こうでデンカンラと若衆が何ごとか喚いていると思ったら、デンカンラが血相を変えてこちらに駆けてきた。
「と、と、当主さんよぉ…5枚だ、5枚も抜けたぞ…。信じらんねぇ…。」
「設計通りだ、デンカンラ殿。よく作ってくれたな、感謝するぞ。」
俺の言葉にデンカンラの目が点になる。
目をパチクリし、更に一泊おいて「おいお前らぁ!成功だ!!」と弩声を上げた。途端、若衆達が歓喜に沸く。
「やりましたわね! ツカサさん!!」
横からポーラが抱きついてくる。
「オーク板を5枚も貫通させるなんて…。」
とタラーレも独り言ちている。
(普通の弓矢じゃ抜くどころか弾かれるんだから、デンカンラの驚きも無理は無ぇ。まぁ、こんなに上手くいくとは、全く思ってなかったけどな…。)
「やったぜぇ! こんなデカい弓なんて作ってどうなることかと思ったけどよ、旦那さんあんたすげぇな!!」
「なに、大したことはない。だが、これで国王も喜んでくれるだろう。」
「だな!良かったぜ!」とデンカンラが感無量で泣きそうだ。
(いやぁ、いいねこういうの。なんか、文化祭って感じ? まぁ、そんなに軽くはないか…。)
「よっしゃ旦那さん、今度はあんたがねじ込んできたクロスボウを試射してみっか?」
歓喜に沸く倉庫で、デンカンラが勢いづく。
「ああ、そうだな。だがあれはそのまま撃つと少々具合が悪いのでな、タラーレさんにも協力してもらって試射してみよう。」
「私…ですか?」
「ああ、そうだ。そのためにわざわざタラーレさんにご足労願ったんだ。」
「それにしても旦那さんよ、言われた通りに作ったんだが、発射するボルトが細いからさっきみたいな威力は出ねぇと思うぞ。」とデンカンラ。
「それでいいんだ。こっちは取り回し重視なんだよ。それに、ボルトを細くすれば太いボルトよりより多くの本数を持ち運べる。そもそもこれは、個人携行武器だしな。」
「なるほどな。そもそもの運用思想が違うってことかい。」
ほぅ、とデンカンラが納得の表情を浮かべ、うんうんと何度も頷く。
「だけどよ、あの変な仕組みはなんだ? うちの若いのがぶつくさ文句言ってやがったからケツ蹴っ飛ばしてやったんだけどよ、確かに気にはなるぜ。」
(あぁ、確かに嫌そうな顔されたな…。)
「そんなに言うなら、その本人を操作員にしてみよう。どういうものだか分かるはずだ。」
「確かに、違ぇ無ぇ。おらリアン!こっちに来い!!」
そうデンカンラが叫ぶと、リアンと呼ばれた若い女がダッシュでこちらにやってくる。
まるで強豪校の野球部だ。
「お前ぇ、このクロスボウの操作員やれ。」
「え、あ、わ、わたし…がですか?」
リアンが狼狽えている。わざわざ呼びつけられてやらされる理由が分からないらしい。
「仕事に文句言った罰よ。お前ぇこれ作るのにぶつくさ文句言ってやがったろ。これがどういうものなのか、実際にやってみたら分かるってことで、お前ぇに操作員を任せることとする。」
「そ、そんな…。」
「リアンさん、ご心配には及びません。このクロスボウは1人で操作可能なように設計してありますし、それこそがこの武器の特徴なのですよ。別に失敗したって責任はリアンさんには無い。堂々と、操作してみてください。」
「ひっ…! わ、わ、分かりました…。」
リアンが完全に気圧されているが、まぁ大丈夫だろう。
(本当は、ただの趣味で作ってもらっただけなんだけどな。でも輪軸を採用したクロスボウが成功すれば、スナイパーライフルを再現できるかもしれねぇ。ほんと、ただの趣味だぜ。)
「デンカンラ殿、万が一のときに備えてオーク板を30枚にしてもらえませんか。」
「オーク板30枚って…まぁ、別にいいけどよ、意味あるんですかい??」
「万が一のときのための保険です。」
「まぁ…そう仰るなら。。」
デンカンラが部下の若衆に命じてオーク板を10枚から30枚に増やした的を設置してくれた。
「さぁリアンさん、その弦を引いてみてくれませんか? 最初は重いでしょうけど、ある点を超えたら軽くなるはずですので。」
「わ、分かりました。」とリアン。
クロスボウを持ち、恐る恐る弦を引き始める。かなりきつそうだが、それでも引き、ある点に達したときに「あっ」と思わず声が出る。
「軽い…! 軽いです!!」
(輪軸はクロスボウでも有効か。完全に趣味の世界だな。)
「その通りです。この複雑な造りは、そのように1人で弦を引けるようにしたかったためなのですよ。部品点数が多くなり仕組みが複雑になるので耐久性はなんとも言えませんが、そこは性能との等価交換です。」
リアンは先ほどまでとは一転して、楽しそうだ。
そしてラッチを固定し、最後に細身のフルメタルボルトを装填する。
発射準備は完了だが、重要な手順をここで一つ。
「タラーレさん、このクロスボウとボルトに強化魔法を掛けてみて下さい。一般的な魔道兵が掛けれるほどの強さの強化魔法で大丈夫です。」
