14_謁見
大謁見室の大きく重厚な扉が、完全武装した衛兵によってゆっくりと開かれる。
「フォルテ商会頭首パーラ・フォルテ!以下2名! 入れ!」
衛兵の号令が大謁見室に響く。
開かれた扉の先には、両脇に等間隔に屹立する大理石製と思われる大きな柱、一目で高価と分かる装飾品の数々。
奥まで続く柱の間には、手入れされた深紅の絨毯が足元から奥まで続いている。
その先には、この部屋を統べる者―――深紅の豪奢なドレスに身を包み、玉座に腰を下ろすクララ・ウィンダー国王―――が、こちらを何の感情も無い目で射抜いている。
ウェーブがかった金髪を後ろで結い、その頭の上にはきらびやかな王冠が乗っかっている。40歳前後の見た目が『老い』ではなく『統治者が重ねた年月』として感じてしてしまうのは、彼女が放つ強烈なオーラ故である。
玉座の左右には優雅に佇む若い女性―――ララス・ウィンダー第一王女、リーラス・ウィンダー第二王女―――が、こちらを興味深そうに見ている。
どちらがララスでどちらがリーラスかは、来ているドレスの華やかさでなんとなく分かった。
しかしなぜか、この3人以外誰もいなかった。
大謁見室で謁見と聞いたとき、パーラからは「大謁見室なら国の要人も多く参列しているはず」と言われていたが…。
後ろで扉が閉まる音が聞こえる。
(こんな大謁見室で、この人数…?)
パーラを先頭に、ポーラと俺が絨毯を進み、玉座の前で止まる。そして膝を折り、王国式の謁見の挨拶を行う。
「フォルテ商会頭首パーラ・フォルテ以下2名。国王陛下からのご命令により馳せ参じました。」
「面を上げよ。」
抑揚のない、それでいて刃向かうことを許さない、為政者然とした声が響く。
顔を上げる。
先程と寸分違わない佇まいの国王と王女2人。
「パーラ、よく来たな。王国の経済諮問会議で顔を見ることはあっても、この場で相まみえるのは初めてじゃな。」
「大変光栄にございます。」
「うむ。早速じゃが、書簡は見たのであろう?」
(早速過ぎない? もっとこう、時節の挨拶とかないの!?)
「はい…。」
パーラの声に緊張の色が滲む。やはり、今回の呼び出しはかなり異例だということだろうか。
「そなたの商会で取り扱っている胡椒、その出所はどこだ? こちらで独自に調べたところによると、適正価格に近い金額で扱っているものもあるのであろう?」
(やはり、か…。)
ポーラから伝わってくる不安と緊張が一層濃くなるのを感じる。
「サイレル公爵領の各商人から仕入れております。」
パーラはひと呼吸置き、ひと思いに続言い切る。
「それと、新規の仕入れ先からも仕入れております。」
クララの眼がほんの少し細められる。
「新規の仕入先、とな。最近流通するようになった明らかに高品質で相場価格の胡椒は、その新規の仕入れ先から仕入れているのか?」
「…左様でございます。」
「その新規取引先は、いくつある。」
パーラの身体がぐっと強張るのが分かる。
この期に及んで下手な誤魔化しは悪手だ。それを分からないパーラではないが、国王の狙いが不明故に恐れるのも無理はない。
「…ひとつ、でございます。」
「…ほぅ、ひとつ、か。
もし、余がその者の出頭を求めたら…。」
そこで切り、しばしの沈黙の後、ふっと短く溜息をついてクララが口を開く。
「もうこのような茶番は良い。その者が貴殿の言う『新規取引先』なのであろう?」
俺を見据えて、少し楽しそうに告げた。
(こやつ、やりおる。)
「なぜ、それを…。」
「侮るでない。余がどれだけの間、この玉座に座っておると思っておるのだ。」
「このパーラ、感服いたしました。」
「うむ。ララス、これで満足か? この者が余を謀ることはない。」
「わたくしのわがままにお付き合いいただき、誠にありがとうございます。陛下。」
向かって左側に構えるララス第一王女がクララに恭しく頭を垂れた。
(なんだ、何がどうなってる?)
