EP 2
ポポロ村の非正規農夫。発現する最強スキル『酒保』
ルナミス帝国の帝都から、魔導車と呼ばれる奇妙な乗り物に揺られること数時間。
真一は、人狼族の執事リバロンの案内で『ポポロ村』へと到着していた。
「ここが、貴方様に働いていただく農場になります。坂上様」
「……ほう」
馬車を降りた真一は、目の前の光景に微かに目を細めた。
のどかな田園風景が広がっている。しかし、その実態は異様だった。
畑では、農民たちがピカピカに磨き上げられた『魔導戦車』の横で鍬を振るい、遠くには見覚えのある青と白のストライプの看板――『タローソン』と書かれた店舗が建っている。
さらには、収穫されている大根が月のように丸く発光していたり、引き抜かれた人参が「ギャーッ!」と奇声を上げて畑を逃げ回っていたりした。
(武装中立の緩衝地帯に、高度なインフラと異常な農作物……。なるほど、J5(統合幕僚監部)の戦略シミュレーションでもお目にかかれんカオスだな)
真一は内心で的確な戦力分析を行いつつも、表情一つ変えなかった。
そんな真一の横顔を、リバロンは静かに観察していた。
(普通の人間なら、この村の異様さに腰を抜かすか、質問攻めにするはず。……やはりこの御仁、ただの老兵ではありませんね)
「坂上様。農作業の経験は?」
「実家で少しばかりな。それに、甲板の掃除や重い弾薬運びなら腐るほどやってきた。体力には自信がある」
真一は支給された作業着の上着を羽織りつつ、腕まくりをした。
鍛え上げられた太い前腕には、一切の衰えがない。左手首には特殊部隊御用達の堅牢な腕時計『Sinn』が鈍く光り、傍らに置かれた『正宗』からは静かな殺気が漂っていた。
「頼もしいですね。では、まずはあちらの『サンライス』の刈り取りをお願いします」
リバロンが一礼して去ると、真一は黙々と農作業を開始した。
◆ ◆ ◆
数時間後。
真一は、額の汗を手の甲で拭った。
「ふむ。この歳の肉体労働も、案外悪くないな」
海将というトップの座に就いてからは、書類仕事や指揮ばかりだった。土の匂いを嗅ぎながら体を動かすのは、族時代や若手自衛官だった頃を思い出させて心地よかった。
ふと、真一の視界の端に、奇妙な『文字』が浮かび上がった。
半透明の、ホログラムのようなウインドウだ。
『坂上 真一』
【ユニークスキル:酒保】
「……ん? 酒保、だと?」
思わず独りごちる。
酒保とは、旧日本軍や自衛隊における『基地内の売店(PX)』を指す言葉だ。
真一が頭の中でその文字を念じると、目の前の空間にズラリと「商品棚」の映像が展開された。
「こいつは……驚いたな」
棚に並んでいたのは、見慣れた品々だった。
缶コーヒー、エナジードリンク、カップ麺、レトルトのカレー、スナック菓子。
さらには、愛用しているタバコ『ハイライト』のカートンや、胸ポケットのスキットルに入れているお気に入りの『芋焼酎』の銘柄まであるではないか。
真一は試しに、メニューの中から『缶コーヒー(微糖)』を選択してみた。
ポスン、という軽い音と共に、真一の手のひらに冷え切ったスチール缶が現れた。
プルタブを起こすと、カシュッという小気味良い音が鳴り、焙煎されたコーヒーの香りが漂う。
一口、喉に流し込む。
「……美味いな。キンキンに冷えてやがる」
異世界の炎天下で飲む、現代日本の冷えた缶コーヒー。これ以上の贅沢があるだろうか。
しかも、ステータス画面を見る限り、どうやら真一の魔力(あるいは精神力)を微量に消費するだけで、これらの品を『無尽蔵』に引き出せるらしい。
(兵站は戦の要だ。補給線を単独で、しかも無限に維持できる能力……。使い方によっては、一個艦隊以上の価値があるぞ)
軍のトップとしての冷徹な計算が頭をよぎるが、真一はすぐにフッと笑い、缶コーヒーを飲み干した。
「まあいい。今はただの非正規農夫だ。小難しい戦略は後回しにしよう」
真一は『酒保』のメニューから、新しいハイライトの箱を一つ取り出した。
ちょうど休憩時間だ。
一服しようと、村の隅にある喫煙所らしき丸太のベンチへと歩を進める。
そこには先客がいた。
黒いレザージャケットにワインレッドのタートルネック。
身長は190センチほどあり、真一にも劣らぬ恵まれた体格。
何より、その青年から立ち上る『血と硝煙の匂い』と、隠しきれない異常なまでの殺気は、素人目に見ても「ただの農夫」ではないことを証明していた。
ポポロ村の非正規農夫、坂上真一、50歳。
伝説の暗殺者との邂逅の時は、紫煙と共に訪れようとしていた。




