EP 3
ニャングルとリバロンの密告
夜の帳が下り、ポポロ村は深い静寂に包まれていた。
『サカガミPX』の営業も終わり、真一がカウンターを布巾で丁寧に拭き上げていると、店の奥の特等席でグラスを傾けていた龍魔呂が、ふと視線を扉へと向けた。
「……オッサン。客だぜ。ずいぶんと『急ぎ』のようだがな」
その言葉とほぼ同時だった。
カランッ、と乱暴にドアベルが鳴り、息を切らしたニャングルとリバロンが店に転がり込んできた。
普段は飄々として算盤を弾く猫耳の財務担当も、完璧なポーカーフェイスを崩さない人狼族の執事も、今夜ばかりは顔に明らかな『焦燥』と『怒り』を浮かべていた。
「……どうした。二人揃って、夜逃げの相談か?」
真一は布巾を置き、静かに問いかけた。
「司令、冗談言うとる場合やない……っ。ウチのシマが、完全に舐められとるで」
ニャングルが、ギリッと奥歯を噛み鳴らして言った。
「隣町のルナミス帝国領で、ウチの特産品の『ポポロシガー』と『PRO型弁当』の【偽造品】が大量に出回っとるんや」
「偽造品だと?」
「せや。シガーには粗悪な毒草が混ぜられ、弁当の中身は泥水と腐った肉や。それを『ポポロ村の特製品』と偽って、帝国の下っ端兵士や闇市で高値で売り捌きおった。……おかげで、弁当を食った兵士が腹を下して倒れ、ウチのブランドに泥が塗られとる」
ニャングルの報告を聞き、真一は小さく息を吐いた。
利益を独占する者が出れば、必ず粗悪なコピー品で甘い汁を吸おうとする寄生虫が現れる。それは地球の資本主義でも、異世界でも変わらない法則だ。
「……まあ、偽ブランド品の横行は厄介だが、ニャングルの経済力なら出所を叩き潰すのは造作もないだろう。俺たちのところに駆け込んできた理由は、それだけじゃないな?」
真一の鋭い眼光に射抜かれ、リバロンが一歩前へ出た。
「……お察しの通りです。単なる経済犯なら、私とニャングルで処理していました。ですが、奴らは『越えてはならない一線』を越えました」
リバロンは、手袋をはめた拳をブルブルと震わせていた。
「偽造品を売り捌いているのは、隣町を牛耳る悪徳代官と、それに癒着している悪徳商人です。奴らの真の狙いは、小銭稼ぎではない。この村の地下に眠る、莫大な資金とドワーフ(ドンガン地下帝国)への【密輸ルート】の全容を暴くこと……」
リバロンの言葉が、重く店内に響き渡る。
「奴らは昨日、国境付近の畑で作業をしていたウチの若い農民を数名、不当な理由で拉致しました。そして今も代官の屋敷の地下牢で、地下ルートの秘密を吐かせるために……酷い拷問にかけているとの報告が入りました」
ピシッ……。
店内の空気が、凍りついた。
いや、物理的に冷え込んだのではない。真一の全身から放たれた、絶対零度の『殺気』が、空間そのものを圧縮したのだ。
「――――」
真一は無言のまま、カウンターの灰皿に置いていたハイライトを揉み消した。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……ワシのシマの衆に、手ぇ出したんか」
低く、地獄の底から響くような声。
標準語の丁寧な口調は完全に消え去り、裏社会で血の雨を降らせてきた族総長特有の、荒々しい『広島弁』が漏れ出していた。
真一の背中に、見えないはずの『阿吽の仁王像』が、かつてないほどの凶悪な形相で浮かび上がる。
「カチ割ったろか、そのクソ外道ども」
圧倒的な覇気。
リバロンもニャングルも、そして龍魔呂でさえ、その本気の『将官の怒り』を前に、息をすることすら忘れて硬直した。
「……龍魔呂」
真一が、スッと静かな声に戻って背後へ呼びかける。
「おう。なんだ、オッサン」
「暗殺のシゴトじゃあない。……大立ち回りになるが、付き合えるか?」
カチッ。
龍魔呂が、真鍮製のライターでマルボロ赤に火を点け、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「愚問だな。俺の包丁は、腐った肉を捌くのにも向いてるぜ」
真一は、タローマンで買った真新しいネイビーブルーの作業着の襟を正し、腰の『正宗』の柄を左手でトンと叩いた。
「ニャングル、リバロン。キャルルとダイヤを呼べ。『裏の軍議』を開く」
「し、司令……。まさか……」
「村の防衛はここまでだ。ここからは……『害虫駆除』のフェーズに移行する」
真一の瞳には、一切の慈悲はなかった。
仲間を傷つけられ、自身の兵站を荒らされた海将が、ついに自ら『正宗』を抜く決意を固めた夜。
ポポロ村の悪党たちに向けた、血も涙もない「成敗」の幕が、静かに上がろうとしていた。




