018_姉妹
―――基盤歴369年10月1日 朝 ツカサ邸―――
フォルテ商会の二頭牽引馬車が納品物を積載して去っていく。
相変わらずウイスキー50本、チョコアソート50箱、胡椒1トンだが、特にラインナップを変えるつもりはない。
ポーラ曰く、フォルテ商会の胡椒の年間取引量は約20トンらしい。俺という仕入れ先を確保できたことで、サイレル領経由で仕入れる量を半分以下に出来ると、パーラはとても喜んでいるという。
俺はというと、いくら胡椒が元世界では日用品とはいえ、トン単位で召喚出来る自分のスキルにドン引きしている。
胡椒に限らず俺が召喚したものは、いったいどういう仕組みでこの世界に顕現するんだろうか。元世界の胡椒の世界消費量は約90万トンらしいので、年間12トンぽっち消えても誤差にさえならない気がするが、果たして元世界から「物体そのものを召喚している」のかどうか怪しいものだ。
組成だけ読み取ってこちらの世界の成分で合成してるということも考えられる。
まぁ、どちらにせよ答えが分からないことを考えても仕方がない。
「これで、ますますフォルテ商会はサイレル領からの胡椒に頼らずに済みますわ。」
ポーラが去っていく馬車を見送りながら、とても嬉しそうだ。
「そうだな。まぁ、あまり一気に取引量を減らさないことだ。徐々に徐々に、な。」
「大丈夫です。抜かりはありませんわ。」
「というか今更なんだが、俺から仕入れた胡椒とサイレル領から仕入れた胡椒を混ぜて売れば『あの良質な胡椒』なんてバレなかったんじゃないか?」
「そちら、以前わたくしも気になってお母様にお聞きしたのですが、まさかこんな大事になるとは流石に思わなかったらしいのですわ。あと、あんな良質な胡椒に混ぜ物はしたくないっていうのもあったようです。」
「なるほど。」
「ところで、今日はユーナ様のところに行かれるのでしょう?」
「ん? あぁ、ここのところあまり行けてなかったからな、久しぶりに行ってくるよ。」
「弩砲と投石機の試作品はもう最終調整に入っていますわ。お気をつけて行って下さいまし。」
やっと兵器の試作の終わりが見えてきた。
試作品作りに取り掛かり始めてから、殆ど毎日つきっきりで課題解決に駆り出された日々を思い出す。
(個人デスマーチの嵐だったな…。)
やはり、付け焼刃の知識で全て順調にいくほど甘くはなかった。
が、それでも元世界では大昔に実際に使われていた兵器であるし、召喚スキルで資料には事欠かないし、電子機器やプログラミングなども不要な代物だ。
(でも、感無量だぜ。それに、個人的に追加で作ってもらったクロスボウが楽しみだ。鍛冶屋のネーチャンには嫌な顔されたけどな…。)
「10月15日の試射披露に向けて、最後まで気を抜かないようにな。」
「勿論です! でも、王城のほうからその日程を提示してくれて心底ほっとしましたわ。」
「だな。予定通り1ヶ月半だったとしたら、間に合わなかった。まぁ、半月ほど延伸する程度では何も言われなかったはずだが、そうならないに越したことは無い。それに、投石機の方は思いのほか順調だったし、一度に弩砲と投石機を見せることができそうだ。」
「ですわね。これでまたフォルテ商会は大きくなりますわ!」
「取り敢えず、フォルテ商会の令嬢と番となった者としての役割は果たせそうで、俺もほっとしてるよ。」
「何度も言いますが、通常の納品だけでもフォルテ商会としては十二分なのですわ。番としての役割というのであれば、その、夜の方をもう少し…。」
ポーラが顔を真っ赤にして上目遣いで見てくる。
(そういえば、兵器開発に夢中でローテーションを完全に忘れてた…。)
「わ、分かった分かった。この開発が上手くいったら俺にも時間ができる。そうなったら、な…。」
「約束ですわよ。ミラだって口には出さないですが、相当寂しがっていますわ。」
