21_激昂
「魔力のある存在には瘴気は影響しにくい?」
朝飯用に飯盒で炊いたコメを頬張りつつ、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「汚いわね。ちゃんと飲み込んでからしゃべりなさいよ。」
ユーナに白い目を向けられ、急いで嚥下する。
「済まん済まん。思いもよらない答えだったんでな。」
「あんた本当、もーちょっと世の中について勉強したほうがいいわよ。」
ユーナが呆れ顔だ。
昨日『魔化狗などの魔物は瘴気を溜め込んだ果てに魔物化する』『虫は瘴気で魔物化しにくい』と教わったので、虫が魔物化しにくくて犬が魔物化するなら、人間はもっと魔物化しやすいんじゃないかと思って聞いてみたのだが、ユーナの答えは冒頭の通りだった。
「人間には魔力があるから、瘴気を溜め込むことはない、と?」
「そういうこと。」
「その理屈でいくと、虫にも魔力があることになるが?」
「その通りよ。虫にも、少ないけど魔力があるわ。」
食後の紅茶を啜りつつ、さも当然といったふうにユーナが答える。
(マジか…)
「そうなのか…。で、なぜ魔力があると瘴気の影響を受けないんだ? あと、そもそも瘴気ってなんなんだ??」
「それが分かったら世界的な発見ね。身体を流れる魔力が瘴気を弾いてるとも言われれてるし、瘴気は魔力を避けるとも言われてるわ。それから、瘴気は大地から湧いてくるとも言われてるし、魔法の残滓とも言われているのよ。分かってることは、瘴気を体の中に溜め続けると、魔石が出来て魔物化するというだけね。」
(なんにも分かってねぇじゃん!!)
「な、なるほど。つまり詳しいことは何も分かってないということが分かったよ。」
「分かってないついでに言っておくと、家畜が魔物化しない理由もよく分かってないわ。」
「犬や猫が魔物化するなら家畜の羊や牛が魔物化しても不思議じゃないのに、そうではない、と?」
「そうよ。魔術師を名乗ってるくせにこう言うのもどうかと思うけど、魔力や魔法に関してはまだまだ分からないことだらけなのよ。」
飯盒の白飯を食べ終わり、食後のインスタントコーヒーにお湯を入れる。
「だけど、それって変じゃないか? 軍では魔導兵は重宝されるんだろ? だったらもっと魔法の研究が進んでいてもいいはずだと思うんだがな。」
俺の疑問に、食後の紅茶を飲み干したユーナが眉間に皺を寄せて考え込むような顔をする。
「ちょっと説明が難しいんだけどね、魔導兵なんて火球が撃てて強化魔法を施す事ができれば一人前なのよ。その程度で?と思うでしょうけど、その程度の魔法が使える人間がそもそも稀有なの。それに加えて魔力量が増えないことは経験則的に間違い無い。だとしたら、研究が進まないのも無理はないわね。何となくでも言ってる意味分かる?」
「まぁ、なんとなく。研究をして、理論的に強力な魔法をどれだけ考案しても、そもそも実行できる人間なんていないのだから研究しても意味は無い、ということかと。あとは、研究に回す資源がそもそも無い、ともいえるな。」
「ま、そんなところね。」
コーヒーを口にする俺を、否、コーヒーをユーナが見つめている。
「よくそんな黒い液体飲めるわね…。」
「飲んでみるか?」
「…遠慮しとくわ。」
「慣れればこれ無しでの生活は考えられなくなるぞ。」
「何それ怖い…。」
「中毒性があるからな。それで、話を戻すが、それでも軍の上級魔導兵は軍の要なんだろ? 城攻めとか局所的な防御結界とか。」
「そうね。その通りだけど、そんな事できる魔導兵なんてたぶん10人もいないわよ。その10人ぽっちが強くなったところで意味はないわ。だって、軍隊は数の力が基本だもの。」
(なるほどな。つまりこの世界は、架空のハイファンタジー世界のように、一人の凄腕魔導士が無双するような夢のある世界じゃないってことか。ちょっと残念な気もするぜ。)
ぐいっと一気にコーヒーを飲み干し、調査最終日の朝食を終えた。
―◇―◇―◇―
帰宅の準備をする。
テントはテント内の物を含めて一括で亜空間道具箱に収納することができた。
「本当に便利よね、あんたのそれ。」と羨ましがるユーナを躱し、王都への帰路につく。
早朝の朝ぼらけの中、ユーナと馬を並べて移動する。
眠い目をこすりながらひたすらに南下し、気付けば太陽が高く昇っていた。
