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元暴走族の50歳海将、異世界で非正規農夫に。最強スキル『酒保』の酒と煙草で、伝説の暗殺者やバケモノ達と一服する無双スローライフ  作者: 月神世一


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EP 7

大国の戦慄。オルウェルとサイラスの誤算

ルナミス帝国、帝都の中心にそびえる情報統括局。

内務卿オルウェルは、冷徹な双眸を魔導タブレットの画面に向けたまま、微かに眉をひそめていた。

彼のユニークスキル『パノプティコン(一望監視施設)』と、国中に張り巡らされたQR決済『タロウ・ペイ』のログは、帝国内のあらゆる情報をリアルタイムで彼の脳内へ送り込んでくる。

しかし今、彼の視界に映し出されている「最前線部隊のデータ」は、オルウェルの計算を完全に逸脱していた。

「……どういうことだ。国境付近に展開している第8大隊の『L缶』および『MRE』の消費カロリーが、昨日から【ゼロ】になっている」

オルウェルは神経質に指を叩いた。

食料を絶たれれば、兵士は三日で動けなくなる。だが、生体データのログを見る限り、第8大隊の兵士たちの闘気オーラレベルはかつてないほどに跳ね上がり、疲労度は完全に底を打っているのだ。

そればかりか、兵士たちの個人口座から、謎の送金先へ向けて猛烈な勢いで資金が流出している。

送金先の名義は――『ポポロ村・ニャングル商会』。

「……失礼いたします、内務卿」

部屋に駆け込んできた部下が、震える手で「黒い箱」を差し出した。

「前線の兵士たちが、自国の配給を拒否してまで購入している『得体の知れない糧食』を回収してまいりました」

オルウェルは無言でその漆黒の魔導重箱――『PRO型』を受け取った。

側面のスイッチを押し、30秒後に蓋を開ける。

瞬間、情報統括局の無機質な部屋に、暴力的なまでに芳醇な「黄金の出汁」の香りが充満した。

「……なんだ、この匂いは」

感情を排したサイボーグのようなオルウェルでさえ、その完成された香気に一瞬、喉が鳴った。

彼は備え付けの分析魔法陣に重箱を乗せ、成分と構造を解析する。

結果が出た瞬間、オルウェルの顔色からサッと血の気が引いた。

「バカな……。火も水も使わず、隠密性を保ったままこれほどの熱量を発生させる機構コンベクション。極限まで煮込まれた具材の栄養価。さらに、この微量に含まれているのは……月兎族の回復魔法か!?」

オルウェルは『1984年』や『君主論』をバイブルとし、「兵士を不便と空腹で管理する」ことを是としてきた。

だが、このPRO型は違う。兵士に極上の「快楽」と「癒やし」を与えることで、完全に味覚と精神を依存させるという、悪魔のようなソフトパワー(文化侵略)兵器なのだ。

「……この兵站を構築したのは、誰だ。あの守銭奴のニャングルか? いや、奴にこれほどの『軍隊の心理』を突く軍略はない。まさか……」

オルウェルの脳裏に、かつてないほどの『強大な知能バケモノ』の影がよぎった。

 ◆ ◆ ◆

時を同じくして。

レオンハート獣人王国の王宮、その一室。

犬耳族ドーベルマンの内務官・サイラスは、机の上に置かれた『PRO型』の空箱の匂いを、深く嗅ぎ取っていた。

「……素晴らしい。実に恐ろしいですね」

サイラスは、穏やかな笑みを浮かべながらも、その目にはかつてないほどの警戒の色を浮かべていた。

獣人族は、嗅覚と本能で生きる種族だ。サイラスが設計した『Modulo(宴会箱)』は、酒と煙草を仲間と分かち合うことで「群れの絆」を強化するための兵站だった。

だが、この黒い箱はどうだ。

「太陽芋酒を飛ばした極上の出汁に、ロックバイソンの肉……。そして何より、この隠し味に使われている『ネギの芯』。これを食べた我が国の前線兵士たちは、一瞬で闘争本能を鎮められ、満たされ……『ポポロ村には絶対に牙を剥いてはならない』という、強烈な【服従の刷り込み】を受けています」

サイラスは『影響力の武器』や『利己的な遺伝子』を熟読している。

彼には分かったのだ。このメシを作った人間は、獣人の「満腹になれば、餌を与えてくれるボス(アルファ)に従う」という野生の絶対法則を、完全にハックしている。

「武力による威圧ではなく、胃袋による支配。……我が国の兵士たちのお小遣い(金貨)が、ポポロ村のおでん弁当に全て吸い上げられているとは、笑えない冗談です」

サイラスは立ち上がり、窓の外の月を見上げた。

国境地帯で、自国の兵士たちが、憎きルナミス帝国の兵士たちと「今日のおでんの具」について笑顔で語り合っているという報告まで上がっている。

戦争の火種すら、一杯の黄金の出汁が消し飛ばしてしまったのだ。

「……ポポロ村。かつてはただの緩衝地帯でしたが、今は違いますね。あの村には今、大陸のパワーバランスを食い破る『怪物』が潜んでいる」

 ◆ ◆ ◆

ルナミス帝国のオルウェル。

レオンハート王国のサイラス。

大陸の裏側を支配する二人の天才頭脳は、全く別の場所で、全く同じ結論に達していた。

「ポポロ村の新しい兵站司令官……名を、『サカガミ』と言うらしいな」

「非正規の農夫でありながら、PX(特別売店)を取り仕切る謎の男……サカガミ、ですか」

二人の天才は、冷や汗を流しながら、見えざる敵の姿を想像した。

魔導戦車を何百輌並べられるよりも、この『完璧すぎる弁当』を前線に無限供給される方が、国家にとっては遥かに恐ろしい脅威だ。

「……キュロス騎士団長を向かわせろ。この目で『サカガミPX』の実態を確かめる」

「……ハガル近衛騎士団長に極秘任務を与えましょう。あの男の正体を、暴かねばなりません」

出雲艦隊打撃軍・総司令官、坂上真一。

彼が『酒保』のスキルで作った金曜カレーの延長線上にある特製弁当は、ついに三大国の最高幹部たちを恐怖のどん底に叩き落とし、国家レベルの包囲網を動かし始めていた。

しかし、当の真一本人は、そんな大国の戦慄など露知らず。

今夜もエプロン姿で、「明日の弁当の仕込み(大根の面取り)」を黙々とこなしているのだった。

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