「分かったからそんな顔をするな。では、俺は行ってくるよ。」
(おかしいな、なんで俺は毎日こんなに忙しく働いてるんだ。もっとこう、優雅にまったり暮らそうとしてたんじゃなかったっけ…。)
―◇―◇―◇―
ユーナの家に向かって進む。
最近はミラもポーラも、あまり冒険に行くことに干渉してこない。ユーナが一緒にいるのと、毎回無事に帰ってきていることが要因だろう。
それはいいのだが、国王から依頼を受けた後6回ほどユーナと冒険を共にしてなお、旧オーマチ邸の秘密部屋については聞けていない。
(果たしてどう切り出したものか…。)
さっさと聞いてしまいたいものだが、話のとっかかりがなくいつも聞けず仕舞いだ。
試作品披露のときに状況を聞かれるはずだから、それまでにはなにかしらアクションをおこさなければ…。
(なんか、仕事の段取り組んでるみてぇだな。まぁ、仕事なんだけど。俺の異世界ライフ、どうしてこうなった…。)
そんなことを考えているとユーナの家、というより石造りの2階建て集合住宅の前に辿り着く。と、共同玄関からちょうど出てきたユーナと目が合った。
いつも通り、紫色のローブがユーナのはちきれんばかりの胸と尻に象られている。
(相変わらずとんでもないプロポーションだな。ミラとは似ているようで違うというか、全く違うというか。)
「なにジロジロ見てるのよ。あんなかわいい娘たちと番になってるのにもう目移り? まったく男ってのは伝承通りの生き物なのね。」と悪戯っぽくユーナが微笑む。
「べ、別に目移りしてるわけじゃないが…。まぁ、男ってのはそういう生き物だという認識は正しい。」
「どんだけ正直なのよ。」
そう言ってユーナが笑う。
こんな2人を街の人たちが不思議そうにチラチラ見てくる。
このダイヤモンドランクの冒険者、大魔導師ユーナ様が笑顔を見せるのは相当にレアらしい。
その目線に気付いたのか、ユーナがすっと真顔に戻る。
「ほら、ここに来たってことは冒険に行くんでしょう? 今日はちゃんと時間あるの? 最近忙しい忙しいって言って、簡単な依頼だけこなしてさっさと帰っちゃうじゃない。毎日そんな忙しく何してるの?」
「あ、あぁ、済まない。今日はちゃんと時間がある。」
「そ。なら入れ違いにならなくて良かったわ。今日はちょっと威力偵察にいくのよ。よかったらあんたも着いてきて。」
「威力偵察?」
「そうよ。あんた、王国北部にある暗澹の森って知ってる?」
(暗澹の森。確か王国の北部に広がる『魔境』だ。タクドラ山脈にかけて広がる大森林だとポーラから聞いたことがある。)
「あぁ、名前くらいは。たしかタクドラ山脈にまで広がる『魔境』の大森林で、強力な魔物の住処になってるということくらいは知っている。」
「そう、その暗澹の森。もちろん今回、その暗澹の森に行くわけではないけど、もっと手前にも森林が点在してるのよ。そこを確認しに行く。」
「危険な魔物が南に下りて来てないか、という確認か?」
「そうよ、魔物湧出の前兆を確認するための威力偵察ね。」
「魔物湧出?」
「暗澹の森やその他の危険な『魔境』からは、一気に魔物が溢れ出すことがあるのよ。その前兆が有るか無いかの確認。特に何の異変もないなら大した魔物には出会わないけど、異変があれば強力な魔物に遭遇するはず。だけど安心しなさい。戦うわけじゃないから。飽くまで偵察よ。ただ問題があるとすれば、行きだけで1日、偵察で1日、帰りで1日の計3日間掛かることね。あんた、家を留守にして大丈夫?」
(ここんとこずっと引き籠ってたからな、ここいらでぱぁっと泊りがけの冒険に行きてぇ。)
「大丈夫…なはずだ。今から家に帰って3日間ほど留守にすることを伝えてくるから、ユーナは先に冒険者ギルドに行っててくれ。」
「ミラとポーラが首を縦に振るかしらね。」
「大丈夫だって。きっと大丈夫。」