「済まなんだなパーラ、そしてポーラよ。ここではなんだ、会議室に移ろう。」
―◇―◇―◇―
大謁見室から出てしばらく歩いた先にあるこじんまりとした会議室。
洗練された調度品が設えられているが、先程の謁見の間に比べたら、本当にただの会議室だった。
パーラ、ポーラ、俺が横並びに着席し、向かいにクララ、ララス、リーラスが着席している。
こころなしか、先ほどより砕けた雰囲気だ。
「先ほどは済まなんだな。余は大謁見室での面会など不要と言ったのだがな、ここのララスが「万全を期すべき」と生意気にも余に意見しよってな。」
「事実を隠匿される可能性が万に一つでもある限り、大謁見室で尋問すべきと考えた故でございます。パーラ殿、お許しくださいな。」とララスが優雅に一礼する。
「いえ、とんでもございません。」
「して、パーラよ、その者を余に紹介してほしい。」
「はい、それでは。この者はツカサ。胡椒の新規仕入れ先の商人でございます。」
「ツカサ、と申します。ひとつ、予め謝罪させてください。私はこれまで国王陛下などという最上位のお方はおろか、そもそも上流階級の方々と接点を持ったことがございません。そのため礼儀作法に疎く、不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、その点について予めお詫び申し上げます。当然、決して害意などございませんこと、お伝え申し上げます。パーラ殿からこの日のために教育を受けてはおりますが、いかんせん付け焼き刃の知識や作法ですので。」
「そうだな。余に対しての不敬は最悪死罪じゃ。じゃが、己の非礼をここまで素直に告白したのもお主が初めてじゃ。パーラよ、面白い女を見つけたものだの。」
面白い女――
パーラ、ポーラに緊張が走るのが分かる。が、これは国王たちにも気付けまい。
「して、ツカサよ。お主はどこからあの胡椒を仕入れておる?」
「私は海を隔てた遠い島国からやってきた旅の行商人で御座います。件の胡椒は、故郷から調達しております。」
クララの眼がスッと細まる。ララスからも懐疑的な目を向けられ、しかし、リーラスはどちらかと言うと姉と母の様子を窺っているようだった。
「ほぅ。それで、そんな遠くからどうやってこの王国に品物を持ってくるのだ?」
(さてと、ここからが本番だな。)
無限道具箱から胡椒を一袋召喚する。
これにはララス、リーラスは勿論、クララですら驚きの表情を浮かべた。
すかさずパーラが口を挟む。
「これが、この度なにもつつみ隠さずツカサ殿をご紹介した理由に御座います。このようなこと、隠匿する方が悪手と判断した故のことでございます。」
「この胡椒は、これからも安定供給可能です。」
「このような見事な召喚魔法、我が国の宮廷魔術師でもできる者はおらぬな。もしかして、最近貴族共の間で話題になっている琥珀酒と摩訶不思議な茶菓子も、お主が供給元か?」
「左様でございます。」
クララの表情が為政者のそれに戻る。
「そうか。なら貴殿に問おう。このような力を持ちながら、なぜこそこそとフォルテ商会に隠れておるのだ? 貴殿ほどの力があれば、どのような商会も太刀打ちできん。のみならず、どの国の軍でも最大限に歓待されよう。」
「私が王国に来たのはたまたま偶然です。ですが、ここで色々な人に助けられました。その大きな一つがフォルテ商会です。この呼び出しに応じると決めたとき、国王には全て開示すべきと判断いたしました。これから私の真の正体を明かすことをお許し願えますか?」
「ほう? これ以上の何があると申すのだ? 分かった許可する。申してみよ。」
「では遠慮なく。私はツカサ、旅の行商人です。そして、その性別は『男』で御座います。」
今度こそ、クララ、ララス、リーラスの三人が完全に固まる。
数秒の沈黙の後、クララが呟くように問う。
「証拠は?」
予想された問いに対し、金髪のカツラを外す。
短髪黒髪が露わになった。
「その長身に広い肩幅、そして平坦な胸。髪が短髪の者は他にもいるが、なるほど、余が感じていた違和感はそれ故か。」
クララが舐めるように観察し、パーラに向き直る。
「パーラ、にわかには信じられないが、お主が男と言うのなら嘘ではないのだろう。そうなのだろうが、コトがコトだ。だから、状況証拠だけでなく、確たる証拠がいる。分かるな?」
パーラとポーラがその言葉に「は…はい…。」と身動ぎした。
(ん?どゆこと? あ、つまりそゆこと!?)
