EP 5
金曜日にはカレーを。海将直伝の極上兵站
ポポロ村での非正規農夫生活が始まって、数日が経過した。
真一は、自身の中に刻まれた正確な「体内時計」と「曜日感覚」によって、今日が何の日であるかを察知していた。
「……金曜日、か」
海上自衛隊において、金曜日は特別な日だ。
長い洋上任務で失われがちな曜日感覚を取り戻すため、海自では毎週金曜日の昼食に必ず『カレー』を食べる伝統がある。
真一は農作業の休憩中、村の共同炊事場に立っていた。
持参したエプロン(なぜか軍服の下に着用していたのか、あるいは『酒保』から出したのかは定かではない)を締め、腕まくりをする。
「休日の趣味が、こんな所で役に立つとはな」
真一の休日の楽しみといえば、手作りの萩焼の器に、スパイスから調合した自家製カレーを盛り付け、妻の恵や幼い千姫に振る舞うことだった。
真一は『酒保』スキルを起動し、次々と食材を空間から取り出していく。
海自のPX(売店)で販売されている『特製レトルトカレー(業務用)』をベースに、同じくPX商品の『牛肉の大和煮缶詰』、フライドオニオン、そして複数のカレースパイス。さらに、農作業で少し分けてもらったポポロ村特産の『太陽芋』をゴロリと大きめにカットして鍋に投入する。
グツグツと煮えくり返る鍋に、真一は胸ポケットのスキットルを取り出し、愛飲している『芋焼酎』を隠し味としてほんの少しだけ回し入れた。
「アルコールを飛ばせば、コクと深みが増す。出雲艦隊・坂上流の隠し味だ」
木べらで鍋をかき混ぜると、カルダモンやクミンのスパイシーな香りと、牛肉と芋が溶け合った暴力的なまでに食欲をそそる匂いが、炊事場からポポロ村の広場へと風に乗って広がっていった。
◆ ◆ ◆
「な、なんなのこの匂い……!? 脳髄が痺れるような、暴力的な芳醇さ……っ!」
広場の隅のテントで、ルナミス帝国軍の払い下げ糧食『L缶(ハズレの太陽芋ペースト)』をすすっていた紅蓮の戦乙女、ダイヤ・マーキスは、持っていたスプーンを取り落とした。
常に弾薬費で金欠の彼女は、まともな温かい飯などここ数日口にしていなかった。
フラフラとゾンビのように匂いの元へ歩いていくと、そこには同じく匂いに釣られたリーザやキャルル、そして執事のリバロンまでもが集まっていた。
「お前らも腹が減っているのか。ちょうどいい、味見の頭数は多い方が助かる」
真一は、棚から取り出した大きめの木の皿に、ふっくらと炊き上がった『サンライス』をよそい、その上から琥珀色に輝く熱々のカレーをたっぷりと掛けた。
仕上げに、PX商品である真っ赤な『福神漬け』を添えて完成だ。
「さあ、食え。海自――いや、俺の特製金曜カレーだ」
ダイヤは震える手で皿を受け取った。
スパイスの香りが鼻腔を抜け、胃袋が悲鳴を上げる。彼女はスプーンでルーとサンライス、そして大きなお肉をすくい上げ、口に運んだ。
「――っ!!??」
瞬間、ダイヤの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「お、おいひぃぃぃ……っ! なにこれ、お肉がホロホロで、スパイスの刺激の奥にものすごいコクがあって……! 太陽芋の甘みが絶妙に絡み合って……私、こんな美味しいご飯、生まれて初めて……っ!」
極貧生活の反動も相まって、S級賞金稼ぎであるダイヤは人目も憚らず号泣しながらカレーをかき込み始めた。
「んんんーっ! スパイシーだけど、甘い! パンの耳をつけて食べたら最高だよぉ!」
リーザもマイ箸ならぬ『マイ食パンの耳』をルーに浸して悶絶している。
「……坂上さん。貴方、ただの農夫ではありませんね。この香辛料の配合、一流の宮廷料理人すら凌駕していますよ」
リバロンでさえ、スプーンを口に運ぶ手が止まらない。
「美味いか。なら、おかわりはいくらでもあるぞ」
真一は満足げに笑い、自身もスキットルの芋焼酎をチビリとやりながら、カレーを口に運んだ。
(やはり、兵站は戦の要だな。士気を上げるには、温かくて美味い飯が一番だ)
かつてイージス艦の乗組員たちに振る舞ったのと同じように、異世界のバケモノたちにカレーを振る舞う元海将。
この日を境に、ポポロ村における「非正規農夫・坂上真一」の評価は、武力や知略ではなく、『胃袋を完全に掌握した男』として爆上がりする