(なんか、子育てで忙しい礼奈に会社の飲み会の許可を取る気分になってきた…。懐かしいな、この感覚…。)
―◇―◇―◇―
「三日間もですって!?」
「三日間もですか!?」
ポーラとミラが声を上げ、懸念とも心配ともつかない目を向けてくる。
「あ、あぁ、ちょっと、色々あってな…」
「色々ってなんですの!? わたくしたちに言えないことですか!?」
「ち、違うぞポーラ、誤解だ。」
俺は元世界で離婚した。が、その原因は断じて浮気や不倫ではない。
浮気を疑われた旦那さんが奥さんに詰問されたときの気分は、今の俺みたいな気分なんだろうか。
冗談じゃねぇな…。
「実は、弩砲の説明のために王城に行った日、俺だけ国王に居残りを命じられただろう。ポーラは気を遣ってくれて何も聞かずにおいておいてくれたのだろうが、実はあれは国王直々の依頼を聞くためだったんだ。居残りを命じられた時は、俺も生きた心地がしなかったがな。」
「国王陛下から直々のご依頼だなんて、ツカサさん、凄いですね。」
純粋に感嘆するミラの横で、ポーラが疑惑の目を向けてくる。
「それが、今回の件と何の関係があるのでして?」
「依頼内容はあまり詳しく話せないんだが、ユーナに関係あることでな。ユーナとある程度長い時間を過ごした方が陛下からの依頼をやりやすくなるんだ。だから、今回の冒険はそれにちょうどいいなと思った次第だ。今度の試射会で、当然状況を聞かれるはずだからな、今から動いておきたいんだ。」
「そういうことですの…。確かに、それなら仕方がありませんわね…。」
(決して嘘じゃない。これは方便だ。うん、方便だ。仕方ない。)
「なに、大丈夫だ。必ず帰ってくるから、お前たちはいつも通り過ごしておいてくれ。」
―◇―◇―◇―
「お?来たな。ユーナ様を待たせるなんてさすが、あたいのお気に入りなだけはあるねぇ。」
冒険者ギルドに入って受付カウンターを通り過ぎるやいなや、パツキンブラックメッシュ嬢が俺を目敏く見つけて嬉々として囃し立ててくる。
近くにいた冒険者数名がこちらを振り返る。
「やめろ、悪目立ちするだろ。」
「別に今更どうってことねーじゃねぇか。ユーナ様と組んだってだけで有名人なんだからさ。」
「全く…。それで、ユーナは何処にいる?」
「そこの会議室で荷物の確認をしてらっしゃるぜ。ほら、早く行きな。と、言いたいところだが、ツカサあんた本当に大丈夫なのか?」
パツキンブラックメッシュ嬢が珍しく真剣な表情だ。
「何がだ?」
「今回は暗澹の森ではないにしろ、その近くの森まで行くんだろ? なにも異変がなきゃいいが、あったらやべぇ魔物に出くわす可能性だってあるんだ。いくらユーナ様と一緒だとは言っても気ぃ抜くなよ。」
「らしくないな受付嬢。大丈夫だ。必ず帰ってくるさ。」
「だったらいいんだけどさ。あ、そうだ、無事に帰ってこれたら2人で飲みにでも行こうぜ。」
パツキンブラックメッシュ嬢がいつもの調子に戻る。
(こういう誘いに軽々しく乗っちゃだめなんだよなー。行きたいけど…。)
「朝っぱらからナンパなんてしてないで仕事しろ、仕事。」
「ちぇー、釣れねぇなぁ。いいじゃねーか減るもんじゃねぇんだし。」
(なんか、このセリフを女性から言われると変な感じがするな。ちょっとこう、なんか恥ずかしいというかなんというか…。)
ガチャンッ! と何か小さな金属を集めて強い衝撃を与えたような音がすぐ隣から聞こえ、びっくりして何ごとかと振り向く。
そこには、カウンターに大きめの革袋――恐らくコインが沢山入っている――を乱暴に叩き付けたであろう一人の女性が無表情で立っていた。
(この服装、この顔、この髪型は…。)
「ひょっとして、タラーレさんじゃないですか…? どうなさったんです…?」
(間違い無い。フォルテ商会の資産統括補佐のタラーレさんだ。確か、白鷺亭に家の鍵と権利書を持ってきてくれた以来だけど、なんかめっちゃ怒ってない…?)