「…ここで全裸になるのは、さすがに不敬が過ぎるかと…。」
思わずポーラが叫ぶ。
「ツカサさん…! あなた国王陛下並びに王女殿下の前でなんてことを…! こんなところで見せていいものでは…」
言ってる途中、ポーラが自分が何を言っているのか自覚して赤面する。まるで茹でダコだ。
そんなポーラにララスが遠慮がちに声をかける。
「ポーラ全権代理殿。あなたはツカサ殿の…それを…」
「ララス殿下、失礼いたしました。ポーラは、私の妻でもあるのです。」
ララスが目を見開く。
「パーラよ、お主本当にとんでもない者を連れてきたな…。」
とクララが呆れ気味に言ったあと、「状況を整理する。」と国王の声音で告げた。
―◇―◇―◇―
「つまり状況を整理するとこうことでしょうか。ツカサ殿は男性。そしてこの王都近隣の森で突然目覚め、王都に来た。路銀が無いため商いをしようとしても、ギルドへの登録料も払えないため、ダメ元で王都最大のフォルテ商会に直接商品を持ち込んだ。その商品に興味を持ったポーラ殿の協力もあって無事に商業ギルドへの登録も済ませ、現在はフォルテ商会と独占契約を結び、また、ポーラ殿、及び王都で初めて邂逅したミラなる村娘とも婚姻関係を結んでいる、と。」
ララスがこれまでの情報を整理する。
「はい、相違ございません。」
俺の返事にクララがふぅっと呆れた溜息を漏らす。
「此度の謁見、各行政官や貴族共を来させなくて本当に良かった。」
(各行政官や貴族? 確かに変だとは思っていたが…。)
「確かに国王と王女殿下だけとは、少し気にはなっておりましたが…。」
「余が問いたかったのはフォルテ商会が流通させている良質な胡椒の供給源と、継続して供給できるか否か、じゃ。余はパーラからこのような会議室で内々に話を聞ければそれでよかったのじゃが、さっきも申した通りララスが『いかに信用あるフォルテ商会とて、供給源については秘匿される可能性がある。よって大謁見室で面会すべき』と生意気にも余に意見しよってな、いかな虚偽も許さぬよう、大謁見室にて謁見を行ったのじゃ。」
クララが一息つき、続ける。
「だからもともと彼奴らを出席させる予定も無かったのじゃよ。まぁ、結果的に良かったがな。男で、しかも凄腕のマジックボックス使い。陸軍卿や海軍卿に知れれば、奴ら色めき立ちよるぞ。」
(軍部か…。やはり先に国王に知られせておいて良かったな…。)
「大謁見室は公式の場です。虚偽の報告をすれば最悪その場で処刑です。今回の謁見では万が一にも虚偽報告されては困るのですよ。疑っていたわけではないのですが、ご負担をお掛けして申し訳ございません、パーラ殿、ポーラ殿。」とララス。
「「いえ…! とんでもございません。」」
2人が綺麗にハモる。やはり親子だ。
(それにしても、そこまで虚偽報告をさせたくない理由は何だ? 確かに俺みたいな男が来ることは想定外だったはずだが…)
「何か考えておるの? 考えはまとまったか??」
クララが試すような、それでいて面白そうな眼で尋ねてくる。
(やば、勘付かれた…)
「遠慮はいらん、申してみよ。」
(しゃーねーな…)
「僭越ながら申し上げます。確たる証拠も無いただの推論のため、見当違いなことを申し上げるかもしれませんが、ご容赦ください。胡椒、とりわけ良質で適正価格の胡椒の供給源をお知りになりたかったのは、まずはそれがサイレル公爵領経由のものであるかを確認したかったのではないでしょうか。」
ララスとリーラスの目が少し見開かれる。クララだけが表情を変えず「ほう、続けよ。」と促す。
「仮にサイレル公爵領経由でなかった場合、次に確認したいのは安定した供給の可否。もちろん、これまでお話した通り、私の胡椒はサイレル領経由ではなく、また、安定供給可能です。」
「それで? 余がそれを確認した狙いは何だと思う?」
(…言うしかねぇな。)
「見当違いであればご容赦を。狙いは、サイレル公爵家、またはそれに準ずる何者かへの、胡椒利権による資金流入の阻止、ではないでしょうか。」
ララスとリーラスの目が、今度ははっきりと見開かれた。
(まさかの当たり!?)
