EP 6
おばちゃん宅配部隊、出撃。三国国境へのプロモーション
ポポロ村の広場に、屈強な『ロックバイソン(岩牛)』が牽く荷馬車が数台並んでいた。
荷台に山積みされているのは、昨日完成したばかりの漆黒の魔導重箱――ポポロ特製戦闘糧食『PRO型』である。
その荷馬車の前に整列しているのは、自警団の若者でも、腕利きの傭兵でもない。
割烹着に身を包み、頭に手ぬぐいを巻いた、ポポロ村の『農家のおばちゃん』たちだった。
「ええか、皆の衆! 今回の作戦は『初回無料のバラ撒き』や!」
木箱の上に立ち、煙管を片手に演説をぶっているのは財務担当のニャングルだ。
「ルナミス帝国も、レオンハート王国も、最前線で震えとる兵士どもは腹を空かせとる! そこにこの『熱々のおでん弁当』をタダで配るんや! ターゲットは下っ端の兵士たち! 偉い将軍はガン無視でええ!」
「あいよー! 腹ペコの子どもたちに、美味しいご飯を食べさせればいいんだねぇ!」
引っこ抜くと叫ぶ『人参マンドラ』を日頃から素手で〆ているおばちゃん達は、軍隊の最前線に突っ込むというのに、まるで近所に回覧板を回しに行くようなノリで笑っている。
「……恐ろしい部隊だな」
「農家のおばちゃんより強い生物は、この世界には存在しませんからね」
腕組みをして見送る真一の隣で、執事のリバロンが真顔で頷いた。
「兵站戦の基本は、自軍の補給路を確保し、敵の補給路を断つことだ。だが……『敵の胃袋をこちらの補給線に依存させる』という戦術は、俺もJ5時代に考えたことがなかった」
真一はハイライトの煙を吐き出しながら、ニャングルの悪徳商人っぷりに舌を巻いた。
「さあ、おばちゃん特攻部隊、出撃や! 敵の胃袋を完全掌握してこい!」
ニャングルの号令と共に、ロックバイソンに牽かれた宅配部隊が、土煙を上げて三国国境へと出撃していった。
◆ ◆ ◆
ポポロ村から数キロ離れた、ルナミス帝国軍の国境前線基地。
冷たい風が吹き荒れる塹壕の中で、帝国兵たちは虚ろな目で配給の時間を迎えていた。
「……おい、今日の『L缶』、何番だ?」
「最悪だ……メニュー04。ハズレの『マイ茄子と太陽芋のペースト(凍死缶)』だ。こんなクソ寒い中、氷点下の茄子を食えってのか……」
「俺なんかMREのメニュー24(黄色いゴムオムレツ)だぞ……もう嫌だ、田舎の母ちゃんの温かいシチューが食いたい……」
オルウェル内務卿の冷徹なカロリー計算によって管理された兵士たちの士気は、すでに底辺を這いずり回っていた。
そこへ。
「はいはい、ご苦労さんだねぇ! 寒い中、お国のためにえらいねぇ!」
「「「……は?」」」
塹壕の上の稜線から、突如として割烹着姿のおばちゃんたちが現れた。
完全武装の帝国兵たちが呆然とする中、おばちゃんたちはロックバイソンの荷台から『漆黒の箱』を次々と取り出し、塹壕の中へポンポンと放り投げ始めた。
「な、なんだ貴様ら!? 敵襲か!?」
「何が敵襲だい。あんたたち、顔がげっそりしてるじゃないか。これ、ポポロ村からの『差し入れ(無料サンプル)』だよ。側面のスイッチを押して、30秒待ってから食べな!」
おばちゃんたちは嵐のように弁当を配り終えると、「はい、次レオンハート陣営行くよー!」と、あっという間に去っていった。
残された帝国兵たちは、塹壕の中で漆黒の『魔導重箱』を抱えて顔を見合わせた。
「おい……これ、罠じゃないか? 毒が入ってるかも……」
「でも……『30秒待て』って言ってたぞ。……押してみるか?」
一人の新兵が、ゴクリと唾を飲み込み、重箱の側面のスイッチをカチッと押し込んだ。
――ブゥゥン……。
重箱の内部で、微かな魔力駆動音が鳴る。外側は全く熱くない。だが、30秒が経過し、新兵が恐る恐る蓋を開けた瞬間だった。
「――――ッッ!!?」
立ち昇る湯気。そして、塹壕の泥と火薬の匂いを一瞬でかき消す、圧倒的暴力のような『黄金の出汁』の香りが爆発した。
「な、なんだこれは……ッ! いい匂いすぎる……!」
新兵は震える手で箸を取り、湯気を立てる『月見大根』と『牛すじ』を口に放り込んだ。
「あ……あぁ……」
極寒の塹壕。いつ死ぬとも知れない恐怖。
そこに、真一が『酒保』の知識を総動員して作り上げた、極上の出汁とトロトロの肉の旨味が染み渡っていく。
新兵の両目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「う、うますぎる……! 隊長、これ……めちゃくちゃ美味いです! 俺たちが今まで食わされてたL缶は、ただの残飯です……ッ!」
「な、なんだと!? 俺にも食わせろ!」
周囲の兵士たちも次々とPRO型のスイッチを入れ、塹壕のあちこちで「美味い!」「生きててよかった!」「パンの耳が欲しい!」という歓喜と号泣の嵐が巻き起こった。
食後に、オマケの『戦術エナジードリンク(5万倍希釈・月光薬)』を飲み干した兵士たちは、極限の疲労が嘘のように消え去り、謎の多幸感と活力が全身にみなぎるのを感じた。
さらに、『ネタキャベツチップス』をかじれば、脳内に「帝都のアイドル・リーザちゃんの最新路上ライブ情報」などの小ネタが囁かれ、完璧な娯楽まで提供される。
「最高だ……もう俺、帝国軍のメシなんて二度と食えねえよ……」
「でもこれ、タダでもらったんだぞ? 明日からはどうすれば……」
兵士たちが絶望しかけたその時。
重箱の底に、一枚の美しいチラシが入っていることに気づいた。
『お弁当、お口に合いましたか? 追加のご注文は、こちらのQRコードから【タロウ・ペイ】または【PG】建てでいつでも承りまっせ♡ (ポポロ村・ニャングル商会)』
「Q……QR決済で、この弁当が買えるのか!?」
「買います! 俺、給料全部ツッコんで買います!!」
◆ ◆ ◆
ポポロ村の防衛司令室。
魔導盤に映し出された売上データのグラフが、天を衝くような勢いで跳ね上がっていくのを、ニャングルがニチャァと笑いながら眺めていた。
「大・成・功・や。帝国軍の一個大隊、全員がウチの『PRO型』の定期購入ボタンをポチりよったで」
「……恐ろしいものだな」
真一はマグカップのコーヒーを啜りながら、静かに呟いた。
「一度『極上のメシ』を知ってしまった兵士は、もう二度と味気ないカロリーの塊には戻れない。これでルナミス帝国軍の前線部隊は、物理的な補給線ではなく、ポポロ村の『弁当宅配』に首根っこを掴まれたも同然だ」
剣を交えることなく、敵軍の胃袋をハックし、経済的に依存させる。
出雲の海将・坂上真一と、悪徳商人ニャングルのタッグが仕掛けた「兵站による世界侵略」は、初日から三大国の軍隊に壊滅的(味覚的)な打撃を与えたのだった。




