七十七話 (視点クィム)
吐き捨てるような声音だったはずなのに、その拳は――もう、震えていなかった。
「勝手に分かったみたいな顔して……」
そう言いかけて、言葉が続かなかった。
視線が揺れる。
「……あんたみたいなのが、一番気に食わねぇんだよ。」
そう言いながらも、その声には先ほどまでの刺々しさがなかった。
その場にいた全員が何も言わず、ただ静かに立っていた。
「……でも。」
ぽつりと、零れる。
「……殴らなきゃよかった、とは……思ってる。」
その言葉に、不思議と私はほっとした。
「……ありがとうございます。」
私は、気付けばそんなことを口にしていたのだった。
何故、ジョゼに礼を言ったのか、それは自分でもわからなかった。
「本当に良かったのかよ?」
夕方ごろ、ナサンに声をかけられた。
「はい……?」
私が首をかしげていると、ナサンは頭を掻きながら「だからぁ……。」と顔を顰めた。
「ジョゼのやつ、本当に許しちまって……。何なら運搬役にさせてよかったのか?って言ってんだよ。」
……言われてみれば、当然だった。
「……それは……」
うまく、答えが出てこない。
頭の中では、自分の言葉が反芻される。
“理由も聞かずに罰するのは暴力だ”——そう言い切ったばかりだ……けれど。
「……もし、また同じことが起きたらどうする?」
ナサンの声は、静かだった。
責めているわけではない。
ただ、現実を突きつけているだけだ。
私は、ぎゅっと手を握りしめた。
「……その時は、止めます。」
「どうやって?」
即座に返されて、言葉が詰まる。
「……それは……」
自分でも、分かっていなかった。
その方法を——まだ私は何一つ持っていない。
「……まだ、考えられていません。」
正直にそう答えると、ナサンは小さく息を吐いた。
「だろうな。」
短く、それだけ言って。
「理屈は分かる。お前の言ってることも、間違ってねぇと思う。」
ナサンは視線を少しだけ逸らした。
「……でもな、それで守れなかったら意味ねぇんだよ。」
胸の奥に、重く落ちる言葉だった。




