EP 8
サカガミPXへの密偵。変装した将官たち
ポポロ村のメインストリートに構える『サカガミPX』。
夕暮れ時、農作業を終えた村人たちの客足が落ち着き始めた頃、カラン、とドアベルが鳴って二人の男が店に入ってきた。
一人は、深いフード付きのローブを被った長身の男。
もう一人は、つばの広い帽子を目深に被り、厚手の外套を羽織った体格の良い男だ。
二人とも「ただの旅の商人」を装ってはいるが、その足運びには一切の隙がなく、外套の下に隠し持った異常なまでの闘気と殺気が、空気をビリビリと震わせていた。
(……やれやれ、えらく『大物』が釣れたな)
カウンターの奥でグラスを拭いていた真一は、一瞥しただけで二人の正体を見抜いていた。
身に纏う覇気、鍛え上げられた肉体。歩くたびに重心が全くブレないその歩法。十中八九、三大国の将官クラス――それも、トップ層だ。
二人の男は、カウンターの端と端に距離を取って腰を下ろした。
「いらっしゃい。……珍しい顔だな」
真一が低く穏やかな声で声をかける。
「ああ。近隣の村から、商談に来てな。……少し、喉が渇いた」
ローブの男――ルナミス帝国近衛騎士団長、キュロスが低い声で答える。
「俺もだ。強い酒と、少し腹に溜まるものを頼む。……『特製』のやつをな」
外套の男――レオンハート獣人王国近衛騎士団長、ハガルが、帽子を深く被ったまま凄みのある声で要求した。
偶然か、それとも互いの国の内務卿から同時に指令を受けたのか。
長年の宿敵同士であるキュロスとハガルは、互いの正体に気づきながらも、ここではあえて沈黙を保ち、目の前の「謎の兵站司令官・サカガミ」を値踏みしようとしていた。
「強い酒と、特製のツマミだな。……任せておけ」
真一は『酒保』のスキルを密かに起動し、カウンターの下から音もなく冷えた琥珀色の液体が入ったボトルと、幾つかの缶詰を取り出した。
海上自衛隊の幹部のみが口にすることを許される、防衛省銘柄の最高級純米大吟醸。そして、PX商品の中でも熱狂的な人気を誇る『極上サバのオリーブオイル漬け(ガーリック風味)』と『黒毛和牛の特製コンビーフ』だ。
真一は手際よくコンビーフの表面をバーナーで炙り、サバ缶にはレモンを一搾りして、それぞれの前に差し出した。
「……ほう」
出されたツマミと酒を一目見ただけで、キュロスの表情が険しくなった。
(無駄が一切ない。この透き通った酒……ルナミスの最高級蒸留酒すら凌駕する純度だ。それに、この保存食。缶という容器の中に、これほど計算し尽くされた旨味と香りが封じ込められているというのか……!)
一方のハガルも、獣人族(黒豹耳族)の鋭い嗅覚で、目の前の料理の『ヤバさ』を瞬時に理解していた。
(なんだこの匂いは……! 豚神屋のような下品な脂ではない。肉本来の暴力的な旨味が、限界まで濃縮されている……。野生の本能が、これを『極上の獲物』だと叫んでいやがる……!)
二人は無言のまま、杯を呷り、ツマミを口に運んだ。
「――っ!?」
同時に、二人の将官の肩がビクッと跳ねた。
美味い。美味すぎる。
極限の緊張感の中で生きる彼らの神経が、極上の酒と旨味によって、強制的に「癒やし」へと書き換えられていく。
「……サカガミ、と言ったな」
キュロスが、震える声を隠すように低く問う。
「我が軍……いや、帝国の軍隊が、最近お前の村から出回っている『PRO型』という弁当に骨抜きにされているという噂を聞いた。武力ではなく、胃袋で兵を絡め取る……悪魔のような兵站戦術だ。貴様、何者だ?」
「ただの非正規の農夫であり、しがない売店のオヤジさ」
真一はハイライトを取り出し、マッチブックで火を点けた。
そして、紫煙を細く吐き出しながら、二人の『大将』を真っ直ぐに見据えた。
「だが、兵站の重要性を軽視する軍隊がどうなるか……それくらいは知っている」
真一はカウンターに両手をつき、極限まで抑え込んでいた『出雲艦隊打撃軍・総司令官』としての絶対的な覇気を、ほんの一瞬だけ解放した。
ドォンッ!!
店内の空気が重力を増したように圧し掛かる。
キュロスとハガルは、常人であれば気絶しているであろうその威圧感に対し、反射的に武器に手を掛けようとした。だが――動けない。
目の前の白髪交じりのオッサンの背後に、数万の兵を率い、血の海を渡ってきた『阿吽の仁王像』が幻視されたからだ。
「……兵士は駒じゃない。美味い飯を食い、明日の命を繋ぐ人間だ。俺はただ、当たり前のものを届けているだけだ。……それが不満なら、自国の兵士にもっとマシなメシを食わせることだな」
真一の言葉は、将官たちの心を深く、正確に抉った。
彼らは自国の兵士に過酷なレーション(L缶やModuloのハズレ)を強要してきた現実を突きつけられたのだ。
「…………」
「…………完敗だな」
キュロスが小さく息を吐き、ハガルが帽子を押し上げる。
武力で叩き潰そうにも、目の前の男からは底知れぬ強者の気が立ち上っている。暗殺しようにも、隙が全くない。
何より、この男を殺せば、ポポロ村からの『PRO型』の供給が絶たれ、美味いメシを知ってしまった自軍の兵士たちが暴動を起こすことは火を見るより明らかだった。
「……勘定を頼む。極上の酒だった。礼を言う」
キュロスが金貨を数枚、カウンターに置いた。
「俺もだ。……オッサン、いずれまた来る。その時は、もっと美味いモンを食わせてくれ」
ハガルも負けじと金貨を叩きつける。
「毎度あり。夜道には気をつけて帰るんだな」
真一が軽く片手を上げると、二人の将官は冷や汗で背中を濡らしながら、逃げるように『サカガミPX』を後にした。
店の外に出たキュロスとハガルは、暗闇の中で互いの顔を見合わせた。
「……見事な手際だったな、ルナミスの狙撃手」
「……貴様こそ、獣王の飼い犬。だが、これで共通認識ができたはずだ」
二人の敵対する将軍は、ポポロ村の夜空を見上げながら、全く同じ恐怖を共有していた。
(サカガミ……あの男を敵に回せば、我が軍の胃袋と士気は完全に崩壊する)
彼らが自国に持ち帰る報告は一つ。
『ポポロ村には、絶対に手を出してはならない』――武力ではなく、至高の兵站によって、真一は三国間の平和を完全なものにしようとしていた。




