EP 3
喫煙所の流儀。伝説の暗殺者と交わす紫煙
ポポロ農場の片隅、丸太が組まれただけの簡素な喫煙所。
真一が歩み寄ると、先客の青年は鋭い視線を微かにこちらへ向け、すぐに前方へと戻した。
黒のレザージャケットにワインレッドのタートルネック。身長は190センチ近くあり、真一にも劣らぬ恵まれた体躯をしている。
何より、その青年から立ち上る血と硝煙の匂い、そして隠しきれない異常なまでの殺気は、ただの農夫のそれではない。
真一は青年の隣にどっかりと腰を下ろした。
無言のまま、真一は『酒保』のスキルで引き出したばかりのハイライトの箱をトントンと叩き、一本抜き出した。
そして、横顔に影を落としている青年へとスッと差し出す。
「どうだ? 若いの、1本やるか?」
青年――鬼神 龍魔呂は、差し出された白い箱と真一の顔を交互に見つめた。
常人であれば、龍魔呂の纏う赤黒い闘気の残滓と冷たい空気に当てられ、目を合わせることすらできないはずだ。だが、この白髪交じりのオッサンは、まるで近所の若者に声をかけるような自然さでタバコを勧めてきている。
龍魔呂はふっと息を吐き、ハイライトを一本抜き取った。
「ハイライトか……悪くない」
真一は自分の分も咥えると、紙製のマッチブックを擦り、まず龍魔呂のタバコへ火を向け、次いで自身のタバコに火を点けた。
二筋の紫煙が、異世界の青空へと静かに立ち昇る。
(タバコや酒は、現地民や仲間達と仲良くなれる最高のツールだ)
真一は紫煙を肺に深く落としながら、内心で独りごちた。
J5での政治的な根回しも、艦隊での過酷な任務も、大抵の物事は喫煙所や酒場で決まる。そこに飛び込まんでどうする。
仲間が落ち込んでいたら、タバコを1本差し出して、悩みを聞いてやる。それが上に立つ者――上官の務めというものだ。
真一の族上がり特有の面倒見の良さと、海将としての器の大きさが、言葉にせずともその背中から滲み出ていた。
龍魔呂は、ゆっくりと煙を吐き出しながら、隣の男を値踏みするように見た。
ただの農夫ではない。
農作業の合間にも関わらず、呼吸に一切の乱れがない。腰に差した日本刀『正宗』の柄には、幾千の修羅場を越えてきた者だけが持つ、独特の「手垢」と「凄み」が染み付いている。
「……あんた、こっちはどうだ?」
龍魔呂はジャケットのポケットから、自身の愛用する赤い箱――『マルボロ赤』を取り出し、真一へ1本差し出した。
「ほう」
真一はそれを受け取ると、再びマッチブックで火を点けた。
強めのタールがガツンと喉を蹴る。懐かしく、そして骨太な味わいだった。
「うむ。悪くない」
真一が短く答えると、龍魔呂の口元に微かな笑みが浮かんだ。
名も名乗らず、素性も深くは聞かない。だが、この数分間の紫煙の交換だけで、二人の間には「こちら側」の人間としての確かな理解が生まれていた。
「俺は龍魔呂だ。村の路地裏で『鬼龍』って店をやってる。……あんた、夜にでも顔を出しな。美味いメシと酒を用意しておく」
「坂上真一だ。ああ、寄らせてもらおう。ツマミはこちらで用意させてもらうかもしれんがな」
最強の『酒保』スキルを持つ50歳の海将と、心に深い闇と優しさを抱える25歳の伝説の暗殺者。
異世界の片隅にあるカオスな村で、最も危険で渋い二人の男が、確かな絆を結んだ瞬間だった。