ただただ広がる草原と、そこに一本の紐のように伸びる街道を進む。途中、何台かの荷馬車とすれ違い、人間の生活圏に戻ってきたことを実感する。
(なんだかんだで今回は実りのある冒険だったぜ。とはいえ、もう真魔とは戦いたくねぇな…。あとはゆっくり帰って、ギルドへ寄って、家に帰ってメシ食って寝るべ。)
「なぁユーナ、緑魔石の報告も任せていいか?」
斜め前を馬で行くユーナがこちらを向くことなく「ええ、構わないわ。魔幻霊と併せて私からギルドに報告しておく。」と言ってくれる。
「そうか、ありがとう。」
(つーことは、別に俺がギルドに寄る必要も無ぇな。)
「だけどツカサ、緑魔石のことで呼び出されたら一緒に来なさいよ。」
「呼び出し?」
「緑魔石の鉱脈発見なんて、国家の一大事よ。必ず事情を聴かれるわ。ことがことだから、王城への呼び出しになる可能性も高いわね。」
(また王城への呼び出しか…。)
「了解だ。また厄介ごとが増えるな。」
ユーナが首だけこちらに向けて「またって何よ?」と問う視線を向けてくる。
(あれ、なんだったっけ? なんかもともと面倒なことがあったから『また』って口走っちまったんだけど…)
そこまで考えて、『元からの厄介事』を思い出した。
(しまった完全に忘れてた…。ユーナに旧オーマチ領主館のこと聞かないといけねぇんだったぜ…。この帰路を逃すとまた先に延びちまう。)
「ま、まぁ、色々あってな。移動しながらではあれだから、また昼食の時にでも話そう。ちょっとユーナに聞きたい事があるんだ。」
「私に聞きたいこと? …まぁいいわ。また昼食の時に話してちょうだい。」
と、ユーナが欠伸をしながら前に向き直る。
(国王のお願いなんだよなぁ、はぁ…。)
―◇―◇―◇―
昼頃、馬を下りて昼食を食べ、ひと心地つく。昼食はもちろんおにぎりだ。
それにしても、さすがに慣れない遠征は疲れる。
草原に寝そべりたい衝動を抑え、ゴクリと水を一口飲み下す。
「それで? 私に聞きたいことって何??」
ユーナが馬に端材を食べさせながら聞いてくる。
「ああ、それな。ちょっと聞きたいんだが、旧オーマチ領の領主館についてだ。ユーナも昔そこに住んでいたんだろう?」
「領主館?」
ユーナの手が止まる。
「…もちろんそこで暮らしてたけど、それで? 領主館について聞きたいことってなに??」
「まどろっこしい聞き方は得意じゃないから、単刀直入に聞くぞ。領主館に出入りするための隠し扉や隠し通路、それから館に仕組まれている隠し部屋と隠し部屋への入り方を教えてくれないか?」
「…どうして、そんなことを知りたいの…?」
「順を追って話そうか。オーマチ子爵家が取り潰された後、領地はサイレル公爵家に引き継がれた。その後、建設されたのが今のラガン港だ。大港ラガン港を抱えるハクシーランは王国の玄関口、とりわけウィネ共和国との関係においては貿易の要衝となっている。なんてことは誰でも知っていることなんだろうが、話はここからでな…」
「…」
「王国に流通するほぼ全ての胡椒は、ハクシーランのラガン港を経由してウィネ共和国から輸入している。で、サイレル領のガーク商会なる商会がその全てを買い占めており、相場よりも高値でフォルテ商会を含む他商会に卸しているらしい。」
「…待って、何の話をしているの…?」
「ん? 領主館の話だよ。その怪しげなガーク商会の本拠地として、旧オーマチ子爵邸がそのまま利用されているようだ。」
ユーナが目を瞬かせる。情報を整理しているようだ。
「…だったら、だったら何? そのガーク商会っていう商会が領主館を使ってるからといって、なんで抜け道だの隠し部屋だのの話になるのよ…。」
ユーナの瞳が揺れ、当然の疑問を口にする。
「ガーク商会を通さずにウィネ共和国と直接取引しようもんなら、取引額の半分をガーク商会に納めなければならないという無茶苦茶な商慣習もまかり通っている。
おかしいと思わないか? そんなこと、普通絶対有り得ない。有り得るとするならば、強い影響力を持つ人間が後ろについているときだけだろう。例えば、サイレル公爵家、とかな。」
「…!」
ユーナの目が見開かれる。俺が何を言わんとしているか察したのだろう。
「少なくとも、この状態を是正したいと思っている人間は、そう睨んでいる。だがガーク商会とサイレル家を結びつける証拠が無い。証拠がなければ糾弾もできない。」
