EP 4
論破教師ネギオと、極上ネギの芯
ポポロ村の東、広大な農地の一角。
そこには、明らかに他の植物とは一線を画す異質なオーラを放つ『人型樹人』が、切り株の上に座って紫煙をくゆらせていた。
世界樹の端末『ポーン』の突然変異体にして、ポポロ村の論破教師、ネギオである。
手には鋼鉄すら両断するという『ネギカリバー』を携え、口には最高級のポポロシガーを咥えている。
「……おいおい。最近村に妙なオッサンが居着いたとは聞いていたが、まさかアンタのことか? 随分と加齢臭のキツい非正規農夫がいたもんだな」
ネギオは、歩み寄ってくる真一を見るなり、口から煙と一緒に強烈な毒舌を吐き出した。
「挨拶代わりの嫌味か。……まあいい」
真一は意に介さず、ネギオの正面にどっかりとあぐらをかいて座り込んだ。
「単刀直入に言う。俺が作っている新しい戦闘糧食に、お前さんの『ネギカリバーの芯』が必要だ。少しばかり分けてもらいたい」
「ハッ! 笑わせるな」
ネギオはポポロシガーの灰を落とし、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「オレの芯は、脳のシナプスを強制接続して判断力を極限まで引き上げるオーパーツだぜ? そんじょそこらの安飯のネギだくとはワケが違う。欲しけりゃ、オレとの『知略ゲーム(ディベート)』でオレを完全論破してみせな。……負けたら罰ゲームとして、オレ特製の『ロイヤル皇帝カンチョウ液』を尻から注入してやるがな。健康にはなるぜ?」
「……悪趣味な罰ゲームだな。だが、受けて立とう」
真一は懐からハイライトを取り出し、マッチブックで火を点けた。
統合幕僚監部・J5において、予算と国益を巡って海千山千の政治家や官僚と『言葉の殺し合い』をしてきた男の目が、静かに据わる。
「テーマはなんだ」
「そうだな……『兵站と犠牲のロジック』だ」
ネギオはネギカリバーを杖のように突き立て、教師としての冷徹な声色になった。
「アンタも軍人の端くれなら分かるだろ? 戦争において、全てを救うことは不可能だ。世界樹の理論で言えば、幹(国家)を生かすためには、腐った枝(前線の弱小部隊)は切り捨てるのが絶対の真理だ。兵站が届かない孤立部隊には『死守』を命じ、全滅するまでの時間を稼がせる。……それが最もコストの安い、冷酷にして完璧な戦術だ。違うか?」
「……なるほど。典型的な『机上の空論』だな」
真一は、深く吸い込んだ紫煙をネギオの顔に向けてフッと吐き出した。
「な、なんだと?」
「枝を切り捨てて幹を守る? 笑わせるな。お前が言っているのは、平時の植物学だ」
真一の低い声が、ビリビリと空気を震わせた。
それは、暴走族総長として仲間を率い、海将として過酷な海を守り抜いてきた男の、実戦に基づく圧倒的な『真理』だった。
「戦場において、兵士を単なる『数字』や『枝』として計算した瞬間に、その軍隊は終わりだ。見殺しにされる部隊を見た他の兵士たちはどう思う? 『次は自分が見捨てられる』……そう思った瞬間、軍の士気は崩壊し、幹の根元から一気に腐り落ちる」
「ぐっ……だが、現実問題として兵站には限界が――」
「だからこそ、兵站を言い訳にする指揮官は三流だと言っているのだ」
真一は立ち上がり、ネギオを見下ろした。
背中に見えない『阿吽の仁王像』が浮かび上がり、歴戦の提督の『覇気』がネギオを押し潰すように圧いかかった。
「切り捨てる前提で戦略を組むのではない。いかなる極限状態であろうと、前線に『温かいメシ』と『弾薬』を届けるシステムを構築する。それがJ5(最高司令部)の仕事だ。俺が作っているのは、補給線を度外視しても兵士が生き残り、士気を維持できる究極のレーションだ。……そのために、お前さんの芯が必要だと言っている」
真一は正宗の鯉口をカチリと鳴らした。
「国を守り、部下を絶対に生きて帰す。……この究極の矛盾を成立させるために、俺はお前さんの知力を弁当箱に詰める。文句があるなら、俺の『兵站』を食ってから言え」
圧倒的な迫力、軍事のリアル、そして部下への執念。
論理の隙間を完璧に埋め尽くす真一のディベートの前に、ネギオは一言も言い返すことができなかった。
ポポロシガーがぽろりと口から落ちる。
「…………」
数秒の沈黙の後、ネギオは盛大に天を仰いで笑い出した。
「ハハハハハッ! 完敗だ、アンタの勝ちだよ! アンタ、ただのオッサンじゃねえな。……マジモンの『怪物』だぜ」
ネギオはネギカリバーをスッと構えると、自身の刃で「最も知能成分が濃縮された極上の芯」をスパッと切り落とし、真一に向かって放り投げた。
「受け取りな。オレの知力の結晶だ。アンタの作る兵站とやらで、世界中を驚かせてみな」
「……ありがたく使わせてもらう」
真一が芯をしっかりとキャッチすると、ネギオは新しいポポロシガーを取り出し、真一に向かってポンと投げた。
「オレの奢りだ。その安っぽいタバコよりは、頭が冴えるぜ」
「……頂こう」
真一はハイライトを消し、もらったポポロシガーを咥え、再びマッチブックで火を点けた。
最高級の魔導葉の香りが肺を満たし、深い『賢者モード』の鎮静作用が真一の頭脳をさらにクリアにしていく。
(良いタバコだ。……それに、このネギの芯。カレーのスパイスに次ぐ、最高の隠し味になるな)
こうして真一は、ポポロ村随一の論客を言葉の刃だけで完全降伏させ、PRO型完成のための『最後のピース』を手に入れた。
後は、ダイヤの作った魔導重箱に、この極上の具材を詰めるだけだ。
最強の戦闘糧食『PRO型』の誕生が、いよいよ目前に迫っていた。