「お主ら、先ほどからふざけておるのか? それともこの部屋から叩き出されたいのか? 所望なら衛兵を呼ぶぞ?」
クララが冷たく言い放つ。部屋の空気が一気に3度ほど下がった気がした。
(…え?なに? 誰に言ったの??)
見ると、ララスとリーラスが目を伏せ、まるで見えない手で押さえつけられるように青い顔で俯く。
「「も、申し訳ございません、陛下…。」」
(あぁ、「反応が分かり易すぎる」と叱責したのか。為政者たるもの、表情で考えを読まれてはいけない、という指導なんだろうが…。ちょっと可哀想だな。まぁでも、王族だしな…。)
トン、トン、トン、と、クララが指先でテーブルを叩き、はぁ、と溜息をつく。そして静かに「正解じゃ」と告げた。
「我が国が地方分権であることは知っておろう。20年くらい前から造船技術と航海技術が発達し、海路貿易が物流の中心となった。サイレル公爵領は胡椒の輸出国であるウィネ共和国に最も近く、海路貿易の利権が集中しておるのだ。その最たるものが胡椒よ。彼奴ら、ウィネ共和国からの胡椒を囲い込んで価格を吊り上げておる。もしサイレル公爵領以外から胡椒を調達できるなら、彼奴らの利権を崩すこどができるでな。」
パーラとポーラが息を呑む。
「サイレル公爵領で、共和国から直接取引しようとすると、ガーク商会なる商会に売上の半分を手数料として納めなければならないという約款にサインさせられるのです。なんとかならないものかと我が商会も色々と考えていましたが…」とポーラ。
(そういえば、ポーラはこの件について王城に何度も陳情したと言っていたな。いつもなしの礫だとぼやいていたが…。)
「これは、事実上の徴税です。いかに地方貴族が強いとはいえ、徴税権を持つのは王家のみ。さすがに取り締まれば素直に従うのではないですか?」とパーラが続ける。
「何度も是正勧告はしておるわ。だがその度に『いち商会の約款のため、公爵家にそれを是正する権限なし』とふざけた回答を寄越しおる。とはいえ、ヤーライルが噛んでおる何かしらの証拠がない限りこちらも強硬策に出れぬのも確かじゃ。」
「なるほど、だからフォルテ商会の陳情には理解を示すも、機を窺っておられたということですね。」
(機を窺っていた、といえば聞こえはいいが、要はこの胡椒の件がなければ打つ手が無い状態だったわけだ。)
「その通りじゃ。そなた、いちいち正解をいいよるの。」
「たまたまでございます…。」
クララの口角がほんの少し上がる。
「謙遜はよい。事実、そなたの胡椒のお陰で彼奴らの資金源を絶つことができる。これでヤーライルの奴にこれ以上デカい顔をさせずに済むのでな。」
(ヤーライル…。確か、サイレル公爵家の頭首だったっけか?)