「…ガーク商会本拠地にその証拠があるかも知れない。抜け道や隠し部屋が分かれば、潜入して証拠を押さえられるかも知れない。だからそんなことを私に聞いたの…?」
「…そうだ。」
「ひとつ教えて。あんたにこのことを聞くよう依頼、いえ命じたのは、誰?」
「…」
「…答えてよ!」とユーナが叫ぶ。
「…国王だ。国王、クララ・ウィンダーだよ。だが命じられたわけじゃない。お願いされたんだ。」
しばしの沈黙のあと、ユーナが静かに口を開く。
「…そう、そういうことね。最初からそれを私から聞き出すことが目的だったってことね…。」
(こういう展開になるのは、分かってたけどな…。)
「あんた、このところずっと忙しそうだったもんね。そう、王家の仕事をやってるんならそれは忙しいわよね? それで? 私と冒険者パーティを組めることをいいことに、ある程度関係性が出来たら聞き出そうってそういう腹だったわけね!」
「それは…」
(否定出来ないな…)
「あのおコメだってそうだったんでしょう? 国王からオーマチ領では稲作が盛んだったって聞かされて、コメを見せれば仲良くなれるって言い含められてたんでしょう!?」
「それは違うぞユーナ!」
「気安く呼ばないでよ! 国王から言われたってことは、私が王家にどんな感情を抱いてるか知ってるはずよね? それをよくもぬけぬけと…!」
ユーナが肩を震わせ、怒りで言葉に詰まる。
「…お前が本当に憎んでるのは、ヤーライル公爵のほうではないのか…?」
「知ったようなこと言わないで! 貴族の取り潰しは、王家の、国王の承認が要るのよ。母上が処刑されたのも、妹を失ったのも、国王がヤーライルの言うことに裁可を与えたからじゃない! 母上の主張は至極真っ当なものだったわ。それを無視して取り潰しを強行したのはヤーライルと王家よ!!」
「取り潰しに遭ったのは『領民を使い潰してでも湾港建設を急げ』というヤーライルからの命に背いたため、と聞いたよ。だから…」
ユーナが信じられないといったふうに一歩後ずさる。
「…なによ。知ってたんじゃない…。」
「ち、違う! 知ったのはほんの数年前だと…! あのときは湾港建設を急いだせいで確認が疎かに…」
「もう黙ってよ!! あんたには、目の前で母上の首が刎ねられて、腕の中で妹が死んだ人間の気持ちなんて分からないわよ! もういい! もうさっさと私の前から消えてよ!!」
静まり返った叢に一陣の風が吹き、サァっと靡く。
「…分かった。そこまで言うなら先に行く。」
これ以上は無理だ。踵を返し、馬に向かう。
「だが、誤解だけは解かせてくれ。ある程度の関係性が無いとこの話題は出せないと思っていたのは事実だが、そのためにお前と冒険していたわけではない。それから、コメは本当に偶然で、国王からの事前情報は無い。だから、コメの話を出来て嬉しかったのも事実だ。」
「…」
「それからもう一つ、これが最後だ。俺は目の前で親を殺されたこともなければ、為す術なく兄弟を失ったこともない。だからお前の気持ちは分からない。だがな、1つ言えるとすれば、向き合うべき時に向き合わなければ、後々必ず後悔するということだ。そして後悔した時には、もう何もかもが手遅れだ。」
ふぅっと、息を吐いて続ける。
「気分を悪くさせてしまって済まない。俺は先に帰る。手間を掛けるが、ギルドへの報告を頼む。ではな。」
馬に乗り、出発する。王都へはあと二刻ほどだ。
―◇―◇―◇―
陽が西の稜線に沈む頃、二日ぶりの我が家に着いた。
ミラとポーラが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。良かったですわ、無事に帰ってきて下さって。」とポーラ。
「お帰りなさいツカサさん。ご無事なようで安心しました。」とミラ。
「ありがとう。お陰で無事に帰ってくることができたよ。」
「ユーナ様はもうお帰りになられたのですか?」
「ああ。ユーナにギルドへの報告を任せて、俺は真っ直ぐ帰ってきたよ。」
「そうですか。とにかくお二人ともご無事で何よりですわ。」
「お夕飯の準備ができてますよ。久しぶりに3人で食べましょう。」
最低限の身支度をし、食堂の椅子に座る。
目の前にミラが作ってくれたシチュー、白パン、野菜のスープ、それから葡萄酒が配膳される。