「これに…強化魔法ですか? 物だけに??」
「その通り、物だけで問題ありません。」
「しょ、承知いたしました。」
いつも冷静なタラーレが、ちょっと緊張気味だ。
タラーレがクロスボウに手を翳し、何やら集中する。すると、クロスボウとボルトが淡い光に包まれ、そして光が消えた。
「ツカサ様、完了いたしました。」
「ありがとう、タラーレさん。それにしても無詠唱ですか、さすがですね。」
「強化魔法と火球は基本中の基本だと、お師匠様に叩き込まれましたから。」とタラーレが微かにはにかむのを見逃さない。
(お、タラーレさん、ちょっと嬉しそうだ。レバータに切れてるときはめっちゃ怖かったんだけどな…。 ギャップが凄い。)
「ツカサさん、これがここにタラーレを呼んだ理由ですの?」
横からポーラが疑問を口にする。
「そうだ。このクロスボウでこの細身のボルトを発射しても、あまり威力は出ないだろう。そこで、物体に対する強化魔法を利用し、クロスボウは勿論、ボルト自体も強化して発射できるかどうか試験する。それが狙いだ。太いボルトより遥かに高速で打ち出されたボルトの破壊力はどの程度のものか、一度試験してみたくてな。」
「そういうことかい。確かに変だと思っていたが…なるほどねぇ。」
デンカンラが横で深く頷いている。
「というわけでリアンさん、実射に移ります。」
「おらお前ぇら! 今から発射するから的から離れとけ!!」
デンカンラの大声が響き、若衆が的から離れる。
「ではいきますよ…撃てッ!!」
俺の号令を合図に、リアンが引金を引く。パァンッ!という弦が叩きつけられる音が先ほどより高く響き、そのときには既に的のオーク板に深々と突き刺さっていた。
(ソニックブームは無かったから亜音速ってところか。それにしてもバフってすげぇな。)
リアンが唖然としている。自分が放ったボルトの軌跡を目で追うことが出来ずに驚愕しているようだ。
リアンだけではない。ポーラ、デンカンラ、若衆、そして従軍経験のあるタラーレでさえ目を見開いて固まっている。
(タラーレさんの表情がころころ変わるのを見れただけでも、今日という時間に価値があるぜ。)
「デンカンラ殿、何枚抜けたか見てくてくれませんか?」
デンカンラが我に返り、オーク板に駆けて行く。若衆とともに確認し終えた後、再びこちらに駆けてきた。
誰もが固唾を飲んで、結果を待つ気配が漂っている。
デンカンラが神妙な顔つきで告げる。
「15枚だ…。あのバカ硬ぇオーク板を15枚も抜いてやがったぜ…。ボルト自体も無傷、こりゃとんでもねぇよ…。」
(そうかそうか、実験は大成功だな。)
「やったなデンカンラ殿。こちらも大成功だ。」
あまりにも衝撃的な結果に、先ほどのように歓喜するのも忘れている。
有り得ないといった表情で弩砲を凝視するタラーレに「掛けた強化魔法を回収してくれますか?」と言うと、タラーレが無表情を取り戻しクロスボウから残存魔力を回収した。
「このように、1発撃っては魔力を回収し、撃つときに強化魔法を掛け、を繰り返すことで、魔道兵の消耗を抑えることができる。」
俺の説明に「なるほど…。」とタラーレが独り言ちた。
(まぁ問題は、遠距離になればなるほど一気に威力が落ちる点だが、まぁ、何とかなるだろ。もとよりこのクロスボウは俺の趣味だし、いざ戦闘となったらメインは弩砲だからな。)
「あ、では最初の弩砲も実戦では魔力強化して運用されるのでしょうか?」というタラーレの質問に「もちろんです。」と答える。さすがタラーレさん、鋭い。
「ですがここでその試射はしません。恐らく、倉庫を破壊して、外にも被害が出るでしょうからね。」
「…た、確かに。」
「いやしかし、それにしても本当に最高の仕事をしてくれた。重ねて御礼申し上げる、デンカンラ殿。そして工房の皆さんにも。」
「いいってことよ!」
「ポーラ、もしこの取引が上手くいったら、是非この工房の職人たちの給金に色を付けてあげてほしい。」
「もちろんですわ。儲ければ、ちゃんと還元するのは当然ですもの。」
「ありがてぇこと言ってくれるねぇ旦那さん、それにお嬢も。」
「助かっているのはこっちだ。それにまだ喜ぶのは早い。とはいえここ数日働き詰めだろうから、少しは休んでくれ。」
「分かった。そうさせてもらいますぜ。おいお前ぇら!今日の仕事は午前で終わりだ!午後からは飲みに行くぞ!!」
デンカンラが豪快にそう言うと、今日いち倉庫が沸いた。
(仕事が休みだと喜ぶのは世界が変わっても同じだな。うんうん、素晴らしい。)
そう感心していると「今日は良き日ですわね。昨日はぐっすり休まれたようですし、今晩は期待してもいいのでしょうか?」とポーラが耳打ちしてくる。
タラーレがこちらに視線を注いでいるが、聞こえてはいない…はずだ。
(冒険やら何やらですっかり忘れてたぜ…。)




