EP 8
防衛戦略構築(J5の頭脳)
ポポロ村の村長宅、その地下にある防衛司令室は、ピリついた空気に包まれていた。
「……ルナミス帝国軍の一個大隊が、国境付近で『演習』と称して陣を敷いている。距離にしておよそ三キロ。魔導戦車も十輌ほど確認しました」
執事のリバロンが、魔導盤に投影された立体地図を指し示しながら報告する。
帝国側の意図は明白だ。武装中立を気取るポポロ村に対する、物理的な威圧である。
「あっそ。じゃあ、ちょっと私が流星脚で全員の顎を砕いてこよっか?」
村長のキャルルが、特注の安全靴の踵を鳴らしながら、ダブルトンファーを手に取った。ヤンデレ特有の据わった瞳をしている。
その横では、紅蓮の戦乙女ダイヤが「魔導誘導バズーカの弾薬費が……でも撃つしかないよね……」と涙目で武器の手入れを始めていた。
(……やれやれ。個の武力に頼りすぎた、典型的な烏合の衆だな)
部屋の隅で缶コーヒーを飲んでいた真一は、呆れたように小さくため息をついた。
彼女たち一人ひとりの戦闘力は、確かに一個師団に匹敵するかもしれない。だが、軍事行動において「指揮系統のない暴力」ほど脆いものはない。
「キャルル。無駄な血を流すな」
真一が低く通る声で制止すると、部屋の全員の視線が彼に集まった。
「『百戦百勝は善の善なる者に非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり』。孫子の兵法だ。……貸してみろ」
真一はマグカップを置くと、立体地図の前に歩み寄り、盤上の駒(魔導兵器の配置ピン)を次々と動かし始めた。
統合幕僚監部『J5』――自衛隊における防衛計画と戦略構築の最高中枢。そこで国家防衛のシナリオを幾度も描き、イージス艦隊を指揮してきた男の『真骨頂』が発揮される。
「村の自警団が持つ魔導戦車と対空砲の配置だが……これでは射線が被りすぎている。正面からの力押ししか想定していない三流の陣形だ」
真一の手によって、ポポロ村の防衛網が劇的に再構築されていく。
「対空砲は防風林の天蓋に隠し、十字砲火を形成しろ。魔導戦車は稜線射撃の姿勢を取れるこの窪地に配置。そして、魔導地雷の敷設範囲をこのV字型に変更だ。敵の進軍ルートを限定させ、ダイヤのバズーカと自爆ドローンの火力が集中する『キルゾーン(殺戮地帯)』を作り出す」
流れるような指示。それは、ただの農夫が口にできる言葉ではなかった。
地形の起伏、兵器の射程、敵の心理状態の全てを計算し尽くした、冷酷なまでに完璧な『防衛陣形』。
「な、なんやこの配置……。一見スカスカに見えるけど、敵が一歩でも村の領域に踏み込んだ瞬間、全方位から蜂の巣にされる悪魔のトラップやないか……!」
財務担当のニャングルが、算盤を弾きながら戦慄の声を上げた。
リバロンもまた、冷や汗を流しながら真一の横顔を見つめていた。
「ダイヤ、お前は遊撃だ。初弾で敵の指揮車両の履帯を破壊し、足止めしろ。……あとは、相手が勝手に『死の恐怖』を悟って引き返す」
真一はそう締めくくると、懐からハイライトを取り出して咥えた。
「――陣形変更、急げ。演習には『完璧な防衛』で応えろ」
◆ ◆ ◆
同時刻。ポポロ村から三キロ離れた国境付近。
ルナミス帝国軍の陣地から、双眼鏡型の魔導具で村を監視していた近衛騎士団長・キュロスは、流れる冷や汗を拭うことも忘れて絶句していた。
「……何が起きている? あのポポロ村の陣形は、なんだ?」
昨晩まで、ポポロ村の防衛網は「強力だが隙だらけ」だった。
帝国軍の魔導戦車部隊で飽和攻撃をかければ、被害は出るが突破できる――そう計算していた。
だが、今目の前に展開されている陣形は違う。
魔導地雷の配置による完璧なルート限定。見えない位置から狙いすまされた対空砲と長距離魔砲の照準。
どこから攻めても、第一陣が確実に全滅する『数学的かつ冷徹なキルゾーン』が完成していた。
「団長! レオンハート獣人王国の国境守備隊からも、通信が! 『ポポロ村が異常な戦術機動を取っている。手を出せば全滅するぞ』と!」
通信兵の悲痛な報告に、キュロスはギリッと奥歯を噛み締めた。
あの月兎族の村長や、脳筋の賞金稼ぎ(ダイヤ)に、こんな緻密な軍略が描けるはずがない。
(まるで……すべてを見透かした『軍神』が、盤面を支配しているようだ……!)
クラウゼヴィッツの『戦争論』をバイブルとする知将キュロスでさえ、その完璧すぎる防衛陣形を前に、一歩も足を踏み出すことができなかった。
「……全軍、撤退だ。これ以上の挑発は、我々の首を絞める」
キュロスは苦虫を噛み潰したような顔で、軍を退いた。
◆ ◆ ◆
「帝国軍、完全撤退しました! こちらの被害、ゼロです!」
司令室に歓声が上がった。
キャルルが目をキラキラと輝かせて真一を見上げる。
「すごい! 何もしないで追い返しちゃった! 坂上さん、一体何者なの!?」
「ただの非正規農夫だ」
真一はマッチブックでハイライトに火を点けると、深く紫煙を吐き出した。
(戦わずして勝つ。……出雲艦隊のシミュレーション通りだな)
荒事だけでなく、国と国とのパワーバランスすらも完璧にコントロールしてみせた男。
こうして坂上真一は、ポポロ村における「最強の頭脳」としても、その地位を確固たるものにしたのだった。