このいたれりつくれりな扱われ方は、未だに慣れない。お前はこんな上等な扱いをされるに相応しい人間なのかと、自問してしまう。
ポーラとミラはこの国の祈りの所作を、俺は合掌をし、食事に口を付ける。
(やっちまったな。大失敗だ…。もっとこう、上手いやり方があったはずなんだけどな…)
「ツカサさん、どうされたんですの? 顔色が優れませんわ。」
「もしご気分がお悪いのであれば、もうお休みになられますか?」
「いや、なんでもない。慣れない長旅にちょっと疲れただけだよ。無事に家に帰って来れて安堵している。」
「そうですの、かなり大変な依頼でしたのね。今回はどんな魔物を討伐されましたの?」
ポーラが心配そうだ。
「ま、まぁ、魔物自体は一般的なものばかりだったが、野営地での寝起きに慣れなくてな。ちょっと睡眠不足気味だ。だから今日は、久しぶりにゆっくり寝れそうだよ。旅の醍醐味は、帰ってからなのかもしれないな。」
(魔幻霊と戦いました、なんて言えるわけねぇよな…)
「そうですよ。ここはツカサさんのお家です! ツカサさんが寛ぐ空間ですもん!」
「そうだなミラ、ありがとう。ポーラも。」
(国王には、ユーナと拗れたことを素直に報告するしかねぇか。まぁ、もとより『お願い』だ。特に咎められる筋合いも無ぇが、もうユーナと冒険行けなくなっちまったな…)
そんなことを考えていると、ポーラが済まなさそうに口を開く。
「ツカサさん、お疲れのところ申し訳無いのですが、明日は工房に来ていただくことは可能でしょうか。弩砲と投石機の調整が終わりまして、最後にツカサさんに確認いただきたいのですわ。」
「ん? もう終わったのか?? 弩砲も投石機も???」
「はい。お披露目まであと半月ということで、工房の職人たちも張り切っているのですわ。」
「分かったありがとう。明日は工房に向かうとしよう。ただ、タラーレさんも連れて来れるか?」
「資産統括補佐のタラーレですか?」
「そうだ。順調にいけば彼女の力を借りることになるかもしれん。」
「そ、そうですの? であれば明日はタラーレを連れて行くことにしますわ。」
「うん、ありがとう。そういえばポーラ、ヴェルデ村のような王都近郊の村々と行き来するための馬車と護衛に余裕はあるか?」
「え? あ、はい。旅客用の馬車であれば予備がございますし、護衛二名程度でしたら待機の者もおりますのでご用意可能ですが、何かに使われるのですか?」
「農業改革のことでな。毎日視察に行く必要はないだろうが、今回のように急ぎの仕事があると俺も満足に行けなくなってしまう。ポーラに関しては通常業務があるから言うまでもないだろう。そこで、だ。」
「今後、農業改革はミラに面倒を見て欲しいと思っている。なのでミラの好きに使える馬車と護衛を準備して欲しいんだ。」
突然水を向けられたミラが「私が…ですか?」と口を押さえて困惑している。
「そうだ。ミラは俺やポーラよりも農業に明るい。それに俺の提案した種子選別とノーフォーク輪作の可能性を難なく理解してくれた。お前以外に適任はいないと思っている。」
「たしかにそうですわ。わたくしもツカサさんの考えに賛成です。農業改革のためなら馬車や護衛だけでなく、ミラが必要だと思う物をご用意しますわよ。」
「そんな…。私なんて殆ど自給自足のためにやっていただけです。そんな改革なんて…。」
ミラが少し考え込み、そして意を決したように顔を上げる。
「いえ、やります!やらせてください! せっかくツカサさんが与えてくれた機会です。それに、収穫量が増えれば村の人たちも冬が来るたびに怯えなくて済みますから! 成功したら、みんな喜ぶと思います!」
「そうだ、その意気だ、ミラ。なに、失敗しても構わん。好きにやるといい。」
「ありがとうございます!」と頭を下げ、再び上げた顔は照れ臭そうだった。
「この間までただの寒村の村娘だった私が、ツカサさんやフォルテ商会と一緒に農業改革だなんて、夢みたいです。」
テヘヘと、頭を掻く。
「大出世ですわね、ミラ。」
「困ったことがあったら相談してくれ。結果が出るまで年単位の年月が掛かるが、みんなで成功させよう。」
(これでよし、丸投げ完了だ。適材適所は基本のキだからな。国王、次はどんな無茶振りしてくるか分かんねぇからな…。)




