第三章『ポポロ村成敗録〜悪徳商人と偽造シガー〜』
ネギオの青空教室と、地球の駄菓子
ポポロ村に、のどかで怠惰な午後が訪れていた。
吹き抜ける風がサンライスの稲穂を優しく揺らし、遠くではトラクター代わりのロックバイソンがのんびりと草を食んでいる。
村の広場の木陰では、今日も『ネギオの青空教室』が開講されていた。
「いいか、お前ら。ルナミス帝国の内務局が推奨している『タロウ・ペイ』のポイント還元システムってのはな、結局のところ下層の労働者から消費行動のデータを巻き上げ、気づかないうちに首輪をはめる洗練された搾取システムだ。資本主義の豚どもは、小銭の餌でオレたちを……おいコラ、そこの金髪エルフ! 寝てんじゃねえぞ!」
教壇代わりの切り株に立ち、ポポロシガーを吹かしながらネギカリバー(教え鞭)を振るう論破教師・ネギオ。
その毒舌すぎる「資本主義の闇」の講義を受けている生徒は、次期エルフ女王候補のルナと、人魚姫のリーザだった。
「ふぁぁ……む、むずかしいですぅ……」
ルナはフワフワのドレスの裾をいじりながら、すでに白目を剥いて舟を漕いでいる。
「うにゃにゃ……ポイント還元より、パンの耳の現物支給がいいなぁ……」
リーザも完全に集中力を切らし、広場の土に指でパンの絵を描いていた。
「……やれやれ。これだから温室育ちの王女様は困るぜ。少しは頭に栄養を行き渡らせないと、論破のロの字もできねえぞ」
ネギオが呆れたようにため息をついた、その時だった。
「おい、毒舌教師。ガキ相手に頭を使いすぎだ。少し休憩にしろ」
純白の作業着姿のまま、首にタオルを巻いた真一が、ドカッと広場の木箱に腰を下ろした。
手には、大きめのビニール袋が提げられている。
「なんだ、オッサン。今日は非正規農夫のノルマは終わりか?」
「ああ、大根の仕分けが終わってな。……お前ら、おやつにするぞ」
真一は『酒保』のスキルを起動し、ビニール袋から地球の『兵站』を次々と取り出して並べた。
赤と黒のパッケージが眩しい『ポテトチップス(コンソメパンチ味)』と『ポテトチップス(うすしお味)』の特大袋。
そして、キンキンに冷えて水滴がついた、赤いラベルの『瓶コーラ』だ。
「わぁ! なんですかこれ!? 初めて見る袋と瓶ですぅ!」
ルナが目を覚まし、興味津々で覗き込む。
「坂上さん! これ食べられるの!? パンの耳より美味しい!?」
リーザもヨダレを拭きながら飛びついてきた。
「パンの耳とはベクトルが違うが、一度食えば病みつきになる『毒』みたいなもんだ。ほらよ」
真一は栓抜きでシュポッ!とコーラの王冠を開け、ルナとリーザに手渡した。
「黒いお水……? いただきまーす!」
ルナが瓶に口をつけ、勢いよく喉に流し込む。
その瞬間。
「――っっ!? ひやぶぅぅぅっ!?」
ルナのフワフワの耳がピーンと逆立ち、目を見開いた。
口の中で弾ける強烈な炭酸の刺激。アナステシア大陸の果実水とは次元の違う、暴力的なまでの甘みと爽快感。
「お、お口の中がシュワシュワして痛いのに、甘くて冷たくて……っ! なにこれ、止まらないですぅ!」
「ぷはぁーっ! 喉が焼けるみたいだけど、すっごく美味しい!」
リーザも瓶を抱えてゴクゴクと飲み干している。
「飲みすぎると骨が溶けるぞ(※昭和の都市伝説)。こっちも食ってみろ」
真一がポテトチップス(コンソメパンチ味)の袋を開けると、ジャンクフード特有の強烈な香ばしさが風に乗って広がった。
「パリッ……サクサクッ……!」
一枚口に入れたリーザの動きが、ピタリと止まった。
「……坂上さん、これヤバい。お塩と、お肉のお出汁みたいな味が、脳みそに直接ドカンって来る……。パンの耳より、ずっと……ずっと……っ!」
「あはははは! しょっぱい! シュワシュワ! しょっぱい! シュワシュワ! 無限ループですぅー!」
コンソメパンチの強烈な旨味(化学調味料)と、コーラの炭酸。
地球が誇る最凶のジャンクフード・コンボを前に、エルフの次期女王と人魚姫は、あっという間に理性と品格を失い、芝生の上に寝転がりながらポテチを貪るだけの堕落した生き物と化してしまった。
「……おいおい。なんてモンを食わせてんだ、オッサン。教育に悪いだろ」
ネギオが呆れ顔で言いつつも、真一からうすしお味のポテチを一枚受け取り、パリッと口に放り込んだ。
「――――ほう」
ネギオの顔色が変わった。
「なるほど……。芋を極薄にスライスして油で揚げ、この絶妙な塩気……。複雑な魔導薬なんかより、よっぽどダイレクトに脳の快楽中枢をハッキングしやがる。……オッサン、恐ろしい兵器を隠し持ってたもんだな」
「だろ? 疲れた頭には、こういうバカみたいなメシが一番効くのさ」
ネギオはポポロシガーを灰皿に置き、無言でポテチの袋に手を突っ込み始めた。
バリバリ、ボリボリ。
教育熱心だった論破教師も、数分後にはコーラ片手に完全にダメな大人の休日スタイルへと移行していた。
「あー、資本主義とかもうどうでもいいですぅー。ぽてちゅ最高ー」
「……だな。ポポロ村の平和が一番だぜ」
すっかり堕落したルナ、リーザ、ネギオの三人を見て、真一は満足げに笑った。
懐からハイライトを取り出し、マッチブックで火を点ける。
「……平和が一番、か。違いねえ」
紫煙を細く吐き出しながら、真一は村ののどかな風景を見渡した。
血生臭い戦争の駆け引きも、権力の奪い合いも、この村の日常の前ではひどくちっぽけなものに思える。
地球に残してきた妻の恵や、娘の千姫も、きっと今の自分と同じように、平和な空の下で笑っているだろうか。
(この平穏なシマの空気……。誰にも、荒らさせるわけにはいかんな)
出雲の海将・坂上真一の異世界スローライフは、今日も極めて怠惰に、そして最高に平和に過ぎていく。
――この後、村の裏側に不穏な暗雲が忍び寄っていることなど、今はまだ誰も知る由もなかった。




