EP 4
歩く災害たちと、元総長の大人の余裕
龍魔呂との短い休息を終え、真一が農作業に戻ろうとした時のことだった。
村の中央広場の方から、何やら騒々しい声が聞こえてきた。
「ぐ、ぐぬぬ……! アイドルは施しは受けないんだから! このパンの耳と、特製雑草サラダがあれば十分よ!」
「まあまあリーザさん、そんな意地を張らずに。お金に困っているなら、私が純金10キロを出しますわ! もしくは腎臓を……私がすぐ再生させますから!」
「ルナちゃん、市場経済が崩壊するしコンプラ違反だからやめてって言ってるよね? ……それ以上やったら、顎砕いて強制全回復の刑にするよ?」
声の主は、三人の若い娘たちだった。
一人は、色あせた『ルナミスデパート』の芋ジャージに健康サンダルを履き、パンの耳と茹で卵を握りしめた人魚姫のリーザ。
一人は、ふわふわのドレスを着て、無邪気な善意で純金の塊を取り出そうとしている次期エルフ女王候補のルナ。
そしてもう一人は、特注の安全靴を履き、笑顔のまま物騒な脅しをかけている月兎族の村長・キャルルだ。
(……やれやれ。族の集会や、血の気の多いレンジャー部隊の喧嘩は腐るほど見てきたが、こいつはまた毛色の違う動物園だな)
真一はため息をつき、首をポキリと鳴らした。
普通なら関わり合いを避ける場面だ。下手に首を突っ込めば、純金のインフレか、顎粉砕のどちらかが待っている。
だが、真一は元・暴走族総長にして、数千人の部下を束ねてきた海将である。若い部下の暴走を宥めるのなど、朝飯前だった。
「……おい。空きっ腹で騒ぐのは、効率が悪いぞ」
真一が三人の間に割って入ると、娘たちはピタリと動きを止めた。
純白の作業着の下から滲み出る、圧倒的な『強者の覇気』。特にキャルルは、真一の腰にある『正宗』と、その淀みない歩法を見て、瞬時に警戒レベルを跳ね上げた。
「……新入りの非正規さんだよね? 何か用かな?」
キャルルが安全靴の踵をトントンと鳴らす。いつでもマッハの飛び蹴り(流星脚)を放てる構えだ。
だが、真一は全く動じず、ただ『酒保』のスキルを脳内で静かに起動した。
「腹が減っては戦はできん。まあ、これを食え」
真一はまず、意地を張ってお腹を鳴らしているリーザに向かって、ポンと銀色の缶を投げ渡した。
「ひゃっ! な、なにこれ?」
「自衛隊名物、パンの缶詰だ。マフィンタイプで、長期保存が効く上にかなり甘くて美味い。雑草よりは腹の足しになるだろう」
「あ、甘いマフィン……っ!」
リーザの瞳が、限界まで見開かれた。アイドルのプライドと食欲が脳内で1秒だけ闘い――食欲が圧勝した。
カパッ! と猛烈な勢いで缶を開け、ふんわりと甘い匂いが漂った瞬間、リーザは涙を流しながらパンに齧り付いた。
「おいひぃ! なにこれ、おいひぃぃぃ!」
「ほら、お前さんも純金をしまうんだな。甘い物が欲しいなら、これで我慢しろ」
呆気にとられているルナの手に、真一はPX(売店)で定番の『板チョコレート』と『クッキー』の箱を押し付けた。
「これは……未知のスイーツですわ! 香り高いカカオの匂い……純金より価値があるかもしれません!」
天然エルフの意識が、完全に未知の菓子へと逸れた。
残るは、一人警戒を解いていない村長のキャルルだ。
彼女はトンファーの柄に手をかけ、鋭い視線で真一を睨みつけていた。
「……何者? ただの農夫が、そんな珍しい食べ物をポンポン出せるわけないよね」
ヤンデレ気質特有の、冷たく重い殺気が真一に向けられる。
だが、真一はふっと優しく微笑むと、胸ポケットを探る素振りをし、手のひらに乗せた「ある物」をキャルルの目の前に差し出した。
「あんたがここの村長だな。雇ってくれた礼だ。……受け取れ」
真一の手のひらに乗っていたのは、ピンク色の可愛らしい包み紙。
――PXで買った、『苺ミルク飴』だった。
「え……?」
「疲れた時は、甘い飴を舐めるに限る。俺の娘も、それが大好物でな」
千姫(5歳)の顔を思い出したのか、真一の表情は、海将のそれから「優しい父親」の顔へと変わっていた。
そのギャップと、大人の男の余裕。そして何より、大好物の苺ミルク飴を前にして、キャルルから立ち上っていた殺気は嘘のように霧散した。
「あ、ありがとう……ございます」
キャルルは頬をポッと赤らめ、苺ミルク飴を大事そうにポケットにしまった。
「よし。これで平和になったな。俺は作業に戻るぞ」
真一は三人に背を向け、軽く手を振って再び農地へと歩き出した。
その後ろ姿を、三人の歩く災害たち――キャルル、リーザ、ルナは、完全に心を奪われたようなキラキラとした瞳で見送っていた。
少し離れた木陰で、その一部始終を監視していた宰相のリバロンは、冷や汗を流しながら呟いた。
「あの『三厄災』を……たった数個の菓子で完全に手懐けただと? あのオッサン、一体どれほどの修羅場を潜ってきたバケモノなのですか……」
こうして、坂上真一はポポロ村のヤバい住人たちに、あっという間に受け入れられていくのだった。