「ヤーライル、というのはヤーライル・サイレル公爵のことでしょうか。もしものときは王国に反旗を翻すような貴族である、と?」
「左様じゃ。」
「お母様…!」
こともなげにさらりと認めたクララに対し、思わず口を挟むララスだったが、クララから横目で強烈に睨めつけられて凍り付く。
「公務のときは陛下と呼べと常々言っておろう。お主、どれだけの無様を晒せば気が済むのじゃ? 第一王女としての自覚が持てぬというのであれば今すぐ適当な貴族に嫁がせるぞ。」
その言葉にララスはもちろん、リーラスまで震え上がっている。
(…シンプルに怖ぇ…。)
クララがパーラに向き直る。
「もとより今日はそれも含めてパーラに伝えるつもりじゃった。万が一、いざコトが起こったとき、フォルテ商会にも経済的に甚大な被害が出よう。じゃが、この王国最大の商会を倒れさせるわけにはいかんのだ。パーラよ、ヤーライルの奴に挙兵させる気は無い。じゃが、万が一ということもある。胡椒以外の品々についても、サイレル公爵領経由以外からの物流の準備を出来るだけしておいてほしい。可能か?」
「まさか…っ!」
パーラとポーラが思わず前のめりになりになる。胡椒が内戦の火種になるなんて、さすがに思ってもみなかったのだろう。
しばしの後、パーラが事の大きさを理解したように襟を糺し「国王陛下の信用に応えられるよう、このパーラ及びフォルテ商会、最大限の対応をすることをお約束します。」と一礼した。
(なーんか、話がデカくなっちまったな。南部の貴族の反乱、か。果たして資金源を絶つだけで済むのか甚だ疑問だ。それに、もし内戦になったら帝国や連邦とか、その機に乗じて攻めてこないのだろうか??)
クララが満足そうに頷き、それから俺を見やる。
「ツカサ、そなたのような存在と相まみえることになろうとは全く予見しとらんかったが、この王国にとっては僥倖じゃ。今後ともフォルテ商会の力になってくれるのであれば、取り敢えず今は何も問うまい。他に質問はあるか?」
(…聞くな。聞くんじゃない、俺。「特にございません」だけを言え、俺。)
「…ヤーライル公爵と、ウィネ共和国が共謀しているという可能性は無いのでしょうか…?」
(あーあ、聞いちゃったよ…。)
俺のひと言で、解散の雰囲気になっていた会議室の空気が凍りつく。
クララが指先でテーブルをトン、トン、と叩く。
パーラとポーラの2人が信じられないといった表情を向けてくる一方で、ララスとリーラスは先ほどの叱責もあり、感情のない目をテーブルに落としている。
「どうしてその疑問に至った?」
クララが静かに口を開く。が、その声には全く温度が感じられなかった。
「サイレル公爵家が王家領に進軍する場合、背後のウィネ共和国に対する防衛のために兵を配置せざるを得ません。が、それでは王家領に進軍する兵力が足りません。どんなに好戦的な人間だったとしても、負けると分かっている戦争はしません。しかし…」
(言うしかねぇな、パート2だぜ、まったく…。)
「背後を気にする必要が無ければ、全軍で攻め込むことが出来ます。そして、戦争が長引くほどサイレル公爵家軍に有利になります。サイレル公爵家軍にはウィネ共和国から絶え間なく物資が届く一方で、王家は兵站を維持するのが困難になるからです。」
兵站。その言葉が出たとき、クララの目が鋭く光る。
「この王国内戦に高みの見物を決め込むほど、帝国や連邦は甘くはないでしょう。いえ、たとえそうだったとしても、攻め込んでくることを前提に考えるべきです。とすれば、インバイト公爵軍とキート公爵軍もそれぞれ帝国と連邦を対抗するため、防衛線を張る必要があります。そして戦争が長引くほど、しばらくの内にこの三家の兵站は破綻します。そうなれば…」
「そうなれば、間違いなく王国は滅ぶじゃろうな。」と、クララが事もなげに引き継いだ。
会議室を圧迫する沈黙を、クララの小さな笑い声が破る。
「ツカサ。お主、一介の商人にしておくのは勿体ないくらいだの。」
薄い微笑みがむけられる。が、その目は笑っていない。
「そう、その通りじゃ。今、王国は非常に厳しい状態に陥っておる。どうにも焦る必要があったが、そなたの胡椒で一筋の光が差したわ。余が言ってる意味は分かるか?」
「胡椒での資金流入が減ることで、挙兵の準備が長引きます。その間に不正の証拠を揃え、一気呵成にサイレル公爵家を攻め落とすおつもりなのでしょう? ウィネ共和国からの援軍が来る前に、帝国や連邦が王国の内戦に気づく前に戦争を終わらせる。そんな電光石火の戦いをなさろうとしておられる。」
今度こそ、会議室に重く冷たい空気がずしりと落ちた気がした。