「ツカサ様、お久しぶりでございます。フォルテ商会として、毎月ここに素材を一括で買い取りに来ているのですが、本日は少々、態度のなっていない従業員が目に付いたので、ついイラっとしてしまいました。お恥ずかしいところをお見せしてしまい、恥じ入るばかりです。」
言葉とは裏腹に、パッツンおかっぱ眼鏡の下から鋭い眼光が受付嬢を射抜いている。
「い、いえ、別に俺はいいんですが…。」
パツキンブラックメッシュ嬢が顔を青くし、直立不動で固まっている。さっきまでのナンパな態度は綺麗さっぱり消え失せていた。
「あ、いや、その、これは…。」
あのパツキンブラックメッシュ嬢がどもっている。
「レバータ、何度言えば分かるんですか? しかも、やるに事欠いてツカサ様に手を出すとは。この方がポーラお嬢様の番であることはお伝えしているはずです。知っててやっているのですね?」
「まぁ、それは、そうだとも言えるし、そうでないとも言えるし…。」
なんだろう、金髪と黒髪のメッシュのロングヘアでヤンキー態度のこの受付嬢が、今は小動物並みに可愛く見える。それにしても、この二人は知り合いなんだろうか。接点があるようには思えないが…。
「次見かけたらぶち殺すぞ。」
(え…?)
タラーレさんの目が据わっている。受付嬢、もといレバータが今にも泣き出しそうだ。
「突っ立ってねぇでさっさと素材を持ってこい、このクソアマが。」
その言葉に弾かれたように、パツキンブラックメッシュ嬢、もといレバータが脱兎のごとくバックヤードに駆け込んでいく。
「タラーレさん、あの…お知り合いで…?」
「はい、ここの受付嬢、レバータは私の妹なのです。あの腐った性根を叩き直すには軍隊にぶち込む…失敬、入隊させるのが一番だと思うのですが、如何せん私の縁者では肩身も狭いでしょうし、どうしたもんかと頭を悩ませているのですよ。」
(妹!?!? それも驚きだけど、そういえば確かこの人、軍で上官を半殺しにしたんだっけか…。)
「し、姉妹でいらしたんですね。世間は狭い、あはは…。 ま、まぁ、冒険者ギルドの受付嬢なんてあのくらいじゃないと務まらないんでしょう。現に、荒っぽい冒険者達に怒鳴られたり八つ当たりされてる受付嬢もよく見かけますが、レバータさんに関してはそんなとこ見たこと無いですし…。」
「ツカサ様はお優しいのですね。」フッと、タラーレがほんの少し笑った気がした。
「レバータの様子が変だと思ったら、タラーレ、あんた来てたんだ。」
振り返ると、ユーナが立っていた。
「ツカサ、あんたも遅いわよ。もう来ないかと思ったじゃない。それで? ポーラとミラの許しは得たの?」
「お師匠様、お久しぶりでございます。」とタラーレ。
「久しぶりね、元気にしてた? それにしても、またあんた妹をいじめたでしょ。」
「まさか。愛のあるお説教です。」
(いや、いじめてたな…。)
「タラーレさん、お二人は師弟なのですか?」
「はい、魔法の訓練で一時期、レバータとともにユーナ様に師事しておりました。私が陸軍に入隊し、レバータがここに就職したのを機に、お時間を共にする機会も減りましたが、今でもたまにお師匠様の冒険に同行させていただいております。」
「そうなんですか?」
「その通りよ。タラーレもレバータも魔術師としての才能はあるんだけど、あとは性格の問題ね。レバータはあんな感じだから集中力が続かないし、タラーレ、あんたは短気すぎるのよ。」
「面目次第もございません。」
「ユーナ、魔法は鍛えてもどうにもならないと聞いたが?」
「そうよ。だけどそれは魔力量の話。センスは別よ。鍛錬によって、同じ魔力量でより効率よく魔術を使えるようになるわ。剣士が剣技を鍛錬して、同じ体力、同じ筋力でも効率よく剣を振るえるようになるのと同じね。」
「なるほど。」
「で、ツカサ。私と一緒に行くでいいのね?」
「ああ、ポーラとミラの了承は取った。」
「そ。だったらさっさと行くわよ。それでなくったって遠いんだから、時間を無駄には出来ないわ。」
「いってらっしゃいませ、ツカサ様、お師匠様。」
「ありがとう、タラーレ。あんまり妹に辛く当たるんじゃないわよ。肉親なんだから、仲良くなさい。」
「善処します。」
「全くあなたったら。帰ってきたら久しぶりに冒険でも行きましょう。」
「ありがとうございます! 是非そうさせていただきます。」
タラーレさん、なんだか嬉しそうだ。
そして俺は、ユーナと共にギルドを出た。




